魔族との遭遇
出発からちょうど20日。いくつかの町や村に立ち寄りながら、何事もなく隊商は進んでいた。そして、見通しのいい場所にさしかかった。
「平和だな」
「そうですね、と言いたいところですが、そうでもなさそうですよ」
環はカレンの視線の先を見た。まだ距離はあったが、何かが接近してきているのはわかった。
「隊商は引き返させましょう。ここではいい標的です」
「そうだな。それじゃ俺はちょっと行ってくるからここは頼むよ」
「わかりました」
環とカレンは荷馬車から別々の方向に降りた。環はバーストで跳び、カレンはレナルドの元に走った。
「引き返せとは、何があったのでしょうか」
「おそらく魔物です。タマキ様が迎撃に向かわれたので心配はないと思いますが、念のために引き返して距離をとったほうがいいでしょう」
「わかりました、そうしましょう」
レナルドが隊商全体に引き返すように指示を出した。カレンはミラ、ソラ、ミニックのところに足を運んだ。
「あなた達はこのまま隊商を護衛してください。私はここでしばらく様子をみます」
「わかりました、任せてください!」
ミラは元気よく返事をして、後ろの2人を伴って馬車から飛び降りた。カレンはその様子を見ながら、環が向かった方向をじっと見つめた。
その頃環は、数100体はいる魔物の集団の前に立っていた。ざっと見たところ、特に手強そうな魔物は見当たらなかった。
「お前らだけか? まあこれくらいならすぐに片付けられるからいいか」
環は自分の右手を魔物達に向け、魔力を集中させた。
「ミニミニシリーズはこのために考えたんだよな。いくぞ、10倍! マシンガンファイアボール!」
魔物達に向けられた右手から、小さな火の玉が凄まじい勢いで連射された。それは環の手の動きと共に、魔物を端から端まで掃射して小規模な爆発を数1000発引き起こした。
火の玉の嵐と爆発がおさまった後には、魔物達の残骸しか残っていなかった。環はそれを確認すると、隊商のほうに引き返そうと歩き出した。しかしそれは背後からの声で止められた。
「この骸達をもって姿を現せ、ボーンドラゴン」
振り向いた環の目に飛び込んできたのは、以上に魔物の残骸の中心に立ち手を掲げる、異常に髪の長い女のような存在だった。女のようなものの言葉に反応するように、魔物の残骸が動き出し、その頭上で何かを構築し始めた。
「あんたは何者だ」
環の問いに、女のようなものは薄ら笑いを浮かべた。
「理の外にある者、ノーデルシアの勇者。今の魔法といい、実に興味深いな」
「意味がわかるようにしゃべってもらいたいな」
「そのうちわかる時が来る。今はこいつと遊んでいてもらおう」
女のようなものが指をならすと、集まった魔物の残骸が一気に竜の形になった。醜悪で腐臭の漂うボーンドラゴンだった。
「私のことはイムトポールとでもしておこう。また近いうちに会うことになる」
そう言ってイムトポールと名乗ったものは闇に消えた。後には腐臭漂うボーンドラゴンと環だけが残された。
「面倒なもん残してくれたよ」
一方カレンは、隊商が避難した後も動こうとせず、その場に止まっていた。その距離からでもボーンドラゴンの不気味な姿はよく見えた。カレンは動こうとしたが、何かの気配を感じ、ショートソードを抜いて勢いよく振り向いた。
「これが混沌の魂を持つ者。なるほど、興味深い」
環の前にも現われたイムトポールが立っていた。カレンは油断なく構えた。
「失礼ですが、あなたは」
「イムトポールとでも呼ばべいい。少し確かめさせてもらおう」
言葉と同時にイムトポールはカレンに飛びかかっていった。カレンはそれをかわしながら、その胴体を斬りつけた。だが、その一撃は皮膚にあっさり弾き返された。イムトポールは着地してから振り向くと、薄ら笑いを浮かべた。
「魔族ですか。手加減は無用のようですね」
カレンは眼鏡を外して、それをしまった。赤い瞳がイムトポールを見据えた。
「それでいい」
イムトポールは火の玉を作り出し、カレンに放った。カレンはそれに炎をまとったナイフを投げつけて爆発させると、その爆発の中を駆け抜け、雷をまとったショートソードを振り下ろした。イムトポールはそれを横に跳んでかわし、側面からカレンに向けて氷の牙を3発放った。
カレンはショートソードに氷をまとわせると、2発を打ち払った。さらにダガーを逆手で抜くと、それにも氷をまとわせ3発目も打ち払った。そのままイムトポールにダガーを投げつけてから突っ込んで行った。
イムトポールは投げられたダガーをつかんで投げ捨てると、上空に飛んでカレンの突撃をかわした。そしてそのまま一気に急降下した。斬撃を避けられたカレンは隙ができているように見えたが、振り下ろしたショートソードを握る手に力をこめると、闇の大剣を一気に作り上げ、それを降下してくるイムトポールに合わせて思い切り振り上げた。
避けようがないようなタイミングのはずだったが、イムトポールは何事もなくカレンから少し離れた場所に降り立っていた。
「なるほど。大した力だ」
「あなたも、どうやら下級の魔族ではないようですね」
カレンの一言にイムトポールは軽く笑った。
「また近いうちに会うことになるだろう。それまで平穏を楽しんでおくといい」
それだけ言うとイムトポールは飛び上がり、空に消えた。
「バースト!」
環は爆発を利用して横に跳び、ボーンドラゴンのブレスをかわした。ブレスを浴びた地面は焼けただれ腐敗臭を放っていた。環はそれを見て苦笑いを浮かべた。
「これは浴びたくないな」
環はそう言ってから、ボーンドラゴンに向かって両手をかざした。
「とりあえず落ちてもらおうか。5倍アイスバイト! ダブル!」
その両手から巨大な氷の牙が飛び、ボーンドラゴンの片方の翼を貫いた。ボーンドラゴンは醜いうめき声のようなものをあげると、バランスを崩し地面に落ちた。だが、すぐに体勢を立て直し立ち上がった。
「立ち上がらせるかよ! バースト!」
環はそれに突っ込んでいき、すれ違いざまに思い切り頭を蹴り飛ばした。ボーンドラゴンは再びバランスを崩し、倒れた。環は着地するとすぐに振り返り、それに手を向けた。
「10倍マシンガンファイアボール!」
小さな火の玉がボーンドラゴンの体に次々に着弾し、その爆発が体を覆った。だが、その中でボーンドラゴンは咆哮をあげると、傷ついた翼を渾身の力で動かして上空に飛び上がった。そして、環を圧殺しようと一気に降下してきた。環はその巨体に向けて両手をかざした。
「10倍プロテクション!」
環の両手を中心として展開された魔法の盾が巨体を食い止めた。
「10倍ブリザードストーム!」
その声と共に、魔法の盾を展開したままの環を中心として凄まじい吹雪が起こった。ボーンドラゴンはその吹雪に巻き込まれ、上空高く運ばれた。
「とどめだ! 20倍! メテオストライク!」
ボーンドラゴンが頂点に達した時、燃えさかる巨大な岩石がそれを直撃した。すさまじい爆発と共に、塵も残さずにボーンドラゴンの巨体は蒸発していた。環はそれを確認してから、カレンのいるところに戻っていった。
「激しい戦いだったようですね」
カレンは1人で環を迎えた。
「ああ、なんか変なのが出てきたおかげで大変だったよ」
「こちらにもイムトポールと名乗る魔族が現われました」
「そいつだ、臭い竜を呼び出してきた。また会うとか変なことを言ってたよ」
「私にもそう言いました。なかなか油断できない相手のようです」
そこまで話すと、2人は無言で目を合わせた。
「標的は俺達かな」
「そう考えたほうがよさそうですね」