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Life 97 好きだった人の、それから。

「お母さん。なんかうれしそうだね。」

「うん、なんて言ったらいいのかな。昔の夢かな、それが叶う気がするの。」

「ふぅ~ん、でも、今日って1月2日だよ。普通、そういうのって1月1日に叶うとか、誕生日に叶うとか、そういうものじゃないの?」

「不思議なことだけど、今日なんだって。神様がそう言ってくれたの。変だよね。」

「お兄ちゃんもたまにそういうことを言うけど、私はそんなこと、一回もないよ。」

「きっとあなたにもそういう日が来る。でも、私もいい歳して、そういうことでうれしくなることがあるんだなって、ちょっとおかしいかも。」

「ま、お父さんとお兄ちゃんが帰ってきたら、新年のお祝いでもしよう。お父さんは分かるけど、お兄ちゃんがバイトなんて知らなかったし。」

「ふふ、お兄ちゃんには、お兄ちゃんなりにお金が欲しい事情があるの。どうせ、すぐに分かるよ。」

「ふ~ん、じゃあ、私は夕方になったら、お米炊いておくよ。」

「ごめんね。お正月なのに、色々手伝わせちゃって。」

「毎年でしょ?なんなら、1月3日にすら、お父さんは帰ってこない日もあるし、不倫?」

「出来るぐらい素敵な人だと、私もうれしいけどね。職場で寝泊まりしたほうが、楽なのよ。妥協しない人だしね。」

「素敵なこと、起こるといいね。いってらっしゃい。」

「うん、いってくる。」


私は、この日、妙に確信めいた思いがあった。私の旦那様と同じぐらい、好きだった人に会えると思えた。

理由は特にない。だけど、確信があった。なぜか、私は彼と会う。その日が今日だと知っている。

もちろん、私は接客業だし、お客様を迎える立場。だけど、彼を迎えられる立場。私のことを忘れていたとしても、精一杯のおもてなしをする。



「......?」

「どうしたの?オトーサン。」

「相変わらず、ぼーっとしてる時があるのね。いい加減、親になったんだから、そういうところは直さないと。」

「いや、オカンさ、自分の同級生と、ばったりあった時、僕はどんな顔をすればいいのか、考えてた。」

「う~ん、全く的を得てない答えよね。その確信めいた発言、なにか裏付けがあるの?」

「特にはない。でも、あなたも知っている通り、僕らの同級生と最近会って、色々話をしたじゃない。その時、僕はどんな顔をしていたのかなって。」

「あ、そうだ、私にもその人に会わせてくれるんだよね?」

「明日ね。でも、向こうは写真を見てるから、別段驚くようなことはないと思うわよ。」

「そう言われると、最近おねえちゃんと似てるとは言われても、そっくりと言われることは少なくなったような。」

「アンタのほうが大人の顔つきになってきてる。私は、このままだから、ある意味羨ましいわ。」

「そんなことないじゃないの。あなたも、十分大人の顔をしてる。苦労してる顔ね。」

「お母様、やめてくださいよ。それに、いい加減この顔のままだと、やっぱり年齢より若く見られて、世間からは舐められるんですよ。」

「昔と違って、今はそういう時代じゃないわよ。たまに、あなたのことを羨ましく思うときがある。私も専業主婦をやらずに、あのまま働いてたら、どうなっただろうって。」

「お母様、失礼ですけど、働いていたこと、あったんですね。」

「50年近く前の話。お父さんとは、そこで出会ったのよ。で、結婚したけど、家庭に入れって。それでもって、姑、お父さんの母親に、色々言われたのよ。」

「ふ~ん、おかーさんも、最初からお見合い結婚とかしてるのかと思ってたけど、違うんだね。」

「50年前ともなると、価値観が合わなくて大変だったわよ。何しろ、まだ野木駅が出来ていない頃だもの。それに、片田舎だと思ってた宇都宮から嫁いできたって、近所の目にもさらされて、大変だったのよ。今は、そういう時代じゃないものね。」

「なんか、色々感じますね。私は両親を早くに亡くしていますし、親戚とも数年単位でしか顔を合わせないです。会社にも手当の関係で届け出はしましたけど、昔の名字のままで仕事をしていますし、そういう意味で、結婚もしやすくはなっていると思うんですけどね。」

「でさ、オトーサン、どうしてそんなことを考えたわけ?」

「なんとなくかな。この歳になってくると、あいつどうしてるのかな?とか考えちゃうんだよ。僕らにとって、宇都宮って街は、そういうところだから。」

「そうねぇ。私は高校の友人とは会っていないけど、時々考えることはあるわね。でも、今が大切だから、そこまで強く思うことはないわね。」

「僕は、そういうところで、どうも自分に浸ってしまう癖があるね。今が大切、確かにそうだね。」

「アンタさぁ、家族で初詣に行くのに、なんでそんなに色々考えるのかね。」

1月2日ともなれば、世の中は大体箱根駅伝を見ている。そんな中、宇都宮に初詣に行く電車の中。貸し切りに近い中で、そんな会話をしていた。

不思議なものだ。どうして、そんなことを思ってしまったのか、自分でも良く分からなかった。ただ、そういう出会いがある確信があったんだ。



宇都宮は、僕ら全員にとって、関わりのある街だ。僕の母は宇都宮で生まれ、育っている。僕ら3人は高校が宇都宮にあった。まあ、僕と彼女達は学校が違うんだけどね。

去年もそうだったけど、二荒山神社に新春祈祷をして、母は親戚へ熊手や絵馬を買っていき、僕らはかなり変わった宇都宮の街を見ていく。意外と面白いんだよね。



「それじゃあ、夕飯までには帰ってくるんだよ。」

「わかった。あなたには悪いけど、オカンを頼むね。」

「あら、そんなに気を使われるほどのことはしてないわよ。お母様には、この前あったことも話しておきたいしね。」

「そうだね。僕が伝えるより、真実味はあるね。お願いするよ。」

こんなことを宇都宮駅で話したのが、13時ぐらいだっただろうか。4人で昼飯を食べて、そのまま二手に分かれることになった。

オカンの付き添いには、奥様が付いていくことになった。本当ならば僕の役目だと思うけど、彼女が自ら名乗り出てくれた。きっと、僕の心が壊れてしまったことを、伝えるためだと思う。血のつながった人間には話したことのない、本当の僕の姿を、彼女は嘘偽りなく伝えられる。まあ、脚色はありそうだけどね。

一方で、僕は娘と、宇都宮の駅近くをウロウロすることにした。なんでも、行きたいお店があるらしい。


「二人でデート。あのとき以来だね。」

「情けない姿を見せてしまったけど、君との仲も深まったと思ってる。それでチャラにしてほしい。」

「そういうこと言わない。君が本当に私の恋人になったんだから、私はそれで十分。やっぱり、こういうことって、気持ちもあるけど、言葉で聞いて、喜べるものだよね。」

「ははは、じゃあ、おじさんっぽくしないで、なるべく若い人の言葉を使うか。ん?いつもと変わらないかな?」

「どっちでもいいんじゃない。変なところにこだわるよね。あ、ここだよ。夏休みに、おねえちゃんと来たお店。」

宇都宮駅の駅ビルにある、フルーツパーラーみたいなところだろうか。喫茶店と呼ぶには、デザートのほうが多い気がする。彼女も年頃の女の子なんだなって、うれしくなる。


「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」

「はい、店内でお願いします。」

「お席にご案内しますね。こちらへどうぞ。」

...う~ん、お正月とはいえ、やっぱり女性客しかいないな。僕はこの娘の彼女だし、デザートも好きだから、特に気にしなくていいだろう。

「いらっしゃいませ。おしぼりとお冷をお持ちしました。」

「あ、ありがとうございます...?」

「......?あ、すみません。知り合いに似ていたもので。」

「奇遇ですね。知り合いというか、僕はあなたを知っている関係だと思いますよ。マンガ、貸し借りした仲でしょ?」

「...やっぱり、君だった。お互いに、歳を取ったね。」

「見違えるほどキレイになった。僕も留年すれば良かったかな?」

「あの~、ちょっと申し訳ないんですけど、関係性がよくわからないんですが?」

「あれ、そういえば、前回はそっくりなお姉様?とご一緒でしたよね?」

「あ、私、あなたと会ってるんですね。失礼しました。そっか、レジで対応してくれたお姉さん。」

「私も覚えてますよ。こんなにそっくりな姉妹がいるんだって、びっくりしたんです。」

「それはいいけど、仕事中でしょ?とりあえず、注文するから、ちょっと待ってて。」

「はい、またしばらくしたら、お伺いします。ごゆっくりどうぞ。」

昔の彼女はもっとオドオドして、自信のなさそうな子だった。でも、僕がもしかしたら、一緒に人生を歩んでいたかもしれない、彼女だった。

「あの人が、君が高校に楯突いたっていう、同級生なんだ。全然、そんなふうに見えないね。」

「物静かだけど、マンガやアニメが大好きで、二人で同じマンガを読んで、放課後に感想を話したりしてた。君とは、ほぼ対極にいるような人かな。」

「でも、私達だって公然の関係みたいなものだったじゃん。そんなに変わらないと思うけど。」

「彼女とは、僕は付き合ったことはないんだ。その時点で、君とは違うんだよ。そして、彼女は、本当に特別な存在。初めて守りたいと思った女性だよ。」

「あのさ、彼女を連れてるのに、昔の恋人の話を嬉々として話されても、私は困るんだけどな。」


それから、彼女は休憩と称して、僕の席で昼食を取ることになった。店員さんの配慮だというが、彼女が店長をやっていることに、また驚かされた。

「雇われとはいえ、一国一城の主。昔の君とは全く違うね。」

「そんなことない。私は、今の旦那様と、二人の子供、そして、来てくれるお客様のために、頑張ってるだけ。」

「懐かしいな。そういう話し方だった。ちょっとぶっきらぼうだけど、気持ちを全面に押し出してる。変わってないね。」

「丸くなった。昔はもう少し細かった。でも、雰囲気には合ってる。今の体型のほうが、得してるよ。」

「太ってることを褒められるとは思わなかったな。まあ、不摂生なものでして。」

「それで、オトーサンとは、どこまで行ってたんですか?」

そういえば、この娘は、今は娘だったな。相変わらず、狙いすましたように、プライバシーを無視してくる。

「失礼な娘でごめん。勘違いしないように言っておくと、彼女とは、付き合ってすらいないよ。」

「そうなの。期待させちゃって、ごめんなさい。でもね、私を立ち直らせてくれた、恩人なのよ。」

「そうなの?」

「だって、人の家まで来て、私の部屋で色々話したよ。あとにも先にも、自宅のあの部屋に、家族以外で入ったのは、君だけ。」

「え、部屋に押しかけて、普通は押し倒したりとか、そうじゃなくとも抱きしめ合って、キスしたりとか、そういうのは?」

「やっぱり今どきの娘さんね。でも、残念だけど、私達はそんなことを考えられるほど、余裕がなかったのよね。」

「話したっけ?彼女は、誤認で、2回ほど停学処分をくらっている。彼女は悪いことをしていなかったんだけど、生徒指導が、不純異性行為だとかで、処分されてしまったんだ。」

「そうだ。その話をしてたときのオトーサン、珍しく声を荒げていたよね。」

「娘さんには話しているんだ。じゃあ、私が生徒指導室で泣いていたとき、彼が必死になって、守ってくれたことも、知ってるのね。」

「若気の至りというか、まあ、あんな理不尽を許すわけにはいかなかったし、君を守りたかったんだ。」

「あの~、オトーサン、私のこと、守ってあげたいって言ってくれたこと、ないと思うんですけど?」

「娘を守るのが、親の努めだし、いう必要もないだろ?今は、立場も逆転してるし、君が僕を守ってくれることもある。いい娘を持ったよ。僕は。」

「仲睦まじいね。あれ、でも、娘さんなんですよね?夏に来店されたとき、そっくりな方がいらっしゃったと思うんですが、その方がお母様。」

「え~と、う~ん、本当のこと、言っていいのかな?」

「彼女なら別にいいだろう。確かに、その人が僕の妻。だけど、この娘は、妻の娘ではないんだ。姉妹なんだよ。」

「ということは、ずいぶん若い奥様と結婚したのね。」

「それには深い事情がありまして、私のおねえちゃん、母親代わりの人は、私より20年ほど先に生まれた人なんです。つまり、オトーサンと、あなたと、同級生なんです。」

「私にはそっくりに見えましたけど、私と同い年なんですか?」

「そうなんだ。本人もコンプレックスには感じてるらしいけど、今はそれを武器にしてる。とても強くて、懐の深い、僕の敵わない人だよ。」

「よかった。君が結婚してることが嬉しかった。ずっと、私のせいで結婚出来なかったししてたら、どうしようって。」

「別れた直後は、やっぱりこっちに残ってでも、君と一緒に生きていきたいと思った。でも、それを君が望んでなかった。あのとき言った通り、君はしっかりと立ち直って、旦那さんも、子供もいる。今、幸せなんでしょ?」

「幸せです。それに、運命のめぐり合わせで、今の君も知れた。こんなに幸せな人間、私だけ。」

「......。」

「どうしたの?」

「すごくキレイ。外見だけじゃなくて、きっと心の中まで、曇りがないんだろうって思っちゃう。私、やっぱり、雑念だらけで、汚い娘だね。」

「そんなことはないですよ。あなたも、あなたのお姉様も、一目見て、すごく和やか雰囲気を感じました。それに、あなたからは彼の雰囲気も感じる。彼にはルーツがないのに、不思議な娘さんです。」

「よく言われるけど、どんな雰囲気なの?僕も、この娘も、あんまりピンと来なくてさ。」

「そういうところです。生まれ持った空気感って、人間にはあると思う。私は昔のオドオドして、怖がってた自分を、必死に変えようとした。だけど、雰囲気が似ている旦那様はともかく、娘には、昔の私を見破られてしまう。女の勘といえばいいのかな。もしかすると、男性には感じられないものなのかもしれませんね。でも、それを抜きにしても、君はにぶい。」

「ああ、わかるかも。オトーサン、焦点がズレてるならいいんだけど、そもそもにそれを感じてないってこと、多いもんね。」

「私が今になって、にぶいって言った意味、わかります?」

「いや、本当に気づかないだけなのかなって思ってる。」

「やっぱりなぁ。この人、ずっとオトーサンのこと、好きだったんだよ。きっと、高校時代から、そう思ってますよね?」

「そうです。私、ずっと恥ずかしがりながら、君とマンガの話してたんだよ。でも、穏やかに笑うだけだった。最後に告白してくれたとき、もっと早くしてくれたら、私は、この人の隣で、歩んでいけたかもって、ずっと思ってます。でも、それは思い出の話。今の私には、君より大切な人たちがいます。その人たちと、このまま穏やかに、幸せに暮らしていけたら、それでいい。」

「そうだったんだね。ごめん。気持ちに気づけていれば、君と恋人になれたかもしれなかったのか。でも、僕のあのタイミングの告白は、本当は離れるための決意だったのかもしれない。そうか。僕が、自分がにぶいせいで、あの人にも迷惑を掛けたのかもしれないな。」

「ああ、それなら、もうにぶいと思って、私達は行動できるようになったし、オトーサンは変わらなくていいんだよ。でも、私もそういう感じがあるんだとしたら、気をつけなきゃ。」

「親子というより、恋人みたい。あなたのお姉様にも言っておいて。この人は、思わせぶりで、この人が気づいた頃には、もう遅いんだって。」


「オトーサンが好きになった人かぁ。こんなに素敵な人だと思わなかったな。失礼ですけど、連絡先、交換しませんか?」

「私とですか?私、別に面白いことができるわけでも、彼のことも、そんなに話せることはないですよ。」

「違いますよ。オトーサンの、この先、知りたくないですか?」

「そうですね。少し、気にしておくぐらい、してもいいかな。」

「丸々した体型が、もっと丸くなるぐらいでいいなら、気にしてもらえるとうれしいかもね。」

「じゃあ、交換してください。あとで、おねえちゃんも紹介します。紹介ムービー、送りますね。」

「そうですね。今度は、3人でいらしてください。私も、しっかりおもてなしさせていただきますね。」

「そこは店長なんだね。恥ずかしがり屋だった君、生真面目に、幸せそうで良かった。宇都宮には年に1~2回は来るから、必ず顔を見せるよ。」

「うん、待ってる。私も、君と会えるのが、楽しみ。」

穏やかな笑顔って、僕じゃなく、君に似合う言葉だと思う。しかし、今の彼女を見ていると、やっぱり悔しさみたいなものがこみ上げてくる。僕と離れたから、彼女は素敵になれた。僕は、その頃の僕に、力不足を感じた。でも、いいんだ。今の幸せそうな彼女を見ていると、僕ではこんなに幸せに出来なかったと思う。


「お姉様にもよろしく伝えてください。いつでも、お待ちしておりますよ。」

「あ、ありがとうございます。また、お願いします。」

「はい、ありがとうございました。また、お越しください。」



「ねぇねぇ、どれぐらいぶりに会ったの?」

「僕が18歳の時、高校を卒業した時だから、20年以上ぶりか。一生会うことはないと思ってたけど、本当に守ってあげたくなるような子だったんだ。今の彼女は、格好良くなった。あれが家庭を持って、子供を育てて、自分で弱みを克服しようとして、形作られたもの。それに比べると、僕は情けなくなるね。」

「でも、感謝されてたじゃん。もっとも、私も、あの人に自分の気づかない点を教えてもらえたし、会えてよかった。」

「君のおかげだね。もし、あの人と二人で、夏休みに来てなかったら、僕は再会することはなかった。そうか、それで、そういう気がしてたのかもね。」

「ああ、朝のやつ。いい顔してたよ。父親の顔だった。私は、やっぱり娘のほうが、性に合ってるのかもしれない。」

「でも、君の彼氏なんだろ?父親には甘えるけど、彼氏には甘えにくい?」

「そんなことはないんだけどさ、ほら、なんというか、世間体を考えると、私の彼氏は、正しくない人でしょ?」

「正しくない...、まあ、20年前の、好きだった彼女が、僕の奥様ってだけで、物語は出来すぎている。その前章が、君との2年間。でも、今日、改めてわかったことがある。子どもの僕では、彼女を守りたくても、守れなかったと思う。そこのところ、今の君なら、守り切ることが出来る。僕なりに、強くなれたと教えてもらったよ。」

「今の君には、自信を付けるのが大切。あ、そう言えば、東口にも色々出来たから、行ってみよう。今日は、デートだもんね。」

「そうだね。デートらしいこと...はもういいか。二人で、楽しめればそれでいいよね。」

「あ、ずるいんだから。でも、楽しめれば、私も満足。一緒に、色々変わった街を見ていこう。」





「ただいま。」

「あ、おかえり。今日もご苦労さま。」

旦那様がリビングでTVを見てる。自分で番組制作してて、TV見るんだから、やっぱり好きなんだ。

「あなたも、おかえりなさい。わかってるけど、この年齢で、テレビマンはそろそろ辛くない?」

「そりゃあ、キー局と違って、自社制作番組がたくさんあるし、現場に活気がある。年齢やキャリアなんて関係なしに、色々番組のことを考えてるとね。だけど、映画作ったあとは、映画監督だけでやっていきたいって思っていたけど、売れない映画監督じゃあ、まだテレビマンのほうが聞こえがいいよ。」

「やっぱり、仕事は好き?」

「好きだねぇ。映像の仕事に携わって20年以上経つけど、地方局で色々好きにやらせてもらえるから、楽しい。俺、悪い旦那だけど、家族がいようがいまいが、映像の仕事をずっとしていくんだと思ってるよ。まあ、自腹で映画も作っちゃったし、いつまでも共働き家庭だけど、動けなくなったら、ゆっくり出来ればいいよ。」

「私のことは、好き?」

「珍しいこと聞くんだな。愛してる。もちろん、子供も愛してる。付いてきてくれるだけで、感謝してる。」

娘が部屋から出てきた。私の、自慢の娘だ。君にも見せてあげたい。

「あ、お母さん、おかえり。」

「ただいま。ごめんなさい、色々やってもらっちゃって。」

「いいって。それより、いいこと、あったの?」

「え、なにそれ?もしかして、俺に隠してるようなこと?」

「あなたはがっかりしないでよ。私、初恋の人と、会って話をしちゃった。」

「へぇ~。あの、高校時代に守ってくれようとした人か。どうだった?」

「太ってた。」

「え~、その感想はひどい。」

「年相応なのかな。でも、雰囲気に合ってる。痩せてたら、彼じゃない、で、娘さんがいた。すごく可愛い人だった。連絡先も交換しちゃった。」

「娘さんと交換したの?彼とは?」

「彼は、話さないと、人柄だったり、雰囲気だったり、伝わらない人だから。それに、私があそこで働いているって知ってくれたから、年に2回ぐらいは会えるって。」

「なおさら、娘さんと交換した理由が分からないけど?」

「それは、やっぱり彼のその後を知り続けたいからかな。時々、近況を教えてくれるんだって。」

そう言いながら、二人に娘さんの写真を見せてあげた。

「可愛い。都会の女性の雰囲気あるのに、笑顔があどけない。不思議な魅力のある人だね。」

「素朴な可愛さって言ったら、本人は怒るかな。顔は大人びてるけど、本質的に、可愛い雰囲気があるね。この子、番組に出てくれないかな?」

「そういう子じゃない。すぐに、仕事に結びつける。」

「そういうつもりじゃないんだけどなぁ。そういえば、出会った頃のあなたの可愛さも、こんな感じだったよ?」

「そんなにキラキラしてなかったと思う。私は地味だし、その頃はまだオドオドしてたよ。」

「違う違う。素朴な可愛さ。彼が、あなたを守ろうとした理由って、そこにあったんだと思うよ。今はこんなに強くなられて。」

「母親だから。私は家族の笑顔を守るの。」

「お母さんも、真面目で責任感の塊みたいな人だからなぁ。そういえば、太ってる以外に、初恋の人の感想は?」

「しっかり、父親になってた。それに、守られる存在じゃないって、わかってもらえたから、よかった。あとは...、相変わらずにぶい。」

「なんだよ、そのにぶいって?」

「気持ちに気付けない人なの。私が、高校時代に好きだったって、今日初めて知ったって。」

「はははは、そりゃ、よほどにぶい。すると、無自覚にあなたを守ろうとしたんだね。高校生なら、惚れちゃうだろうなぁ。」

「お母さんはその辺、察しがいいしね。私の両親は、奥手なくせに、察しがいいから、無駄に悶える時間が長かったんでしょ?」

「俺も若かったし、彼女は、今ほど完成されてる人じゃなかったけど、本当に素朴で、純粋な人だったからさ。なんか、俺みたいなのに、手をかけられるのはイヤかなって。」

「結果、私に告白させたんだ。あのときの勇気、返して欲しい。」

「あ~、はいはい。ノロケはまたあとで聞くよ。それより、お兄ちゃんは?」

「ああ、あいつ、今頃彼女と遊んでるんじゃない?と言っても、遊ぶようなところもないよなぁ。バイト代を、まるまるホテル代にしてたりして。あいつ、人様の娘さんを、傷物にしてたら、それこそ説教しなきゃ。」

「あ~あ、黙ってたんだけどなぁ。お兄ちゃんね、彼女が出来て、お金が欲しいんだって。アルバイトしはじめたのは、遊ぶお金が、お小遣いじゃ足りないから。」

「別に娘に黙ってることでもないとは思うけど。でも、お兄ちゃんの彼女ねぇ、正直、想像がつかない。」

「私達も、写真すらみたことがない。でも、ちゃんと話すあたり、律儀でしょ?」

「この家の住人は、みんな真面目だから。俺も真面目だから、2日に帰ってきたし。」

「あのさ、お父さん、普通は、1日ぐらい、少しは仕事を抜け出してきなよ。お母さんがせっかく休みなんだしさぁ。」

「いいの。お父さんは真面目に仕事してるから、会社で寝泊まりしてる。ね、浮気出来ない人でしょ?」

「ああ、確かに。後ろめたさがあれば、1日に帰ってくるよね。やっぱり、お母さんは騙せないね。」

「騙す?俺、仕事して、仮眠してただけなんだけどな。ま、映画監督にもなれば、浮気ぐらいして当たり前ってね。」

「ふふふ、出来るほど、勇気がある人じゃないこと、私、知ってる。だから、私の旦那様なの。」

「頭が上がらないなぁ。そうです。浮気出来るほど、暇じゃないです。それに、愛してるのは、あなたと子供達だけ。」

「カッコいいセリフ。そういうセリフ、毎日帰れるようになったら、言って欲しいよね。」

「さ、帰ってこない人を待っててもしょうがないし、私達も、夕食にしましょう。すぐに用意するね。」



家族の前では話を濁したけど、君の笑顔、私は今でも好き。それも、君は気づいてないだろうけど、私だけの思いにして、また会えばいい。

人生の楽しみ、また一つ増えた。ただ年齢を重ねるだけじゃなくて、幸せも増やしていきたい。私の、小さな願い。今日も叶ったかな。





つづく

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