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Life 116 私、実は43歳なんです

「で、大将のところの娘さんは、相変わらず自分探しみたいな感じなわけだ。」

「自分探しとはちょっと違う感じかな。大河から支流へと踏み出すきっかけが欲しいのかもしれない。僕は参考にならない。君はどうやってここにたどり着いた?」

会社の同僚とは無駄に話しているけど、彼も僕の話に対して、乗り掛かった船と言わんばかりに付き合ってくれる。ある意味、ここ数年の最大の理解者は彼のような気がする。

「俺か?なんだろうな。嫌気が差して、結局こっちに戻ってきたといえばいいのかもな。別にSEや営業が嫌だったわけじゃないし、俺にも妻や息子がいる。まあ、息子がまだ小学生だからなんともだけど、息子の話し相手になって、親の実感を受ける、それが出来る仕事が都合よく転がってたから、こっちに逃げ帰って来たってところかな。」

「なんで奥さんは文句を言わないわけ?」

「それはお前さんのところとあんまり変わらないかもな。俺に父親に徹して欲しいって意図もあると思う。妻は仕事が楽しい部類の人でな。子育て家庭といえば聞こえがいいかもしれないが、彼女は一家を支えている感覚がある。そういうこともあって、これから先は父親の出番ということなのだろうと思っている。ま、ガキの頃に一度は通った道をなぞれとは言わないけど、極力息子の考えていることは、理解する努力はするよ。でも、俺達が通ってきた道とは、時代が違いすぎるのが本音だな。」

その時代を知っている娘がいる僕には、その答えは参考にならないということか。彼は彼なりに家族思いではあるんだな。

「僕は父親には恨みの感情はあれど、尊敬の意はないからな。君の息子さんがそうならないことを願うよ。」

「父親を尊敬できないとは、それほど大きな問題があったということか。でも、それが元として、知り合いの娘さんを引き取って、どうやったら昔の恋人と結婚出来るんだ?」

「それは僕の運が良かったとしか言いようがないな。こんな人生を歩んでいるのは、夢心地のままだった。そして夢心地のまま死んでいく。幸せだろう?」

「...死ぬなよ?」

「死なないよ。そこまで気が回らない。生きるってことは、死ぬより難しい。実感してる。僕はこのまま生殺しにされるのが、一番幸せなんだってね。」

「大将は相変わらずよくわからない世界観で生きてるな。ま、死ぬまで思い続けられるなら立派な生き方だよ。」

「そりゃどうも。僕自身はいいと思わないけどね。」



そうは言っても、僕やあの人の意見だけを押し付ければ、娘にはできるだけ収入のいい会社に入って、そこで仕事に邁進するもよし、相手を見つけて寿退職でも仕事を続けてもいいと思っているけど、後者は少なくとも僕が生きている以上はありえない。今はそれでいいと思っているけど、どちらにせよ、あの娘が幸せになる方法...いや、それもダメか。僕と生活することが幸せに感じていることが、僕の親としての判断を鈍らせ、僕の気持ちを恋人へと戻してしまう。この複雑な感情を、僕はどこで整理出来るのだろうか。


「そんなの一生無理じゃない?私が一番わかるもの。あの娘が、あなたにとって最愛の人なのは間違いないことだもの。理想だなんだと持ち上げときながら、一番になれないのは、やっぱり複雑よ。」

「あのさ、そんなに僕はあなたを邪険に扱ってる?」

「むしろ優しいし、私のストレスのはけ口になってくれている。まあ、体力だけが残念だけど、それ以外は、私だってあなたを理想の旦那様だと言いたいところよ。でも、それを言うほど、あなたからの愛情を受け取ってないのよ。私が嫉妬してしまうほど、あの娘とあなたの関係は本当に密接で、恋人や親子、兄弟なんかの枠を超えているのよね。」

そう言われても仕方がないところではあるが、それにしても、僕の妻は理想の女性だと思い続けてるけど、あの娘は現実に存在しないはずの娘だから、理想を超えているってことなんだろうか。自覚はないけど、そんなところなのかな。

「ま、そもそもよね。」

喉を鳴らしてビールを身体に巡らせていく、目の前の理想の女性。こういうところが理想じゃない。我が妻ではあるけど、そこは少し自重して欲しいよなぁ。

「あの娘の進路なんて、私達がどうこう言っても、もう分からない世界にあるのよ。親という立場で寂しいけど、あの娘と近い年齢の人たちと、あの娘がコミュニケーションをとって、自立しようとしている。それだけでも、親として喜ぶべきところじゃないのかしら。」

「そういうもの?」

「そういうものじゃないの。」

「そうなのか...。頼られなくてもさみしいし、頼られても困る、なんか、ジレンマだね。」

「加えて、私達は少々特殊な生き方でここまで来ているわけよ。私は両親がいないまま生きてきたし、あなたは就職浪人から転々といろいろな仕事をしてる。お互いにその轍を踏ませないような生き方をして欲しいと願うのが親の役目だと思うけど、私達にはちょっと難しいんじゃない。40歳まで独身で、今だって夫婦とは言うけど、あなたと夫婦らしいことって、身体の関係と、日々おいしいごはんを食べさせてくれることぐらい。」

「不満?」

「不満はないけど、憧れた結婚生活とは程遠い、なんかもっと甘い生活を思い浮かべてたのよね。それを40歳まで思っていた私も私だわ。」

「でも、僕はすごく楽しいよ。あなたと食卓を囲めて、一緒に寝て、粗末な身体を求められて。だから理想の女性なのかな?」

「都合がいいってことよ。もちろん、あなたがそんなに打算的なことを考える人ではないことは分かってるけど、さっきも言った通り、これは私の嫉妬なのよ。悪態をついてしまうほど、あなたが好きってこと。」

「好きなんだ?」

「だって、愛してるだと、なんか負けた気がする。やっぱり母親失格ね。この年齢で好きだなんだ言ってるあたり、やっぱり私は小娘よね。」

あなたの場合、見た目がすでに高校生...う~ん、よくて大学生ぐらいだよなぁ。娘と二人で暮らしてた時に、最初に再会したとき...あの時も39歳か。いやいや、39歳とは思えない外見だったもんなぁ。20歳の娘と同じ顔してたんだから。つくづく、僕は本当に信じられないことを毎日体験しているのだと理解してる。


「で、あなたはあの娘をどうしたいわけ?」

「本心を言えば、幸せになってくれれば、それ以上はどうでもいいよ。」

「自分の老後がかかってるっていうのに?」

「老後?老後はあなたがいるじゃない。あ、あなたはそもそも老後って姿にならないのか。」

「銀髪でも白髪でもいいけど、私はこのままの見た目で老いていく...う~ん、今からもう銀髪にでもしちゃおうか。」

「似合う?う~ん、ミディアムボブだから、白いと軽そうに見えるよね。」

「あなたがそうして欲しいというなら、私は脱色してくるけど。」

「そんなわけないよ。それに、もうその髪型、髪の色、可愛い笑顔、あなたのアイコンだから、変えようがない。」

「可愛い笑顔ねぇ。ま、そういうことにしといてあげる。それはともかく、あの娘の話よね。」

「あ、もういいのかと思ってた。」

「あのさぁ、いい加減、私達も親っぽいことしてあげないと、あの娘に見放されそうよ。」

「いっぱい稼いでいっぱい援助してる人がいうセリフじゃないね。ま、気持ちは一緒か。」

「甘やかしたくなるのよね。あの娘がフリーターでもニートでも、別にいいかって思わせちゃう空気があるのよ。あなたの影響よね。」

「僕はイヤイヤながらに働いてます。」

「難しいのよね。あくまでベースは私。思考はあなた。そして感覚は本人独自のもの。私達の関係性が、そのままあの娘を作ってしまっている。」

「思考が僕だったら、もっとダメ人間だと思うけど。」

「だからベースは私だって言ってるじゃないの。気持ちの持ち用とかは私、そこに理屈っぽいあなたの性格が乗り移るわけよ。めんどくさいことこの上ないわ。」

「そんなに理屈っぽい?あの娘がそうは思えないけどね。」

「それはあなただからそう思うの。まあ、でもあの娘の用心深さはそのおかげなのよね。無邪気で空気を変える何かを持っていながら、自分が納得できないことには賛同しない。あの娘を取り巻く環境がそうさせたとも言えるけど、どうやったらあんなに隙のある用心深い娘になるのかしら。」

「言ってることが矛盾してるとはいえ、その空気はわかる。あの娘は無防備なのに、納得がいかないことはしない。どれだけナンパされたことやら。」

「本人はされたことがないって言ってるわよ。取り巻きが強すぎるし、三人揃って合コンとかいかない感じじゃない。あの娘たち。」

娘の大学の同級生か。娘より年下なのに娘を守ってるってあたり、やっぱり隙がありすぎるんだろうな。しかし、三人揃って大学を卒業して、社会人として働いて行けるんだろうか?まあ、そんな心配を僕がする必要はないか。片や箱入り娘、片や男は身体の相性で選べだもんね。...どうして三人で仲良く出来るんだろうか。女の友情はよく分からない。

「親としては安心だけど、あなたが悪ノリさえしなければねぇ。」

「どうせ女子大生と脳みそは大差ないです。悪かったわね。」

「逆にそっちのほうが驚異的というか。なんで僕の妻になったのか本格的にわからない。」

「じゃあ、私もこれから都合のいい男だからって答えようかな。利害関係の一致で結婚しているのは事実なわけだし。」

「...ストレス、溜まってるね。」

「...うん、なんかね。ま、利害関係が一致してるでしょ?」

「利害というか、僕らはまだ若いのかな。」

「若いうちにしなかっただけでしょ?ほらほら、なんなら追加でうなぎでもデリバリーする?レッドブル飲む?」

「......努力はするけど、無理なもんは無理だからね。」



「あれ、まだ帰ってきてない。」

なんだかんだで2時間もお風呂で中年の男女が遊んでるって、やっぱり異常だよ。見られないとはいえ、端から見たら、絶対にパパ活とかに思われそう。

理想の女性だから僕もその気になってしまう。それでも、この人となら、別に軽蔑されようが、堕ちるところまで堕ちてもいい。彼女がそれを許さないだろうけどね。

「連絡もしないでこの時間というのも、なんかおかしな話よね。あ、さては浮いた話?」

「う~ん、それならば嬉しいことでもあるけどね。まあ、親としては心配だな。」

「そうねぇ。でも、まだ22時よ。バイト先にでもいるんじゃないの。」

ガチャっとドアが開く音がした。あ、帰ってきたかな?

「ただいま~。ごめん、遅くなっちゃった。」

「あ、うん、おかえり。なんかあった?」

「おばちゃんの家に行ってた。おばちゃんの旦那さんにもあっちゃった。」

「え、アンタどこまでおばさまに懐いているのよ。」

「いやぁ、なんか今日はおばちゃんの銀婚式の日だったらしくて、ちょっとお祝いしてきた。」

おばさんからしたら可愛い孫みたいなもんだもんな。5年か。しかし、おばさん、まだ銀婚式ぐらいだったんだな。もしかしてデキ婚とかだったんだろうか。

「なんでそうなるのかわからないけど、おばさんは楽しそうだった?」

「もちろん。銀婚式とか言ってたけど、別に普通に3人でご飯食べて、楽しくおしゃべりしてた。いや~、息子さんが仕事で帰ってこれなくなって、代わりに私がお祝い。」

「おばさまもアンタのこと、本当に可愛がっているわよね。いや、私達か。」

「ああ、そういえばまた夕飯のリクエスト聞くってよ。だけど、いいのかな。」

「まあ、あとでおばさんには僕が話をしておくよ。もう親戚みたいなもんだし、この人もちょいちょい注意されてるらしいしね。」

「最近はビール2缶で注意されるようになっちゃった。気遣ってくれるのはいいんだけど、レジで取り上げられちゃうとね。」

「それはおばさんのほうが正しい。アマゾンで買ってる上に、コンビニで買わないで欲しい。」


「しかし、おばさんなぁ。君にとっては完全に母親みたいなもんだもんな。僕も、君を雇ってくれた恩もあるし、事情を話したらご飯まで作ってくれたしね。」

「そうよねぇ。この娘と私を勘違いしたときにはさすがに驚いてたけど、すぐに私も受け入れてくれたし。」

「あなたの場合は、まぁ、なんというかね。他のコンビニだと身分証を出さなきゃ買えないんだろ。だからおばさんに止められる。」

「どっちにしろ止められるなら私は振り切って買うわよ。しかし、身分証もね、今はマイナンバーカードで良かったわ。」

そうは言うけど、結局のところ僕らはおばさんの手の内ということになる。実質的な家族の母親か。ある意味自分の親より顔を見てる時間も長いしね。

「おねえちゃんはありがたいかもしれないけど、私が見せると、おかしいって言われちゃうしね。」

「ふと気づいたんだけどさ、来年どっかの会社に入社するとして、君の年齢ってどうなるんだろう?」

「どうなるもなにも、別に43歳なんじゃないの。まあ、新卒で43歳ってのはおかしいと思われるだろうけどね。」

とは言え、この娘もバイトだけど、5年近くも働いてるんだもんなぁ。面白いもんだよ。実年齢18歳が、今は実年齢22歳か。第二新卒?いや、もう転職か。あれ?だけど大学を来年卒業したら、どうなるんだろう。新卒?既卒ではないよなぁ。う~ん。


「あの、私、すごく疑問に思っていること、言っていい?」

「おねえちゃんが疑問に思う?なになに?」

「アンタって、今一応22歳ってことになってるじゃない。もうすぐ23か。実際の戸籍では43歳になるわけよね。バイトの給料、所得税とかはどうなってるの?なんか変な感じがするんだけど。」

「でも稼いでないのは事実だし、町県民税も来てないんでしょ?」

「と、言ってるけどね。あんまりおばさま達を心配させたくないのよね。」

「それもそうだけど、履歴書になんて書くの?まさか38歳までニートで、今女子大に行ってます。だけど実年齢は23歳です、って通用しないわよね。」

「少なくとも日本では。まあ、いい機会だし、海外にでも逃亡すればいいんじゃない。自由に生きたいんだろ?」

「オトーサンは一緒に来てくれる?」

言ってみたけど、自分が海外に行くとは考えてなかったな。ま、日本語の通じそうなところはハワイぐらいかな。

「え、僕?う~ん、ハワイぐらいなら。」

「ハワイでもなんでもいいけど、そもそもに就労ビザやらもそうだし、よくアンタってパスポート取れたわよね。」

「ああ、パスポートね。あの時、僕に連絡が来て、結局色々説明したんだよ。この娘が戸籍を戻したときの人がいたんで、スルスルと話が出来たというわけ。」

「少なくとも野木町では一番...あ、おねえちゃんのが若いか。」

「好きで若くなってないわよ。でも言い返せないのが悔しい。あなたは分かってくれるわよね。」

「はいはい、どんな姿でも、僕の理想の女性はあなたですからね。それに、娘とはいえ、あなた自身だ。あなたと違うことがあれば、理想はあなた、この娘は僕には出来すぎた娘だ。それに、恋人なのは、あなただって一緒なんだろう?」

「おねえちゃん、言いくるめられてるね。」

「ずるいのよね。私がこの人を好きでいるうちは、多分アンタとの関係も大して変わらない気がするわ。それがどうなのかって話よ。」

「まあまあ、オトーサンはおねえちゃんが好きだから、盛んなんでしょ?」

「あ、思い出したわ、アンタ、ウチの後輩に私の性事情話してるでしょ?いい加減にしなさいよね。」

「後輩さんもおねえちゃんのこと、好きだもんね。心配してるんだよ。おねえちゃんは元気に会社に通うのが、周りを明るくするんだろうね。それでいいじゃん。」

「アンタまでこの人に言い方が似てきた。嫌よ、こんな人達と毎日皮肉を言われるなんて。」

「皮肉ねぇ。ま、どうでもいいけどね。」



「で、結局何にも変わらないと。1日2日で変わるものじゃないよな。急いだってしょうがないよ。」

「君はそういうけどさ、DX日輪刀じゃなくて、もしブランドバックでもねだられたらどうしようかって思うぜ。」

「そういう年齢なんだからさ、大将も買ってやれよ。まあ、それはともかくとして、親として就職先が決まらない時期ってのは、不安になるもんなんだな。」

「君もそのうちそうなる。まあ、うちの娘は少々事情があるから、親としてフォロー出来るところはしてあげたいってのが、親心かな。」

「いや、別にいらないんじゃないか。むしろ大将の奥さんに面倒を掛けるとすれば、多分大将だぜ。お前の悪いところは、自分のことより他人のことを優先するあまり、中途半端に悩むところだ。奥さんに言われたんだよ。お前さんはリスクがあろうと、自分より他人のことをとるってな。」

「結局、ウチの妻に監視されてるようなもんだ。」

「安心しろよ。お前さんの奥さんを取って食うとかは出来ない。普通に話してたって、パパ活やら親子やらに見える。大将も悩むところだろうが、大事にされてるんだから、お前さんが心配することじゃないさ。少なくとも、ここに出勤してくれば、俺がウマ娘ついでに面倒を見てやるよ。」

「...あのさ、ウマ娘って、なんでシナリオが追加される事にあんなにインフレしていくんだ?」

「さあ?それが制作側の狙いだろ。ああ、うちの息子は、最近クロノジェネシスにご執心だ。良くわからんな。」

「え~と、君の息子さんって、いくつだっけか?」

「5歳だ。素質あるだろ?」

「...昔とは時代が違うということか。萌え文化も少子化が進んでるなw」


何にも解決しない。それどころか娘の年齢の問題もでてきてしまった。うまいこと解決する方法はないものかな。


つづく

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