希望を探す旅立ち
環が倒れてから2日が経った。症状は落ち着いていたが、目は覚めず、ずっとベッドに横たわっていた。その間、カレンは必要な世話をするためだけに部屋を訪れ、それ以外の時間は環の症状の原因を調べることに力を注いでいた。
だが、それは何の成果もなかった。資料室には役に立つものはなく、城内を捜索しても怪しいもの等は何も発見できなかった。その夜、それでもカレンは疲れた様子もあきらめた様子もなく、今は環の枕元の椅子に座り、その様子を見守っていた。そうしていると、ノックの音が響いた。
「はい、どうぞ」
カレンが立ち上がって返事をすると、ドアが静かに開けられ、葉子が入ってきた。
「まだ休んでいなかったの」葉子は心配そうな表情をカレンに向けた。「環君が倒れてからずっと休まずに調べものをしたりしてたんでしょう? 早めに休んでおかないと体がもたないわよ」
「いえ、これくらいのことなら大丈夫です。ヨウコ様こそ、色々と公務もあるのですから、お早めに休まれたほうがよろしいのでは」
「こうして様子を見に来ないと、エバンスも私も心配でしょうがないの」
「そうですか。残念ですが、今のところ状況がよくなる様子も、改善する手段もありません」
カレンの答えに葉子はため息をついた。
「そうなの。でもカレン、あなたは何か考えがあるんじゃないの?」
葉子の問いにはすぐに答えず、カレンは環の顔を見つめてから口を開いた。
「はい、考えはあります」
それだけ言って、内容までは説明する気はないようだった。葉子もそれ以上の答えは求めなかった。
「それじゃ、私は戻るから。カレンもちゃんと休まないと駄目よ」
それだけ言うと、葉子はカレンを残して部屋から出て行った。カレンは再び椅子に座り、しばらくの間、何かを考えているような様子で環の寝顔を眺めていた。
翌朝、カレンは狭い自室で自分の旅の装備をベッドに広げ、丁寧に手入れをしていた。それが一通り終わってから、鏡を適当な場所に立てかけて、肩くらいまである自分の髪の毛を左手でまとめながら、右手でダガーをつかんだ。
そのまま一気に自分の髪の毛をダガーで切り落とした。その後は鏡を見ながら、何とか格好がつくようにダガーを使って髪を細かく整えた。それから侍女服を脱ぎ、ベッドに広げていた旅装を手早く身に着けていった。
数分後には、侍女としてのカレンではなく、旅の剣士としてのカレンの姿があった。そのままドアを開け、まっすぐ環の部屋を目指した。すれ違う人は、カレンの格好と、その大雑把に切られた髪に驚いたような表情を浮かべていた。
カレンはノックもせずに環の部屋のドアを開けて中に入った。部屋にはミラとソラが来ていた。2人はカレンの姿に驚いたようで、しばらくの間、何も言えなかった。
そんな2人にかまわず、カレンはベッドの側に行くと、目を閉じている環の手を両手で優しく包み込んだ。
「タマキ様、私は旅に出ようと思います。必ずいい報せを持って戻りますから、それまで待っていてください」
それだけ言って、カレンは手を放すと部屋から出て行こうとした。ミラとソラは慌ててその行く手を遮った。
「ちょっと待ってください。旅にでるなら私達も一緒に行きます! というか、なんで旅に出るんですか?」
カレンは立ち止まって、2人の顔を見た。
「ハティス様を探しに行くんですよ。大賢者と言われたあの方なら、この状況に関しても何かわかることがあるかもしれませんから」
「そういうことなら私達も一緒に行きます!」
ミラはソラの腕をつかんで力強く宣言した。ソラはまだ戸惑いながら口を開いた。
「そうは言っても、あの大賢者って言う人が今どこにいるかはわからないんじゃありませんか?」
「それなら心配ありませんよ。私の記憶によれば放浪癖のある方ですが、旅のルートは大体決まっていますし、拠点にしている場所はそれほど多くありませんから、そこを当たっていけば必ず見つけられるはずです」
「なるほど、わかりました。すぐに準備をしてきますから待っていてください!」
ミラは急いで部屋を出て行った。ソラはすぐには追わなかった。
「あの、僕達がついていってもいいんでしょうか?」
「あなた達も強くなりましたからね。こちらから頼みたいくらいです」
「はい! それで、集まる場所は」
「裏の門の前にしましょうか」
「わかりました!」
ソラも勢いよく部屋を飛び出していった。カレンはもう一度環の顔をよく見てから、静かに部屋を出て行った。
部屋を出たカレンはまっすぐエバンスの執務室に向かった。緊急ということで半ば強引にすぐに取り次がせた。何かを相談していたエバンスとロレンザは部屋に入ってきたカレンを見て、少し驚いた様子だった。
「どうしたんだその格好は」
「それにその髪は、何かあったのですか? カレン」
カレンは黙って一礼してから、顔を上げた。何かを決意したような、鋭い表情だった。
「これから、旅に出ます」
その表情と声に、エバンスは姿勢を正し、カレンの顔をまっすぐに見据えた。
「タマキのことで必要なことなのか」
「はい」
エバンスはしばらくの間、机に目を落として考えているようだった。そして、その目を上げると、力強く首を縦に振った。
「わかった。必ずタマキを救う手段を見つけてきてくれ。必要なものがあれば、何であれ持っていくのを許可しよう」
「ありがとうございます」
カレンは入ってきた時と同じように頭を下げた。そこにロレンザが歩み寄っていった。
「カレン、こちらのことは心配せず、しっかり使命を果たしなさい」
「はい、よろしくお願いいたします」
そう答えるとカレンは頭を上げ、部屋から出て行った。ロレンザはそれを見ながら、口の中で何かをささやいた。エバンスはそれに気がついた。
「どうした?」
「カレンの旅の幸運を祈っていました」
数時間後、カレンが指定した場所にはミラとソラが大きな荷物を足元に置いて待っていた。そこに、荷馬車に乗ったカレンがやって来た。バーンズも一緒だった。
「2人とも準備はできましたか」
「はい、ばっちりです。それより聞いてくださいよ、ミニックにも声をかけてやったんですけど、僕はタマキ先生の側についてる、とか言って断ってきたんですよ」
「そうですか。それもいいかもしれませんね」
カレンはそれだけ言って、バーンズと一緒に荷物の整理と積み込みを始めた。ミラとソラもそれを手伝い始めると、そこにミニックが何か言いながら駆けつけてきた。
「ああよかった。まだ出発してなかったんですね」
ミラは怪訝そうな顔で息を切らしているミニックを見た。
「あんた、一緒に来ないんじゃなかったの?」
「いや、ミラ先輩、それがタマキ先生が目を覚ましたんですよ」
その一言にその場にいた全員が手を止めた。
「目を覚ましたって!」
ミラはミニックに掴みかかった。だが、ソラがなんとか引きはなした。
「姉さん落ち着いて。それで、タマキ師匠はどうなんだい?」
「起き上がれはしないくらいだけど、意識はちゃんとしてますよ。それでカレンさんのことを話したら、お前も一緒に行けって言われて」
ミニックはそう言いながら、環がつけていたカード入れを取り出した。
「それで、これを持って行けって、渡されたんです」
カレンはそれをミニックから受け取り、中身を確認してからベルトに取り付けた。
「ところでミニック、あんた荷物は」
ミラにそう言われ、ミニックは背負っていた2つの袋を地面に下ろした。
「僕の荷物は全部ここに入ってますよ。それより、行くと決まったからにはすぐに出発しましょう」
それから、自分の荷物を持って荷馬車の荷台に乗り込んだ。それから少し作業を続け、全ての荷物の積み込みは完了した。
「これで全部ですね」
バーンズは手をたたきながらカレンにそう言った。
「はい。わざわざ手伝っていただいてありがとうございます」
「なに、カレン殿の頼みと勇者様のためですからね。できれば私も同行したいところですが」
「いえ、バーンズ様にはタマキ様を守っていていただかなくてはいけません」
「わかりました。私が全力でお守りします。では、旅のご無事を願っています」
「くれぐれもお願いします」
カレンとバーンズは固い握手をした。それからカレンは御者台に上り、荷馬車を出発させた。
「カレン師匠、1つ聞きたいんですが」
しばらくしてから、ミラが後ろから質問をした。
「なんですか」
「なんでわざわざバーンズさんにタマキ師匠のことを頼んだんですか?」
「それは、あの城で一番信用できるのがエバンス様とヨウコ様、そして、バーンズ様だからですよ」
ミラはその答えに納得したような納得していないような微妙な表情をしていた。カレンはそれにはかまわず、城を振り返ることもなかった。