3 貴様、この私の従者になる気はあるか?
「キ、キミ……ど、どうして裸なの?」
「それをおっしゃるなら、清らかなる闇の魂様も全裸でご登場されました」
「いや、オレの場合は違うでしょ。オレはそもそも服を着ていない。キミの場合は、着ていた服を脱いでいる」
「肌の露出における経過時間は、清らかなる闇の魂様の方がお長いのでは?」
「確かに……それは、そうかもしれない。だけど男の全裸と、女の子の肌では、価値の違いというものがあり――」
「それは男性主観では?」
「しかし……しかしだよ? キミのようなまだまだチビッコ女子が、何故、そのようなあられもない姿で」
「交わるためでございます」
「まじわっ?」
「交わるためでございます」
「な、何言ってんの? あの、キミね、ちょっとそういう考え方、良くないと思うよ。いや、マジで。ところで、キミの親御さんは今、一体どこに?」
「オヤゴとは?」
「このお屋敷の持ち主だよ! キミの親は、一体どこにいるんだ?」
「この屋敷の持ち主は、私ですが?」
「は、はい?」
「この屋敷の持ち主は、私でございます」
「いや、キミ、その、何? 株の天才少女か何か? ま、まさか、こんなお屋敷の持ち主が、キミみたいなチビッコなんて……」
「カブとは? 木を倒す、的な?」
「いや、そういう話じゃないんだよ……」
オレは、途方に暮れる。
「とりあえず、キミの名前を聞こう。キミ、名前は?」
「ポルティアでございます」
「ポルティア……うん、素敵な響きだ」
「ありがとうございます。それでは、清らかなる闇の魂様の、現在のお名前は?」
「現在のお名前って、オレ、ずっと山田二郎だけど?」
「ヤマダ ジロウ様……あぁ、なんという神秘的な響き……」
「どこがだよ! フツーすぎるだろ! 地獄の平&凡だろ! あまりにも平&凡すぎて、小学校の頃何度も泣いた!」
「その、ヘイ・アンド・ボンとは?」
「まぁ、そんなことはどうだっていい。ねぇ、ポルティア」
オレは、彼女のベッドの足側に腰を下ろす。
できるだけ、距離を置いて。
「その……色々と説明してもらえないかな?」
「説明……はい、もちろんでございます」
「まず、どうしてオレは、ここにいるんだろう?」
「私のつたない召喚術によって、清らかなる闇の魂様をこの世界にお招きしようと思ったのでございます。そして聖なるインクの池よりご登場されたのが、あなた様です」
「その清らかなる闇の魂って人は……一体、どんな人なの?」
「古よりこの世界に伝わる、素晴らしいお方です。闇の力によって、人々をあらゆる困難から救い出してくださる」
「あぁ、うん。なるほど。でもそれは……誤解なんじゃないかな?」
「誤解?」
「そう。誤解だ。オレは清らかなる闇の魂なんかじゃない。『清らかなる』なんて言葉は、オレの人生には無縁だ。唯一心当たりがあるとすれば『闇の魂』。以前はめちゃくちゃ人を呪ったもんだぜ」
「カ、カッコイイ……」
「どこがだよ!」
「いえ。薄汚い欲望にまみれた愚民たちをその手で葬られてこられたところが……」
「いや、逆に、小汚いヤンキーたちに葬られてきたのは、オレの方なんだが……」
「あなた様は、あの聖なるインクの池より、この世界に顕現されました。あの神聖なる暗黒のゲートを通過できるのは、清らかなる闇の魂様だけ。ゆえにあなた様は、間違いなく清らかなる闇の魂様でございます」
「じゃあ、あの……どうしてキミは、その清らかなる闇の魂と、何て言うか……交わりたいわけ?」
「必要な儀式だからでございます」
「必要な、儀式?」
「清らかなる闇の魂様は、闇の力によって、あらゆる困難から人々を救い出してくださる……」
「いや、現状、どう考えてもオレの方が様々な困難にまみれているわけなんだけど?」
「清らかなる闇の魂様と交われば、関係性が強固となり、女性は幸せになれるという言い伝えがあるのです」
「あ、そういう……そういう系ですか……」
「お願いでございます、清らかなる闇の魂様! ぜひ私と、交わりを――」
「わかった!」
オレは立ち上がり、ポルティアの前に歩いていく。
できるだけ芝居がかった感じで、闇堕ち・中2病女子が喜ぶような視線を向けた。
「たしかに、私は清らかなる闇の魂! この世界の迷える者を救う存在! ただ、ポルティア! 貴様には少々問題がある!」
「も、問題? わ、私にでございますか?」
「そういった交わりとか急に言い出すのは、もっと大人になってからにしろ! そしてそういったことをいたすのは、貴様が心から愛する者限定とする! それ以外の者といたすのは、この清らかなる闇の魂への冒涜とみなす!」
「ぼ、冒涜……」
「しかし交わりの代わりと言ってはナンだが――貴様、この私の従者になる気はあるか?」
「わ、私が……清らかなる闇の魂様の……じゅ、従者に?」
「そうだ」
「も、もちろんでございます! か、感謝の極み! 私はいついかなる時も、清らかなる闇の魂様のおそばにいられるのですね?」
「無論。しかしたまには一人にしてくれ」
「そ、その大役、謹んでお受けいたします! あ、ありがとうございます!」
「そうか……では、清らかなる闇の魂から、従者である貴様に命ずる」
「はい! なんなりと!」
「今すぐ服を着ろ!」
「は、はい!」
ベッドから飛び出し、ポルティアが服を探す。
なんか、いきなり飛び出してきたので、オレはあわててクルッと背を向けた。
こ、これは、倫理的にマズいだろ……マジで……。
どう見たって、この子はまだ未成年。
絶対に、見てはダメなものだ……。
「着たか?」
「はい! 着ました!」
その声に振り向くと、ポルティアはさっきと同じゴス衣装に戻っていた。
服を着る時に乱れた髪を、手櫛でパッパッと整えている。
「さて、ポルティア……早速だが、貴様に一つ、頼みたいことがある」
「はい! 何でございましょう?」
「あの、なんか飲み物ありませんかね?」
「お飲み物? はい、ございます! 冷たいのが良いですか? 温かいのが良いですか?」
「冷たいのを、すいません」
「承知いたしました。えっと、どちらでお飲みになりますか?」
「もっと、こぉ、明るい場所で――」
「はい! こちらへどうぞ!」
舞台のような黒子ムーヴで、前かがみになった彼女がサササッと部屋から出ていく。
あの子、何だろう?
さっきまでは神秘的な闇堕ち・中2病だったのに、従者になった途端、めちゃくちゃ機敏。
ひょっとして、パシリ気質?
だが、彼女が立ち去ってからオレはちょっとホッとする。
あんな子に全裸で『交わり』とか言われても、それは絶対に良くないことだ。
それにオレは、どちらかと言うと、三十代半ばくらいのド変態系セクシー女優が好みだった。
まぁ、そんなことはどうだっていい。
ポルティアには色々と聞きたいことがある。
この流れ――現在オレがいるのは、どう考えたって異世界だろう。
転生ではなく、転移ってやつか?
いずれにしろ、オレはあの聖なるインクの池ってやつからこの世界に登場している。
右も左もわからないこの異世界で、ガイド役は不可欠だった。