強敵
カレンとハティスは小屋の中で向かい合って座っていた。
「では、始めよう」
「はい」
ハティスは右手をカレンに向かってかざした。
「カレンよ、お前に施した封印は少し複雑だ。時間がかかるが、いいな」
「問題ありません」
その時、爆発音が聞こえた。カレンは少し身じろぎしたが、それ以上は動かなかった。それからしばらくして、ミラ、ソラ、ミニックが駆け込んできた。
「大変です! 魔族が!」
今度はカレンは勢いよく立ち上がった。
「それはどこに? タマキ様は」
「僕達を逃がして、魔族と」
ソラの一言に、カレンは外していたショートソードをつかんだ。
「待つんだ」
ハティスがカレンを止めた。カレンは今にも小屋を飛び出していきそうだったが、足を止めた。
「なぜです」
「今は記憶の封印を解くのが先だ。座りなさい」
強い調子で言うハティスに、カレンはショートソードを戻して再び椅子に腰を下ろした。
「はぁ!」
環は拳に炎をまとわせイムトポールに殴りかかった。だがそれは手のひらで受け止められた。そしてイムトポールがその拳を握ると、闇がそれを覆い、炎がそれに吸い込まれるように消え始めた。環は反射的につかまれた手を強引にもぎ放して距離をとった。
「これは」
環は自分の拳とイムトポールを交互に見た。
「どうした? 力づくでくるのではなかったか?」
「ああ、場所を変えるぞ、ついてこい。バースト!」
環は一気に湖の上を跳んだ。イムトポールはそれを見てから、ゆっくりと浮かび上がると、環を追って一気に加速した。環が湖の対岸に着地すると、すぐにイムトポールも追いついてきて、その背後に着地した。
「10倍! マシンガンライトニングボルト!」
振り向くと同時に、環の手から小ぶりな雷の矢が凄まじい勢いで連射された。だがイムトポールは避けるそぶりを見せず、棒立ちでそれを受けた。放電と衝撃で舞い上がった土煙が晴れると、以上に長い髪の毛で全身を包み込んだイムトポールが立っていた。無傷だった。
「やっぱり、この程度じゃちっとも効かないか」
環の言葉に反応するかのように、イムトポールは自分を包んでいた髪の毛を開くと、その一部を両方の手でもぎとった。
「本気になれないようなら、そうできるようにしてやろう」
手に握った髪の毛が刃物のように鋭利に硬くなった。その切っ先が環に向けられ、投げる動作もなしで数十本が飛んだ。環はもちろんストーンスキンを使っていたが、それを受けることはせず、避けようとした。だが、2本は完全には避けられず、腕と脇腹をかすった。服と皮膚が切られ、血が滲んだ。
「ちっ、アイスバイト!」
氷の牙を放つと同時に、環はイムトポールに向かって走り出した。氷の牙は腕の一振りで弾かれたが、環は拳が届く距離まで踏み込んだ。そして、雷をまとった右の拳を振るった。イムトポールはそれを自分の手で受けようとした。
「バースト!」
だが、その直前に振るった拳からの爆発がその手を弾いた。イムトポールの手は弾かれ、その隙に環は左手をその腹に突きつけた。
「10倍! ファイアボール!」
炎と爆風がイムトポールを包んだ。環はその爆風を利用して後ろに跳んだ。
「20倍! ライトニィィィィング!」
雷がイムトポールを撃ちぬいた、ように見えた。しかし、それは両手をかかげ、その間に闇を作り出して平然と立っていた。その闇が雷を飲み込んだようだった。両手が下げられると同時に、その闇も消えた。
「なんでもそうやって消せるのか」
イムトポールはその問いには答えなかった。環は軽く笑うと、腰を落として構えた。
「なら、直接その体に叩き込んでやるまでだ」
「まだ終わらないのでしょうか。それに、私の記憶を戻すことに何の意味があるのですか?」
カレンの問いにハティスは首を横に振った。
「焦ってはいかん。お前の記憶はお前の力とも関係があるのだ」
「私の力、ですか」
「そうだ、私は記憶と共に、力にも封印を施しておいた。人間の体では、それには耐えられないと考えたからだ」
「ではなぜ、今それを開放するのですか」
「その力が必要になるだろうからだ。それが、運命だ」
「そうですか」
カレンはそれだけ言って口をつぐんだ。それから少しの間、環とイムトポールの戦いの音らしきものがしても、カレンは微動だにしなかったが、雷の轟音で立ち上がった。
「もうしわけありませんが、私は、戦います」
それだけ言うと、カレンはショートソードをつかんで小屋から走って出て行った。ハティスはそれを見送ると、大きくため息をついた。
「いいんですか? カレンさんを止めなくて」
ミニックがそう聞いたが、ハティスは首を横に振った。
「あの子が行くというなら、私には止められん」
ソラはそれを見て、手をぐっと握ってからミラのほうを向いた。
「姉さん、僕達も行こう!」
「そうだね。ミニック、あんたは?」
「もちろん行きますよ」
3人も小屋を飛び出していった。
小屋を出たカレンは、音のしたほうに一直線に走り出した。湖の対岸で戦う環とイムトポールを見つけると、眼鏡を外し瞳を赤く光らせた。そして全身を闇のローブで覆うと、イムトポールの頭上に転移した。ショートソードに炎をまとわせ、一気に振り下ろしたが、それは生きているかのように動いた髪の毛に体ごと弾き飛ばされた。
「バースト!」
環が間髪要れずに爆風で跳び、空中でカレンを受け止めて着地した。2人は体勢を立て直してイムトポールと対峙した。
「カレン、記憶はどうした」
「まだ途中です。先にやっておきたいことができましたので」
「そうだな。今はこいつを何とかしなきゃな」
「どの程度の強さでしょうか」
「闇王より強い。あいつの髪の攻撃はストーンスキンでも防げないし、魔法も防がれる」
「それは強敵ですね。どうしますか?」
「隙を作らせて一気に決めるしかない。俺に続いてくれ」
「わかりました」
カレンがうなずくと同時に、環がイムトポールに突っ込んだ。炎と氷をまとわせた拳を立て続けに振るったが、どちらも受け止められた。そこにカレンが飛び込み、横から氷をまとわせたショートソードでその足元薙ぎ払った。だが、それは足の裏で止められ、イムトポールはその勢いを利用して後ろに跳んだ。
距離をとったイムトポールは髪で作った刃を左右3発ずつ飛ばした。カレンはそれを打ち払いながら走った。
「マシンガンアイスバイト!」
その後方から環は氷の牙を連射した。イムトポールはそれを髪をまとめてそれを防いだ。カレンはその反対側から袈裟切りに雷をまとわせたショートソードを叩きつけた。だが、それも逆の髪に防がれた。
「バァァァァストォ!」
そこに爆発で勢いを得た環が突っ込み、その顔面に膝を叩き込んだ。その衝撃でイムトポールは後方に吹き飛ばされた。カレンはナイフをベルトから抜くと、それに炎をまとわせ、飛ばされたイムトポールに向かってそれを投げた。地面に叩きつけられたイムトポールは、そのままの体勢で腕を振ってそのナイフを弾くと、ゆっくりと立ち上がった。
「見事だ。これでは闇王が敗れたのも無理はない」
小さいが不自然によく通る声だった。イムトポールは楽しそうな笑みを浮かべさらに続けた。
「まさかここまで人間に楽しませてもらえるとは、予想以上だ。もっと楽しくしようじゃないか」
イムトポールが両手を広げると、その足元から闇が広がり、そこから魔物達が這い出してきた。
「パーティーだ。お前達のゲストも来たようだし、ちょうどいい」
環が後ろを振り返ると、ミラ、ソラ、ミニックの3人がこちらに向かって走ってきていた。