自称天才魔導師
知の都に滞在して数日、環とカレンはハティスの日記のほとんどを調べ上げていた。足取りはかなりわかったのだが、最後の日付は、知の都に訪れた4年前のものだった。
「これだと、今どこにいるかは絞り込めないな」
「そうですね。それに、あまり重要なことは書かれていないようです」
「カレンのことも詳しくは書いてないな。10年も書いてるのに」
「6年前までは一緒だったのですけどね」
「まあ、なんにせよ、これ以上ここにいてもわかりそうなことはないか」
環はそう言って机の上に積み上げられた本を眺めた。
「問題はどうやって探すかだ。会う人全部の記憶を封じてるなら、人に話を聞いても決め手にはならないし」
「ですが、それは存在自体を忘れさせるものではありませんから、全くヒントがないわけではありません」
「そうだよな。誰かに会ったけど覚えていないっていううちの、不自然なのを探せばいいわけだ。でもそれも、人に会ってればの話か。でも何もないよりはましかな」
「エリット様のお話では、変わった人のようですから、人里からは離れた場所にいるかもしれません」
「とにかく動かないと駄目そうだね」
環は立ち上がって体を伸ばした。
「すぐに発ちますか?」
「そうしよう。俺はミラとソラを呼んでくるよ。受付で落ち合おう」
「では、私はここの片づけをしてから向かいます」
環はカレンと別れてミラとソラを探しにいった。2人はこの数日の間に定位置になった机にいた。ミラは机に突っ伏して熟睡、ソラは魔法や精霊に関して書かれた本を手当たり次第に読んでいた。
「2人とも、そろそろ出発するぞ」
その一言に、ミラは勢いよく立ち上がった。
「やったー! ソラ、早く本返してきなさい」
対照的にソラはがっくりとうなだれていた。
「出発ですか。あぁ」
それでもソラは立ち上がって本を抱え、元々あった場所に返しにいった。ミラもそれを手伝い、手早く本を片付けて戻ってきた。
「それでタマキ師匠、どこが目的地なんですか?」
「それが決まってないんだけどね。とりあえずはここから一番近い町かな」
「わかりました。すぐに準備をしてきます」
ソラは立ち直ったらしかった。
「じゃあ受付で集合しよう」
そう言って環は2人に背を向けた。その向かった先はエリットの部屋だった。環はドアをノックして返事は待たずに中に入った。
「おや、タマキ様。どうしました?」
「いや、そろそろ出発しようと思って。だから挨拶にきたんですよ」
「ハティスを探しに行くんですね。どこから探しに行くおつもりですか?」
「まず、一番近くの町に行くつもりですよ。そこからは一番長く滞在したっていう場所の近くの村に行くつもりです」
「そうですか。旅の無事を祈ってますよ」
エリットはそう言ってから、机の引き出しを開けて小さな箱を取り出して、それを差し出した。環はそれを受け取って、それを開けた。
「これは、指輪」
「ハティスから預かっていたものです。カレンと一緒に自分を探しにくる者がいたら渡すようにと、頼まれていたのですよ」
「なるほど」環は指輪を取り出すとそれ左手のひとさし指にはめた。「ぴったりだ。この指輪、きっと、なにか意味があるんだろうな」
「そうだと思いますよ。では、幸運を祈ります」
「ええ、行ってきます」
環は立ち上がって部屋から出て行った。
それから受付に来た環だったが、そこではミラが大きな声を出して誰かと言い争っていた。その相手は陰になっていて見えなかった。
「あんたみたいな怪しい奴を師匠に会わせるわけないでしょ!」
「ふん、半人前の剣士風情が。いいからさっさと勇者とやらを連れてくるんだ」
環は離れたところでおたおたしているソラに声をかけた。
「ソラ、あれは何やってるんだ」
「あ、はい。それがあの変なのが、勇者がここにいるはずだって押しかけてきたみたいで」
「変なのね」
そう言いながら環はミラの背後に移動した。ミラと言い争っていたのは、長袖と長ズボン、小ぶりなマントに腰にはメイスを下げている、ミラやソラと同年代くらいの少年だった。
「探してるのは俺かな」
「な、師匠、なんでここにいるんですかあ!」
「いや、ここに集合って言ったじゃないか」
「そ、それはそうですけど、時と場合というものが」
「そうか、お前が勇者か!」少年は環に向かって指を突きつけた。「この天才魔導師ミニック様と勝負しろ!」
「勝負?」
「そうだ、勇者というくらいだから腕は立つんだろう。僕が戦ってやるのにふさわしい」
「この、言わせておけば偉そうに」
飛びかからんばかりのミラを押さえながら、環はどうしたものかと考えていた。そこにタイミングよくカレンが来た。
「タマキ様、何かあったのでしょうか」
「いや、それが俺と勝負したいって言うんだよ、この子が」
「勝負、ですか」
カレンはミニックをじっと観察した。
「とりあえず場所を変えたほうがよさそうですね」
4人にミニックを加えて、一行は知の都を出発した。ある程度都から離れ、見通しのいい場所に到着すると、カレンは荷馬車を止めた。
「このあたりなら思う存分できますよ」
「思う存分ね。面倒くさいな」
環は荷馬車から降りて歩いていくミニックの後ろ姿を見ながらぼやいた。
「そうです。あんなのの相手をすることなんてありません」
「でも、あれだけ言うならどのくらいの実力があるのかちょっと興味があります」
ミニックのことが気にくわない様子のミラとは逆に、ソラはミニックに興味があるようだった。
「そうだな、俺のことを探しまわってたんなら、相手をしてやらないのも可哀想か」
そう言った環は荷馬車から降りてミニックの後を追った。ミラとソラもそれについていこうとしたが、カレンが2人を止めた。
「2人とも、あまり近づかないほうがいいかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「見てればわかる、かもしれません」
ミラは渋々、ソラは特に何も言わずにその言葉に従って、荷台から環とミニックを見つめた。2人はある程度の距離をとって対峙したところだった。
「いつでもいいぞー」
環は手を振ってそう告げると、体の力を抜いてゆったりと立った。ミニックは両手を前に突き出した。
「ファイアウォール!」
その声と同時に、ミニックの前に炎の壁が出現した。そして、それは環に向かってどんどん伸びてきた。
「面白い魔法だな」
環は余裕を持ってそれを観察しながらつぶやいた。そうしているうちに、炎の壁は環を包み込むように広がった。そして、それは一気に環を中心に収縮した。
「どうだ!」
燃えさかる炎を満足気に見ながら、ミニックは膝に手を置いて肩で息をしていた。
「バースト!」
だが、環の声と共に炎は爆風によって一瞬で吹き飛ばされた。
「今のはけっこうすごかったよ」
その傷1つない環の姿を見て、ミニックは慌てて体勢を立て直して、手を環に向けた。
「クソッ! ライトニングボルト!」
だが、パチッという音がしただけで何も起こらなかった。なんどやっても同じだった。環はそれを見て空を見上げた。
「ちょっと寒いと思うけどね。ブリザードストーム、弱」
ミニックを中心として、いきなり小規模な吹雪が起こった。環はそれを数秒ですぐに解除したが、ミニックはぼろぼろになって地面に転がっていた。環はそれに近づき、しゃがんで状態を確認した。
「おーい大丈夫か? ちょっとやりすぎたかなあ」
環の声にミニックはがたがた震えながらもしっかり反応して、その手をつかんだ。
「で、で、で、弟子に、してください」