ノーデルシアの勇者 第一章

第２部

力の真価

　戦いはまず、残った魔物達が動き出して始まった。殺到する魔物達に、カレンは正面からゆっくりと足を進めた。

　まずピットデーモンが飛びかかってきたが、それは暗黒の剣の一振りで簡単に両断された。足を止めないカレンに、次々に魔物は襲いかかったが、どれも同じように両断されていった。イビルミストが上空から放った氷の牙も切り捨て、それに向けて剣を振ると、距離があるにもかかわらず、霧消した。

　カレンはそのまま、魔物を切り捨てながら１歩１歩進んだ。ゆっくりと、だが確実に。そして、イムトポールまであと数歩のところまで迫り、それに暗黒の剣を突きつけた。

「こんな雑魚では相手になりませんよ。消えずにそこに座っているのなら、あなたが出てきてはどうです？」

「なるほど、それもおもしろい」

　イムトポールは立ち上がり、カレンに向かって歩き出した。魔物達はそれに反応するかのように動きを止めた。イムトポールはそのまま足を進め、カレンの剣の目前に立った。

「さあ、その剣で私を斬るのだろう」

　カレンは暗黒の剣を引き、イムトポールの胴めがけて横薙ぎに振るった。だが、その体は飛び上がり、その一撃を避けた。カレンは上を見上げると、すぐにその後を追って自分も飛び上がった。

「ほう、飛べるか」

　イムトポールは壁を蹴り軌道を一気に変えた。カレンもそこと近い部分の壁を蹴り、それを追った。それが何度か繰り返され、３度目でイムトポールは壁を蹴ってから空中で静止した。カレンもそれには突っ込まずに、いくらか距離をとって静止した。

「ここまでついてくるとはな」

「お望みなら、抜かしてみせますが」

「おもしろい」

　イムトポールはそう言って自分の髪の毛を束ね、それを毟り取ると硬質化させて剣のようにしてカレンに向け、加速した。カレンはその切っ先を暗黒の剣で逸らし、上昇して突撃をかわした。

　だが、イムトポールはその勢いそのまま、振り返りざまに硬質化した髪の毛を３発飛ばした。カレンも振り返ると同時に暗黒の剣でそれを次々に打ち払い、壁に背をつけたイムトポールに突っ込んでいった。そのままの勢いで暗黒の剣を叩きつけたが、イムトポールの剣がそれを受け止めた。

　カレンは力を込め、それを押し込もうとした。イムポトールは薄ら笑いを浮かべながら、その暗黒の剣を少しづつ押し戻していった。

「それがお前の全力か？　そんなことはあるまい、もっとだ、もっと力を見せてみろ」

　カレンは無言で暗黒の剣にさらに力を込めた。力は再び均衡し、そして、押し戻されたぶん以上にイムトポールの剣をじりじりと押していった。

「そうだ、それでいい！」

　イムトポールはそう叫ぶと同時にカレンの暗黒の剣を弾いて上昇した。カレンもそれを追って上空に飛び上がった。

　それを見たミラは玉座に向かって走り出した。

「姉さんどうするの！」

「今のうちにタマキ師匠を助けるに決まってるでしょ！」

「そうですね」

　ミニックはその後を追って走り、ソラも少し遅れて続いた。残った１０体ばかりの魔物達がそれを阻止するために動き出し、その道を塞いだ。３人は足を止めた。

「２人とも、さっきのもう一度できる？」

「駄目ですよ。タマキ先生まで巻き込むかもしれない」

「１匹ずつ倒すしかないか」

「いいえ、手はあります。僕のもう１つの魔法なら、半分くらいはなんとかできますよ」

「よし！　ソラ、あんたは私の援護」

「わかった！」

　ミラは淡い光を放つ剣を構え、魔物達の右側から切り込んでいった。

「風よ！　弾け！」

　ソラは風の弾丸を放って、ミラが１対１で戦えるように援護をした。ミニックは左側の魔物達の前に立ちはだかり、メイスを腰のあたりに構えた。

「お前達の相手はこっちだ。いくぞ！　サンダーブラスト！」

　ミニックのメイスが雷をまとい、それが横殴りに振られると、そこから雷のシャワーが魔物達に降り注いだ。それを浴びた魔物は口から煙を吐いて倒れた。

「ハッ！」

　気合と共にミラの剣がスケルトンを砕いた。そこにオーガが襲いかかってきたが、それはソラの放った風で体勢を崩した。ミラは素早く体の向きを変えると、立ち直ろうとしているオーガの足を切りつけ、さらに下がってきた顔面を切り裂いた。さらにソラの火の玉がそこに直撃し、うずくまったオーガの背中をミラの剣が貫いた。

「これで全部」

　ミラは剣を引き抜くと玉座に駆け寄って、すぐに環を解放した。

「タマキ師匠、しっかりしてください！」

　環はミラに背中を支えられながら目を開けると、かすれた声で小さくうめいた。ソラとミニックも心配そうにそれを覗き込んだ。

「俺の上着の内ポケットに、カードが２枚ある。それを」

　ミラはすぐに環の上着に手を突っ込んで、言われた通りにカードを２枚取り出した。

「これをどうすればいいんですか？」

「俺にかざして、開放と言えばいい」

「はい」

　ミラは２枚のカードを環にかざした。

「開放！」

　２枚のカードが光になり、それが環の体を包んだ。その光が消えると環は自分の力で体を起こした。

「まったく、ひどい目にあったな」

　環はさっきまでの弱々しい様子ではなくなっていた。３人はそれを見て驚いたが、ミラが一番最初に立ち直った。

「大丈夫なんですか？　それに、今のカードは」

「１枚は俺の魔力を込めておいたカードだよ。もう１枚はインスタントスペルカードって名づけたカードで、１回だけ決まった魔法が使える。今のはヒーリングだ」

　それを聞いたミニックは驚いた表情を浮かべた。

「そんなものがあるんですか。まさか先生が作ったとか」

「そう、俺が作った」

　環はそう言って立ち上がり、上空を見上げた。

「伏せろ！」

　３人が伏せると、その目の前ににイムトポールとカレンが落ちてきた。環だけは立ったままその２人を見ていた。どちらも目立った傷は負っていなかった。そして、その顔が環に向けられた。

　カレンは安心したような表情を浮かべ、イムトポールは不思議そうな表情を浮かべた。

「なぜお前が立ち上がっていられる？」

　環は笑顔で指を振った。

「悪いけど、俺には切り札がいくつかあるんだ」

「なるほど、だが完全には回復していないな」

　イムトポールが環のほうに体を向けると、カレンがそれを遮るように動いた。

「タマキ様、ここは私に任せてください」

　環は今までとは違うカレンの姿を見て、少し眉をひそめた。

「カレン、大丈夫なのか？」

「大丈夫です。必ず、勝ちます」

　カレンは暗黒の剣を構えた。環はそれを見て頭をかいた。

「まいったな。まあ俺もこんな状態じゃ満足に戦えないし。ここはカレンに任せるよ、頼んだ」

「いいんですか、タマキ師匠？」

　ソラは心配そうに聞いたが、環はその肩を安心させるように叩いた。

「カレンなら大丈夫だと思うよ。今の状態の強さは、俺よりもソラ達のほうがよく見てるだろ」

「そうですよね」

　ソラはうなずいてカレンを見た。ミラとミニックも同じようにした。

「俺達は下がっていよう」

　環は手を上げて３人を下がらせた。カレンはその様子を一瞥すると、イムトポールと向かいあった。

「お前１人で私の相手をするのか。だが、そのためにはもっと力が必要だぞ。できるかな？」

　イムトポールの言葉にカレンは暗黒の剣を握る手に力を入れた。ミラ達３人はそれを見て息を呑んだ。場を緊張した雰囲気が支配した。だが、それは環によって破られた。

「そのまま戦えばいい、それで勝てるよ。リラックスしていこう」

　その気楽な声援に、カレンは口元に笑みを浮かべた。