Append Life 125 一人、広島へ
引きこもりだけど、仕事のためなら出張にも行く。なんで僕が行くのかがわからない。
経緯は色々あったんだけど、嫌な理由だった。
「あの、......さん、ちょっと悪いんだけど、営業に同行して、広島に出張してくれない?」
「は?あの、異論だらけですけど、営業書類を作らなくなって、同行して説明しろって、営業は何をやってるんです?」
「ははは、まあ、そう怒らずに。うちの営業じゃ太刀打ちできない相手だから、あなたぐらい知識のあるひとに声をかけてるんです。」
...お国柄か、自分の手に余るときには、他人にバトンを渡して、自分は逃げる。この辺、ファーウェイやXiaomiのCEOと違うところだ。まあ、規模が1%にも満たないがw
「......で、そのお客さんってのは?でっかい法人ですか?それとも地方の家電量販店?」
「地元のPCショップ...というのは体裁ですか。調べた限り、法人営業部が強い地元のPC卸売りなんでしょう。」
「そこに何を売ろうとしたんです?問い合わせでそれぐらい聞いて、調べて営業しに行ったんじゃないんですか?」
「それが、お客さんのニーズが二転三転して、最終的にVESAマウントできるミニPCに、ウチで取り扱ってる液晶モニターとセットで買ってもらって、VESAに取り付けて終わりだと思ってた。」
「思ってた?あのですね、雇われてる身ですけど、思ってたじゃなくて、結論を言ってくださいよ。」
「......正規ライセンスのWindows11 Proを入れ、ストレージは最低限の256GBのSSD、その代わり、モニターは27インチで、キーボードとマウスは無線タイプがいいと。」
「そんなもん、社長のほうが調達できる道筋を知っているでしょ?僕が何をすればいいんですか?」
「ほら、あなた、確かキッティングとかやったことあったでしょ?イメージの流し込みとか。」
「まあ、人並み程度に。あれ、もしかして、それって台数がすごいことになってるとか?」
「ざっと250台。で、その作業をしてくれれば買うって言う話なんです。」
「やればいいじゃないですか。あとNASでも一個買って、勝手にネットワークブート仕掛けてイメージ展開して終わりでしょ?」
「それが説明できれば、うちの営業が追い返えされることもなかったよ。」
「......あんさ、いや、申し訳ないですけど、社長の連れて来る営業さんって、もうちょいまとも
なのいないんですか?そんなことで苦戦する人なんて聞いたことないですよ。」
「付き合いってものがあるんです。だから、仕方なしって思ってくださいよ、お願い。」
......う~ん、そういえば、僕は広島って言ったことないんだよな。通ったことは何度もあって、実は昔の仕事で呉には年1ぐらいで行ってた。移動時間が実に9時間、作業時間1時間という地獄の出張。でも、広島駅から先は行ったことがなかった。日本人でありながら、未だに原爆ドームも見たことがなかったし、まあ、行ってみても面白いかなと思ってしまった。こういうとき、知らない土地に行きたいという欲が溢れてしまうのが、良くないところだ。
「いいですよ。その代わり、僕だけ少し旅費を高くしてください。多少フレキシブルに動くんで。」
「どういうこと?」
「そういうことです。営業には同行します。ただ、技術的な話や、実現方法は説明します。その後で、導入先を見に行きます。現実に、作業できるスペースだとか、そこにどういう設備が必要なのか、誰がそれを払うのか?なんかを決めなきゃだめでしょ?」
「あなた、なんで営業をやらないの?保守仕事なんかしなくていいから、営業やってよ。」
「そうやっていらない仕事を押し付けた結果が、僕を休職に追いやったんでしょ?」
「休職手当だって出したでしょ?ね、お願いしますよ。」
「営業は今回だけにさせてください。で、僕は窓口にはなりませんので、営業は誰か別の人がやる。それでいいですか?」
「......わかりました。それで全面的に飲みます。ああ、それと、現地での作業はやりませんから、そのノウハウをもつ技術者を臨時で雇うなり、探すなりしてください。あと、ミニPCの調達元に、そもそもOEMライセンスではなく、UEFIにデジタルライセンスを組み込むように手配してください。流石に250台ともなると、OEMライセンスで逃げ切ろうとするのは不可能だと思います。」
いや、そもそもOEMライセンスで逃げ切ろうとしている会社自体に問題があるんだけどな。まあ、言っても聞かない人たちだから、もうどうなってもいいや。
「で、大将は広島に行くわけ?」
「すまない。君にはまた迷惑をかける。」
「迷惑?そんなことで迷惑することがあるか?むしろ、ご苦労さんといった話だろ?」
「半分は観光気分だけど、まあ、厳しいな。正規の地元のPC卸売り。昔のNECや富士通の代理店だったようなところだろう。そんなところが、コスト重視でN100のミニPCをVESAマウントに取り付けて、オフィスで使う世の中か。」
「Microsoft365とかはどうなんだろうな?まあ、そのへんは心配ないか。」
「要は、正規でPCを入れられない予算の会社に対して、たまたまうちの営業がいい値段で見積もりを提示してしまったところから話が始まってる。数が数だけど、250台も入れ替えるような会社だから、ランニングよりイニシャルで何かしら決算の予算を赤字にしたいとか、そういう理由なんじゃないかな。まあ、理由はわからんでもない。」
「で、あなたは行くことに決めたの。」
「なんか、僕が行かないと終わらない気がするんだ。いや、始まりもしない気がする。まあ、マズいかなって感じはある。だけど、僕が行く必要性がいまいち感じられない。これが少し悩む要素ではある。まあ、それはそれでいいかと思うし、実は広島って行ったことない。まあ、そういうことかな。」
「単なる旅行じゃない?でも、それでいいなら、行ってきたら?あの娘もまだいないことだし。」
「あの娘......、いつまでいるんだろうね。」
「あなたのお母様が退院するまでじゃない?でも話をしてると、大学留年になりそうな勢いよね。そんなにあなたのお母様が好きなのかしら。」
「あの二人には僕らが分からないシンパシーみたいなものがあるんじゃないかな。だからだと思う。それに、もう不幸な出来事で、母親を失いたくないって。」
「......複雑なものね。私よりも母親してる人が少なくとも二人いる。どちらかが亡くなった時、あの娘は耐えられるか、すごく心配してる。」
「事情が事情、君の両親は失踪したままだけど、あの娘の両親は、例え君と同じ両親であっても、細かい部分で君の両親とは違うのだろうと思うし、まして君には20日近くの時間差があったけど、あの娘は時間差なしで、違う世界線、違う時間軸の僕が見つけてしまった。たった1時間そこらで世界が変わってしまっているから、本当に母親のいない世界だという危機感みたいなものがある。あの娘が僕達から離れてでも看病をしたいと思う理由はそこにあるんだと思う。」
「ま、私は嬉しいわよ。なんか、ようやく新婚生活みたいな感じで。今までもあの娘と三人で話はしてたけど、私たち、今はなんだかんだであの娘の心配をしてる。なんか、新婚生活で、娘がいるってこういう感じなんだなって思った。」
「君が満足なら、それでいいと思うよ。ただ、僕らはあの娘に怒られるような生活を送っている。君がアンフェアを嫌うのに、アンフェアな行為を行っているってこと。」
「あら、それならあの娘だって、あなたのお母様との時間は、あなたを知る上でアンフェアな時間だと思ってる。私は、あの娘と同じことを知って、同じ目線で生きていきたいのよ。だから、帰ってきたらお互いのことを話す。それでいいと思ってる。」
「あなたは僕に似てるよ。独占欲が強い割に、性格はどこかおおらかだ。三人で同じものが見える生活、案外出来ると思うけどね。」
「......出来てないのは、あなたの変な考え方なんだけどなぁ。ま、出張の間は、洗濯とお風呂掃除ぐらいはする。夕食は外食で済ませてくるわ。」
「一応、監視は付けさせてもらうよ。君の後輩達と連絡先を交換してて、こんなことで役に立つとはね。」
「羽目は外さないし、あの子たちも仕事に邁進してる時期だから、迷惑を掛けるつもりはないわ。でも、う~ん、ごめんなさい。おもちゃぐらいは使っていいよね?」
「あ~...、まあ、いいんじゃないの。翌日に響かない程度にしてください。それなら何でもいいよ。」
ざっと新幹線で4時間。広島駅は非常に遠かった。まあ、正直楽になったとは言え、それほど乗ることもない新幹線でも、東海道新幹線はまだいいと思った。
新幹線の中では極力トイレに行きたくないのだが、温度差もあって、トイレに行くことになってしまっている。まあ、それもやむなしかな。
「あれ、広島駅ってこんなにキレイだったかな?」
「私にはわかりませんけど、変わったんですか?」
「うん、なんか、一度在来線改札に行ったような記憶があるけど、あれは乗り換えだからなのかな。新幹線乗り場が昔から別々にあったのかも。」
「今回は広島県広島市中区江波という場所にある会社へ営業に行きます。先日......さんが言っていた通り、そこが現場だそうです。」
「あれ、ということは、もしかして君が営業した場所って、営業所レベルの話?」
「はい、説明自体は、その場でオンライン会議だという話です。ただ、現場が見たいっていうから、一緒に来てもらったわけです。」
「......あのさ、それって君が現場の写真を撮って、僕に送るだけで済んだんじゃない。会議もオンラインで繋げばよかったじゃん。」
「お客様の意向なので、仕方ないです。それに、オンライン会議出来るスペースは、保守ルームにないですよね?」
一理あるが...、ただ、なんとなく心配になってきた。手に余るんじゃないかと思う。250台を現場で誰が走らせるのか?
「あ、こっちです。遠いところ、わざわざありがとうございました。」
ん?あれ?会社の名前が違うぞ?どういうことだ?
「お世話になります。......と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。」
「営業車で迎えにきておりますので、そちらまでご案内します。」
なんか、相手もこの営業は完全無視みたいな感じになってるな。何をやらかしたら、こうなる?
「あれ、広島駅、改札の前に路面電車の停留場ありますけど、これいつ出来たんですか?」
「本当につい最近です。でも、悲願みたいなものでしたからね。」
「昔、比治山公園にある研究所に仕事で来たことがあったんですが、そのときはドタバタしてて、路面電車は地上で乗った記憶がありまして。」
「まだ出来て3ヶ月経ってないぐらいですけど、利便性は格段にあがりましたね。市内の方も、路面電車に近い方は路面電車に移動手段を移した方もいるんじゃないんですかね。でも、広島の街は知っての通り、碁盤の目のように川に沿って作られているんで、バスのほうが便利ってところも多いですよ。」
「御社は、その両方にも当てはまらないと。」
「江坂って路面電車の停留所があるんですが、そこから歩いて20分ぐらいかかりますかね。そちらの方は、タクシーで1時間ぐらいかかったとかで、10分程度遅刻してきましたよ。」
ああ、理由は察した。要は、コイツ信用できないってやつだ。規模だと思っていたが、実際にそのあたりまで聞きたかったという話か。
「とりあえず向かいましょう。地元ですが、私も油断出来ないですから。」
下の送迎スペースではなく、パーキングビルみたいなところに来た。あ、やっぱりマツダ車なのね。ボンゴだったっけか?
「やっぱりマツダ車なんですね。」
「ええ、なかなか他のメーカーの車には変えられません。私は、その昔はRX-7に乗ってまして。やんちゃしてた頃です。」
「失礼ですが、ご年齢は?」
「今年で51歳です。あなたはみた感じ若そうにも見えますけど...。」
「これでも43、今年で44です。RX-7ですか。世代的にはお乗りになっていたのはFDだと思いますけど。」
「よくご存知で。あの頃は安かったですし、社割みたいなものがあったんで、200万あれば新車が買えたんですよね。時代は変わりました。」
うちの営業がぽかんとしている。日本の、しかもスポーツカーのバージョンの話だ。GPUのバージョンすら把握出来ていないから、営業が出来ないと言っているけど、それに近い話がこうやって出来ないんだろうな。
「あれ、営業さん、口があいたままですけど。」
「すみません。車のことは勉強不足でして。」
「そんなもんですよ。現に、RX-7だって、もう旧車扱いですし、今持ってたら、状態が良ければ数百万だったりとか。」
「半導体価格の高騰みたいなものですか?」
「いえいえ、アメリカの20年ルールと、ワイルド・スピードのおかげ。国内でもモータースポーツが盛んな時期はFDもでていましたし、頭文字Dの影響も大きかったと思いますよ。」
「僕はそこから入った口ですね。あの時、親に借金してでもR34GT-Rを買っておくべきだったと思いました。」
「免許が取れたのが、それぐらいの時代ですか?」
「そうですね、僕も高校は栃木の宇都宮だったものでして、スバルの工場もあるんですが、日産の栃木工場も近くにありまして、そこでGT-Rのテストが行われていたらしいんですよ。ホンダの研究所が、当時ツインリンクもてぎにありまして、高校に通ってたときは、NSXを通勤に使ってた教師もいました。そこら中にインプレッサやGT-R、フェアレディZでしたよ。ただ、乗用車はこだわりがない感じで、メーカーはめちゃくちゃでしたね。」
「面白いお話、ありがとうございます。今日のご説明にいらした理由、この場で分かりましたよ。」
「......僕は営業ではないです。本来は社内SEをやっています。」
「......なんで、営業さんが営業出来ないで、社内SEのあなたがこんなに臨機応変な会話が出来るんです?」
「それが分かれば苦労はしません。さ、移動中でも話はできますし、お手数ですがお願いできますか?」
「おっと、このまま車の話だけで終わるところでしたね。概要はもう一度私から説明しますから、そちらの営業さんは問題ないか確認していただけますか?」
マジで、この反応の差はなんなんだ?コイツ、何をやらかしたんだ?
で、聞いたところ、
・リプレースだけど、予算がないから、古くからのシステム会社を頼り、ウチに話が来た
・営業が直接話をもって行ったのは、そのシステム会社で、この方はそこに発注した、本当の依頼元。
・なぜかシステム会社が呉にあるため、直接迎えに来ていただけたとのこと。
・今回、お金的な部分はシステム会社とうちで別に時間を設けているとのこと。そのため、今日は技術的に可能かどうかの視察。
こういうことだったらしい。黙っていたが、コイツ、想像を遥かに超えてくる。ヤバいよ。そりゃ、お客様が心配になる。
つづく




