目覚める闇の力
先にしかけたのはカレンだった。垂直に上昇すると、下降しながらその勢いでイムトポールに突撃した。それは髪の剣で受け止められたが、カレンはイムトポールの体ごとそのままの勢いで押し込んでいった。
イムトポールはそれをいなして飛び上がった。カレンは勢いを殺さずに飛び上がると、壁を蹴ってそれを追った。そこに硬質化した髪の毛が3発飛ばされた。カレンは闇をまとったナイフを投げそれを1発弾くと、ダガーを逆手で抜いて残りの2発を振り払った。
だがそれに続いてイムトポールが急降下して、真上から髪の剣を打ち下ろした。カレンはそれを暗黒の剣でなんとか受け流して交錯した。カレンはなんとか体勢を立て直したが、床を蹴ったイムトポールがすぐに下から飛び上がってきた。
「くっ!」
今度は受け流せず正面からそれを受け止めた。そのまま勢いに押され上昇していったが、カレンはイムトポールの体を蹴り、なんとか距離をとった。
「さっきよりも動きが鈍いな。勇者が目覚めて気が抜けたか」
「くだらない挑発はやめてはどうですか。私の力を暴走でもさせようとしているのかもしれませんが、無駄ですよ」
「そのようだな。小細工はもうやめだ」
そこでイムトポールの雰囲気が変わった。髪の毛が広がり全身を包み、その大半が体に絡み付いてそのまま一体化した。今までの長髪の姿とは変わった短髪の魔族の姿が現われた。
「これ以上まわりくどいことはしない。お前の力をあるべき姿に目覚めさせてやろう」
「今これが、あるべき姿ですよ」
カレンはそう言って動き出そうとしたが、イムトポールはそれよりもはるかに速く動き、カレンの暗黒の剣を弾いた。そのまま反対側の壁を蹴り、カレンの背後に迫った。なんとか体勢を立て直したカレン暗黒の剣を振るったが、イムトポールはそれをかいくぐると上昇した。
カレンはすぐに後を追おうとしたが、そこにイムトポールが急降下してきた。それはなんとか暗黒の剣で受け流し、ダガーを振るったが、それは空を切った。そして、すぐに下から上昇してきた突撃によってそれは弾かれた。
「さあどうする? お前の今の力では勝てないのはよくわかっただろう」
上空から見下ろすイムトポールにカレンは笑ってみせた。
「そうでもありませんね」
カレンは暗黒の剣を構えたが、それは不安定になり、かろうじて剣といえるような形の巨大な闇の塊になった。
その闇の塊が振るわれると、衝撃波がイムトポールを襲った。体勢が崩れ、カレンが突っ込んでいくと後ろに飛んだ。そのままカレンはそれを追って闇の塊を横に薙いだ。壁がごっそりと削られたが、イムトポールは上に飛んで回避していた。
すぐに上空で方向転換したイムトポールが急降下したが、カレンは壁を蹴ってそれを回避するとすぐに下に向かって闇の塊を振った。衝撃波が床をえぐったが、イムトポールは転がってそれを避けた。そこにカレンは急降下して闇の塊を叩きつけた。だが、それはイムトポールがかかげた両手の間に発生させた闇に受け止められた。
「素晴らしい力だ。この私でもこれは吸収しきれん」
その闇から力が放出され、カレンは上空に打ち上げられた。体勢を立て直す前に、イムポトールが飛び上がり、カレンの首をつかんだ。
「予定とは違うが、これでもかまわん!」
イムポトールの体から闇がほとばしり、それが首をつかむ手からカレンの体に流れ込んだ。
「ぐぅぅ!」
カレンはうめきながら闇の塊を振るおうとしたが、その瞬間さらに闇がその体に流れ込んだ。
「うぐぅがぁぁぁぁ!」
その体が強張り、イムトポールは満足気な笑みを浮かべたが、そこに1枚のカードが滑り込んできて、光と共に爆発した。カレンの体は空中に投げ出されたが、跳び上がった環が受け止めて着地した。
「カレン、大丈夫か」
環が聞いてもカレンは目を閉じて苦しそうにうめいているだけだった。
「邪魔をしないでもらおうか!」
そこにイムトポールが突進してきたが、環は落ち着いて腰のカード入れに手を伸ばし、そこにあるカードをまとめてつかんだ。
「開放!」
声と共にカードを目の前にばら撒いた。そこにイムトポールが飛び込み、腕を伸ばしてきた。その手が環とカレンにとどきそうになった瞬間、ばら撒かれたカードが光と共に一斉に爆発した。
イムトポールは爆発で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。環はカレンの様子をもう一度確認したが、やはり苦しそうにうめいているだけだった。
「力の暴走だな。うまくいくかわからないけど、やるしかないか」
環はそうつぶやくと、カレンの後頭部に片手をそえると、自分の額をカレンの額と合わせて目を閉じた。そのふれ合った額から闇が流れ出し、それが環の体を包んでいった。闇はそのまま環の体に染み込むように消えていった。
そして、闇の後は光が額を中心に広がり、2人を包み込んだ。だが、イムトポールに環が蹴り飛ばされると同時に、その光も消えた。環は地面を派手に転がったが、なんとか膝をついて状態を起こした。
「余計な邪魔をしてくれたな、そんなにまた痛めつけられたいか」
イムトポールは髪の剣を環に向けながら迫ってきたが、環は頭を押さえ、少し顔をしかめながらも笑った。
「そうでもないさ、開放!」
カード入れから2枚のカードを取り出し、それを続けてイムトポールに向かって投げつけた。1枚は髪の剣で切られ爆発し、もう1枚は後ろにそれた。
「いつまでもこんなおもちゃが通用すると思うな」
イムトポールは環の目の前で足を止め、髪の剣を振り上げた。だが、爆音と共にカレンが猛スピードでその背後に迫り、ショートソードで斬りつけ、そのまま体当たりでイムトポールの体を突き飛ばした。
「まったく、あのカードは便利なものですね」
元の瞳に戻っているカレンはそう言いながら、環に手を差し出した。環はその手を握って立ち上がった。
「まあ、金庫番にはいい顔されないけどね」
「当然です。スペルカード1枚で魔法1発などというのは非常識ですよ」
「黙れ!」
2人の会話をイムトポールの怒声が遮った。環とカレンが見ると、それは背中からどす黒い血を流し、顔を歪めて立っていた。
「くだらないおもちゃと、そんななまくらで私を傷つけるとは、いまいましい奴だ」
イムトポールの怒りにも環は冷静に微笑を浮かべた。
「あんた、怒りっぽくて駄目だな。ちょっと自分の思い通りにならなかったからって、それはないだろ。このカードは俺の切り札だし、カレンの剣だってなまくらとはほど遠いぜ。そこらへんはちゃんと理解してもらいたいね」
「お前達は生かしておくように言われていたが、気が変わった。今ここで殺してやろう」
イムトポールは両手を広げ、自分の前に闇を作り出した。そしてその中に足を踏み入れ、姿を消した。環はそれを見つめながら口を開いた。
「カレン、どうも俺の頭の中が混乱してるんだけど、そっちはどうだ」
「私もです。どうやら記憶がおかしくなっているようで、見たことのない景色が浮かんできます」
闇の中から3倍くらいの大きさに膨れ上がった足が出てきた。
「俺もだ。見たことのないはずの記憶が浮かんでくる。俺の育った世界とは違う世界の記憶だ」
「同じです。私にもこの世界の記憶でない、違う世界の記憶が見えます」
さらに、鋭い爪を持った太い腕が闇の中から現われた。
「俺たちの記憶が混ざったのかな」
「かもしれません。私の余分な力をタマキ様が体に取り込んだ時に、何かが起こったのでしょう」
「あいつに蹴られたからかもしれないな」
胴体と頭部が姿を現した。それは単純にイムトポールが大きくなったものではなく、体に巻きついていた髪はうろこのようになり、頭に残されていた髪はまとまり、3本の角になっていた。顔は今までの人間のようなものではなく、醜い異形の容貌になっていた。
「死ぬ準備はできたか?」
今までよりずっと低い声が告げた。