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大賢者

 魔物達と魔族との遭遇から12日。その後は何事もなく、隊商は商業都市エズラに到着した。一行は休む間もなく、ミニックの案内でハティスに会うために出発した。それから2日、町から離れた、小さな湖のそばに建てられた小屋が見えるところに、一行は到着した。


「あれ? またずいぶんぼろいところに住んでるね」


 環は小屋を指差してそう言った。


「ええまあ、師匠は変わり者なんです。ずっと閉じこもってたと思うと、突然どこかに旅に出たりで」

「じゃあ、今はいるのかな」

「さあ、たぶんいると思いますけど。僕が先に行って確かめてきますよ」


 そう言ってミニックは1人で小屋に向かって走っていった。その後姿を見ながら、ミラは疑わしそうな表情を浮かべていた。


「本当にこんなところに大賢者なんて人がいるんですかね」

「いて欲しいもんだね」


 環は腕を組んでそう答えた。しばらく待っていると、小屋に入ったミニックが出てきた。大きく手を振って、待っている一行を呼んでいるようだった。4人はそれに応じて小屋の目の前まで来た。


「全員来たのかね?」


 小屋の中から、穏やかだがよく通る声が聞こえた。


「はい」


 ミニックが大声で返事をすると、白いローブを着た、大柄で白髪の初老の男が小屋の中から姿を現した。男は一行をさっと見まわしたが、カレンのところでその視線を止めた。何かを言おうとしたが、何も言わずに視線を環に移し、その指にはまっている指輪を見た。


「見たところ、君が勇者かな。待っていたよ」

「ああ、俺は環。それでそっちが大賢者ハティスさんか」


 環のストレートなものの言い方に、男は少し笑った。


「昔はそう呼ばれたこともあった。正直、気に入らなかったがね」

「気に入らないってだけで、人の記憶をいじった?」


 そう言った環の表情は変わらなかったが、かえってそれが怒りを抱えているように見えた。ハティスはそれを見てためいきをついた。


「君がどんな答えを期待しているのかはわからないが、おそらく、あまりいい返事はできないな」


 環はそれを聞いてカレンのほうを見た。


「カレンはそれでいいのか」

「タマキ様、私のことでしたらご心配なく。大丈夫ですから」


 カレンの返答に、環はしばらく黙っていたが、気を取り直すと再びハティスに目を向けた。


「まあこのことは置いておくとして、なんで俺達が知の都に行くのがわかってたのかな。こんな指輪に道案内まで用意しておいて」

「この世界で何かを知りたいと思ったら、あそこにたどり着くものだ。それに、ミニックの案内でここまで楽に到着できたろう」

「でもあんたは、この指輪はカレンと一緒に自分を探しに来た者に渡すようにと、館長に託していた。ひょっとしたら勇者とやらは1人であそこに行ったかもしれない。大体、あんたがこの指輪を館長に渡したのは俺が呼び出されるずっと前だ。ミニックだって、ひょっとしたら何ヶ月も待ちぼうけを食うはめになったかもな」

「勇者がいずれ呼び出されるのはわかっていたことだ。待ちぼうけなら、路銀はたっぷり渡しておいたから心配はいらん。それに、一緒に旅をするほど、カレンに信頼されず、カレンことも信頼できないような者なら、私としては用がないし、それでは勇者としての資格がない。少なくとも私は認めん」


 静かに断言するハティスに、環は苦笑いを浮かべた。


「一体カレンにどんな役割を背負わせてたんだ?」

「勇者を守り、共に戦うこと。ただし、それは私自身が見きわめること」


 環の問いに答えたのはカレン自身だった。ハティスは重々しくうなずいた。


「その通りだ。そして、タマキ君、改めて言わせてもらおう、私は君を、君達を待っていた」

「それは、なんのために」

「もちろん世界を救うためだ」

「世界を救うね、スケールが大きすぎてピンとこないな」


 ハティスは環のことを不思議なものを見る感じで見た。


「そうでないなら君はなんのために戦ってきたんだね?」

「別に、そうできるから、目の前にいる人を守るだけだよ。確かに今は力があるけど、世界そのものなんて救えるとは思えないし、全てを守ることなんてできないんだから」

「ふむ。意外と冷めとるな」

「冷めてるんじゃない。全ては守れない、だからこそ、守れるんなら絶対にそうするんだ」


 しばらくの間、環とハティスは無言で対峙していた。その沈黙を破ったのは環だった。


「封じた記憶は取り戻せるのか?」

「もちろんできる、そのつもりだ。ただ、ちょっと時間がかかるな」



 ミラとソラとミニックは小屋から離れた場所で適当に座っていた。


「あのさあ、本当にあの爺さんが大賢者なんて呼ばれてたの?」

「僕は知りませんよ。ただ旅先であの人が魔物と戦ってるのを見たんで、それで弟子にしてもらっただけですから」

「弟子になりたくなるほどすごかったのかい?」

「それはもう。まあタマキ先生ほどめちゃくちゃじゃないですけどね」


 3人は一斉にうなずいた。


「3人で何を話してるんだ?」


 そこに環がぶらぶらと歩いてきた。3人は話を中断して立ち上がった。


「タマキ師匠、カレン師匠と一緒じゃなくていいんですか?」


 ソラの言葉に環は首を横に振った。


「しばらく時間がかかるらしいからね。これからの戦いのために休んでおけだってさ」

「これからの戦い? 問題の魔族はもう倒したんじゃないんですか?」


 ミラは不思議そうに言った。


「魔族はまだいる。だからそれに備えないといけない、っていうのがあの爺さんの言いぶんなんだ」

「本当なんですか? そうだとしてもノーデルシア王国を襲ってた闇王っていうのより強いのがいるんですかね」

「少なくとも1人、性質の悪そうなのがいるな」


 環がそう言った瞬間、その背後に何かが勢いよく落ちてきた。


「プロテクション!」


 環は振り返るより早く魔法の盾を展開し、自分と3人を包んだ。それが落ちてきた何かが引き起こした爆発を遮った。爆発の後に残された煙がひいた後、環が振り返ると、そこにいたのは髪の長い女のような魔族、イムトポールだった。


「またあんたか。一体何の用だ」


 イムトポールはそれに答えず、無言で立っているだけだった。環の後ろの3人はそれぞれ身構えた。環はそれを手を上げて制止した。


「3人は小屋に戻ってるんだ」

「でも!」

「姉さん! ミニックも!」


 ソラは踏み出そうとするミラと魔法を使おうとしたミニックを止めた。


「僕達がかなう相手じゃない、足手まといになるだけだよ」

「早く行くんだ」


 環の言葉に押されるように、3人は後ろに下がった。


「無理はしないでくださいね!」


 ミラはそれだけ言って小屋に向かって走り出した。ソラとミニックもそれに続いた。


「さて、もう一度聞こうか。一体俺に何の用だ」

「私と一緒に来てもらおう」

「あんまりうれしくもないお誘いだな。目的は何だ」

「来ればわかる。どうだ、これはお前にとって悪い話ではないぞ」

「いいか悪いかは俺が決めることだ。それに、お前ら魔族に協力するってことは、この世界の人間の敵になるってことだろ。それはできない相談だな」

「ほう、異世界の人間がなぜそこまでこだわる。無理矢理この世界に連れてこられたのだ、恨みを抱くのではないか?」


 環はにやりと笑った。


「俺の前に呼ばれた人は、この世界の人間と結婚したんだよ」

「だが、その前に呼ばれた人間は我らの眷属となった」


 環はそれを聞いて、少し考え込むように沈黙してから口を開いた。


「なんとなく答えはわかる気がするんだが、一応聞いておこうか。それは誰だ?」

「お前が倒した、闇王と名乗っていた者だ」


 環は目を閉じて大きく息をはきだした。そして、全身に魔力を溢れさせ、目を開き、イムトポールをまっすぐ見据えた。


「くわしいことを教えろといっても、言いやしないよな」

「私と共に来れば話してやろう」

「それは無しだ。今ここで、力づくでも聞かせてもらうぞ」

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