Append Life 124 人を動かすには自分が動かなければいけない
娘のいない東京の自宅。思えば、彼女がオーストラリアに留学して、世界に挑戦するといいつつも、家族...僕の母親思いなのかな?そういう風に育ってくれてるのは嬉しい。しかし、反面、そろそろ1ヶ月。大学も後期日程が終了し、いよいよ就職活動となる。戸籍上の年齢は、家裁で生年月日の訂正を行えるらしい。ただ、彼女の場合は証拠が生物学的な年齢でしか証明が出来ない。まして、それを証明出来ない人間が僕の妻なのだから、正直なところ出来るかどうか、これは一種の賭けみたいなものだと思ってる。
それがもう1年以上前。僕は僕で、毎日妻の相手をする日々。僕の妻は銀河一可愛い43歳だから、僕が落ち着かないってところもあるけどね。
「そういえば、あなたの経験で、属人化した人間を更生させたって経験はある?」
「そんなところにいた覚えはないけど、アルバイトの雇用主として、半年間だけ監督をしたことがある。指導経験があるとすれば、僕はそんなもんじゃないかな。」
「意外なものね。やっぱりあなたの経験は、ちょっと普通の人では考えられないわよ。」
「押し付けられて、なんとなく自分で考えてやった。面白かったよ。人生、色々考えさせられたし。」
「ちょっと聞かせて欲しいかな。私も自分で人を育てる経験で、成功した例が少ないほうだから、ノウハウが吸収出来ると嬉しいのよね。」
「そうだなぁ。僕は、最初に接し方がわからなかったんだ。なにせ、会社に行けって言われて、半年間そこに住んでたわけだから。」
「は?それって普通は辞令が出るんじゃないの?」
「僕の立場がそうさせてしまったというか、まあ、なんというか、技術者なのに営業に所属していたサポートの人間だったからって話。上司は営業だけど、作業はサポートで、技術の人間と一緒に行動してたからね。」
「......変な会社ばっかり経験してるわよね。で、どうしてそうなったの?」
「いやさ、アルバイト募集をしてたけど、そう言えば営業で手の空いてる人いないよねって。じゃあ、お前行って来いって話。」
「アルバイトって?単純作業のアルバイト?
「そうそう。だから、僕が抜擢された。技術者だし、自社の機器を使った作業のアルバイト募集だったから、トラブルになっても大丈夫だろうって会社側は思ったんじゃない?」
「ふ~ん、ブラックね。」
「で、そのアルバイト選考もしていないし、作業だって僕も前日に聞いた程度。いきなりそれを見せて、はいやってくださいは無理に決まってる。」
「ああ、半年間ってノルマがあったのね。だから、見切り発車せざるを得なかったわけね。」
「それも強引に伸ばした。予算内に納めろって上がいうけど、それはそんな金額で契約してきたあなた達の問題であって、終わらなかったら誰がやるの?って脅したんだよ。返ってきた答えにも呆れたんだけど、都度、日ごとにアルバイトを呼べばいいんじゃないのだって。予算は明かされないし、期限は決まってる。おまけに誰一人その経緯を知る人間がいない。なぜなら、元々担当してた人間が本来の担当者で、そこまで一人で営業して、会社の承認を下ろして、アルバイト募集までかけていたと。そんな人間を、会社都合で辞令を出して、地方へ左遷させてしまったんだよ。その配置転換の日が、アルバイト初日ってわけ。」
「聞いたことないわよ。引き続きなしに、そんなことをさせる会社があることに驚きだわ。」
「現実にあった話だからね。で、僕は考えた。なにせ、閉所で、真夏、しかもほぼほぼ女性の職場だった。当時が35ぐらいだったかな。そんな状況で、どう接したらいいかわからないけど、僕がアルバイトさんに動いてもらうためには、アルバイトさんが一番パフォーマンスを出せるようにしようと考えた。結果、アルバイトさんには作業に集中してもらいながら、僕が常に進捗を確認して、ペース配分と、ある程度ペアを組ませると作業が速くなるってことが分かって、そこで会社からの指示は完全に無視するようにしたんだよね。」
「会社が無茶苦茶なら、あなたも無茶苦茶だと思うわね。で、そのマネジメントって、どうしてたの?」
「僕がサッカー好きなのは知ってるだろう?サッカーの監督には2種類のタイプがいる。片方は戦術家。常に戦術を進化させて、相手に対策をさせないようにする。サッカーの戦術にトレンドがあるのは、そういう理由が関係している。そしてもう一つは、選手のモチベーションを保ちつつ、如何に最大限のパフォーマンスを引き出すモチベータータイプだ。僕は迷わず後者を選んだ。」
「でも、個々の能力の話をしてたけど、当然埋めがたい差ってものはあったのよね?」
「あるよ。だから、最初の1ヶ月は一人で作業をやってもらったり、逆に4人ぐらいでやってもらったりと試行錯誤しつつ、僕がこういうイメージをしてるから、こういうことをやっていると説明しながら、作業をしてもらっていたんだ。」
「出た、理詰めの精神論。」
「で、最適解が出た。結論から言うと、僕より少し歳上の女性が多い職場で、僕より下の人は5人ぐらいしかいなかった。25人中20人が指示に従ってくれるには、どうしたらいいかと考えたのが、進捗ついでの雑談と、モチベーションの維持だった。だから、シフトをたくさん入れたい人は、毎日でもいいって最初は話したんだけど、週に40時間働くと社会保健加入が必須になるじゃん。だから、申し訳ないけど、週4日、好きにシフトを入れてもらうようにして、人数を奇数にしないとか、この人は必ずこの日を休みにするとか、そういうところまでパーソナルデータと、シフトコントロールだけを徹底した。で、必ず二人にしたのは、閉所、真夏、おまけに力作業みたいなものだったから、女性には厳しいと思って、ペアにして、まず不安を取り除いた。困ったときに、側に同僚がいるって、気が楽になることがあるだろ?」
「気が楽...まあ、私は頼り切りなんだけどね。それで?」
「そこに、僕が進捗を各タームごとに確認していって、今日はここまで終わったら片付けでいいって、少し甘めにノルマを設定してた。なにせ、作業をするために、機器の設営があるし、そこに扇風機やらも置かなきゃいけない。当然コンセントも必要だし、しかもアルバイトさんも基本は主婦の方が多かった。純粋にアルバイトで来てる18の女の子がいたけど、頻繁に彼氏が迎えに来てて、微笑ましかった。で、そういう話を、作業中にペアの中で行うわけ。会話のキッカケを与えるのは僕。自分の組んでいる相手は、どういう人なのかを自分で話す人もいれば、黙々と作業だけをする人もいる。この違いをとにかく埋めて、最終的に本人達が勝手に盛り上がってるっていうのが理想だったんだよね。」
「なんか、真面目に考えているようで、コントロールしているようには見えないんだけど。」
「だって、そりゃ見えるわけないよ。僕が面白いと思ったのはその後で、勝手にチームが形成されていくんだよ。仕事の話でも、プライベートの話でも、雑談でもなんでもいいけど、やってることと、目的はこれであると明確にして、あとは自由に動いてもらう。ただし、進捗だけは適時確認していく。このためだけにいくつかチェックシートも作ったしね。」
「公にしない、内部資料というか、ログと言うか、そういう類のもの?」
「もっと簡易。出欠シートと今日の組み合わせを書いた紙を集合場所において、帰るときに進捗具合をチームごとに発表してもらう。それを書き留めるためのチェックシート。出欠は言わずもがなだね。組み合わせは25人いて、おおよそ実働は22人。最大で11ペア程度を想定して、1日の目安を進捗とともに計算していく。作業だから、慣れれば速度は上がる。そして、終わりに全員で集まって、他のチームがどれぐらい作業数をこなしたかを知る。知るだけ。そこを咎める必要はない。」
「えっ、終わらないといけないのに?だって、それじゃあ納期に間に合わないじゃない?」
「もし、マネジメントがあるとすれば、この辺からかな。やっぱり突出して作業の速い人と、どうしても遅れてしまう人が出てきてしまう。でも、この二人を組ませることは基本してはいけない。なぜなら、喧嘩の元になるから。同じ作業でも、同じスピード感がないと、ペアを組ませる意味がない。そういう意味で突出した人間の扱いが一番困った。同世代だったんだけど、君と性格が似てて、テキパキと作業をしてくれる人だったんだ。実は会社にこの人だけ短期雇用社員として雇って、毎日出勤させられないか?って頼んだんだけど、社会保険問題で却下され、彼女がいない日は、作業件数が1割程度下がる。それが問題だったんだよね。」
「1割って結構なもんよ?穴埋めとかどうすんのよ?」
「それは簡単。会社にまた脅しをかけた。この人員、進捗具合を逐一送ることで、これは終わらないねとわからせる。そのうえで、一回キレた。自分たちがやったときのない規模を任せて、この進捗具合で、人の補充や作業延長は出来ない。機材搬入の日取りはすでに決まっている。現地での作業の見直しを行ったうえで、これは不可能だと突きつけたわけw」
「度胸...いや、見積もりの甘さか。会社側が想定していた時間と、工程数が噛み合わないから、作業時間が算出出来ないってことはよくあることよね。」
「ここで役に立つのが、毎日の進捗具合の数値と、自由にやらせて件数ノルマをなくしていること。これで、「人員はいても最大で作業速度にこれだけの速度のばらつきがあります」って証明になる。ただ、予算的に許されたのがその納期だったら、足りない分は現地に僕が残って、作業が可能な日にアルバイトさんに臨時で来れるか声を掛けて、追加作業をするしかないですって。でも、これは保険であって、実は終わらせる方法は別に考えていたんだよ。」
「ダブル・スタンダードだったわけね。」
「現地には僕しか派遣されていなかったから出来た手段。実際の見積もりの甘さを会社に提示する一方で、成長曲線は出さなかった。日々のデータを淡々と重ね、極端に落ちる日もあれば、恐ろしい件数が出るときがある。このばらつきが、この現場では生じるからと会社側には提示したわけだ。しかし、よくよく一覧表...まあ、これも僕の管理資料なんだけど、実は予測値では、期間内に一応作業件数をこなすことは可能という目算は付いていたんだ。」
「......どうしてその発想が出来るの?実データでそんなに変化が出るとは思えないんだけど。」
「アルバイトさんの効率化を、僕が勝手に進めていた。結構簡単な話だよ。本来アルバイトさんがやるべきであろう簡単な作業はすべて前もって聞き取りを行い、その日に僕がすべて動いて、アルバイトさんには作業に集中出来る環境、あと徹底した時間管理をさせた。手綱を締めるところ、時間の厳守。お給料が出ない時間の拘束は禁止としたんだよ。」
「あれ、普通、出勤して、準備して、業務開始して、業務終了時間が来たら片付けして、退勤じゃないの?」
「それをアルバイトさんに求めるのは良くないと判断したのと、もう一点は先程話したとおり、僕より歳上の主婦の方が多いと話したでしょ。定時は17時。だけど、片付けなどして、終わりにする場合、17時を超えてしまう。これがどんな影響を生むと思う?」
「普通、影響は出ないと思うんだけど、なにかあるの?」
「主婦って、そこから家事をするというところを考えて欲しい。定時に帰れることによって、家事をする時間が少しでも前倒し出来れば、例えばスーパーのレジ待ち、渋滞に巻き込まれる、子供がいれば、子供の面倒が長く見られる。家族の時間も増える。そして未婚者もそれによって、予定を立てやすくして、さっきの女の子じゃないけど、彼氏とバイトの後に遊びに行く予定を立てることだって出来る。こういうところで、信頼を積み重ねるわけ。モチベーション管理とは、ライフワークバランスがうまく成り立たないと破綻することが多い。そこをギリギリで抑えるために、17時には退館させる。で、僕は資料をまとめて、30分後に委託元に挨拶をして帰ると。まあ、朝ぐらいかな。」
「仕事での時間のスケジューリングは重要だと思ってたけど、そこまで日々の生活をシミュレーションして、そこにかかる負担まで減らすって発想はまったくなかったわ。」
「これをやる上で、委託元にもメリットがある。朝は大体始まりの時間より早く出勤するからいいけど、委託元の担当営業は、退勤時間は僕が挨拶をしてからってことになるでしょ?実は、その委託元の定時は17時。本来の社員さんやパートさんは17時まで業務を行っている。しかし、僕らは別の場所...まあ、倉庫って言えば正しいのかな、そういうところで作業をしてた。委託元の営業担当も当然仕事は17時まで、帰る準備をして、僕を待ってくれているわけだけど、その時間も極力小さくする。これで、委託元の営業も定時退社とほぼ変わらずに帰宅することが出来る。ここも、無茶を利かせるための信頼関係の積み重ねってやつだね。」
「なんか、マネジメント術というより、組織的な考え方に近いわよね。あなた、そういう立場が合う人間なんじゃないの?」
「僕は作業員で十分だ。マネジメントはしたくない。押し付けられたとは言え、責任者は僕だからね。会社と現場の考え方を分けて、僕は会社に対しては厳しい方向性を打ち出し、現場に対しては、僕が動ける部分を最大限動くようにしただけ。うまく回す手段さえ出来てしまえば、それ以上のことはないからね。」
「で、肝心のモチベーターとしての......まあ、少しは聞いているけど、それはどうしたの?」
「それは、さっき言った通りのことをやるだけ。勝手にアルバイトさんは上がっていく。それがパフォーマンスにつながる。結果、日々の件数は増える。それが半月程度データが溜まった時点で会社への交渉材料とする。飲めなければ、終わりません。終わらせる方法を考えてくださいと。」
「まあ、苦言を呈されたことはいくつかあった。例えば、覚えの悪い子が一人いたんだけど、男の子だけど、彼がいることで効率が落ちることもそうなんだけど、組ませた相手のアルバイトさんが、僕に組ませないように出来ないかと話をしてきたんだ。その時は、少し考えさせて欲しいと言って、一応体裁は取った。で、あらためてアルバイトさんでも歳上の方に何名か休憩後に集まってもらって、あ、休憩は1日に3回ね。昼休みと中休みってやつ。そこで、まず彼が作業が遅いと決めつけるのは早いと話した上で、補助として二人体制のチームの補助として、どこかのチームに貼り付いて作業を3人で割り振ったり、あるいは根気強く教えて欲しいって頭を下げた。めちゃくちゃ遠慮されたけど、僕の管理不行き届きだったと全面的に謝罪した上で、協力を仰いだ。結果、彼は短期間でみるみるうちに作業を覚えて、二人体制に組み込んでも問題なくなった。それからは、同じ年代の人たちと組ませるようにした。ここで文句が出るようであれば、僕は彼の使い方を本気で変えて、僕の補佐でもしてもらおうと思ったんだ。でも、杞憂だった。彼は君のよく言う「出来る子」だったんだよ。ただ、やり方に戸惑って、理解が追いついていなかっただけの話だった。我慢してもらった方々にはお礼をしたよ。」
「そういうものよね。でも、彼のポテンシャルはどうやって見抜いたの?」
「彼はチーム意識が高かったことを、雑談の中で知ってたからね。偶然とはいえ、作業に対する話の中で、本人は個人成績よりも、チーム全体の成果の話をしていることがあった。ということは、彼はないとは言えど、個人ノルマなんかを抱えることで、萎縮するんだろうと思った。そこから解放させるために、チーム全体の進捗具合を確認するために、日々の作業件数をみんなで知って、色々な人と組んで、作業の平準化...まあ、軽作業において平準化というのは必要ないんだけど、件数が件数だっただけに、平準化することは必要だったんだよ。」
「属人化って最近はいうけど、軽作業ですら属人化はあるものよね。当然、彼には彼なりの悩みがあって、パフォーマンスが出せなかったってことか。」
「あとから聞いた話なんだけど、この仕事が終わった後、彼は茨城県の鹿嶋でやはり短期...でもトヨタの期間工みたいなやつなのかな?ってのが決まっていて、付き合っていた彼女との遠距離恋愛になることを悩んでいたらしいんだ。そこを、ベテランの主婦さんたちが色々相談にのってくれたらしい。如何に、会話のキッカケが大事かっていうのを知ったのは、もしかするとこの仕事なのかもしれないかもね。」
「で、その他の方は当然放置ってわけじゃないよね?」
「さっきも言ったけど、チーム単位で動いていて、便宜上二人で組み合わせを作って作業はしてもらってるけど、その日の数字しか報告していないと事実を話して、その上で、「全部はハナから無理だと思ってるから、自分たちで出来ることをしよう。最後に件数を達成していなかったら、責任は僕が取ると断言した。」
「あれ?会社にはそんなこと言ってないじゃないの?」
「現場レベルでの責任者は僕だ。完了したかどうかより、まずは山を崩すことだけ考えて、足りない部分は僕が責任を取るという体裁を整えたんだ。だから、作業をお願いしているという構図を作り上げる必要があった。さっきの時間管理もそうだけど、ノルマがあるとないとでは、パフォーマンスが左右される人間がいる。それを見極められる人間がいなかったのが、僕の会社。現場でそうやって孫請として、元請けや委託元にそういう体制を引いている。そして目標必達のためには、時間経過を見てみない限り分からないと、初期の段階の打ち合わせで何度も話した。もちろん、営業がそう話して契約してしまった以上、必達はさせますが、その方法には目をつぶってくださいと懇願したんだ。幸い、この現場でそれを咎める人はいなかったし、そもそもに急な担当者変更で事情説明を受けたとはいえ、そこまで現場を理解してロードマップを短期間で作り上げたことを褒めてもらっちゃった。」
「それ、業務時間外でやってたのよね?」
「そうだよ。だって、アルバイトさんが働いてるときは、サポートと進捗具合、それと雑談をずっとしてたからね。でも、そうでもしないと、会社側の体質が変わることはないと感じたんだ。モチベーターであり、管理責任者であるには、そのときはもうそうやって仕事をするしか方法がなかった。当然、会社は残業代など出さない。実費計算の短期間済むためのウィークリーマンションの手配、それから1日1000円の出張手当。まあ、さすがに交通費は実費だったかな。」
「......なんか、会社も恐ろしいわね。それでOKとは言えないまま、あなたを巻き込むって、普通はありえないわ。」
「だから小さい企業は舐められるし、社員を舐める。教訓だね。」
「で、もっとあるわよね?そのチームメンバーの上げ方。」
「なんてことはない、アメとムチだ。倉庫内作業、経費で扇風機を買ったほど、作業場は熱かった。そこで、例えば午前中にこれだけ全体で件数をこなせたら、僕が3時の休憩にアイスを奢るってね。でも、それはムチにせず、3時にはアイスを出していた。それほど熱かったからね。加えて、アメや塩タブレットを休憩室に置いておいた。勝手に取って欲しいって。あとは委託元に許可を得て、フタ付きの飲み物を持って作業させてくださいってお願いしたぐらいかな。」
偉そうに話しているが、要は自分が働きたいと思う環境を作るために試行錯誤した結果なんだと思った。今はもう出来ないな。
「そういえば肝心なこと、平準化って言ってたけど、総作業件数って何件だったの?」
「当初は3ヶ月で55万件。しかし、調査したところ実際は60万件であることが発覚した。で、僕は会社に雇用延長を申し出、却下され、キレて終わらないよと話したんだ。」
「でも、会社は体裁を重視したわけよね。」
「ここでも良くない話なんだけど、実はその元データは委託元に渡して、別の業者が紐づけを行う作業があった。つまり、そこまでに全部出来ていないとダメというルールがあったということが、後日発覚したわけ。でも、作業で行ったデータのみ紐づけしてくださいって言った。向こうもそれで了承を取った。合意の上で、作業遅延を現場レベルで認めさせて、会社間の話は勝手にしろってぶん投げた。厳密にうちは孫請で、下請けにはこの話をしておいた。暇なときに来てたからね。自社に知らせなかったのは、駆け引きの材料として取っておきたかったという理由と、下請け側から援護をもらうため。現地を見てますけど、到底お約束された時間では間に合わないと感じますって言わせたわけ。」
「......もう、あなたのそういうしたたかというか、何重にもトラップをしかけるというか、理由付けが恐ろしいわ。」
「現場のモチベーションを下げる要因はとにかく排除した。出来ることはすべてこっちでやった。元請けにも現地にも根回しをした。アルバイトさんにはこれだけ件数があるけど、日数を考えたら、終わらなくて当然だから、そこは気にしなくていいよと。で、さっきのように、僕が責任を取って収拾を付けるからって話したんだ。」
「会社の方って、その作業は見に来てたの?」
「来るわけ無いだろ。必要なときだけ呼び出した。知られたくない事実は会社に報告されちゃ困る。だけど、上司と一回だけ、現地で飲んだことがあって、仕事も緩いし、なんなら半日ぐらいは遊んでるって聞いたときには、この作業が終わったら、僕は会社を辞めると本気で思った。元々プログラム開発会社から、SE派遣、そして海外から調達してきたRFID技術の機械導入と、付帯作業の1発目が、開始前日に配置転換されて、ノウハウゼロから始めたってだけの話であって、現場でこれだけ悩んで、苦労して、頭を下げて。そりゃ、何度か過呼吸でアルバイトさんに休憩室に運ばれるわって思った。」
「異常よ、その環境で、どうしてバックアップもなかったのよ?」
「上司と愚痴になった時、この会社は2代目が引き継いでから、業績は上がるが、やっていることは趣味の世界になってきたって。機器設計できる人もいるし、プログラム開発を出来る人もいる。なんならオラクルマスターのゴールド取得者までいたぐらい。なのに、やってることは完全に仕事じゃなくなってたってね。僕はそういうサポートって立場上、そっちの人間とも近かったけど、一人に掛かるタスクが著しく異なるってこと。プログラム開発出来る人間だって、3人しかいなくて、オラクルマスターは外部企業に委託されたサーバーの運営管理をリモートで行うだけの作業。一方でプログラム開発でもファームウェアを作る部門...まあ、平たく言えば電源ボタンを押して、機能するまでのソフトがあるんだけど、それは一人のプログラマーが担当してて、そのソースを僕は読めるけど、書くことが出来ないから、バグの洗い出しを手伝ってたこともある。もう一人は何をやってるのか知らん。まあ、そういうレベルなんだよ。会社から、会社の体を成したただの会社ごっこに成り下がってるって上司は愚痴ってた。それが実情なんだと理解したよ。」
「で、結果は?」
「実は納期に体裁だけ間に合わせるって約束を取り付けていたおかげで、それ以降は必要に応じで3日前ぐらいにアルバイトさんに声を掛けるような感じ。あとは一人で僕が常駐して、機器の不具合やら、残りの作業やらをやったよ。検収は終わってたから、アフターフォローが半分かな。でも、基本はもう職務放棄してた。作業が必要な時以外は、ずっとネットで色々な知識を調べてた。そうそう不具合が起こる機械でもないだろうって思うかもしれないけど、実際には利用者目線で作られてないし、委託先研修を行っても、慣れない作業であることは変わりない。RFID技術で、機械にかざすまで何が起こるかわからない。そして原因も機械側なのか、RFID側なのか、それすらわからない。それを3ヶ月ぐらい掛けてアルバイトさんに時間をもらいながら、やっていったよ。最後には、どういうわけかアルバイトさんが送別会を開いてくれてさ、やっぱり嬉しいし、名残惜しいものだね。」
「ひとたらしの才能が爆発してるわよ。まったく。」
「しかし、僕はこれをノウハウとして起こすことはしなかった。ある時、他の現場の応援を頼まれて、休日出勤したわけ。その時に、同じ作業をしてるのに、アルバイトさんが死んだ目で作業してるわけ。で、話を聞き取って、そこの担当者、出欠確認も進捗確認も、さらに具体的な指示すらもしてなかったって話になったわけ。本来なら、こういうことが起こるから、ノウハウをまとめようと思うことになるじゃない。だけどね、僕が健康診断で、どうしても1日だけ現場を離れなきゃいけないことがあって、営業先もない暇なその担当者がたまたまその日を埋めてくれたんだけど、次の日にアルバイトさんから愚痴を聞かされてさ、何を言っても知らぬ存ぜぬの一点張りで、挙げ句出欠確認すらしなかったと話した。で、彼と大喧嘩ね。出欠確認っていうのは、アルバイトさんにとっては時給を証明するための記録として残さなきゃいけないものなのに、なぜしなかったって?なぜだと思う?」
「う~ん、あなたに出欠確認が飛んでいたってことはないわよね。」
「そうするべきだったと反省したよ。誰がいても、自己申告なんだから必要ないですよ、だって。たまたま欠勤する人もいなかったからそれで良かったとしても、じゃあ、お前は仮にこの日サボるような人がいて、それが人件費として支払われるべきお金じゃないってことを理解してる?って聞いたのよ。そしたら、それは会社が調べることであって、現場ではそんなことをいちいちしませんでしたよ、っていうのよ。ああ、コイツ、本格的に営業やれてない理由が分かった瞬間だったよ。そして、僕はこの仕事が終わった年明け、会社に退職願を出した。その時には、またうつ病が戻っているころで、ぬるま湯に浸かっているならまだしも、そもそもにお金の感覚が理解できないやつが取ってきた仕事なんぞしたくないって。会社の上層部は、僕を引き留めようとしてたし、そのノウハウを持って、各地に飛んで欲しいって言ってた。要求として、それをやるならベース給を無条件で上げることと、営業が取った仕事に無理がないか、本当に社内で精査出来る人間を入れて欲しいって言った。仮に最初の担当者がそのまま僕の仕事を出来て、終わっていたかといえば、おそらく揉めることはそうとうあったんじゃないかって思ったわけだけど、そこに対するノウハウを資料にすることもイヤだったし、なんなら、毎日の進捗にコメントすら書いてこない上層部にも呆れていた。サッカーの話になってしまうけど、チームのオーナーと監督が揉めて、監督が辞める理由がよくわかったんだよ。」
「で、そのノウハウはそのまま活かされず、現在まで来ているってわけね。なるほど、あなたの主観が多いとは言え、考え抜いた結論と、結果の割に、会社側の対応が明らかにまずかったとしかいいようがないわよね。」
「でも、仕事をしているときは楽しかった。逆に、仕事どころか、職場にすら行きたくないと思う仕事をやってたこともあったぐらいだから、僕はあのときは、アルバイトさんに恵まれたと思ってる。ま、それっきりで交流はそのあとないんだけどね。」
「そっか...。私って、まともに育てた後輩って、結婚式に呼ばれたあの子だけで、環境が問題だったとはいえ、他の人達は数カ月で辞めるパターンがほとんどだったのよ。今は人事部長をやってるけど、実務は補佐がやってくれてる。ただ、人の動かし方とか、モチベーション管理とかは、部長である私の仕事だと思ってるの。」
「部長だからね。君のところの補佐は実務は申し分なさそうだけど、一方でそういうところの管理は、話を聞く限りマネージメント出来ない感じがする。君が受け持つのがいいと思う。僕は君の会社の内部を知りすぎたから、あんまり詳しいことは話さないけど、君が早期退職を促そうとしている人材も、もしかしたら活かせる環境が残っている可能性が高いと感じる。本人が人事しか嫌だというなら仕方ないと思うけど、急激な血の入れ替えは、本当に会社ごっこになってしまう。君の会社の社長もそれを理解しているはず。」
「すこし、社長に甘えてみようかしらね。早期退職者リストの作成し直しと、若いメンバーへの補佐やアドバイスのために、数人だけでもって。」
「言うところまではしてみてもいいと思うよ。ただ、人事権は社長と、え~と、補佐の方だっけ?君も持っているが、君は人事権を行使することは出来ない。裁量のある人間に従うしかないことは覚悟しといたほうがいいと思う。」
「そうねぇ...。ま、そんなことをしたら、また社長との不倫疑惑が進みそうだけどね。」
「...あのさ、本当に寝てないんだよね?」
「寝てない。あの子たちに聞いてもらったっていいわよ。私が社長と接触出来るときは、基本的に第三者がいる時しかない。あ、心配してるなら、夫が心配してますって社長に言ってみようかな。あなたが対面するとか言い出すぐらい変な気遣いしちゃう人だから、やっぱり情には勝てないってことよ。」
「君も、いい人間に恵まれたね。羨ましいよ。」
「あら、あなたの今の同僚さんだって、羨ましいわよ。あんな自由にやってて、給料泥棒そのものよね。」
「...ちがいない。まあ、彼は緊急事態にこそ備える人間だから、毎日ゲームしてたっていいんだよ。それが仕事だからね。」
こんな話をして寝る夫婦生活か。定例会とはいうものの、詳しく聞かれて、話をしちゃう僕にも反省だな。
ふと、父親の言葉を思い出した。「お前は上に立つ人間ではない。お前は現場を回す人間だ。」と、大学生頃に言われたことがあった。
そのとおりだな。僕が組織を作ったら、いくらあっても予算は足りない。分かってるよ。
つづく




