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心を支える力

「タマキの様子はどうなのだ」


 エバンスはなんとか自制してゆっくり歩きながらも、顔には焦りを浮かべていた。


「まだ意識が戻らないようです」後ろを歩くロレンザは落ち着いた口調だった。「魔力と体力の消耗による衰弱で命に別状はないというのが医者の見立てですが、カレンは違う意見があるようです」

「カレンが? それはすぐに聞く必要があるな」


 エバンスは歩みを速めた。そして、環の部屋の前まで来ると、いきなりドアを開けて中に入った。中にはベッドに寝かされている環と、その側の椅子に座るカレンがいた。カレンは立ち上がり、エバンスに頭を下げた。


「タマキの様子はどうだ」

「危険な状態です」

「医者は命に別状はないと言っているようだが?」


 カレンは首を横に振った。


「エバンス様。これは私の推測でしかないことですが、このままではタマキ様が目覚めることはありません」

「どういうことだ。何が問題だというんだ?」

「タマキ様の魔力の源です。それは、精神、心だと思われます」

「心、だと」

「はい。おそらくタマキ様はご自身の心を魔力に変えていたのです」

「なぜ、そう言えるのだ」

「ヨウコ様のことを思い出してください。あの方は戦いには恐怖を抱いていらっしゃいました。しかし、タマキ様にはそれがありませんでした。そして、ご自分が恐怖を感じなかったことに不審を抱いてらっしゃいました」

「しかしそれだけでは、そうは言えまい」

「タマキ様のこの世界への適応の早さと動じない態度は、あまりに不自然ではないでしょうか? おそらくタマキ様にとって一番大きな、守る、という心以外がほとんど魔力に変えられていたからこそ、そうなったのではないでしょうか」

「たしかにタマキにとって、守るということは重要なことだったようだが」

「そして、ダークデーモンと戦われた後、タマキ様は2日間目を覚ますことがありませんでした。いくら魔力を消耗したとしても、肉体的なダメージはそれほどでもないのに、そのようなことがあるものでしょうか?」

「つまり、その間タマキは失った魔力を取り戻すために、心のほとんどを魔力の回復に使っていたから目覚めなかったというのか。だが、最初の戦いの後ではそのようなことはなかった」

「それは消耗した魔力が少なかったからではないでしょうか。そして、今回の戦いではタマキ様は持てる魔力のほとんどを使ってしまいました」

「本来、タマキの心は回復はするはずだが、魔力が戻らない限りは空ろなままだというのか」

「はい。タマキ様の魔力の容量を考えますと、魔力が回復しきる前に肉体が持ちこたえられなくなってしまいます」

「なんということだ」 カレンの推測にエバンスは歯をくいしばった。「だが、人間ならば自身が生きる意思というのは根源的なもののはずだ。その心だけでもあれば目覚めることも出来るはずだ。だが、タマキの心の根本にあるものは」

「タマキ様にとって、心を占める一番のことは何かを守ること、なのでしょうね」

「そうか」エバンスは全身から力が抜けたようになり、椅子に座り込んだ。「我々は彼のために何もできないのか? 彼は我々のためにしか行動していないというのに」


 その落胆した言葉で、その場は沈黙が支配した。しばらくそのままの状態が続いたが、カレンが1歩踏み出して、その沈黙を破った。


「方法は、あります」


 ロレンザはその表情を見て、顔色を変えた。


「カレン、まさかあなたの力を使うつもりではないでしょうね。あなたの推測が正しいという保証はないのですよ。それに、使うとしてもどう使うというのですか?」


 ロレンザの問いに、カレンは目を閉じてしばらく考え込むようにしてから、おもむろに目を開いた。


「タマキ様に私の魂の一部を渡します。純粋な混沌の力ならばタマキ様の魔力を回復させることもできるはずです」

「そんなことができるというのか」

「できます」


 カレンはうなずいたが、ロレンザは首を横に振った。


「あなたは特別なのですよ。普通の人間が純粋な混沌の魂を少しでも得れば、その力に飲み込まれて魔族となるだけでしょう」

「いえ、そうならないための方法ならあります」

「それは、どういうことだ」

「タマキ様に渡す混沌の魂には封印を施しておきます。私だけが力の解放と制御を行えるようにするものです」

「魔力の回復のためだけに力を解放して、あとは封印しておくということなのか。魔力が回復したら魂を取り戻すことはできないのか」

「それはできません。魂を渡したら、それはタマキ様のものになります。それに、タマキ様ならば、混沌の力を使うこともできる気がするのです」

「カレン。そのような憶測は危険です」

「しかし、このまま何もしないでいることはできません」


 カレンは珍しく感情的になって声をわずかに荒げた。エバンスとロレンザはその静かな迫力に口をつぐんだ。


「申し訳ありません」カレンは落ち着きを取り戻し、頭を下げた。「ですが、私にまかせていただきたいのです」

「わかった」


 エバンスは間をおいてから、重々しく首を縦に振った。


「ロレンザ、行くぞ」


 部屋には環とカレンの2人だけになった。カレンはベッドの傍らの椅子に座ると、目を閉じてから眼鏡をゆっくりと外した。その目が開けられると、そこには赤い瞳があった。


 カレンは環の胸の上に手を置き、そこに意識を集中した。カレンの体から全てを飲み込むような闇が滲みだし、その手に集まっていった。


「混沌の力よ」


 その声に応えるように、カレンの手が触れそうなほどの闇に包まれた。1つ大きく息を吐いてから、その闇を一気に環の体内に流し込んだ。しばらくの間は、何も起きたようには見えなかった。


「解き放て」


 カレンの声と同時に環の体がわずかに痙攣した。そして、その体をうっすらと闇が包み込み始めた。カレンはよりいっそう意識を集中させた。


 環を包んでいた闇がその体に取り込まれた。カレンはそれを確認すると、環の胸に置いていた手をどかし、目を閉じてから眼鏡をかけた。



 目が覚め、体を起こした環の目に入ってきたのは、ベッドの傍らで自分を見守っているカレンだった。


「確か俺は戦って、負けたはずだと思ったんだけど」

「はい、その通りです」

「なんでここにこうして寝てるんだろう」

「私がお連れしました」

「カレンはただ者じゃないと思ってたけど、あの闇王って奴の前からよく俺を連れてこられたね」

「私にはちょっとした特技がありまして。けっこう役に立つものなんですよ」

「へえ、今度見せてもらいたいな。それで、俺はどれくらい寝てた、というか倒れてたのかな」

「まだ1日ですよ」

「それだけか。正直言って、もう目が覚めることはないんじゃないかと思ってたよ」


 カレンはその言葉に少し表情を硬くした。


「なんというかさ、倒れた時は消耗したというより、気力がなくなっていったんだよ、何も。それこそ目を開けてる気力すらなくなった」

「タマキ様、それはあなたの魔力に関係があります」

「魔力に?」

「はい。タマキ様は心を魔力に変えているのです。ですから、魔力が急激に使われると、それを補うために心が使われるのです」

「空っぽになるのか。意思のない体になるってことなのか」


 環は自分の両手の掌を見つめた。そして、その両手を握り締めた。


「それならなんで、今こうして起き上がっていられるんだ」


 その問いに、カレンは眼鏡を外して環の顔を見つめた。


「私の目を見ていてください」


 そう言って一度目を閉じると、ゆっくりと目を開いていった。環はそこにある赤い瞳を黙って見入った。しばらくそうしていてから、カレンは目を閉じ、眼鏡をかけ直した。


「何が見えましたか?」

「何でも見えたような、何も見えなかったような、不思議な感覚だった」

「タマキ様に見えたのは、純粋な混沌です。全てを飲み込み、全てを生み出す力です」

「何でそんなものが見えるんだよ」

「それが私の魂だからです。そしてタマキ様、今あなたの中にもそれは存在します」


 カレンの言葉を聞き、環は自分の胸に手を当てて何かを考えた。そうして、胸から手を放して顔を上げると、カレンの顔をじっと見た。


「そうか、目が覚めたのはそのおかげか。カレンには助けられてばっかりなんだな」

「いえ、うまくいく確証などはありませんでした。失敗したら、タマキ様は人間でない存在になっていたかもしれないのです。責められても、感謝されるようなことはしていません」

「その人間でない存在っていうのは」

「魔族です。混沌の力の負の側面、全てを飲み込む力に支配された存在です」

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