隊商
ジョアンを伴って宿に戻った3人だったが、そこには環とカレンの2人と話をしている見知らぬ男がいた。
「父さん!」
ジョアンがそう言ってその男の前に飛び出した。
「ジョアン、どうしたんだ? それに、そちらの方々は?」
「市場でひったくりにあったんですが、こちらのミラさんに助けていただいたんです」
「そうか、怪我はなかったか」
「はい、大丈夫です」
男はそれを聞くと立ち上がってミラに頭を下げた。
「息子を助けていただいてありがとうございます。私はレナルド、小さな隊商をやっているものです」
「えー、私はミラです。えー、修行中の剣士ですが、えー、よろしくお願いします」そこまで言ってから、ミラはカレンに助けを求めた。「カレン師匠ー、助けてください」
レナルドは不思議そうにカレンを見た。
「お知り合いですか?」
「はい、旅の連れです」
「あの、師匠っていうのは」
ジョアンの疑問にはソラが答えた。
「言った通りの意味で、そちらのお2人は僕達の師匠です」
それを聞いてレナルドは面白そうな表情になった。
「ほう、縁というのは不思議なものですね。これはタマキさんとカレンさんの頼みも断れなくなりましたな」
「それじゃ、商業都市エズラまで護衛の件は了承してもらえたってことでいいのかな」
「はい、息子を助けていただきましたし、あなた達が信頼に足る人物だというのもわかりました」
「あとはルートの調整ですね」
カレンの言葉にレナルドは笑顔で応えた。
「それはこれから相談しましょう。我々も商売がありますから」
「それはわかります。ですが、我々としても、少しでも早くエズラに到着したいのです」
それから、カレンとレナルドは具体的な話にはいる雰囲気になった。
「それじゃ、俺達はちょっとそこらへんぶらぶらしてくるから、カレン、後は頼んだよ」
環はそう言って立ち上がると、4人をつかまえて宿の外に出て行った。
その日の夕方、話はまとまり、レナルドはジョアンを連れて隊商の宿に戻っていた。環とカレンは宿の1階の食堂兼居酒屋のようなところで向かいあって座っていた。
「隊商と同行はできるようになったわけだけど、目的地まではどういうルートなのかな」
「多少遠回りになる部分もありますが、おおむね問題ありません。考えていたよりも早くエズラに到着できそうです」
「安全な旅になると思う?」
「ほとんどは安全だと思います。多少危険な場所もあるようですが、問題になるほどではありません」
「もし魔物やらなんやらが出てきたらどうしようか」
「被害がでないように、できるだけ隊商から引き離して相手をしたいですね。それに、タマキ様の正体は明かしていませんし、明かすつもりもありませんよね?」
「別に隠すつもりもそんなにないけど、言いふらそうとも思ってないからそれがいいか。まあ、巻き添えにするのもまずいし、できるだけ離れて戦うっていうのはいいだろうね。そういえば隊商に護衛って元々ついてないの?」
「いますよ。固定で給料を貰っているそうなので、私達の同行は歓迎していても邪魔だとは思わないはずです」
「厄介ごとはなしか」
環は少し残念そうな顔をした。
翌朝、環達の宿にはジョアンが使いとしてやってきた。
「皆さん、準備は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。みんなは?」
「もちろん大丈夫です」
ミラは胸を張って言い切った。それから後ろのソラとミニックに振り返った。
「あんた達は大丈夫?」
「もちろんですよ、先輩」
「姉さんのほうこそ、本当に大丈夫なの?」
「当たり前でしょ。さあ師匠、行きましょう!」
ミラを先頭にして、一行は宿を出た。そして、厩舎のある町外れで隊商と合流した。出発はすぐで、環とカレンは荷馬車、他の3人は隊商の馬車に乗った。しばらく何事もなかったが、荷馬車に護衛らしき2人が近づいてきた。
「よお、あんたらが今回限りの護衛かい?」
環が声をかけてきた人物を見ると、背中に長い剣を背負っている男と、弓を持っている女がいた。
「ああ、そうだよ。で、あんたらは?」
「こっちがシェイラ、この隊商の護衛のリーダーだ。俺はエクセン、まあ副官だな」
「そうなんだ。俺は環、こっちはカレン。あとあっちの馬車に乗ってるのがミラとソラとミニック。まあよろしく頼むよ」
環はそう言って軽く手を振った。シェイラはその態度に少し眉をひそめた。
「他の人は見れば大体わかるけど、あなたは何が出来るのかしら?」
「俺? 俺は魔法使いだよ。けっこうすごい魔法使い」
環の口のききかたに、シェイラは明らかにいらついた表情になった。エクセンは楽しそうにしていた。
「それなら、その腕前を見せてもらいたいものね」
「それじゃ、わかりやすく3倍チャージ連射バージョンファイアボール」
環は上空に向けて3発の火の玉を立て続けに放った。その3発は派手な爆発をして空を彩った。シェイラとエクセンはそれを見て、しばらくの間言葉もないようだった。環とカレンは、特になんてことのないという表情だった。
「まあこんなもんだよ。納得してくれたかな」
「ああ、よくわかった。あんたがいりゃ安心だ」
エクセンはそれだけ言ったが、シェイラのほうはまだ何も言えないようだった。
「あー、シェイラさん、ご感想は」
「あ、ああ、確かにこれなら安心だ」
それだけ言ってシェイラは立ち去ってしまった。エクセンもその後を追った。
「ちょっとやりすぎたかな」
「そうですね。あんなことは普通はできませんから。非常識ですね」
そんな会話をしている2人だったが、シェイラは遠くから、ほとんど畏怖に近い目でそれを見ていた。エクセンはあきれたような表情で口を開いた。
「あのタマキっていう奴はとんでもないな。魔法使いは知ってるけど、あんなもん初めて見たぞ」
「そうね。あれだけでこの隊商は軽く壊滅する」
「そういえば、ノーデルシア王国を救ったっていう噂の勇者がいたよな」
「とんでもない魔法を使って、1人で魔物や魔族を壊滅させたっていう噂ね。1人で戦ったからあまり人の目にもふれず、戦いが終わってもほとんど姿を見せないっていう、半年前なのに伝説みたいな存在」
「ひょっとしてその勇者だったりしてな」
「まさか。それならこんなところを旅してるわけがない」
「わからないぞ。その姿を正確に知っている者はほとんどいないんだから」
エクセンはそう言ってタマキをじっと見た。そんなシェイラとエクセンのことを、馬車からじっと見る目があった。
「ふふ、あいつらきっとタマキ師匠の実力を見て震え上がってるに違いない」
「この天才魔導師の僕の先生なんだからそれくらい当然ですよ」
ミラとミニックはそう言って楽しそうに笑っていた。
「普通はあんなめちゃくちゃなファイアボールを見せられたらそうなるよ。あんなことできる人は他にいないだろうし」
ソラだけは冷静だった。ミラは笑うのをやめて、頭の後ろで手を組むんで後ろによりかかった。
「でもあれじゃ、仮に魔物なんかがでてきても私達の出番がなさそうじゃない?」
「そうだけど、危ない目に会うよりはいいじゃないか」
「甘い!」
ミラとミニックは同時に声を出した。
「もし魔物が出てきたんなら、貴重な実戦訓練になるんだから、できれば僕達で相手をしてやりたいね」
「ミニック、あんたもたまにはいいこと言うじゃん。ソラ、そんな消極的な姿勢じゃ、いつまで経っても1人前になれないよ」
「わかったよ」
ソラはためいきをついて馬車の外を見つめた。