救出へ
出発してから2日。城の廃墟まであと1日となった。カレンは明日の戦いに備え、自分の武器を1つ1つ丁寧に手入れをしていた。ミラ、ソラ、ミニックはそんな様子を見ながら夕食の後片付けをしていた。
「なんか雰囲気が重い」
「姉さん、それはしょうがないよ。カレン師匠はタマキ師匠を助けることしか頭にないみたいだしさ」
「そんな時だからこそ、こうさ、もっと盛り上げていきたいじゃない」
「そんなこと言うのは先輩だけですよ。緊張感を持ってたほうがいいじゃありませんか」
「あんまり張り詰めすぎるのはよくないでしょ」
「緊張感がないのはもっと困りますよ」
ミラはいきなり自分の持っている食器をミニックに押しつけた。
「ちょっと話してくる」
そう言ってカレンにどんどん近づいていった。
「師匠、明日のことなんですが」
ダガーに砥石をあてていたカレンは無言で顔を上げてミラの顔を見た。ミラは少し言葉に詰まったが、気合を入れて口を開いた。
「どうするんでしょうか、何か作戦は必要ではないんですか?」
「作戦ですか、相手のことも状況もわからないのに考えても無駄でしょう」
「それはそうですけど」
「タマキ様ならば、とにかく全力でぶつかるだけだ、とおっしゃるでしょうね。非常識だと思うかもしれませんが」
「いえ、そんなことはありませんけど」
ミラの答えにカレンは微笑を浮かべた
「無理はしなくていいですよ。自分でも非常識なことを言っているのはわかっていますから」
「非常識なんかじゃありません!」ミラは大声で宣言した。「私もタマキ師匠ならそう言うと思いますし、それは正しいと思います! 明日はとにかく全力でぶつかりましょう!」
そうしてソラとミニックのところに走って戻っていくと、同じ調子で2人に気合を入れた。カレンはそれを見て再び微笑を浮かべると、ショートソードを抜いて、その刀身をじっと見つめた。
翌朝、早く目を覚ました一行は手早くテント等を撤収して出発した。それから数時間後、城の廃墟が見えてきた。
「昔は立派な城だったんでしょうね」
ソラは廃墟となって朽ち果てた城を見ながらつぶやいた。
「立派って言ったて何100年も前の話でしょ。それより魔物の姿は見えない?」
「見えませんね。隠れてるんじゃないですか」
「行けばわかるでしょう」
カレンはそう言って荷馬車を進めた。そして、崩れた城門前に到着した。カレンは馬を近くの木に結わえ、他の3人も警戒しながら馬車を降りた。
「魔物は見当たりませんね」
ミニックは注意深く辺りを見まわしながらそう言った。ソラは無言でうなずき、崩れた城壁をさわっていた。
「油断大敵、相手は魔族でとんでもない奴なんだから気をぬかないようにね」
ミラはそう言って剣に手をかけ城を見据えた。だがカレンは特に警戒する様子もなく、足を進めた。ソラはそれを見てあわててカレンを追った。
「カレン師匠、もっと警戒していかないと危険ですよ」
カレンはそれに振り向くことなく答えた。
「大丈夫ですよ。何があっても負けないようにしますからね」
口調は普段と変わらないが、有無を言わせない雰囲気があった。3人は顔を見合わせて、どんどん進んでいくカレンに慌ててついていった。
そして城の内部に入っていった。ほとんど天井は抜けていて、実によく日光が入ってきていた。
「ほんと廃墟だね」
「当たり前のこと言ってないで、さっさと歩きなさい」
ミラは足元に転がるブロックを蹴りながらソラを振り返ってせかした。そうしているうちに、一行はかつては大きなホールであったと思われる吹き抜け状態になっている場所に到着した。
「よく来たな」
そこには、なぜか真新しい玉座に腰かけたイムトポールが待ち構えていた。カレンは無言で眼鏡を外し、ショートソードを抜いた。
「このふざけた魔族め! タマキ師匠をどこにやった!」
ミラの大声にイムトポールは笑い、玉座から立ち上がった。
「それならここだ」
玉座に手をかけ、それを無理矢理回転させた。そこにはぐったりした環が縛り付けられていた。ミラ達3人は声を失った。カレンは険しい目でそれを凝視した。
「死んではいない。この男の魔力と回復力は実に素晴らしいからな」
そう言ってイムトポールは玉座の向きを戻して、それに腰かけた。
「余興だ。少しは楽しませてもらおう」
イムトポールの足元から闇が前方に広がり、そこから魔物達が4人の行く手を遮るように這い出してきた。
「ミニック、あれに向かってファイアウォールを。ソラは合図をしたらそれを巻き上げるように風を起こしてください。ミラ、あなたは2人を守るのが仕事ですよ」
カレンの指示に3人は少し戸惑ったようにうなずいた。そして、指示通りにミニックが動き出した。
「ファイアウォール!」
炎の壁が魔物達に向かっていき、それが到達した瞬間。
「ソラ!」
「はい! 風よ渦巻け!」
ソラの叫びと共に大きな風が炎を巻き上げ火柱となり、魔物達を巻き込んだ。その中からでも飛び出してくる魔物が少しだけいた。だが、それはカレンとミラにあっさり切り捨てられた。
火柱が消えると、這い出してきた魔物の半分以上は姿を消していた。ソラとミニックは思わず顔を見合わせた。
「本当に僕達がやったのかな」
ソラがそうつぶやくと、ミニックも同感といった顔でうなずいた。
「あれを1人でもできるようになれたら、一流ですよ。ミラもいい反応でした」
カレンはそう言って、1歩踏み出した。
「あとは私がやります。あなた達は自分の身を守ることに集中していてください」
カレンはイムトポールを睨みつけ、その瞳が赤くなった。ミラ達はただならぬ雰囲気を感じ、後ろに下がった。
「たしかイムトポールと言いましたか。タマキ様に手を出したことを後悔させて差し上げますよ」
闇のローブが出現し、カレンの体を包んだ。イムトポールはそれを見て失望したような表情になった。
「そんなものは私には通用しない」
それを聞いたカレンは口元にかすかな笑みを浮かべた。その眼光が一段と鋭くなり、瞳が赤から金色の輝きを帯び始めた。
「通用しないかどうか、確かめてもらいましょうか」
カレンの言葉と共に瞳の輝きが強くなり、闇のローブが開いた。
「すごい」
ミラは驚愕してそれだけ言った。ソラとミニックは言葉もなかった。カレンがまとっていた闇のローブは2つに割れ、風も受けずに、まるで翼のようにその背中でたなびいていた。
さらにカレンはショートソードをイムポトールに向けると、それに力を込めた。今までと変わらない闇の大剣が現われた、だけのように見えた。だが、その大きなエネルギーの塊のようなものは徐々に収縮していき、まるで1本の、吸い込まれるような濃厚な暗黒の物質で作られたロングソードのようになった。
それを見たイムトポールは愉快そうな様子になり、玉座から立ち上がった。
「そうこなくては面白くない。お前のその力、じっくりと味合わせてもらおう」
「そんな口がきけるのも今のうちですよ。悪いことは言いません、タマキ様を解放して消えなさい」
「これだけ面白そうなことがあるというのに、そのようなことができるわけあるまい? 余計なことは考えずに、その力をぶつけてこい」
「後悔しますよ」
カレンは大きく息を吐き出し、イムトポールを見据えた。