環の想いとカレンの力
それから数日の間、環はロレンザに話を聞きに行く以外はほとんど自室に閉じこもっていた。
「タマキ様、たまには外に出たほうがよろしいのでは?」
食事を持ってきたカレンはテーブルの上にそれを並べながら言った。環は起き上がろうとはしなかった。
「魔力をもっとうまく使おうと思ってさ。色々試してたんだ」
「魔法の増幅ですか」
「そう、でもなかなかうまくいかないんだよね。まあ全然駄目ってわけでもないんだけど」
「どういうことです?」
「魔法に込められる魔力には限界があるとしても、ひょっとしたら無理矢理魔力を注ぎ込めばなにか起こるんじゃないかと思ってやってみたんだけど」
「どうなったのですか」
「3倍くらい魔力を使ってみたら、まあ5割くらいは増幅できたかな」
「効率が悪い方法ですね」
「まあ、使えなくはないよ、チャージとは違ってこれならすぐに使えるしさ。まあこの方法は魔法の発動を止められないからチャージはできないんだな、最後の1発には使えるけど」
環は起き上がってテーブルに着き、パンをちぎってシチューに浸けて口に放り込んだ。
「それで、今日はどうなさるのですか?」
カレンは水差しからコップに水を注いで差し出した。それを受け取った環は一口飲んでから考え込むように腕を組んだ。
「さて、どうしようか」
その時、ドアがノックされた。カレンがすぐにドアを開け、兵士と言葉をかわした。カレンはすぐ振り返った。
「タマキ様の勘が当たったようです」
環は城壁に立っていた。
「まだ見えないな」
「ここまで到達するには、あと3日は余裕があるはずだ」隣に立つエバンスは笑ってそれに答えた。「もちろん、黙って待っているつもりはないが」
「軍隊を出すつもりかい」
「そうだ、今出撃の準備をしている」
「敵の正体はわかってるの?」
「魔物の軍勢ということくらいしかわからない。斥候の報告では、数はかなり多いということだ」
「出撃を止めることはできないのかな、俺が1人で行こうと思うんだけど」
「1人で行くのか。確かに、そうしたほうがいいのかもしれないな」
「そう、軍隊はここを守るために残しておいたほうがいいよ」
「しかし、本当に1人で大丈夫なのか? 闇王よりも強大な敵かもしれないんだぞ」
「だから1人で行くんだ。こう言っちゃなんだけど、あんな奴より強いのがいたら、軍隊じゃ相手にならないでしょ」
「残念だが、その通りだ」
「まあ、そんなのがいたら、俺だって1人でどうにかできるかはわからないんだけどさ」
「そうか、それでも行く気なんだな。我々を守るためか?」
「そんなところかな」そう言って環は笑った。「軍隊のほうは頼んだよ」
「わかった。君を信じる。軍は止めるように進言してこよう」エバンスはそう言って城内に戻っていった。「帰ってきてくれよ、タマキ」
「まかせておきなさいって」
環は気楽な様子で手を振ってエバンスを見送った。その横に立っているカレンは、対照的に固い表情だった。
「すぐに出発なさいますか」
「そうするつもりだけど」
「それでは馬車の手配をしてきます。城門前で待っていてください」
「わかった、まかせるよ」
城門前でカレンを待っていた環は、馬車の御者をしているカレンを見て少し驚いた顔をした。
「あれ、カレンが御者やるの?」
「そうですよ。野宿もしなくてはいけませんし、タマキ様だけではどこで戦えばいいのかもおわかりにならないでしょう」
「それもそうか。じゃあ出発しよう」
環はさっさと馬車に乗り込んだ。そして城壁にいるエバンスと葉子達に向かって手を振った。
「いってきまーす」
出発してしばらくしてから、環はカレンの隣に移動した。
「どうしました?」
「いや、この町とか色々見ておきたくて。考えてみれば、こっちに来てからあんまり外を見てなかったし」
そう言う環にカレンは笑顔を向けた。
「それではよく見ておいてください。タマキ様が守ろうとしているこの世界を、よく見ておいてください」
「そうだよな、よく見ておきたいな。別に、守るっていうのに理由は要らないんだけど」
「理由もなく命をかけるのですね」
「理由なんて探してたらそんなことはできないよ。できるからやる、それで十分じゃない? でもまあ、あるならあるで困るもんでもないね」
「やはりタマキ様は非常識ですね。」
「ま、そうかもね」
「そうであって、心の底から良かったと思います」
それから2人は黙って馬車に揺られた。町をぬけ道なりに進んで行き、見通しのいい草原に辿り着いた。
「タマキ様が戦うには、こうした場所のほうがいいでしょうね」
「そうだね、ここなら思う存分暴れられる」
「それでは野宿の準備をいたします」
そう言ってカレンは手際よくテントの設営や諸々の準備を始めた。それが終わると再び馬車の御者台に戻った。
「私は城に戻ります。タマキ様、危なくなったなら必ず退いてください」
「わかった。まかせておいてくれていいよ」
環が手を振るとカレンは馬車を反転させて城の方向に帰っていった。環はそれを見送ってから辺りの散歩を始めた。
カレンはしばらく進んでから、おもむろに馬車を止めた。
「さきほどから監視をされているようですが、なにかご用でしょうか?」
カレンがそう言うと、馬車の前方の空間が揺らぎ、人間の形をしたものが姿を現した。
「気づいていたか。貴様、何者だ」
「名乗るほどの身分はありません」
そう言ったカレンはいつの間にか右手にダガーを握っていた。
「そんな得物でどうにかできるとでも思っているのか」
「さて、どうでしょうか」
カレンは馬車から飛び降りて魔族の前に立った。そして、ダガーを構えて軽く力を込めると、それを基点に炎がロングソードのような形を作り出した。
「魔法剣だと? 貴様、本当に何者だ?」
「ですから、名乗るほどの者ではありませんよ」
カレンは一気に間合いを詰めて袈裟切りに炎の剣を振るった。魔族は上空に飛びそれをかわすと火の玉を4発放った。カレンはそれに対して剣にまとわせた炎を飛ばした。その炎は火の玉をかき消し、魔族をも呑み込んだ。
「これで終わりではないと思いますが」
カレンがそう言うと、魔族がその背後に着地した。
「大したものだな、だがこれはどうだ!」
魔族は氷の牙を爪のようにして飛びかかっていった。カレンは再びダガーに力を込めると、今度は氷が剣を形作り、それを振り向きざまに一閃した。剣は魔族の氷の爪を砕き、さらにカレンは左手で魔族の胸に突きをいれて弾き飛ばした。
「そろそろ終わりにさせていただきます」
そう言ってカレンは目を閉じて眼鏡を外した。氷の剣が消え、カレンの雰囲気が変わった。魔族はそれにはかまわずカレンに突っ込んでいった。そしてカレンの目が開かれた。
そこには血のような赤い瞳があった。そして、右手のダガーに力を込めた。
「混沌の力よ」
つぶやくと同時にダガーが全てを吸い込むような深い闇をまとった。そのダガーを振り上げると一気に巨大な闇の大剣が構成された。
「まさか!」
魔族の顔が驚愕に染まり、止まろうとしたが、そこに闇の大剣が振り下ろされた。魔族はその闇に呑み込まれ、跡形もなく消え去った。
闇の大剣もすぐに消えた。カレンは目を閉じると、眼鏡をかけてからゆっくりと目を開いた。そこには赤い瞳はなかった。