Append Life 119 夫婦で年越しは初めて
「そばねぇ。それを、二人で富士そばに食べに行くってさ、どれだけ景気が悪いのよ。」
「まあ、いいじゃないの。ビールあるし、もりそばに天ぷら、これだけあれば、君には十分おかずになるんじゃないの?」
知っての通り、妻は体型が変化しない。いや、正確にいえば進化はするが、退化することがない。夏場にCカップになった胸に20数年ぶりの成長だと喜んでいたのも今は昔。
しかし、それはそれでいいんだけど、富士そばのカレーライスの容器に、天ぷらをこんなに載せている人を見たことがない。天ぷらだけでいくつ買ってる?う~ん、見た感じ6種類あるな。少し紅生姜天をくれないかな。
「あの娘は今頃お母様といっしょに仲良くしてるのかしらね?」
「病院だからなぁ。それに週末に僕が帰って掃除してるから、まあなんとか実家は保ってる感じで、あの娘の食生活まで分かってない。まあ、わかろうとは思わないんだけど、もう病院のコンビニの店員さんや、他のお見舞いのご家族とも仲良く休憩スペースで話しているところをみると、なんかもう、そのまま病院にでも勤めれば?とでも思うぐらい。」
「人が可愛いのよね。あの娘がどうしてそんなに好かれるのか、よく分からないところがあるけど、天性なのよね。私がどういうわけかこの肉体になったように、あの娘にも備わってる特別なものだと思う。あと、あなたの影響も大きいわよ。なんか、無駄に知らない人と話すことが多いじゃない。」
「僕は臆病だから、その場にいる人と同じ気持ちなのかを知りたいだけだよ。あの娘には、そこに他人からの好意がある。でもね、それは君も同じかなって思うことがあるよ。」
「私?なんで?」
「君を敵視している会社の人間がいるのかはわからない。でも、君の話を聞く限り、君はいい先輩、いい上司、いい部下を演じきれている。それって、好意を持たれないと、多分組織では足を引っ張る存在が確実にでてくるんだよ。ところが、君の後輩...なんか、あの子も変わった子だけど、君が育てたとされる後輩達とちゃんと仕事が出来ている。君が客寄せパンダであることを嫌なのは僕だって同じだけど、それ以上に、君自身に魅力がないと好意を持たれない。あの娘と全く同じ人間だと思える証拠だと思うよ。」
「口がうまいわよね。そういうことにしとく。私は本当に人に恵まれたわ。地雷を踏み抜く覚悟だけ持って、仕事をすればいいだけ、それで十分なんだから。」
「踏み抜くことなんてあるの?」
「飲み会が嫌いなだけで、あなたは、まだまだ昭和、あるいは平成一桁の人間が、組織ではお金をふんだんに使える位置にいることを知らなすぎるわよ。」
「そんなもんかね?僕の会社はあいにく2月が帰国ラッシュなんでね。仕事が回らないし、辛い中華料理は食わされるし、そっちのほうが辛い。ああいうとき、ササッと逃げる経理さんとかを尊敬するね。」
「正月休みで休んで、旧正月も休むの?」
「会社の規定にはないけど、ほぼ大半の大陸出身者はその頃に1週間ぐらい有給を使う。そんでもって、お盆休みもテレワークと称して、会社にいない。金の匂いには敏感だけど、一方で他人への迷惑は気にしていない。僕が適当に仕事をする理由があるとすれば、そういうところだよ。」
「来年以降、どうするのかしらね?」
「さあね。渡航自粛とか言われてるけど、旧正月に帰って、その後に仕事をサボる口実にでもするんじゃない?もっとも、台湾と大陸を行き来するだけでも、今は相当厳しいと聞くからね。この業界、台湾がコケた時に、アメリカや中国では、その技術力はないし、ヨーロッパの産業も中国頼みな部分がある。アフリカには僕らの業界はないし、中東はそういう時は金にものを言わせて在庫を世界から集める。ま、ロシアや中国ですら社会主義を主張しているけど、実体は資本主義。貧乏暇無しってやつだね。」
「私はそういう意味で、ある意味ラッキーなのかしらね。食品卸業って、流行りはあっても、一定の需要は続くものね。」
「食うに困る時代になってきてる中で、天ぷらをカレーライスの皿いっぱいに盛ってるあなたが言うセリフじゃないよ。」
年末、人通りもまばら。スーパーも6時には閉店。富士そばもさすがに24時間営業はしないと思うけど、しずかな年末も悪くないと思う。
しかし、この僕の隣にいる可愛らしい女性。二人だけの時にだけ着てくれる白いコートが、彼女には一番似合うと思っている。娘にすら見せたくない。
「どうしたの?」
「見とれてました。可愛いって。」
「複雑なのよね。43歳なのよね。私たちって。その、仕草とかで可愛いと言われるならいいわよ。やっぱり、外見に嫉妬を感じることがあるのよ。後輩であってもね。」
まあ、この人の後輩で知ってる人間って数人しかいないけど、綺麗どころも可愛い子も、愛嬌たっぷりな人妻もいる。比べてもしょうがないと思うけど、そういうものなのかな。
「じゃあ、君のことを、僕の理想の女性だって呼べば、少しは気分が良くなる?」
「そういう問題でもないけどね。でも、あなたの理想の女性でいられるうちは、理想のまま生きていく。そう決めたの。あいにく、あなたが年老いてしまっても、私はこのまま可愛いだけの小娘のまま。それでも、あなたは私をずっと愛し続けてくれる?」
「ドラマみたい。愛し続けることはないかな。ずっと好きで、ずっと理想のままだと思う。だから、ヤキモチも焼くし、あの娘にとは違う特別な存在であり続けてくれる。ま、唯一心残りがあるとすれば、僕と一緒に歳を取っても、僕の理想のまま生きてしまうこと。少なくとも、縁側でお茶を飲むようなことは、田舎の風景にはもうならない。」
「贅沢なのよね。そう思うのなら、あなたの実家へ帰りましょう。あなたの両親は嫌がるかもしれないけど、私も都会はもういいと思う。パートでもしながら、静かに暮らして行きたいわ。」
「で、悪い男に引っかかって、それを慰めるって感じ?あいにく、僕は衰える一方だから、君にそういう存在がいても、僕は容認するぐらいの度量はあるよ。」
「出た、付き合いたくないだけでしょ?家に帰ったら、除夜の鐘だけ、私をイカせてみなさいよ。煩悩がなくなるわよ。」
「それを君が言うんだ。残念だけど、いつの間にか年が明けて、そのまま1回ぐらい煩悩を晴らすぐらいで終わりだと思うよ。それでも頑張ったって褒めて欲しい。」
…静かだな。このマンションも、そんなに人がいる感じではない。そういうことなんだろうね。まあ、どうでもいいや。
「なんか、落ち着いてるわね。煩悩はなくなった?」
「煩悩ばっかりの人に言われたくないです。」
「それじゃあ、姫始めしよ。来年最初の煩悩を収める義務ぐらい、あなたにはあるわよ。」
「ないよ。それに、あの娘ばかりに負担を掛けさせるわけにもいかないし、僕は明日実家へ帰る。君はどうする?」
「お邪魔じゃなければ伺おうとは思ってる。でも、お正月は面会出来ないんでしょ?」
「短時間なら大丈夫じゃないかな。ま、僕は父親の面倒を見る必要もあるしね。」
「あの娘、お父様とうまくやってるの?」
「そりゃあ、自分の娘よりよほど可愛い。この前も言っただろう。この状況、下手すれば親の死に目に、子供の世話とか言って一切手伝いもしない、おまけに今回はメリットがないから帰らないなんていう実の娘より、よほど可愛いだろう?」
「あなたの妹さんもよく分からない人よね。目線も、どこか子供寄りではない感じがする。」
「あいつはあいつで自分の生き方を模索してるんだよ。でも、模索というより、勝手に野望を叶えている感じ。大体、もう5年以上も日本に住んでて日本語がまともに話せない旦那と結婚した理由だって、いいとこ思い通りにうごくコマが欲しかっただけ。それと、ハーフの子供を生みたかっただけとも思えてる。あいつこそ、煩悩の塊みたいなもんだよ。」
「辛辣。兄弟だからそう見える?」
「いや、多分他人であってもそう見えると思う。あいつ、やっぱり好きじゃないからね。死んだばあちゃんに年々考え方が似てきてる。そりゃ、じいちゃんが75歳までパートで働いてたわけだよ。あの頃の年金制度は知らないが、じいちゃんのお小遣いは月に1万だったらしいから。40年前でも1万はありえないよ。バブル真っ只中でそれだからね。」
「あなたの家は闇が深い。ま、だからこそ、あなたは面白い。そういうことなのよね。」
「...そんなこと、言われたことないや。まあ、そういうことかもね。少なくとも、社会不適合者が生まれる土壌は、最初からあったってことか。」
「ご褒美は?」
「そういう誘い方だったのか。まあ、なんでもいいや。一緒にお風呂入って、準備して、寝よう。あっちに帰れば、君の親友たちも顔を合わせられるだろうし。」
「あ、連絡しておくね。あなたも来るでしょ?」
「さすがにこういう状況だし、あの娘と変わる。オカンはあんまりいい顔しないだろうけどね。」
「消去法?」
「そういうこと。オカンには、あの娘が実の娘に一番近い。そして僕にも近い。僕と見え方が同じなのかもしれないね。」
ちなみに、娘はというと、父親とお寿司を食べたらしい。我が父よ、どこにそんな金があるんだ?
つづく




