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Append Life 96.8 師匠と弟子

娘が師匠と呼ぶ人がいる。僕の親友。もう20年以上遊んでるかな。今でも交流がある、昔のバイトの友人だ。

そもそもに僕は友人が少ない。それは、僕が東京に来たからなのかもしれないが、それでも、普通は会社の付き合いなんかで、増えてる人がいると思う。

僕は流れ者だから、友人が少ないことを後悔することはある。寂しいと思う時もある。その代わりに僕は、妙な幸せを手にしてるのだから、差し引きゼロと言ったところか。


で、彼には、娘と奥様が同一人物であることを話している、唯一の友人である。理由は簡単。僕の家に必ず年1で来るからだ。そして、その年1で、去年はとうとう二人を紹介することになったわけだが、娘がゲームにあまり興味のない僕に比べ、彼はそちらの方向が明るいので、一緒に話が出来るようだ。少なくともパッケージゲーはプレイしている。

その後、娘と秋葉原に行くときは、必ず呼び出している。彼も、娘が可愛いのだろう。奥様と一緒のお土産の中で、娘だけは別のものを入れてくる。

「あれ、この娘にも、同じもので良かったのに?なんでマルセイのバターサンド?」

「若いうちに食っとけってお菓子じゃない?この前、札幌に日帰りした時に買ってきた。でも、近くのサミットでも売ってた。悲しい。」

「師匠ってそういう気遣いが出来る人だよね。オトーサンも見習いなよ。」

「あのさぁ、彼は、うちの奥様とほぼ同じく就職氷河期を勤続20年耐えた男よ?そんな人間の収入と、僕の収入、1/100ぐらい違うよ。」

「それは言い過ぎ。でも、奥さんも稼いでるんでしょ?」

「そうねぇ、私は最近、どうも副業的なことが多くて。そう言えば言ったっけ?この人、秋口に壊れたのよ。」

「え、そうなの?」

「情けないけど、もう心の病気だから、こればっかりは二人を巻き込んで、生きる道を模索してる。」

「あなたがヒモでいいなら、私は別にいいけど、ヒモにはお小遣いしか渡せないし、趣味のもの、買えないよ?」

「とね、僕の私物だの、使わないからところてん式にスマホを渡したりした結果、こういうことになった。」


「ところで、お前の娘さんさ、なんで会うごとに、だんだんグラビアアイドルみたいになってるの?あれは親として、監視しなきゃ駄目なレベルだろ?」

「そうなのよねぇ。なんか思いつかない?あの娘に悪い虫がつかない方法。」

「それは奥さんの仕事でしょ?俺に頼まれても、どうしていいか分からん。」

「相変わらずよねぇ。この人は、出来ないとはっきり言わないから、あなたのほうが、話しててスッキリするのよね。」

「言わんとしてることは分かる。でも、コイツは昔っから、こんな感じだし、変に優しいところがあるよ。自己主張もしないしね。」

「じゃあ、あの娘の師匠なのは、なんで?」

「見込みがあるかな。コイツとモンハンやっても、やっぱり役割分担があって、そこを突き詰めるプレイになりがちだけど、そこに彼女が入ることで、ある程度別の崩しのパターンが絞られてくる。適材適所とは言うけど、社会でなく、ゲームでそれを学べるというのは、いい時代になったと思ってるよ。」

「えへへへ、ありがと、師匠。」

「そのコイツですけど、僕はそれほどモンハンにそれほど肩入れしてないからな。」

「全盛期にはPSPをアドホックでつなげて、お前の友人と1日10時間ぐらい延々とやってたじゃねえか。」

「10年以上前の話だぞ。PSPなんて...あ、そうか。僕は3000買ってるから、残ってるのか。Vitaもある。」

「二人共、1日10時間って、どんだけゲームやってたの?」

「僕らって、あの頃ってどうしてたんだっけ?」

「あんまり覚えてないな。なんか、仕事して、適当に電車の中でソロプレイして、家に帰ってオンラインロビーで合流して、一狩りどころじゃなかった記憶がある。毎日2時ぐらいまでプレイして、次の日7時には家を出てたからな。」

「若過ぎて吹くような行動だよなぁ。今は厳しいと思うよ。」

「とか言いつつ、オトーサンは深夜アニメを見たりしてるじゃん。あれで、会社に行けるのがすごいよ。」

「今の家は、会社から遠くないから、それで済むんだよ。それに、それが不眠症というやつだよ。辛くても、寝てられないんだよ。」

「色々つらいんだね。でも、おねえちゃんの着替えを覗けるぐらいだから、大丈夫だよ。」

「...いらないことを言わないで欲しいけどな。まあ、事実だけど。」

「そういうことを無意識にやるのがコイツだからね。羨ましいけど、自分の奥さんだから許してやろうよ。」

「あら、だったら、この場で裸になろうかしら。」

「それは、ただの痴女。旦那がいるんだから、そういうことは言うもんじゃないよ。」

「冗談よ。やっぱり、この人よりはっきりものを言うわよね。」

「ま、俺も立場上、明確に物事を進めるうえでは、はっきりとした発言がないとダメな年齢になったんよ。そう思わない?」

「そうねぇ。私もそういう立場になってしまったからね。もう少しはっきりとものを言うのが、正しいんでしょうね。」

「...なんか、大人の会話してるね。僕は取り残されたみたいだ。」

「それがオトーサンの魅力じゃないの?師匠もおねえちゃんもバリバリ仕事してるタイプだけど、オトーサンは感覚が違うもんね。」

「褒めてないよ、それ。」


で、結局ときメモをやってるという不思議な空間。奥様、ときメモを見てて面白いのかな?

「よく選択肢を覚えてるよね。師匠だから?」

「君のお父さんも、選択肢ぐらいは分かるよ。俺らはときメモを擦り切れるぐらいプレイしてるからね。」

「ここ10年じゃない?ぱずるだまとか、クイズとかさ。無駄に手を出して、スタンダードなときメモは忘れてる感じ。」

「でも、お前だってWindows版とか持ってるだろ?あれ、今のWindowsで動くの?」

「動くは動くけど、16bitOSの時代のゲームだから、その辺の調節が難しい。互換モードも、32bitベースだしな。」

「調べてるお前が気持ち悪い。こういうやつだよな、お前は。」

「褒められてるよね。まあ、そういうことだ。」

「しっかし、30年か。30年前って、何してた?」

「僕は奥様と同級生だったのかな?そうだよね?」

「多分...何年とか分からないのよね。だいたいで生きてるし。」

「令和が何年か分からないのと一緒か。もう、何年卒とかも、西暦にして欲しいよなぁ。」

「西暦ですら分からないわ。私達って、大学は何年卒なの?」

「う~んと、浪人か留年してなければ、2004年卒じゃないかな?」

「よく覚えてるな、まあ、覚えてて当然なんだろうけどね。」

「そうねぇ。意識することはないし。あなたはマメに履歴書を更新してるからでしょ?」

「ああ、そういうこと。」

「転職が悪いみたいな空気だな。僕もしたくてやってるわけじゃないし。」

「分かってる。あなたはそういう人間よね。」


「ねぇ、そのぐらいにして、また選択肢を教えてよ?」

娘がプレイしてる後ろで、中年があれこれ話してるのを聞いていて、寂しさを感じたのだろう。この娘なりにタイミングを図ってたのかな。

「ごめん、盛り上がりすぎたね。」

「本当だよ。それに、私は現役大学生なんだよ。」

「現役大学生ねぇ。間違っていないけど、アンタが大学生ってこと、たまに忘れちゃうわよ。」

「なんでよ?私が子供ってこと?」

「違うよ。君はしっかりしてるからさ。もう娘って感じじゃなくて、ちゃんと大人として見てるってこと。」

「...お前、ちゃんと親出来るんだな。俺はそっちに驚いた。」

「何年育ててると思ってるんだよ。5年以上育ててれば、そうなるよ。」

「やっぱり、私の味方になってくれるのは、オトーサンだけだよね。」

「いや、敵味方じゃなくて、君が成長してるってことだよ。まあ、それがこんな感じになるとは思ってなかったけどね。」

「ほんとよね。やっぱり、この娘はいやらしく見える?」

「いやらしいって言葉が似合う。妙に納得する。」

「あのさ、師匠までそれを言ったら、私は、世の中の男性に、いやらしいって見られてるの?」

「自覚がないの?普通の男だったら、君は魅力的に映ると思う。しょっちゅうナンパとかされるんだろ?」

「そう言われると...、返す言葉もない。」

「ほら見なさいよ。男の人はみんなそう見てるのよ。色々な人に言われてるんだから、もう少し自覚しなさいな。」

「いいもん、オトーサンが大好きだから、他の男の人は目に入らないよ。」

僕の腕を引っ張る。こういうところが、まだまだ子供っぽいんだ。無邪気だから、周りがなんとかしたくなる。この娘にはそんな不思議な空気を纏っている。

「男冥利に尽きるな。お前が育てた娘さんだから、こうなったのかね。」

「そんなことないわよ。この娘にとって、もう父親は恋愛対象みたいなものなの。妻って立場がなければ、この娘が本当に彼を奪ってたかもしれないわね。」



「寝ちゃったか?」

「寝ちゃったね。悪いな、毎回付き合わせて。」

「気にするなよ。この子が可愛いだけで済むなら、俺らは大人にならなきゃ、だろ?」

「君も、よくお酒を飲まなかったよね。」

「親の努めかな。それに、むさいおじさんたちの中に、娘だけ置いておくわけにもいかないでしょ。」

「しっかり、母親やるようになったじゃない。去年ははしゃいでたのに。」

「去年はまだ分からなかったことが多かったのよ。今年は、色々ありすぎて、私も親をやってる時間がそれほどなかった。それに、この娘が短期間でもいなくなって、存在が重要だったとも分かった。この人は、もっと大変だったわよ。ね?」

「良くも悪くも、この娘が僕らの生活の中心にいることが、よく分かった。あなたには悪いけど、この娘がもう少し大人になるまで、二人の生活はお預けかな。」

「......彼女、奥さんみたいになるのかね。」

「私は比較にならないわよ。この娘は私だけど、私じゃないもの。もう別の人になった。その証拠じゃない、こんなに無邪気に、いやらしい空気を出す娘にはなれないわよ。」

「違いないな。俺も、師匠って呼ばれてるうちは、まだ可愛いもんだけどなぁ。もう少し大人になったら、ちょっと抵抗感が出てくるかもな。」

「それでも、可愛い娘でいて欲しいと思っちゃうのは、僕のワガママかな。」

「本当、あなたは子煩悩よね。それとも、別の感情が湧いてるのかな?」

「知ってて聞くんだ。君は、本当に意地悪だね。」

「二人で見せつけるなよ。俺が帰ってから、そういうことはベッドの中で言ってろよ。」

「え~、ベッドの中で、そんなこと言う旦那なんて、嫌よ。」

「嫌って...。まあいいや。どうする?泊まっていく?」

「いや、もう始発が走ってるから、帰るよ。」

「それじゃ、送っていく。」



彼を駅まで送ったあと、僕は久々に、彼女と二人で歩いてることに気づいた。

「アイツめ、こういう展開にしたくて、二人で送って欲しいって言ったな。」

「気が利く人なのよね。彼にも、紹介出来る相手がいたらいいのに。」

「僕より簡単に結婚出来そうな気がするけどね。そういう意味では、やっぱり僕がこういう幸せを手に入れたことへの後ろめたさはある。」

「そんなことを感じるのね。幸せは平等に来るわけじゃないけど、彼も幸せになれる人だと思う。」

「......去年も聞いたけど、君とあの娘のこと、話してしまって、良かったと思う?」

「そう思うなら、私達と会わせないでよ。でも、事情を知っている人には、話せることは多くなる。あの娘にはそれを言ってないんでしょ?」

「だから、あの娘は彼に懐いてる。あの娘が信用出来る大人は、女性だけじゃなくていいと思う。いずれ、僕から離れていく時に、男性恐怖症とかにはならないで欲しいんだ。」

「ならないわよ。あなたじゃないのよ。見た目が変わってきたって、私なんだから。それに、どうせ離れることはないわ。」

「僕が子離れ出来ないからね。妻離れ...っていうのはおかしいのかな?」

「その時は離婚ね。あの娘は私がもらっていくわよ。そういうことは、また一人で生きる覚悟が出来たときに言うの。」

「本当だね。僕には、死ぬまで無理だな。」

「死ぬまで覚悟しなさいよ。まったく。」


どうしたら、僕は君達から離れることが出来るのか。そんなこと、考えるだけ無駄だと思った。

こんな当たり前のことを思い出させてくれた彼に、感謝しよう。また、来年も楽しめるといいね。



つづく

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