出会い
出発してから2日経った。道中は平和で、特に何事もなかった。ちょうど昼食時になったので、カレンは馬車を止めた。
「そろそろ昼食にしましょう」
「あれ、もうそんな時間だった」
環はそう言って昼食用の道具と材料を持って荷台から飛び降りた。適当な場所を見つけてその荷物を降ろした。カレンは馬を少し離れたところにある木に結わえつけると、環のほうに歩いていったが、途中で何かを感じて森のほうを見た。
「どうしたの」
「何か聞こえませんか」
「何か?」環は立ち上がってカレンの見ている方向に目を凝らした。「俺には何も、いや、聞こえるな」
「戦いの音のように聞こえますね」
「行ってみようか」
「いえ、少し様子を見ましょう。どうやらこちらに近づいてきているようですし」
しばらく様子を見ていると、戦いの音はどんどん近くなってきた。そして、森から2人の人影が飛び出してきた。
「姉さんのバカヤロー! なにが森に入って軽く魔物退治でもしようだよ」
「あんなに出てくるなんてわかるわけないでしょ!」
環達のいる道と森はそれなりに離れていたが、それでも聞こえてくるほどの大声で2人は言い争っていた。その後ろからは魔物が数十体続いていた。
「なんだあれ」
「見たところ、1人は剣士、もう1人は魔法使いでしょうか。おおかた魔物を狩っていて深入りしすぎたのだと思います。どうしますか?」
「そりゃもちろん助けるさ」環は1歩森のほうに踏み出した。「まずは足止めだ。ミニミニアイスバイト、1000発くらい」
環の頭上に小さな氷の牙が大量に出現した。手を上げて、走ってくる2人に向かって大声を出した。
「お前ら、伏せろ!」
2人は声に反応してとっさに伏せた。それと同時に環が手を振り下ろし、大量の小さな氷の牙が飛んでいった。それは伏せた2人の頭上を通り過ぎ、魔物達に降り注ぎ、その足を止めた。
「カレンつかまれ、一気に跳ぶぞ! ストーンスキン! バースト!」
環とそれにつかまったカレンは伏せている2人と魔物達の間に一気に跳んだ。魔物達はミニミニアイスバイトで多少傷ついているようだったが、致命的な傷は負っていなかった。
「これってピットデーモンとオーガだっけ?」
「はい、オーガが3体もいますね」
「どうしようか」
「ピットデーモンのほうはタマキ様におまかせします。私はオーガを」
「わかった」
環はそう言って、ゆっくりとピットデーモンが密集しているところに歩いていった。ピットデーモンが飛び掛ってくると、手当たり次第に殴る蹴るで吹き飛ばし始めた。
カレンはショートソードを抜き放ち、オーガ3体と対峙した。まず一番近くにいるオーガに向かって、カレンはベルトからナイフを抜いて投げつけた。ナイフはオーガの目に刺さり、その動きが止まった。カレンは素早く走り、その喉のあたりをショートソードで一閃した。
オーガは声も出せずにうつぶせに倒れた。後方のオーガはそれにかまわず左右から2体同時にカレンに突進してきた。カレンはショートソードに雷をまとわせると、左のオーガにそれを飛ばした。それからすぐにショートソードに氷をまとわせ、長い氷の剣を作り上げると、右のオーガの振るった腕をかいくぐり、その胸元を深々と貫いた。そして、剣を抜き倒れるオーガから離れ、雷で倒れたオーガに近づき止めを刺した。
環のほうは、ピットデーモンを殴ったり蹴ったりしながら、それを1つの場所に集めていた。
「こんなもんでいいか、ライトニング!」
環が手を振り下ろすと、雷がまとめられたピットデーモン達を撃ち抜いた。集められたピットデーモンは全て灰になって消えた。それでも少数残っていたピットデーモンが環に左右から襲いかかったが、環は落ち着いて手を左右に広げた。
「バースト!」
両手からの爆発で残ったピットデーモンも吹き飛ばされた。背後の2人は呆然としてその戦いを見ていた。
「これで全部かな」
「そのようですね」
環とカレンはまだ立ち上がれない2人に視線を移した。
「おーい、大丈夫かい」
2人はその呼びかけに何かのスイッチが入ったかのように立ち上がった。
「あ、あの、助けていただいてありがとうございます」
剣士風の少女は勢いよく頭を下げた。そして隣をちらっと見ると、突っ立っている魔法使い風の少年の頭を無理矢理下げさせた。
「あー、2人とも怪我はないの?」
環がそう聞くと頭を下げたのと同じくらいの勢いで少女は頭を上げた。少年の頭も上げさせた。
「いえ、大丈夫です、全然大丈夫です」
「そっか、それならいいけど。ああ、そういえばまだ名乗ってなかったか、俺は環、でこっちがカレン」
「タ、タマキさんにカレンさんですね。私はミラといいます」
「僕はソラです。よろしくお願いします」
「そういえばさっき姉さんとか言ってたけど、姉弟?」
「はい私が姉でこっちが不肖の弟ですよろしくお願いします」
比較的落ち着いているソラと比べると、ミラは落ち着きがなかった。カレンは落ち着いているソラに声をかけた。
「あなた達の荷物はどうしたんですか?」
「荷物! そうだ荷物! ソラ、見に行くよ!」
ミラはソラの腕をつかんで駆け出した。環はその後姿を見ながらなんとなく笑みを浮かべた。
「なかなか面白い姉弟じゃないか」
「はい、妙な2人組みですね。見たところ姉のほうはレザーアーマーを装備していますが、あれは要所に鋼のプレートが入ってますね、上等なものです。剣もただの剣ではないですね。弟のほうの服も上等なようですし、ローブには何か魔法がかけられている感じがしました。杖もそうですね」
「よく見てるね。それで、どうしようか、行っちゃったけどあの姉弟」
「戻ってくると思いますよ。昼食にして待ちましょう」
「それがいいか」
2人は荷馬車の場所まで戻って、昼食の準備を再開した。そして、鍋の中のシチューがいい匂いを出し始めた頃、ミラとソラががっくりして戻ってきた。
「ああ、戻ってきたか。荷物はどうだったの?」
「それが、動物に荒らされたみたいで」ソラはぼろぼろになった袋をよく見えるように持ち上げた。「食料もお金もほとんどなくなってました」
ミラとソラはがっくりとうなだれた。カレンはその様子を見て、器とスプーンを取り出すと、シチューをよそって2人に差し出した。
「とりあえず食べて落ち着きましょうか」
ミラはうなだれたまま黙って器を受け取ると、一心不乱に食べ始めた。ソラのほうは多少遠慮しながら シチューを口に運んだ。環とカレンは自分達もシチューを食べながら2人の様子を見ていた。それからしばらくして、シチューを食べ終わった2人はだいぶ落ち着いたようだった。
「落ち着きましたか?」
カレンがそう聞くと、2人とも首を縦に振った。
「それでは事情を話してもらえますか? 話したくなければそれでもかまいませんが」
「はい、私達は家の事情で修行の旅をしているんです。家のことはわけあって明かせないのですが、決して怪しいものではありません」
ミラはだいぶ落ち着いたようで、しっかりした口調だった。
「修行の旅ね。じゃあ森で魔物と戦ってたのもそういうわけなのか」
「そうです! 世のため人のため私達のためです!」
ぐっと拳を握って、ミラは力強く宣言した。
「姉さん、あんまりきまってないよ、それ」
ソラは冷静な一言を発した。カレンは眼鏡の位置を直してから、2人の顔を交互に見て口を開いた。
「修行の旅ということですが、どこか目的地はあるのですか?」
「いえ、特に目的地は決めてません」
「そうです、私達が探しているのは場所ではなく人なのです」
「人って?」
環の問いにミラは胸を張った。
「もちろん師匠です」
2人は目を輝かせて環とカレンを見つめた。