7 ウェイトレスさんの画力にビビる!
「あぁ! やはり!」
突然、ウェイトレスが空を見上げ、大きな声を出した。
な、何?
オレは彼女の視線の先を見る。
すると、そこに――信じられない光景が広がっていた。
空が……真っ暗になっている……って言うか、これは真っ黒……。
な、なんで?
ついさっきまで、あんなに明るくてフツーだったのに!
天気がめちゃくちゃ良かったのに!
オレがボーゼンとしていると、空の黒さは、どんどんその濃度を増していく。
気がつくと、オレたちがいるこの街の空は漆黒の闇に塗りつぶされていた。
まるで夜みたい、いや、夜よりも深い黒。
こ、こんな空って、存在する?
「あ、あの、これ、一体どういう現象なんです?」
オレが訊くと、ウェイトレスが怯えながら答える。
「あ、悪魔が来たのです!」
「悪魔?」
「はい!」
「悪魔って……あの、悪魔ですか?」
「そ、そうです!」
「この街って、その、悪魔が出るんですか?」
「あなたは本当に何もご存知ないのですか?」
「は、はい。何も知りませんけど」
「やっぱり……」
何かを確信したように、彼女がオレの手を取り、路地裏に引っぱりこむ。
そこは、通りより明るかった。
路地に隣接する民家が、灯りを点しはじめたからだ。
「あなたといっしょにご来店された、あの女の子なんですけど――」
「あぁ、はい。妹ですか?」
「妹さん? 本当に?」
「いや、まぁ、はい……」
「そういう『設定』なのでしょう?」
「え……」
「あの女の子は悪魔なのです! その、悪魔の手先と言いますか……」
「え……く、詳しく聞かせていただけますか?」
「今から一年ほど前――彼女は流れ者のように、この街の隣にある森にやってきました」
「一年ほど前……」
「そして彼女がやってきて半年が経った頃から――この街に悪魔が出現しはじめたのです!」
「半年……」
「以来、定期的に、悪魔がこの街を襲ってきます。街の人々の憩いの場所だったパクスの森も、あの子が住みはじめてから死の森と呼ばれるようになり――」
「え? いや、ちょっと待ってください」
「はい?」
「悪魔が定期的に現われはじめたのは、ポルティアが死の森に住みはじめて、半年後、ですか?」
「そうです」
「だからポルティアが悪魔の手先なんですか?」
「タイミングが良すぎるのです。あの子があの森に住みはじめてから、半年後に悪魔が現れた。これは、あの子と悪魔が内通してる証拠……」
「え、でも、半年も後なんですよね?」
「おそらく悪魔を手引きするのに時間がかかったのでしょう。いわゆる準備段階でしょうか?」
「準備に、半年……こんな小さな街に……」
「もちろん、いくつかの目撃情報も出ています」
「目撃情報、と言いますと?」
「あの子は時折、屋敷に怪しい修道士を招き入れていたのです」
「あ、あぁ……たとえば、オレみたいなやつですか?」
「はい。そしてその修道士たちは、一旦は街の人々と仲良くなります。ですが、ほとんどの者が……一ヶ月後、こつ然と姿を消していくのです……」
「姿を、消していくんだ……」
「おそらくあの少女に殺されたか……喰われたか……」
「えぇぇ……」
「単刀直入にお伺いします。あなたは悪魔ですか? 悪魔の手先なのですか?」
「そんな質問をして『はい、悪魔でございます』とぶっちゃける悪魔が、はたして存在するんでしょうか?」
「あぁ! たしかに! ま、まさか、そのような落とし穴があるとは――」
「いや、落とし穴でもないでしょう……」
この人は、一体何なんだろう?
美人なだけで、ちょっと天然?
「しかし私には、こういった聞き方しかできないのです。あなたは、悪魔ですか?」
「いえ、違いますけど……」
「やっぱり! 私、あなたは絶対に違うと思っていました。お顔を拝見した時、ピンときたんです! だからあなたをあの悪魔の少女から引き離さなければならないと――」
「ところで、その悪魔って一体どんなやつなんです?」
「とても恐ろしいルックスでございます。間違いなく、人間ではありません」
「もう少し具体的に説明していただけますか?」
「具体的……」
「もっと、こぉ、わかりやすい感じと言いますか……顔がこうで、体がこうで、全身がこんな色で、みたいな」
それにうなづき、ウェイトレスがタイトワンピースの胸元からメモ帳を取り出す。
すごい、巨乳……。
そこにサラサラと、何かを描きはじめた。
この異世界、とりあえず筆記用具はあるようだ……。
「こ、こんな感じです!」
彼女が、メモ帳に描いた悪魔の絵を見せてくる。
全身が真っ黒で、耳がピンと尖った生物がそこには描かれていた。
目はかなり吊り上がっていて、コウモリのような翼と、矢印みたいな尻尾が生えている。
「こ、これが……悪魔……」
思わずオレは、絶望の声をもらす。
絵に描かれた悪魔が恐ろしかったからではない。
彼女の画力が、ビックリするほど低かったからだ。
おそらくこれなら、オレが幼稚園の頃クレヨンで描いた絵の方が上手い。
「おわかりいただけますか? この悪魔の恐ろしさが……」
「いや、まぁ、そうですね……何と言いますか……致命的なレベルで、デッサンが狂ってます。まず〇と線を繋ぐようにして、体全体のバランスを――」
「ごめんなさい。おっしゃっていることがよくわかりません」
「あ、あぁ。まぁ、そうでしょうね。しかしこんなオーソドックスな悪魔が、果たして存在するんでしょうか? 『THE 悪魔』あるいは『DA 悪魔』って感じですけど……」
「で、出てきました! 悪魔です!」
彼女の悲鳴に空を見上げると――そこには確かに悪魔がいた。
全身が真っ黒、ピンと尖った耳、吊り上がった目は真っ赤に染まっている。
コウモリのような翼ではばたき、矢印みたいな尻尾が宙にクネクネと蠢いていた。
「写実主義かよ!」
オレは思わずそう叫ぶ。
な、何だ、あの悪魔?
ウェイトレスさんが描いた絵に、めちゃくちゃソックリなんだけど!
「あぁ、この街も、もう終わりです! あの悪魔……今日は一体どんな恐ろしいことを……」
「あいつは、その、一体どんな悪さをするんですか?」
「恐ろしい……恐ろしいことです……」
「つまり街の人が殺されたり……そういうのです?」
「お店に並んだ、私たちの作物を奪います! 代金も支払いません! おまけにしばらくの間、空を暗くして、太陽の光が地上に届かないようにするのです!」
「なるほど……極悪非道なやつですね……って、それだけ?」
「それだけって……私たちが生活していく上で、とても大切なことでしょう?」
「ま、まぁ、そうですけど……」
「あ、お兄たん! やっと見つけた! 何してるの、こんなとこで?」
その声に振り向くと――ポルティアがオレたちの後ろに立っていた。
真っ暗になったこの世界に浮き上がる、彼女が持った紙袋。
そこから顔を出す、たくさんの果物たち。
「ポ、ポルティア……」
「なんか急に暗くなっちゃったね」
「あ、あぁ」
「それはそうと……」
ポルティアがオレの隣のウェイトレスを見つめる。
「ひっ!」
ウェイトレスが目を見開き、腰を抜かしたようにその場にへたりこんだ。
そんな彼女を、ポルティアは冷たい視線で見下ろす。
まるで殺人鬼のような、常軌を逸した眼差し。
「ねぇ、お兄たん。この女――誰? どうしてお兄たんと二人っきりで、こんな暗くて狭いとこにいるの? 私、ちょっと許せないんですけど?」
その視線は狂気に満ち、どう見たってサイコパスのオーラを発している。