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4 ディープナオタカン

 それからオレは、ポルティアが出してくれた飲み物をいただいた。

 白濁とした液体で、なんだか乳製品の味がする。

 ほんのりと甘く、酸味もあった。

 わりと、ヨーグルトに似ている。


「美味いな……」


 オレが呟くと、床に正座したポルティアが笑顔でこちらを見上げる。

 そこで初めて、オレはその状況に気がついた。


「あの、キミ、なんで床に座ってるの?」


「申しわけございません。何か、問題が?」


「いや、問題って言うか……フツー、向かいの席に座らない?」


「滅相もございません! 清らかなる闇の魂様の従者として、主と同じ目線になるなど、もっての外!」


「あ……そういった世界観ですか……」


「セカイカン、でございますか?」


「それじゃ――我が従者・ポルティアに命ずる!」


「は、はい!」


「今後、私の命令なしで正座をするな! 私との目線は、常に対等! フツーでいろ!」


「その、フツーとは?」


「私などいないと思って振る舞え! 日常のごとく、貴様は自然に行動するのだ!」


「で、できません! 私ごときが清らかなる闇の魂様がいないように振る舞うなど――死んでもできません!」


「ほぉ。貴様は主に逆らうのか?」


「い、いえ、決してそのようなことは……」


「それから、その敬語もやめろ!」


「う、敬いの言葉さえも?」


「当然だ。私はあまり好きではない。親しみに欠ける。もっとフツーに喋ってくれ」


「ど、どのようにでございますか?」


「そうだな……まるで、こぉ、実の兄を慕うような感じで」


「私に兄はおりませんが……」


「この愚か者が!」


「は、はい! 申しわけございません!」


「想像しろ! 人間が持つ最大のスキルは、想像力! イマジネーションだ! オレを実の兄だと想像しろ!」


「人間が持つ最大のスキルは、想像力……さ、さすが清らかなる闇の魂様……勉強になります……」


「それから――私のことを『清らかなる闇の魂様』と呼ぶな!」


「で、では、何とお呼びすれば?」


「そうだな……人の目もある……『お兄ちゃん』あたりが妥当か……」


「清らかなる闇の魂様を……『お兄ちゃん』呼び……」


「何だ? 不満か?」


「い、いえ、滅相もございません! しかしながら『お兄ちゃん』という呼称は、いささか凡庸では? 清らかなる闇の魂様と私は、もっと強固な絆で結ばれております。できれば――特別感を!」


「特別感……とすれば……何だろ? 『お兄たん』?」


「おぉ! 『お兄たん』! それはまさに神聖なる闇の響き! お兄たん! ワタクシ、そちらで呼ばせていただきます!」


「いや、それはそれで……なんかちょっと、ディープなオタ感って言うか……」


「ディープナオタカン? そちらは、言祝(ことほ)ぐでございますか?」


「あ、あぁ、まぁ、そんな感じだ。人として、もはや行ってはいけない地点にまで到達した賢者の至言(しげん)とでも言おうか……」


「私には想像もつかない領域でございます……お恥ずかしい……」


「いや、べつに、それはそれで、人それぞれの生き方だ……」


「では今後、あなた様を『お兄たん』と呼ばせていただきます」


「はぁ……まぁ……ここはどう見たって異世界だからなぁ……まぁ、それはそれでいいのか……」


「お兄たん……お兄たん……お兄たん……」


 ポルティアが何度も小さく繰り返す。

 なんだかめちゃくちゃ嬉しそうだ。

 だから、まぁ、これはこれで良いのかもしれない。


 だがオレは、なんとなく眠くなっていた。

 色々なことがドタバタと一気に襲いかかってきたからだろう。

 なんか、もぉ、マジで疲れた。


「じゃあ……あの、今日オレは、ここに泊めてもらえるのかな?」


「と、泊める? とんでもございません! 今日からここは、お兄たんのお屋敷でございます!」


「え? でもここ、キミのお屋敷なんじゃないの?」


「滅相もございません! 私の物はお兄たんのもの! どうぞ、ご自由にお使いください!」


「いや、あのね、ポルティア。不動産は大事だよ? それにこういった大きな物は、そのうち色んなトラブルの元になる」


「は、はぁ……」


「馬小屋とかあるかな? オレ、そういうとこでいいんだけど」


「い、いけません! お兄たんをそんなとこに寝かせるわけにはまいりません!」


「じゃあ、ここの床にゴロ寝してもいい?」


「先ほどの私のベッドをお使いください!」


「え? じゃあキミは、どこで寝るの?」


「私はこちらでゴロ寝させていただきます」


「それはダメだろ。キミはさっきのベッドで寝るべきだ」


「そ、そんな……」


「ところで今、何時なのかな? この世界って、時間とかある?」


「時間はございますが、この屋敷には時計がございません」


「時計、ないんだ」


「こう見えて、私も魔術師の端くれ。時間に縛られるような生活を好みませんでしたので……」


「それはマズい」


「マ、マズい……マズいでございますか?」


「キミのようなチビッコは、早寝早起きを心がけなさい。よく食べてよく眠らないと、体に悪いぞ」


「お、お兄たん……」


 ポルティアが、何故だか急に泣きはじめた。

 最初はちょっとしたギャグかと思ったが、よく見たらマジ泣きだった。


「え、あの、な、なんで泣くの?」


「お、お兄たんが……私のようなクソ虫レベルの魔術師の健康を心配してくださる……私、幸せすぎて、もうどうしたらいいのか……」


 いや、子どもを早く寝かすのはフツーだと思うが?

 しかもクソ虫って。


 でも、まぁ、色んな人間がいるように、色んな異世界があるのだろう。

 椅子から立ち上がり、オレは床に正座したままの彼女に手を差し出した。


「ほら、キミはもう寝なさい。ベッドまで送ってってあげる」


「あ、ありがとうございます!」


 涙を拭いながら、彼女がオレの手を握り返してくる。

 いや、しかし、この子、マジで泣いてるんだけど?

 しかもどう見たって、めちゃくちゃ感謝の涙……。

 そんな、感動する?


 彼女をさっきの部屋まで連れていく。

 ベッドに寝かせ、シーツをかけてやった。


「どう? 苦しくない?」


「は、はい! ありがとうございます!」


「だから敬語はやめてくれって。さっき言ったろ?」


「あ、申しわけございません。あ、ありがとう、お兄たん」


「じゃあね。おやすみ」


 彼女の頭をトントンとして、オレは部屋から出ていく。

 さっきの部屋に戻った。

 白濁した飲み物の続きをあおり、ものすごく顔面を歪める。


 いや……やっぱ『お兄たん』はダメじゃないかな?

 なんか、ものすごく、キモい。


 これじゃまるで、一度も女の子と話したことがない、ガチオタのめくるめくドリームじゃないか?

 そりゃあオレだってモテたことはないけど、べつに妹キャラが欲しかったわけじゃない。

 当然、『お兄たん』と呼ばれたかったわけでもない。


 一体、どうしてこうなった?

 頭を抱え、ヤケ酒を飲むように、オレはグラスを傾ける。

 タン! とテーブルの上にグラスを置いたが、これはどう考えてもヤケ酒ではなく、ヤケ乳酸飲料だった。


 なんか、めちゃくちゃ疲れてきた……。

 椅子を下り、床に寝転がって、オレは胎児のように体を丸める。


 寝てしまおう……。

 これは、きっと夢だ……。

 次に目を覚ませば、オレは現実に戻ってる。

 そしてまた元通りの、どうだっていい、何ひとつ報われない、日本という国に戻っているのだ。


 だがもちろんオレは――元の世界には戻れなかった。

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