都へ
荷馬車に揺られながら、環はミラとソラに話を聞いていた。
「ミラの剣は聖剣ってやつなんだ」
「はい。選ばれた者しか使えない由緒正しい剣なんです」
「その力が町でやってみせた剣が光るアレか」
「そうです、あの力を使うと古今無双の剣豪達に肩を並べるほどの力が発揮できるんです」
「でもまだうまく使えないと」
「はい、恥ずかしながら」
ミラはうつむいてため息をついた。環は今度はソラのほうに顔を向けた。
「で、ソラは風の精霊の力を使えるわけだ」
「いえ、僕は火の精霊の力も使えるんです」
「それは珍しいですね。2種類の精霊から加護を受けているというのは初めて見ます」
カレンは前を見たまま口を挟んだ。ソラは少しうつむいた。
「はい、そうなんですけど。僕はまだ一度にどちらか片方の力しか使えないんです」
「だからあの時は風の力だけだったのか。で、やっぱり片方だけでも、まだうまく使えないと」
「はい、まだまだ未熟です」
「なるほどね。才能は抜群てやつだ」
「そんなタマキ師匠、おだてないでくださいよ」
「そう言われると恥ずかしいです」
盛り上がるミラとソラだった。
「今はまだまだですけどね」
カレンの一言ですぐに盛り下がった。ミラとソラは少しがっくりしたようだったが、すぐに顔を上げた。
「でも僕達の力はあんなものじゃありません」
「そうです、もっとちゃんと見てもらいたいんです」
「それでは、見せてもらいましょう」カレンはそう言って馬車を止めた。「少し早いですが、昼食の準備もありますからね」
御者台から降りたカレンは、道から離れた場所まで馬を引っ張っていき、杭を地面に打って馬をそこに結わえた。環達も必要な荷物を持って荷台から降りた。
「カレン、こっちは俺がやっておくから、2人のほうはまかせるよ」
環は食料や調理道具を下ろしながらそう言った。カレンはうなずいてミラとソラに歩み寄った。
「では、少し離れた場所で始めましょうか」
「はい、わかりました」
ミラとソラは声を揃えて気合をいれると、カレンについて行った。カレンは適当な場所まで歩くと、振り返ってショートソードを抜いた。
「まずはミラ、あなたからです。自由に打ち込んできてください」
「は、はい」
ミラは1歩踏み出して剣を抜いた。そして、上段から一気にカレンに斬りかかっていった。カレンは足と上体を少しだけ動かしてそれをかわすと、振り下ろされた剣を自分のショートソードで上から押さえつけた。
「本気できてください」
カレンはそう言ってからミラの剣を自由にすると、数歩後ろに下がった。ミラは剣を構えなおすと、息をゆっくりと吐いた。その手の中の剣が淡い光を発した。
「いきます!」
声と同時にミラは一気にカレンとの間合いを詰め、袈裟切りに剣を振るった。カレンはそれを簡単に避けたが、すぐに逆袈裟の剣が襲いかかった。だが、それも後ろに跳んでかわした。
「踏み込みが甘いですね」
カレンはそう言って、さらに振るわれる剣を避けたり、ショートソードで受け流したりしていた。ミラはそれに答える余裕はなく、必死に剣を振るった。だが、それもカレンには全く届かなかった。
「やあぁぁぁぁぁ!」
ミラは気合と共に上段から渾身の力を込めて打ちかかったが、途中で剣の光が消え、動きが鈍った。カレンは横にかわすと、足をかけてミラを転ばせた。ミラはもろに顔面から地面に突っ込み、しばらくしてからやっと立ち上がった。
「イタタ、ひどいですよカレン師匠」
「その剣の力は悪くありませんが、不安定ですね。それに力が消えた瞬間に動きが鈍くなりすぎですよ。実際の戦いでは命取りになります。剣の力を安定して使えるようなるのも重要ですが、元の実力もしっかり上げる必要がありますね。それができれば大きな力になりますよ」
「がんばります!」
「次はソラ、あなたの番です。精霊の力でも魔法でも好きなほうできてください」
「わかりました」
ソラは杖を両手でしっかり握り、地面に突き立てた。
「風よ!」
声と共に、強烈な疾風がカレンに襲いかかった。だがカレンは落ち着いてその疾風の規模を見極め、その線上から身をかわした。
「まだまだ! 風よ切り裂け!」
今度は凝縮された風が刃のようになってカレンに向かって来た。だがカレンは今度は避けようとせず、正面からそれをショートソードで両断した。風の刃は真っ二つになり、カレンの背後にばらばらに着弾した。
「そこで休まず攻撃ですよ」
カレンはそう言いながら駆け出し、ソラとの間合いを一気に詰めた。ソラは少しあわてたような表情を見せた。
「風、じゃなくて火よ!」
ソラは目の前に炎の壁を出現させたかったのだが、あわてたせいか、それはせいぜい焚き火程度になってしまった。そうしているうちにもカレンはどんどん迫ってきた。
「か、風よ! ってうわぁ!」
ソラは自分を風で横に吹き飛ばしてしまった。杖を手放して地面に転がったソラは顔面を打ったのか、しばらくうずくまっていた。
「あれくらいで失敗してしまってはいけませんよ」
カレンはショートソードを収めてからソラの手をつかんで立ち上がらせた。
「それに、風と火の精霊の力を同時に使えるようになるべきですね。愛称がいい組み合わせですし、うまく使えればそれも大きな力になります」
「はい、がんばります」
「それでは戻りましょうか」
3人は環のいるところまで戻った。環はちょうど材料を入れた鍋を火にかけたところだった。
「ああ、戻ったんだ。それで、どうだった?」
「2人とも課題はありますが、潜在的な力は大きいですね。それから、ミラは私が教えられますが、ソラはタマキ様が教えたほうがいいと思います」
「でも、俺は精霊の力なんて使えないけど」
「魔力の制御と似ているという話ですから、大丈夫ですよ」
「なるほど。それより、みんな立ってないで座りなよ」
3人は適当な場所に腰を下ろした。それから、ミラがおもむろに口を開いた。
「あの、師匠達はどこに向かっているんでしょうか?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「言ってませんよ。どうしますか」
「どうって、別に言っても何の不都合もないよね」
「はい」
それを聞いたミラは身を乗り出した。
「それで、目的地はどこなんでしょうか」
「エルドゥネス共和国の首都だよ」
「知の都ですか!」
ソラが興奮した様子で乗り出してきた。ミラはいまいちピンとこない様子だった。
「ソラ、そんなに興奮すること?」
「姉さん、世界最大の図書館を有すると言われる知の都だよ。誰でも閲覧を許されるわけじゃない、僕達だけじゃまず入れないよ」
「そんなすごいところなの? でも、師匠達は入れるんですか?」
「問題ないよ。まあコネってやつで」
「コ、コネ? すごいんですね師匠は」
「すごいのかな? カレン」
「よくあることではありませんね」
その会話にソラはしばらく呆然としていたが、だんだん喜びが湧き出てきたようだった。
「やった! 図書館、まさかあの図書館に入れることになるなんて」
今にも踊りだしそうなくらい喜んでいるソラだったが、ミラはそれをなにか理解できないもののように見ていた。
「そうかそうか、それはよかった」
環は楽しそうにそう言っているだけで、カレンは鍋の様子をしっかり見ていた。