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Life 133 私は甘えていいの?

「ええと、今日の予定ですが、12時までは社内で決裁書類の確認と承認。午後からは人事部外の営業に同行ですね。」

「はいはい。とりあえず書類をチェックすればいいのね。で、そのまま外出していいの?」

「先方へ間に合えば、特に指示はありません。それで構わないです。遅刻は厳禁です。」

「遅刻させないようにするのが、あなたの役割じゃなくて?部長補佐様。」


時期が時期だけに、人事部はてんてこ舞いでだ。

私がいなくても回ってしまうのは、この部長補佐なる、真の人事部長のおかげと言える。私は本当にお飾りの部長だ。

お飾り...傀儡と言ったほうがいいのだろうか。在籍2年目。この体制になって1年。私の任期は3年と言われている。現体制が続くのかは役員会とトップが決める。

この会社の派閥争いは、なんというかくだらない。私が営業に借り出され接待要因になっているのも、営業部との横関係が派閥争いに影響するからだ。私の社内の立場は、社長派とのつなぎ役と、外部顧客の折半。社長命令であれば、クレームを引き受け謝罪に向かい、大きな商談に接待が必要であれば、否応なしに呼び出される。更に広報部との仕事もある。私には人事部以外の仕事に対し、1件1000円の出張費というものが付く。今日は2件だっけ。

原稿があるとは言え、私もプレゼンターを務める立場。少なからず営業部との仕事で学ぶべきことはあるにせよ、肝心の人事部長の立場はほぼないに等しい。だから、会社では書類を読み、内容が分からない部分は相変わらず部長補佐に解説をしてもらいながら、承認をする。と言っても、ほぼグループウェアによる電子承認が可能になっているため、書類で回ってくるものは、大半がグループウェアを使えないというアナログな話。意外と多いのよね。私が承認したものを経理部にデータとして転送し、経理部はそれに応じて諸経費精算を行うという仕組み。昔から思っていたけど、経費の取りまとめを経理部がやらないのも、多分人事部との揉め事によるものなのだろうと思う。


書類を見る。どうしようもない書類ばかり。こんなもん、見なくても承認は出せる。透明化とは言え、数百円の交通費を1件ごとに紙で嘱託社員に提出するのはやめて欲しい。未だにグループウェアで情報のやり取りが出来ないのは、はっきり言って無駄以外のなにものでもない。ま、こういうときのために、アイツを転部させるんだから。

「そう言えば、彼女は4月からこっちに転部出来るようにしてくれたの?」

「総務部側はOKを出していますし、異動辞令がそろそろ本人に行くのではないでしょうか。しかし、いいんですか?IT推進部ごと人事部で預かることになるんですよね。」

「社長がOKって言ってるんだから、総務がIT化を嫌うなら、人事と営業で枠組みを決めるほうがいいでしょ?総務部から、私を含めてここ2年で3人引っ張って、まだ懲りてないわけだし。」

「...私はITシステムまで、守備範囲ではないですよ?」

「知ってるわよ。だから、あの子の部下まで全部引き抜くのよ。良かったじゃない、IT推進部から素直に外部ベンダーからの出向者を排除出来たわけだし。」


私の後輩と呼ぶ人間は3人いる。うち二人までは人事部に引き抜いてきた。1年に一人ずつ引き抜くことで、総務部からの批判をかわす目的もあった。

一人目は私と一緒に人事部に連れてきた子。彼女は相変わらず嘱託社員の可愛い娘として、本人ものびのび仕事をしている。つらい過去があるけど、清楚で可愛い子。男性恐怖症もだんだんと克服されているようで、同世代の男性社員とも話す光景を目にすると、安心する。総務部で備品係をやっていた時代からしたら、笑顔を見せる時間も多くなった。いい傾向だと思ってる。来年度からは、他の部署との折半にも入ってもらうことになっている。

二人目は、去年引き抜いて来た、総務部の事務作業を約半年であっという間に掌握してしまった子。凛々しく、美しい子。色々あって、私の自宅によく来るようになり、娘とは親友になっている。公私ともに面倒を見ている関係。彼女は相変わらずテキパキと仕事をしている。仕事は完璧なのだけど、プライベートは全くというか。色々知らないことが多いらしく、親心をくすぐるのよね。彼女が入ってきたことで、人事部の嘱託社員は手作業で行う書類関係を除き、ほぼやることがなくなってしまっている。彼氏がいたのに、彼氏じゃなくて友人関係に戻ったら、楽しく話せるようになったんだとか。面白い子。


そして来年度から、新しく入るのが、古参であり、長年私と備品係でコンビを組んでいた、私の「育成成功作」の後輩。20代中盤の二人と違い、彼女は30代も半ば。私とは10歳違うけど、愛嬌があって、人をまとめることがうまい。総務部にとっては必要のない人材だけど、一昨年の後期からIT推進部の所属、ちょうど夫が壊れてしまった時、彼女が押し付けられたIT推進部という立場を活かして、私にリモートワークの環境を整えてくれた。その功績が、部長という立場になったのだけど、別にそっち側に詳しいわけでもなかった。夫の入れ知恵もあり、彼女はそれ相応に知識を得たところで、部長、実際は課長待遇になっている。去年の6月に結婚して、ご祝儀と言わんばかりに待遇を上げたわけだけど、IT推進部には外部のITコンサルからの出向者が含まれていて、彼女が取りまとめをして、今年の前期に具体的な改善案を出す予定だった...。しかし、出来なかった。まあ、これもどっちに転んでもいいように仕組まれた社長からの指示だったんだけどね。結果、外部ベンダーには役割を終えて撤収してもらった。彼女に資料を見せてもらったけど、草案すらまとまっていなかった。私も、彼女も、これを見越していたんだけど、呆れるほかないというか。私の夫が彼女向けに作った技術的資料の1/100程度の内容に絶句した。ITコンサルを自称しながら、実際に遊んでいるだけ。元のITベンダーとも揉めたままだったから、失敗して当然だった。

組織である以上、部長である彼女は責任を取る形となったんだけど、IT推進部は総務部管轄。解散させるには総務部の承認を得る必要があった。強引に解散させることはこの派閥争いの宣戦布告となってしまうから、むやみに手出しが出来ない。基幹システムの管理という重要な使命があるにも関わらず、IT推進部は宙に浮いた。もともとの業務だった現行の基幹システムを保守するITベンダーとの打ち合わせ以外に仕事はなく、一時は営業部に移管するという話だったけど、私は彼女を引っ張る口実として、社長とこの横にいる男に裏工作を持ちかけて、人事部で引き取ることが出来るようにした。もともと、グループウェアの管理登録や社内のペーパーレス化を目指すための時限型部署だったから、活かすには人事部ぐらいしかない。役員を説得し、私自身も営業部に根回しをした。総務部を敵に回している現状、総務部長とは20歳ほど歳も離れている私の話など取り合ってくれない。我ながら派閥争いに巻き込まれた影響をこんなところで受けると思ってなかった。でも、邪魔な守備範囲外の部署を作らされたという勝手な思い込みが向こうにはあったみたいだったから、喜んで差し出してきたのだという。利害が一致すれば、派閥は関係ない。変な会社よね。


めんどくさい。こういうときは書類を見るフリをしながら、部長補佐と雑談をするのがきまりだった。

「総務部の中に人事部管轄の部署があるのは、ちょっと不便よね。」

「IT推進部は厳重なセキュリティの元で仕事をしていますから、移動そのものが無理ですね。もともとIT管理を総務部がやっていたから、あの場所にあるようなものですしね。」

「ウチの旦那みたいなのに囲まれて、アイツも大変な目に合わせちゃったわよ。ま、会社からのご祝儀はちゃんと受け取ったみたいだけど。」

「...ご祝儀のために、彼女を部長にしたのですか?」

「総務部でさせられたから、私たちが課長待遇にしたんでしょ。彼女自身があの中で理解力と統率力が高かったから、今でも部長をやっている。私は会社がそう判断したと思ってたんだけど。」

「私たちの下の世代で、新卒入社となると、彼女が最年長になりますね。部長と同じで、社長のお気に入りですしね。」

「その、お気に入りってやつ、やめてもらえないかしら。別に社長の愛人でもないんだし、既成事実もないのよ。」

「既成事実がないから、お気に入りで留めているんですよ。もっとも、既成事実があったら、私も部長も、そして社長や役員、営業部の一部まで、全員が路頭に迷うことになりますけどね。」

「困ったものね。客寄せパンダは、既成事実を作れないまま、会社に操られるというわけね。」

「別にそんなことを思っているわけではないです。一応、任期としての1年目は無事終われそうという話。来年度からは少し他の活動を抑え気味にしてもらうように、話はつけてあります。」

「そういうところ、あなたを信頼出来る人間だと思えるところよね。よくもまあ、あんな連中と互角に張り合ってるって話よ。」

「私も責任を感じていますから。野心があるわけもなく、前任の部長を早期退職させてまでこの体制を作った人間として、責任を持ってますから。」

「責任...ねぇ。じゃあ、今年1年の私は、あなたに操られていたわけね。」

「否定はしません。しかし、部長を会社の顔として売っておかないと、少し面倒になる顧客も多い。名刺、営業部や広報部のものもあるのは、そういう理由です。まあ、もう十分に売ったつもりですから。」

「私のこと、そんなに信用して大丈夫なの?2年前まで、あなたの顔すら知らなかったような人間よ?」

「私は信用していますよ。その証拠に、あなたが引き抜いて来た後輩達は、人事部で戦力になっている。それで十分証明していますよ。」

「ものは言い用ね。あの子達はあなたが育てた人材でしょ?」

「適応を見極めるのも、部長の手腕ですよ。」

「口がうまいわ。あなたには勝てないと思う。」

「勝ち負けの問題ではありません。それに、適材適所って言ってください。部長が情を掛けることで離職率が下がるなら、私は十分に人事部長の役割を果たしていると思いますよ。」

「知ったような口を利くわよね。でも、感謝はしてる。あなたが汚れ役をやってるから、私はセクハラやモラハラに耐えるだけでいい。それでうまく回っているうちはいいと考えてる。」

「......来月まで耐えてもらえますか?」

「来月?今月末じゃなくて?」

「新年度の引き継ぎです。少なくとも、この会社にいてもらえる限りは、年度末と年度始めは頑張ってもらう形です。」

「嫌な感じ。そうやって悪用してるんだもの。社長からの指示でしょ?やっぱり、傀儡よね。」


私、やっぱり壊れてるのよね。夫と同じ。フェミニストではないにしろ、彼女達をこの部署に集める必要性はあまりなかったと思う。でも、この会社の中で私たちは隔離されて仕事をしてきたのだから、そのままの気心知れたメンバーで仕事をしたいと思うのは、甘えなのかしら。


「ねぇ、私は甘いと思う?」

「先程も申し上げた通りです。情に流されやすいですが、判断に狂いはない。それだけで十分だと思っています。」

相変わらず、本性を見せない人間だ。あるいは、私たちの後輩の一人のように、外では完璧なのだろうか?しかし、彼から出た言葉は意外だった。

「私だって結局派閥争いというつまらない枠組みの中で、社長や役員の手足となって動いている。恨みも買うでしょうけど、結果がすべてです。ただ、決算資料を作るのは総務部です。彼らがいいように決算資料を作成し、株主総会でしてやったりな行動を起こすことも考えられます。今年度は早期退職金はほぼゼロでしたけど、営業利益がそれほど出ていないらしいですから。この体制も安泰ではない。」

「あなたはどうしたいの?まるで自我がない気がするのよね。」

「私は自我を自宅に置いてきています。私も部長同様、会社の傀儡ですから。それが生活のためだと思っています。」

「そっか。奥さんがアイツの後輩なんだっけ?そういうところで少し情がある?」

「いえ、彼女は優秀だから残っている。先程も申し上げた通りですが、部長と彼女は社長のお気に入りなんです。新卒入社を止めていた時期を挟んで、ともに社長が採用した人間の生き残りですから。」

「あれ、あなたは転職組だったの?」

「話したことなかったですか?私も12年前に社長にヘッドハンティングされた人間です。前職も人事部でしたが、もっと規模の大きな会社でしたから埋もれていたんです。新卒募集を再開するに当たって、私はこの会社に引き入れられて、以降は社長の人事部長時代、そして前部長時代と人事部を下支えしていただけです。おそらくその時から、もうこの会社では言われるがままで動くことを選んだ。」

「それでアイツを新卒入社させたわけね。どおりで、お気に入りだわ。しかし、偶然が重なりすぎてない?」

「世間は狭いものですよ。以前、堅実に慎ましく生きていると話しましたけど、妻とは出来婚ですし、自宅に戻れば世間的にはただの父親。妻も働いていますから、無理言って早退するときは、だいたい子供のことです。私は家族以外にあまり情は湧きませんしね。ただ、部長が連れてきた人材と、彼女に関しては、あなたに申し訳が立たないことにはしたくないのが本音です。多少強引でしたが、嘱託社員を残しているリクエストには応えたつもりですよ。」

「...よかった。それを聞いて安心したわ。私は退職まで、ここで息苦しい生活を送るのかと思ってたわけだし。」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味。私は総務部に居場所のない人間。よくてこのまま広報行きぐらいでしょ?最初から人事部長だって任期があるし。」

「体制が続けば部長ですよ。そのための現体制構築でしたから。流石にIT推進部を引き取るといい始めた時には、彼女に固執しすぎだと私も焦りましたけど。」

「いいじゃない。あなたを焦らせることが出来た女として、私は面白く生きられるわ。」

「焦る場面はいくらでもありますよ。役員や総務部との駆け引き、私が焦る理由も分かりませんか?」

「そう見せないからすごいのよ。やっぱり部長をやったら?」

「そうなったら、部長はどうするんですか?本気で居場所がないですよ。」

「冗談でも、席はあるって言いなさいよ。...私にはこの場所しかもう与えられないってことね。やっぱり、傀儡よね。」

「傀儡でも仕事は仕事。そして、部長を祭り上げた私たち、派閥の役員や社長も同罪です。あなたにはもう少し客寄せパンダを演じて欲しいと思っています。」

「ま、私が壊れないうちはやり続けるわよ。傀儡なら、傀儡らしくもっと綺麗な客寄せパンダになろうかしら。」

「任せますよ。ただ、ご自分でセクハラを受けそうな感じになっても、私達は助けられませんよ?」

「営業部や広報に言っておいてよ。毎日視姦されてるって。」

「伝えておきます。それはそうと、あと100枚ぐらいはあるんじゃないですか?承認印を押すだけでも、午前中は終わってしまいますよ。」

「なんだ、サボってるの、ちゃんと見てるのね。」

「そのための補佐でしょう?補佐と言いながら、監視というのも馬鹿らしいですけど。」

「じゃあ、部長命令で、すべてやっておいてって言ったら?」

「却下です。その判は、私が持てないものですから。」


よく喋るようになったと思う。私は最初、この男を勘違いしていた。前部長の体制に組み込まれた去年、彼のパーソナルな部分を知ってから、やっぱり少し情が湧いている。人事部全体に情があるのかもしれない。私と彼は、ある意味境遇も似ている。一家の大黒柱、しかし共働き、そして子持ち。私の場合は、娘とも妹とも言えない、私自身ではあるんだけど、一応娘なのよね。家族のために働く、大義名分には十分だわ。

もっとも、私が思っているほど甘くないのかもしれない。この会社の闇を知っている分、彼のほうが、会社の歯車となるべき存在だし、厳しい境遇。社内からのプレッシャーも私以上。その中で人事部を統括しているのだから、私が外で視姦されていると訴えるのも、甘いのかもしれない。それは別の問題か。


「あの、先輩?考え事ですか?」

「ああ、ごめんなさい。どうしたの?私の娘になる?」

「モラハラですよ、先輩。それより、この書類はどうすればいいですか?」

可愛い後輩よね。男性恐怖症を感じさせない。この子の顔を見ると安心する。一応、聞かないフリをして、私達の雑談が止まったときに聞きに来るのがかわいい。別に雑談なんか無視していいのに。

「え~と、......はぁ~、なにこれ。接待費ってこんなに落とせるものなの?ねぇ、部長補佐、これどう思う?」

嘱託社員は流れ作業で書類を起こす。数字は気にしていない。それをこの子に渡す。彼女も見たことがない金額で、驚いたのだろう。

「これ、無視していいです。ここで承認しても、総務部側から決裁が出ないでしょう。」

ま、そりゃそうよね。接待費って何よって感じだけど、6桁は流石におかしいと思う。

「ああ、この方って、営業部の嘱託の方ですか。お手数ですが、この方のここ1年の経費精算、ちょっと当たってもらえますか?」

「分かりました。もう精算が済んでいるものも含めてですか?」

「すべてです。総務部には私が通しておきますから、経理システムの情報まで閲覧して、とりあえずExcelでまとめて、グループウェアに共有してください。どちらにしろ、問いただす必要がありますから。」

「分かりました、部長補佐。まとめて共有しますね。先輩も、さっきのボヤキは大きかったですよ。」

「......聞かなかったことにしておいて。でも、ありがとう。よろしくね。」

彼女の後ろ姿、もう少し儚い感じがあったんだけど、今は少しガッチリとしてる。自信の現れかな。可愛がる嘱託社員がいて、彼女も楽しいのなら、それで十分かな。


「で、また膿を出すってわけね。」

「いつまでも平成一桁ではないんです。私達は平成を生き抜いてしまってますからね。」

「そりゃそうよね。バブル入社が嘱託社員化していて、如何に人件費が圧迫されてるか、この立場に来てよく分かった。嫌な役回りとは言え、本人に納得してもらえるなら、退職金を先払いのほうが安いって考え方、よく分かるわ。」

「総務部は別ですけど、営業部で古参となれば、おおよそ重要な取引先を持っているか、あるいは経費で色々やっているかの二択です。シンプルですよ。」

「両方の場合は?」

「素直に辞めていただきますよ。それが社長とツーカーでも、許されない行為です。」

「......なんだかんだで社長より冷徹か。一蓮托生と言いつつ、単独行動じゃないの?」

「言ったはずですよ。汚れ役はすべて引き受けるって。社長の息がかかった人間であっても、会社のためには説得して、退場していただく。私の役目はそういうものです。」

社長は情に厚い人間だと知っている。社長が出来ないことを彼が行う。少なくとも、人事に関することは、彼がこの会社ではトップなのかもしれない。私より立場は明確ってことか。

「社長の代わりってやつね。あなたには、頭が下がる。」

「クレーム以外で頭を下げなくていいと思いますよ。部長にはまだ会社の「アイドル」でいてもらう必要があります。頭を下げるときは、本当に辞める時にしてください。」

「じゃ、頭を下げようかしら。もう、印を押すのも飽きた。アイツの顔を見て、そのままランチしてから、営業に同行する。期限のまずいものだけ処理しておいて。」

「...そういう下げ方は感心しませんけど。ひとまず私が対応しておきます。明日は午後、社内できっちり承認印を押して、部会に出席してもらいますからね。」

「部会は適当に流しておいてよ...。ま、それも部長の役目ね。ありがとう、私は出るから、後のことはお願いね。」

「お任せください。多分、明日の午後には、書類は増えていますけどね。」


傀儡でありながら、偶像にもなれ...か。汚れ役に比べて、私の役目がそれで済むならいいのかな。





「おねえちゃんさ、やっぱり押しに弱いよね。」

「僕はあんまり知らないからなんともだな。」

「そう言わないでよ。今日も視姦されっぱなしよ。もう、スーツですらごまかせないのかしら。」

結局、本当の愚痴をぶつけられるのは、自宅で待ってる二人だけ。それにしても、よね。

「オフィスカジュアルって持ってるの?」

「そんなものないわよ。私服で行って、説教されておしまい。そんなところじゃないの。」

「怒られる前提で行くなら、買えばいいじゃん。おねえちゃんがオフィスカジュアルでも問題ないと思うんだけど。」

「前にも言ったでしょ。格好で舐められるのよ。それぐらいならスーツのほうがいいの。」

「でもさ、来年は内勤が多くなるんでしょ?オフィスカジュアルでもいいんじゃないの。ちょっと見てみたいし。」

「なんであなたまでそんなこと言うのよ。他人事だと思って。」


結局、甘えてばかり。オフィスカジュアルにしないのも、私の甘えだ。

でも、甘えてしまえる環境だ。その対価が、視姦とお給料だと思うと、私はどうしたらいいか分からない。

「このままでいいのかな?」

「なんか、嫌なことでもあった?」

「私、甘えてる。それでいいのかなって。」

「甘えられるうちは、甘えていいんじゃない。あなたの立場ってそういうものでしょ。」

「おねえちゃんを支えられるうちは、私達が支える。おねえちゃんがお金を稼ぐ。甘えたくなったら、甘えていいんじゃない。」

「そうね。それじゃ、今日は少し甘える。もう1缶、開けていい?」

「......まあ、嫌なことがあったんでしょ?私は止めないけど、おねえちゃんは、今日はオトーサンと仲良くしないのかな?」

「別にいいです。たまには酒に溺れたいときもあるの。」

甘えていいか。うん、甘えていく。自宅では甘える。後輩に見られても甘える。いずれバレることだもん。

......あの子のほうが、ここでは甘えてるか。いいなぁ。甘え上手になってみたい。



つづく

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