Life 128 戻れと言われて戻ってみたら...
なぜか、目の前にはじいちゃんがいた。母方のじいちゃん。2011年に亡くなっているけど、どうして僕の目の前に、しかも僕が一番覚えている頃、70代のじいちゃんだった。
「お、珍しいやつが来た。ちょっと座っていけよ。」
「え、いやいや、じいちゃんこそなんでいるんだよ?」
「お前もこっち側に来たってことなんじゃないか。まあ、そういうことだよ。」
ああ、そういうこと。そうか、まあ、心残りはいっぱいあるけど、そうなっちゃんじゃしょうがないか。
「今日は何を分解してるの?」
「たまにはと思って、CDラジカセを分解してる。ここでは自分自身のものじゃないから、壊しても特に気にならない。使えなくなるのは嫌だが、勝手に直る。」
「色々便利な世界なんだね。で、僕がこっちに来たってことは、迎えに来たってこと?」
「お前が来たんだ。俺はここでずっと機械いじりをしてる。不思議なもんで、眠いのに寝られないし、起きていても思い出せないことが多すぎる。けど、機械いじりをしてる時、なぜか色々思い出すんだよ。そこに、たまたま通りかかったんだろう。」
「未練があるってことなのかな?」
「それは俺が決めることじゃないぞ。それに、俺も知りたいことがまだまだあるよ。ジジイになっても、まだまだ知れる。まあ、こうやって会話出来ているが、五感がある程度残っているが、実は掴めないし、お前とも会話出来ていることが不思議なぐらいだ。ゆかりのある人間には、聞こえるんだろうな。」
「ばあちゃんは?」
「さて、どうしたかな。きっと別の場所で誰かを待ってるんじゃないか。本当なら、俺がここでお前に会うことは、順番的にはありえないことだと思ってるよ。」
「そう言われてもなぁ。まあ、じいちゃんが楽しそうで良かったよ。僕はこのままここでじいちゃんの分解でも見てるかな。」
しかし、この人は相変わらず細かいところまで分解していく。それで仕組みがわかるのだろうか?
「前から思ってたんだけどさ、分解して、構造を知って、それでどうしてたの?」
「知りたかっただけだ。で、もとに戻して、動けば正解。動かなければ俺が分かってなかった。ただそれだけだ。」
「何か新しいものを生み出そうとか、そういう話はなかったの?」
「俺ははんだごてぐらいしか使えない。電気回路なんて読めないけど、線が繋がってるってことは、動くってことだろ。例えば、このケーブル。基盤から2本配線がスピーカーに伸びてる。ということは、この基盤のここの部分にはスピーカーの回路があるってことだ。CDなんだから、データを読み取ってアナログ化しないと音が出ないのはわかるが、そんなものはどうでもいい。ただ、これがこういう順番で繋がっていて、音が出ているってことが知れるだけで面白い。そこから何かを生み出そうとするのは、技術者の仕事だよ。」
「じいちゃんって技術者じゃなかったっけ?」
「それはお前の勘違い。俺はただの事務員だよ。ただ、捕虜になって、日本に戻ってきて、お前みたいな技術者にはなれていない。俺よりずっと技術はあるだろ?」
「僕は何も知らない。周りがそう思ってるだけだと思うよ。」
「じゃあ、それでいいんじゃないか。お前が頑張ったんだから、それで十分だろう。」
「う~ん、そう言われてみると、十分じゃないかもしれない。」
「じゃあ、帰れ。また来る時には、お前の話が聞きたい。もっとも、その時に俺のところに来るのかわからんけどな。」
「......そうするよ。じいちゃんにはまた会える?」
「それもわからん。まあ、少しは覚えていてもらえれば、それでいい。」
「そっか。それじゃ、またゆっくり話そう。今度は僕の話をするよ。」
「俺の知らない時代の話、ゆっくり聞かせてもらうよ。また来い。」
「うん、それじゃあ、またね。」
なぜか、僕は目を閉じた。そうすることで、どこかに戻れると思ったからだった。
「.........サン、なんでおかーさんをおいて行っちゃうんだよ。」
「......ああ、ごめん。順番だから、追い返されたよ。可愛い顔してるね。」
浮かばなかった。娘の悔やんだような、悲しそうな表情ですら、僕には可愛く見えてしまう。この娘が僕の娘ではないことを知っていて、そういう言葉しか出てこないの不思議だった。
「え、......あ、......オトーサン、......良かった。」
「あなた、......良かった、目が覚めたのね。」
もっと可憐な少女のような、それでいて大人の表情をしている僕の理想の女性。じいちゃん、僕はまだしばらく会いに行けそうにないよ。
「......結論だけいいますと、過労が原因だと思われます。頭部MRI検査を行いましたが、特に脳梗塞のような血栓などは見られませんでしたし、不思議と身体には異常がない。ただ、頭部から倒れています。顔の傷もそうですが、しばらくは影響が出る可能性は高いと思います。しかし、入院するほどでもないのも事実なんですよね...。不思議なんです。」
医師が歯切れの悪い回答をしている。そして鏡の前の僕は、確かに右目に大怪我を負っていて、まぶたが半分開いていない。
「あなたのメガネ。これはダメよね。」
落ち着いた様子の妻が、僕のメガネを見せてくれた。プラスチックレンズだけど、擦り傷みたいなものがある。これじゃあダメだな。
「新しいのを作りに行くしかないけど。あれ、メガネ、なんで折れてないの?」
「そこが不思議なところなんです。右目の擦り傷は明らかに倒れたときのものだと想うのですが、フレームが丈夫だったのか、それともメガネの上の、今傷が出来ている額に近い場所から倒れたのか。もちろん、覚えてらっしゃらないですよね。」
「あの、僕はまずなんでここにいるのですか?そこから知りたいんです。」
「そんなことどうだっていいよ。オトーサンが生きてたんだから、もういいよ。」
ベッドの上の僕に顔を埋め、ずっと泣いている娘を見てると、どうしていいかわからなくなる。笑えば...は不謹慎だよなぁ。
僕は、彼女の頭を撫でて、諭すように話した。
「どうでもいいことじゃないよ。僕は少なくとも死んでいたらしいからね。オカンとは状況が違うようだし、先生の話をちゃんと聞こう。それからだよ。」
「.........なんで......そんなに冷静なの......」
「ごめんね。でも、君と意図せず別れるのは嫌なんだよ。だから、今は言うことを聞いてくれないかな。」
彼女が頭を上げた。泣き腫らしたひどい顔なのに、それでも可愛いと思ってしまう。理想の恋人とはよく言ったもので、やっぱり理想の娘じゃないかと思う。
どうも、僕は玄関を開けて、外に出た時に倒れたらしい。そのまま、妻が外に出る時に発見し、病院に入ったということだったが、オカンと違って、僕は脳梗塞もなく身体にも異状はない。事実として、特に不自由はない。あ、口の中が切れてるから、血の味はするな。
「知っている限り、あなたが家を出たのが12時過ぎぐらいよね。それから30分ぐらいして、外に出てみたら、あなたが倒れてたの。救急車を呼んだけど、息をしてるのは分かったから、まだ大丈夫だと思ったのよ。ただ、頭から出血がすごくて、誰かに襲われたのかと思ったぐらいよ。」
今が16時ぐらいか。すると、僕は4時間ぐらい気を失ってたってことになる。4時間...なんとも言えない時間だけど、この娘が目の前にいるということで、そう短い時間ではないのは分かった。
淡々と話す妻ではあるが、それは淡々と話すふりをしていることは気づいていた。でも、僕がここで優しい言葉を掛けてしまうと、きっと決壊してしまうと思った。
「一緒に救急車に乗って、それでMRI検査をしてもらってる時に、この娘に連絡して、お母様とお父様もこのことを知ってるわ。そして、この娘がここまで戻ってきて、あなたが同じようなタイミングで目を覚ましたって感じよ。」
「奥様が冷静で良かったです。的確にお話されてましたし、無理に動かさなかったのも良かった。しかし、倒れる理由が見当たらないんです。先程申し上げた通り、過労だと思うのですが、あとは、失礼ながら、以前も精神に異常をきたして、確か倒れたときがありましたよね。あの時に酷似しているようにも思えるんです。一種の安全回路というか、人間にもそういう危険な状態で、生命維持を優先させるような状態の時に、脳が意図せず意識を失わせることがあります。今回は屋外で、しかも誰も発見されなかっただけで、もしかしたら誰も見つけなくても、自ら起きていた可能性もありますね。一応、今日は入院していただいて経過観察しますが、それほどおおごとではないように思います。きっと、疲れていたんでしょう。」
「夫は安定剤を飲んでいることはご存知ですか。それとの関連はありますか?」
「ないとはいい切れません。でも、以前と薬が変わっていないのであれば、おそらくはそうそう問題になるようなことはないはずです。調べる限り、極度の緊張状態を緩和するような安定剤ですし、依存しているような兆候もないですからね。ただ、可能性として、もう一つ考えられることがあるんですが...。」
「先生、それって、隠れ脳梗塞ってやつですよね。MRI上では特に問題ないけど、脳の内部の末梢や、断面だけでは見えない血栓があるといいますし、それが単なる頭痛で起こると聞いたことがあります。」
「......本人が一番よく知ってらっしゃる。本当に30分前に意識を失っていた人なのか、ちょっと疑うレベルですが、そのとおりです。見えない小脳梗塞の可能性は否定できない。」
「だとしたら、それは僕にはもう予防出来ることはありません。健康に務めることすらまともに出来なかっただけです。」
「その考え方は責めすぎだと思います。娘さんは大丈夫だと思いますが、奥様も同じ年齢。お二人とも、ひどい頭痛などがあった際には、無理しないでください。旦那様も、ここ最近頭痛が酷かったりしたんじゃないですか?」
「普段に比べればありましたけど、風邪のような症状だったので、風邪の副作用だと思っていました。原因はそれでしょうか。」
「断定は出来ないですし、MRIでわからない部分に関してはもうどうしようもない。医師をやっていて、こういう結論しか出せない無力さはありますが、旦那様に起きた事象で可能性があるとすれば、過労か、見えない脳梗塞か、それぐらいしかないです。」
「......しょうがないです。あえてそれ以上を求めても、多分意味はないですから。今日はここで厄介になります。あ、食事はいいです。ちょっと口の中で出血してるみたいなので。」
「すぐに処置しますから、そのままにしててください。ごめん、ちょっと口内消毒の準備をしてもらえるかな。」
看護師さんに伝え、慌てて看護師が準備をしに出ていく。
「申し訳ありませんが、お二人は少し外してもらえますか。本当なら処置室で行うべきですが、ここで行いますので。」
「今はじっとしててください。」
「僕は一回死んだんですか?なんか、よく言う死ぬ間際のような体験をしたんですけど。」
「......冗談ですか?死んでもいないですし、あなたの心電図も見てますけど、心拍数が変わったりもなかったです。可能性があったとしたら、植物人間に近い状態だったのかもしれないです。意識がないが、生命維持はしているので、意識が混濁してて、そういう夢を見たのではないでしょうか。心理学に近いですね。」
「うつ病の症状?」
「分かりませんね。私は外科なので、内科や精神科のことは詳しく分かりませんが、似たような話をされる方はいらっしゃいます。」
「良かった...。あなたが倒れてて、血溜まりが出来てた時、本当にどうしていいか分からなかった。」
「けど、僕を病院まで冷静に運び込んでくれた。それだけで、あなたは十分すぎると思う。僕が同じ立場だったら、多分同じことが出来ない。」
珍しく涙ぐむ妻の顔を見た。これで娘の母ですって名乗ってるほうがおかしいんだよな。こういう時でも可愛い。この人達は。
「オトーサン......。」
「ごめんね。オカンの世話の次は、僕がこんなことになっちゃって。」
「ううん、大丈夫。おかーさんも送り出してくれたし、私はもうそばを離れないから。」
「うん、まあ、その、一般病棟でそれを言われると、ちょっと恥ずかしい。」
「そんなことどうだっていいよ。オトーサンが死んじゃったら、私、どうしたらいいか...。」
妻が彼女の頭に手を乗せ、優しく撫でて諭した。
「あなたもよく頑張って戻ってきてくれた。幸いこの人が起きてくれたから良かったけど、私もこういう時、あなたに合わせる顔がないもの。」
「おねえちゃんがオトーサンを見つけてなかったら、オトーサンは死んでたかもしれないんだよ。そっちのほうが、よほど合わせる顔がないよ。」
「そうね。内心、私も覚悟はしてたの。だけど、救急隊員の方が、意識を失っているだけと話してくれて、呼吸も心電図も異常がないって言われて、初めてあなたに電話が出来た。ちょうどお父様とお母様のところにいたのも幸いした。やっぱり、この人は何か持ってるのよね。運が良かったとか、そういう偶然だけで今日の話は片付けられない。」
「いや、あなたが見つけてくれて、君が戻ってきてくれたから、僕も目を覚ますことが出来たんだと思う。今は、そう思いたいかな。」
ベッドの横で僕に寄り添い、これだけ泣いてくれる人がいるんだ。じいちゃん、再会はまだ長くなりそうだよ。その時は、僕にビデオデッキやワープロの分解を見せて欲しいな。
つづく




