Life 126 広島は未知との遭遇。
そのサイズ、とてもじゃないが、250台規模で動くような工場ではない。下手すればプレハブを立てて仮説作業所すら作れる工場だった。
当然ながら、工場の中も車で移動する。昔、システム会社にいた時、こういう工場にも入ったことはあるが、これはちょっとレベルが違う。なにせ、海側に物資の搬入口があるのだから、船を着けて、そこで重機を使い、積み下ろしていくのだろう。これには驚くほかなかった。ああ、これは手に余るし、僕が来ても無理なレベルだ。
「ちょっと勉強不足でした。技術的な解説をして欲しいと言われてましたけど、利用用途を調べておくべきでした。」
「意外ですね、あれだけ話していて、知識はそれなりにあるものかと思っていました。」
「お恥ずかしながら、PCを導入するに当たっての知識を考えていましたから。SEですし、どちらかと言えば、間に挟むとおっしゃっていたシステム会社さんのほうへお伺いするのかと思っておりました。」
「ああ、そういうことでしたか。う~ん、正直な意見を申し上げると、あの方とシステム会社の方、両名とも非常に心配でして、その点でどうかと思ったんです。」
「申し訳ございません。詳しい状況は把握出来ていないのですが、どうも色々な返答が出来なかったと聞いております。」
「まさにそのとおりで、実際に頂いているこの案件を、あなたが持ってきていたら、おそらくそのままシステム会社へ発注となったんでしょうけど、あまりに返答が曖昧だったので、ご足労頂いた次第です。」
「いえいえ、うちの営業が、もう少し知識を持ってくれれば、それで済むんですが。とにかく知識がないんです。」
「それでは、あの資料で法人営業しているのですか?」
「いえ、あの資料に関しては、うちの営業が作ってますが、大抵は会社様に応じて、社内SEで手分けして...社内SEってなんなんでしょうね。」
「まったくですね。しかし、驚いたな。まさかそんな話になっているとは。」
「雇われの身なので変なことを言えませんが、やっぱり少し感覚がズレているんでしょうね。」
それから、会議室に通され、延々と話は堂々巡りだ。僕と、発注元の会社さんの担当者さんが話すだけならそれで済むレベルだった。
システム会社の営業さんも言っていることがよく分からず、発注元の会社さんの担当営業とは言うが、実際にどんな担当営業なのかも理解できず。
システム要件だけ聞いたら、そんなに難しいことではなかった。
・設備用の機器ではなく、単に事務用端末の入れ替え。
・Windows10の時にノートPCにしたが、リモートワークが主体の営業と違い、事務用では出社が義務のため、デスクトップでいいという判断。
・基本はクローズドネットワーク。違う事業所(ここが本社じゃないらしい)とはVPN経由で接続されているため、完全ではないが、そこはシステム会社の領域。
・機材調達までがうちの仕事で、キッティングはシステム会社が行い、発注元が順次入れ替えという話らしい。
しかし、予算の面で一括で購入するわけではなく、今年度に150台、来年度に100台という予算らしい。そこで、
「一応提案ベースですけど、来年度の予算から前倒しに出来ませんか?おそらく、来年度の発注の場合、同一の端末を揃えることが難しくなるのと、半導体価格の上昇で予算が跳ね上がる可能性があります。可能であれば、250台一括納入で、スペックを統一するのがセオリーではないかと思うのですが。」
発注元の担当者さんは確かにそうかという顔。そしてポンコツな営業さんたちは、そこまで考えが及ばなかったという。
「スペックの異なるものが納品されてしまう可能性があるということですよね?」
「そうです。メモリやストレージは統一出来ますが、今回の場合、まず250台という台数では、予算の上振れは確実に起こります。まして、これらは急速に需要が上がっていて、世界では争奪戦が始まっています。そうなると、最低限のスペックでも、前年の150台と翌年の100台で同じ予算を組む、あるいはそれ以上の金額になる可能性だってあります。」
「でも、それは予算の話だけであって、スペック的に過剰になりませんか?」
「これは例えるのが難しいのですが、CPUや液晶ディスプレイなどは特に変化はないと思います。ただ、CPUですら、生産時期が非常に短いスパンとなっています。当社が提案しているこのミニPCですら、今年に入って1回CPUがモデルチェンジしています。記憶する限り、去年も2回代わっているんです。なので、例えばキッティング作業をシステム会社様のほうで行う場合であっても、マスターイメージの流し込みに対して、複数個のマスターイメージが必要となります。そうですよね?」
「あ、うん、そうなると思います。」
IT業界の営業ってのは、どうしてこうなのだろうか。資料作りと契約だけが仕事じゃないんだけどな。
「そうなると、OSのライセンスなどはどうなりますか?」
「ライセンスには違いはありません。250台分ありますので、ライセンスはボリュームライセンスをシステム会社様経由で購入するか、御社のIT部門に購入していただく形になると思います。それからMS365は既存ライセンスがあれば、そのまま移行出来たと思います。うる覚えで申し訳ございません。おそらく個人アカウントにMSアカウントが紐づけされていると思うので、MS365やWindowsの初期セットアップは、既存のWindows10から簡単に移行出来ると思います。あ、Onedriveを利用していることが条件です。」
「ということは、御社からシステム会社のほうへPCを納品してもらい、システム会社側でセットアップを行ってもらって、順次PCを入れ替えていく、流れとしてはこんな感じですかね。」
「あとは場所の確保ぐらいですね。当社の倉庫で、27インチモニターを250台も置けるスペースがないので、分割納品となります。ミニPCは先程も申し上げた通り、スペックの絡みで、本音を言えば当社が一括仕入れを行い、保管場所をお借りして、順次作業がいいと思います。」
「置き場所ですか...。そちらの倉庫、どれぐらいあったりします?」
発注元の担当者さんがシステム会社の営業さんに聞いている。把握してるんだろうか?
「どうでしょう?う~ん、倉庫まで把握してないですけど、うちはシステム会社なんですから、置き場所の準備は出来ないと思いますよ。」
「出来ないわけないと思うんですよね。もともとそちらからPCを仕入れてるじゃないですか。」
「でも、御社に限らず、250台っていうのは、うちでは今までなかった規模ですよ。」
「えっ、過去PC-98の時代、システムからハードまで一括導入していたはずですよ。今もそれぐらい確保出来るスペースあるんじゃないですか?」
「......確認してみます。」
ああ、こりゃだめだな。しかし、250台一括納入というチャンスをみすみす捨てるわけにもいかんしなぁ。
「申し訳ございませんが、弊社代表に倉庫の確保が出来るか確認しますので、少しお待ちいただけませんでしょうか。」
「ええ、構いませんよ。時間はまだありますから、確実な情報をお願いします。
二つ懸念点があった。一つはまず250台のモニターと250台のミニPCを確保出来るかどうか。そして場所の問題。誤魔化したけど、実際に商品が確保出来るのか、僕も半信半疑だった。
そしてあっさり電話は終わった。両方OKだったが、液晶ディスプレイを置く倉庫は台湾にしか確保出来ず、ミニPCだけとりあえず国内に置くことは可能だという話だった。
「...という話らしいです。ディスプレイは順次入れ替えをする時に、システム会社さんのほうに預けます。なので、まずミニPCの確保を行います。そのうえで、弊社の倉庫に置き、キッティングを行う際にシステム会社さんのほうへ発送します。これを数回繰り返すしかないかな、と。」
「ふむ......、例えば、弊社でその倉庫、確保出来たら、一括納入も出来ます?」
「代表からはそう承っております。しかし、現実問題として、キッティングを250台するだけでも相当なスペースが必要ですし、順次行うにしろ、倉庫自体が...あ、もしかして。」
「ええ、弊社には別の事業所があります。四国ですけどね。そちらに一時的な場所を確保出来ると思うんです。これはこちらの事業所自体の予算で購入するものであって、向こうは関係ないのですが、どこにも置き場所がないということであれば、台湾よりは瀬戸内海越しのほうが安心でしょ?」
「...可能であればご検討を頂けると幸いです。でも、それで行けるんですか?」
「あなたが念押しするからですよ。半導体価格の上昇は弊社でも頭の痛い問題です。そちらでも、おそらく利益が見込めないことだってあるかもしれない。でも、商売というより慈善事業みたいな感じで、三方良しとは言いませんけど、タイミングだけを考えれば、確かに今のうちに確保するのがベストなのだと思います。リースでもいいですが、リースするのと大差なければ、資産にしてしまうほうが、会社の予算の使い方として正しい。そう思ったんです。」
正式な契約はまだだが、この時点でシステム会社経由で、発注が来ることは確定的になった。そして発送先は四国。システム会社の人は、何人か四国へキッティング要員を送り、こちら側に送ってく、順次入れ替えか。250台を2年。まあ、そんなに難しいことではないけどね。
「さてと、難しい話は抜きにして、我々は先に街にでも繰り出しましょうか。営業さん方は、それで大丈夫ですよね。」
念押しされていた。彼らは本当に関わってない交渉だったから困る。しかし、まだ16時だけど。
「あの、僕お酒はダメなんですけど、いいですか?」
「構いませんよ。広島案内でもしながら、少し話でもしましょう。」
なんかよく分からないが、僕はこの人に相当好かれてるな。RX-7の話あたりか?
広島の街には降りたことが1度だけあった。とある研究所にシステムを入れる時に立ち会った日だった。あのときは日帰りだったな。
「で、広島は全く知らないと。」
「知りませんね。路面電車が改札の前に来ているなんて、ちょっと考えられませんよね。富山でしたっけ?あれは高架下に路面電車の電停がありますけど。」
「面白い方ですな。正直、この商談、あなたがここに来なかったら、多分私も四国の事業所の倉庫を思い出せなかったと思うんです。点と点をつなぐなにかが、あなたにはある。」
「そんなだいそれたものはありませんし、僕は本職はシステムエンジニアです。もし、その繋げられるなにかがあるとすれば、LANケーブルと話題ぐらいですかね。」
「冗談を仰る。営業だったんですよね?私にはそう見えましたけど。」
「あいにく、営業職は2週間で首になってます。2週間で1件も案件を取れなかったらクビって、氷河期でしか聞いたことないですよ。」
「時代ですな。私も氷河期世代ですが、まだギリギリ大卒の求人倍率が1を割らなかった。多分、あなたの頃は0.8ぐらいでしたよね。」
「そんなもんでしたかね。まあ、そうは言いますけど、大学に通いながら、家電量販店で社会人やってましたから。就職浪人はしてましたけど、アルバイトはずっとしてましたよ。」
「面白そうな話が聞けそうだ。ああ、そう言えば、あそこには行ったことはあります?」
「いえ、ないです。せっかくですし、実物を見てみたいと思います。」
広島と長崎、もういうに及ばないであろう、世界で2つだけの被爆した都市だ。今の人類は、ボタン一つで地球を消滅させるだけの威力を持つ兵器を、抑止力として牽制し合う。その中で象徴となるものが、広島の原爆ドームだろう。
「年々キレイになってるんですよ。耐震対策とか、補強工事とか。被爆した都市として、戦争遺産を守ることは重要だと考えてますけど、朽ちて行く美しさというのも私はありかなと思っているんです。」
僕が河岸に見ている原爆ドームは、よく見る絵のままに見える。しかし、この方は幼少期からこれを見ているのだから、おそらく違いがあるのだろう。
「あれ、広島市民球場の跡地って、公園というか、ショッピングモールというか。あ、サンフレッチェ広島のスタジアムってこの辺なんですね。」
「カープが駅前に移転してから、この辺は寂れるかと思いましたけど、まだまだ活気があります。そこにサンフレッチェですからね。」
「中国地方を代表する都市ですから、これぐらいの活気がないとダメですよ。夕方のこの時間に、学生だけでなく、老若男女が歩いているし、路面電車も混雑している。これだけで活気を感じます。それに、地方はロードサイドが当たり前になりつつある中で、これは十分に中核都市です。」
川を渡り、アングルの変わった原爆ドーム。インバウンドもあってか、外国人も多い。確かに、よくよく見ると、内部はほぼそのままのようだが、わからない範囲で補強はしているように見える。
「私も広島の人間です。確かに反戦を掲げ、象徴として残していくということ、平和宣言を出している都市だから、守るのは当然だと考えます。でも、守ることは出来ても、その当時のことを伝承する人間は亡くなっていけば、これが残される理由が、ただの愚かな行為の結果にしか見えないのです。」
「事実としての証明ですね。フォークソング時代、戦争を知らずになんて曲があったぐらいですけど、さすがに戦後80年も経ってしまうと、当時生まれた子供がすぐ被爆したとして、80歳。ずっと苦しんだ人生です。たった数カ月戦争に巻き込まれただけで、一生分のキズを負う。今は紛争なんて言葉で誤魔化しますが、戦争はずっと続いているんですよね。」
「200年後、まあ、そんな先の話を考える必要はないんですけど、これを見て、何を感じるのか、その次代の人に聞いてみたいですよ。ま、地球が滅ぶか、原爆ドームが崩壊するか、そんな先の話は、もっと頭のいい方が考える問題ですな。」
「どちらにしろ、私たちは生きていませんよ。せめて、今だけは平和であってほしいですね。」
しかし、内部に落ちる瓦礫、補強されていても、その補強方法は巧みだ。これが戦争遺産であり、確かに外部によるダメージもあるが、ドームの外郭だけが残っているのは、間違いなくあの光によるもの。生まれて40年以上経って、戦争遺産という場所にはいくつか行ったことがあるが、説得力がある。ここに、未知の兵器が落とされ、ただの爆発ではないなにかがこの建物を生んだ。そう言えるだけの説得力を持つ建物であることは間違いない。この方のいうことも分かるが、見るだけで説得力を持つものは、残していくべきだと僕は思った。
「どうしたんですか?深刻そうな顔をしてますよ。」
「いえ、インパクトが強かったと思ってください。ここは観光地ではないですね。観光気分で来る場所ではなかったと少し後悔しているだけです。」
「なかなか感受性が豊かなんでしょうな。それとも、地元の人間との差ですかね。ま、お好み焼きなり、あなご飯なりを食べて、ちょっとだけ面白い話に付き合ってください。」
つづく




