混沌の存在
環はベッドから出て城内を歩いていた。カレンはその後ろに影のようについていた。
「タマキ様、どちらに行かれるのですか」
「まず飯、と言いたいところだけど、ロレンザさんに聞きたいことがあるから、ホールだよ」
ホールの入り口に着くと、ちょうどロレンザが戻ってきたのと鉢合わせした。ロレンザは少し驚いた表情を浮かべた。
「タマキ様、目が覚めたのですね」
「ああ、カレンのおかげで助かったんだよ」
「うまくいったようで安心しました。それで私に何か用でしょうか」
「ああ、そのことだけど、とりあえず中で話そう」
3人はホールの中に入り、適当な椅子に腰を下ろした。
「用っていうのは、まあ聞きたいことがあるんだけど、闇王が俺のことを理の外にあるものとか言ってたんだけど、それってなんなんだろうって思ってさ」
「理の外にある者、ですか」
ロレンザは何かを思いついたようで、立ち上がって1冊の本を持ってきてそれを開いた。
「理の外にある者。それは我が国の建国の英雄の別名です」
「闇王はそれを知ってるのかな。そうだとしても、なんで俺のことをそんな風に呼んだんだろう」
「わかりません」ロレンザは首を横に振った。「ですが、その英雄は魔族を打ち破ったという伝説があります。それならば、その英雄と同じ魔法を使うタマキ様のことをそう呼ぶのはおかしいことではないと思います」
「ひょっとしたら魔族の連中は、その伝説をこっちよりよく知ってたりするのかな」
「魔族との戦いに関しては、そうかもしれませんね」
「でもわかんないなー。なんで今更そんな話を引っ張り出してくるんだろう」
環が頭をひねっていると、エバンスがホールに勢いよく入ってきた。
「タマキ! もう動けるのか?」
「ああ、大丈夫だよ」
エバンスはそれを聞いても安心できない様子で、タマキの正面に立つと、その両肩をつかんだ。
「本当に何ともないんだな?」
「もちろん。ばっちりだよばっちり」
エバンスはそれを聞いて、息を大きく吐き出した。そして自分も適当な椅子に腰を下ろした。
「ロレンザ、何の話をしていたのだ?」
「闇王がタマキ様を、理の外にある者、と呼んだということです」
「それは、伝説の英雄の呼び名だな。なぜその名を」
「それがわからないんだな」環はそう言って立ち上がった。「考えてもわかりそうにないから、飯でも食いにいくとしようか」
食事を終えた環は、水を1杯飲んでから正面に座るカレンに向き直った。
「ところで、平和そうだったから聞くの忘れてたけど、闇王はどうなったの」
「タマキ様と闇王の戦いに巻き込まれて魔物はほぼ壊滅してしまいました。闇王も傷ついたため、今回は退いたようです」
「それじゃあ、しばらくは時間があるんだ。あの闇王と戦うための対策を考えないとなあ」
カレンはそれを聞いて眼鏡の位置を少し直した。
「対策ならば、あります」
「それは、どんな?」
「場所を変えましょう」
カレンが立ち上がり、環はそれについて食堂から出て行った。しばらく歩いてから、環は目的地に気づいた。
「そっか、魔法の訓練所に行くんだ」
「はい。今の時間だと誰も使っていないはずですから」
訓練所に到着してみると、カレンの言葉通り、そこには誰もいなかった。カレンは環のほうに向き直った。
「タマキ様の体には、私の魂の一部、純粋な混沌の力が存在しています。今はその力は私が封印しているのですが、封印と言っても完璧ではありません」
カレンはそう言ってどこかからダガーを取り出した。
「見ていてください」
カレンがダガーを握る手に少し力を込めると、ダガーを基に炎の剣が出現した。
「へえ、これはすごいな」
「封印していてもこれくらいの力は使えるのです」
「それが俺にもできるっていうこと?」
「はい。ですが、おそらくすぐにはできないはずです。そこで、少々荒っぽいやりかたになるのですが」
カレンは炎の剣を消してダガーをしまい、環に近づいてその手をとり、自分の両手で包んだ。
「ほんの少しだけ、タマキ様の中にある混沌の魂を開放します。違和感を感じたらすぐに言ってください」
「わかった」
環は目を閉じて自分の中に意識を集中した。最初は何も感じられなかったが、すぐに自分が飲み込まれるような強烈な違和感を感じた。
「待った! ストップ!」
違和感は収まらなかったが、それ以上広がっていくような感覚も止まった。
「タマキ様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。しかしこれはすごい、本当にこんな力が使えるのかな」
「使えなければいけません。それでは封印します」
カレンがそう言うと、環の中の違和感は小さくなっていった。だが、小さくはなってもその存在を感じ取ることはできた。カレンは環の手を放し一歩下がった。
「混沌の力を感じることができますか?」
「ああ、わかるよ。それで、これをどうすればいいの?」
「まずは、想像してください。例えば、さきほどの私の魔法剣のようなものを強く思い描いてください」
「想像か。じゃあ俺が使いたいものは」
「拳ですね」
カレンの言ったことは図星だったようで、環はにやりと笑ってそれに答えた。
「火傷とかしないよな」
「しようと思えばできますが、そうイメージしない限りは大丈夫です」
「それなら安心」
環は目を閉じて右手を顔の高さまで上げて、握った。その拳に力が込められてから数秒後、その拳を炎が包み込んでいた。環は目を開けてその光景をじっくりと観察してから、力を抜いて炎を消した。
「はー、これはすごい」
「さすがです」
「非常識だって言うんだろ。でもこれは使えそうだ」
「使える、と言いますと」
「闇王には遠くから魔法を撃ってもほとんど防がれてたんだ。まあ直接突っ込んでいってもだめだったんだけどさ、まあそこはなんとか隙を作って、こいつで殴りつけてやればけっこう効くんじゃないかな」
「そうかもしれませんね。ですがそれだけではなく、他のものも使えなくてはいけません」
「魔法で言ったら、あとは氷と雷。どうせなら両手でやってみるか」
今度は両手の拳を上げた。目を閉じず、軽く力を込めると、右の拳が氷、左の拳が雷をまとった。
「これだけの短時間でここまでできるものなのですね。」
カレンは心の底から感心しているようだった。環は満足げにうなずいて、両手の氷と雷を消した。
「なんかけっこう疲れるね、これは」
「慣れていないせいですよ。今日はこれくらいにして、タマキ様はお休みになるべきだと思いますが」
「わかった、そうするよ」
2人は環の部屋に戻ったが、その前にはエバンスが険しい表情で待っていた。
「タマキ、重要な話がある。カレンも一緒に来てくれ」
エバンスはそう言って部屋のドアを開けて中に入っていった。環も首をかしげながらそれに続いた。
「話っていうのは?」
環の問いに、エバンスは透明な石のようなもので出来た、指でつまめる程度の小さなキューブ状のものを取り出した。
「これを見て欲しい」
エバンスがキューブを空中に放り投げると、それは静止し、小さな闇王の幻影が出現した。
「人間の勇者、理の外にある者よ。貴様と決着をつけることにした。時間は3日後、貴様と戦ったあの場所だ。混沌の力を使う女も連れて来い。来なければ、こちらから行く」
闇王の幻影が消滅し、キューブが床に転がった。環はそれを拾い、握りつぶした。
「受けようじゃないか」
「私もご指名を受けたようですから、ご一緒いたします」