表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/41

Life 113 真剣40代なんとか その1

「また可愛くなった。ねぇ、本当に今年で43歳になるの?」

「あなたも肌艶がいいじゃない。どうしたの?」

このやり取りなぁ。なんか、しょっちゅう聞いてる気がするんだけど、目の前では初めて見たかもしれない。


「で、君はポカンとしてるけど、百合にでも目覚めたりしてる?」

「その分野は分からない。いや、そうじゃなくてさ、スピーカー越しにしか知らないやり取りが目の前で起こってるって、こういう風なんだって。」

僕の前には悪友というか、つい最近再会したアニメ趣味の友人がいる。今日はメガネを掛けているけど、メガネ似合うんだな。


「それで、この前二人が話してた彼の奥さんというのが、これまた可愛いんだ。実際にこんなに可愛い奥さんがいたら、そりゃアニメから離れていくよね。」

「あの、同級生でしょ?しかも同じ中学校。三人とも別のクラスだったとはいえ、なにかの縁でこうやって会っているのって、すごいと思うけど。」

「縁が君を導くって?よくもまあ、スラスラとそんな言葉が出てくるよね。」

「言ってないけど?」

「まあまあ、彼女とは面識なかったよね?」

「声は聞いてるし、なんとなく覚えてる気がするのよね。演劇部にいたわよね?」

「あれ、なんで知ってるの?」

「私は吹奏楽部だったから、多分すれ違いはしてるのよ。吹奏楽部ってとりあえず入る部活だったけど、演劇部の舞台練習とかを見てると、あの頃の私は、全然本気じゃなかったなって思うのよね。」

「それを言われると、私は美術部なんだけどなぁ。」

「吹奏楽部に来なくて正解だった。あんなの、ただの足の引っ張り合いみたいなものよ。それに、うちの旦那がお世話になったそうじゃないの。」

「僕?なんかされたっけ?」

「いつぞやかそんな話したね。文化祭の時、ただサボるためだけに美術室に来てたって。」

「その話か。あれから25年以上経って、こうやって顔を合わせてるだけでも、どうなるか分からないものだね。」

「本当だね。ま、それぞれ家庭もあるし、今は単なるおじさんとおばさんになってしまったけど...おばさんと言うにはおかしな人がいるか。」

「事実は小説より奇なり。それを現実に生きている人間がここにいる。」

「私だって、それ相応の歳には見られたいわよ。」

「本人はそう思うよね。私は自分の容姿が好きじゃないから、確かに歳相応に見られたいというのはあるかも。」

「そうなんだ。でも、メガネをしてるだけで、10歳ぐらい若く見えるよ?これからメガネすればいいんじゃない?」

「皮肉?そういうあなただって、とても中学生の子供がいる感じの雰囲気はない。」

「この人が口説こうとするわよ。あなたは本当に最近活き活きしてる。若返ってるんじゃないの?」

「それはないかな。だけど、私は私で、普通に仕事して、家で家事して、家族と楽しく暮らしてるだけ。でも、幸い肌にシミとかは出来てないし、言うほど気をつけてることもないしね。」

「怪しい。」

「あれでしょ、また旦那さんと仲良くしてるからじゃない?」

「うん、まぁ。もうさすがに高齢出産になっちゃうから避妊はしてるけど、また、私から誘うようになった。回数も月イチぐらいになっちゃった。」

「月イチだってさ。聞いてる?」

「私に言ってるの?確かに私は飢えてるわよ。けど、あなただって、ここのところは積極的よ。」

「仲良しだね。見せつけてくるんだから。」

「でも、彼女が奥さんだったら、中年でもその雰囲気にやられそう。なんて言ったらいいんだろう。見てくれは確かに18歳ぐらいだけど、女性としての空気感は、私達と全く変わらない。そのギャップは強いと思う。二次元にしか興味なさそうな彼が、奥さんに出来る人だもの。」

「結構ひどいこと言われてるなぁ。でも、彼女は僕の理想の女性だからね。僕はこのまま一生、彼女と生きていくって決めてる。」

「カッコいい。私も言われてみたいなぁ。」

「そう?そんなに執着し始めたのって、ここ最近の話よ?」

「詳しい事情は聞いてないけど、献身的に支えてくれたって聞いてる。私は中2の時点で、なんとなくそういう危うさはあるなって思ってたけど、壊れるような話は聞いたことがなかった。25年以上話してて気付かせないのは、思いやりとか?」

「この人、多分自分のことを傷つけても、他人とは話をするような人なのよ。だから、あなたとの電話で気づいたら、それは私以上にこの人を分かってるってことになる。」

「まして趣味の話だけだったしね。そりゃ、私は友人、彼女も友人、あなただけが奥さん。立場の違いもあるよ。」

「ありがとう。そう言ってもらえるだけで、この人の妻になった甲斐がある。」


「なんか分かり合ってるね。私とは気が合うって感じなのに。」

「お互い、子供...子供じゃないんだよね?あの子。子供がいない生活を送ってると、自然と人に目が行きがちになる。あなたは家族を中心に生活が回ってるけど、私達はそれぞれが中心として生活をしている。その違いで共感出来るところはあるんじゃないかな。」

「そっか、娘ちゃんって言ってるけど、あの子は妹なんだよね。」

「あの娘が中心に生活が回っているなら、僕も少しは共感出来ると思う。でも、あの娘ももう大人だし、子離れ出来ないのは僕のほうだ。そうなると、僕が中心に生活が成り立ってしまうみたいだね。」

「それは事実よ。これだけ理想だの、愛してるだの言ってるくせに、私が嫉妬しちゃうぐらい、あの娘のことを気にしてるものね。」

「そこは容認してるんだ?」

「あの娘は私にとって、妹であり、娘であり、女性としてライバルなの。この人が優劣をつける人じゃないのは知ってるけど、成長していくあの娘を見てると、いつか私からこの人を奪っていくって危機感を感じるのよ。」

「君ってすごく愛されてるね。でも、その気持ち、なんとなく分かる。あの子は根本的な何かが、私達と違う。いるだけで負の感情が消えていくというか。」

「この前もそんなことを言ってたね。私は本人に会ったことがないから分からないけど、一緒に暮らしてる当人たちはどう思うの?」

「う~ん、どうなんだろう。うちの中で、一番しっかりしてるのは、あの娘なのは間違いないけど。」

「あなたが実際に会ってそう感じたのなら、多分間違ってないと思う。この人は娘として見てるけど、私は女性として見てる。確かに、素直で危ない娘なんだけど、逆を返せば、あの娘にはネガティブな印象がまったくないの。人懐っこい性格でもないのに、懐に入ることが出来るのは、あの娘特有の空気感がそうさせてるとしか思えない。」

「俄然、会ってみたくなったけど、今日はなんで来なかったの?」

「あの娘は甥っ子に懐かれて、今は本当に子育て中。まあ、4歳の子供だから、子育てとは言わないのか。」

「あなたのお母様も、あの娘を頼りにしてるのよ。私はお客さんだけど、あの娘はもうこの人の実家では家族扱いなのよね。」

「使い方を知っていれば、あの子はその場の空気を支配するような力があると思うの。本人も気づいていないし、私も娘ちゃんに言うことではないから、無意識にそうなってる感じ。」


言われてみれば、だ。彼女をなぜ保護してしまったのか。借金までして一緒に暮らそうと思ったのか。あの娘を好きなだけではその気にならないし、僕の理想の女性は、今、隣にいる彼女だ。今では恋愛対象かもしれないが、あの頃は純粋に娘として育て、一線を超えることはなかった。僕一人で育てて、彼女が自立するまで、恋愛対象にしようと思わなかった。自分の子供でもないし、出会ったときに言っていることも支離滅裂。それでも面倒を見ようと思ったのは、下心があったから、彼女とずっと一緒に生きていきたいからだとずっと思っていた。あの娘が良く惚れた弱みと言うけど、それはこっちも同じだった。この友人はそんなことまで言語化出来る。彼女の思考と言語化の能力は、聞く人を納得させる。そんな相手と話していれば、面白いわけだ。


「で、そんな娘ちゃんのいる君は、彼女とどっちが好きなのかな?」

「好きなのはこの人だよ。だけど、あの娘にはやっぱり思い入れがあるんだよ。僕を親にしてくれた。それだけであの娘に感謝してるし、愛してる。」

「愛してるって...。彼女の目の前でそれを言っちゃうんだ。」

「だって、彼女は愛してるって言うより、大好きって言ったほうが喜ぶんだよ。」

「そうなの?本人の答えは?」

「うれしい...かな。愛してるって言われるのは、まだ先でいいと思ってるの。愛されてるのは知ってるけど、私はまだ妻という感覚じゃなくて、恋人って感覚のほうが強いのよね。」

「それが若さの秘訣?やっぱり気の持ちようなのかね?」

「それにしても、だよね。去年より絶対可愛くなってる。時が止まってるんじゃなくて、本当に若返ってるんだよ。」

「う~ん、私はそんなに可愛く見られてるんだ。なんか、年齢だけが先を行っている感じがして、大人になれてないのかしら。」

「それは違うんじゃない。おばさん同士でこんな話もどうかと思うけど、恋する乙女って感じじゃない?家に帰って、好きな人が待っててくれる。本当なら家族のためとか、自分のためだとか、それで頑張る人もいるけど、単に好きな人が待ってるって考えた時、じっとしていられないほうの人でしょ?」

「合ってる。この人と話が合うはずよ。三人とも、私が何も話してないのに、私が理解出来てる。同じ思考の持ち主なのね。」

「経験則かな。彼はどうだか知らないけど、少なくとも私達はその気持ちを経験して、今の生活がある。あなたにその順番が回ってきたんだよ。それが彼だから、私達も話しやすい。共通項があるだけで、私達は仲良く出来る。そんなところでいいかい?」

「僕に振る話じゃないけど、その考えはいいね。僕にも、その順番が回ってきてるってことかな。それとも、何周目か。」

「あなたは同棲したこともあるんでしょ?中身がないって言われたとか。」

「へぇ~、そうなんだ。合ってる気がする。君は中身というか、本音というか、そういうものは一切出すことは、私達の中ではなかったもんね。」

「そうそう。私だけ熱量がどうとか、彼女のキンキ熱がどうとか、どこか俯瞰して会話を合わせていく。そんな不思議なことを出来る人だったよね。」

「私が、この人が見える景色を見てみたいと思って、好きになったのは、その好奇心があったから?」

「そうかも。私達は、思春期にありがちな感情は抜きにして、ただただ話をしたかっただけで、それ以上は望んでいなかった。心地良い時間を過ごしたいだけだった。その違いが、本妻になれた理由じゃない。」


演技力、まず真似ることから始めて、だんだん自分の色が付いていく。僕はそう考える。役に憑依出来るのも、また才能の一つだと思う。彼女が自分で凡人だと認めてしまって、役者をやめたことを、少し惜しいと思った。彼女は、今の奥様の気持ちを代弁出来るぐらいに、考え方まで同調させることが出来た。この友人には、自然とその思考を瞬時に想像することが出来ている。他人を自分で演じることが出来るからこそ、彼女と話していて面白いわけだ。


「そう言えば、君はここに来てていいの?旦那さんは?」

「彼は、彼の実家に帰省してる。私達の生活は、同居している住人であり、理解者ってところ。もちろん、愛してるし、私は仲良くしてると思ってる。けど、私達の生き方には、馴れ合いみたいなものが許されない気がするの。私達は、二人揃って役者をやっていたから、当然ぶつかることもあるけど、この前も話したように、そういうものだ、で解決出来る。そりゃ、私も同棲当初は、なんだかんだで甘い生活をしてたし、毎晩のように求め合ってた時期もある。でも、結婚するときに二人で決めたことがある。生活に干渉することはあっても、お互いの趣味趣向には絶対に干渉しないこと。そして、趣味趣向に干渉しないために、子供は作らないこと。」

「生活に干渉があってもいいなら、子供がいてもいいと思うけどな。私も人のことは言えないけど、子供が生きがいになることだってあった。私は実家住まいだから、そこが恵まれてたのかな。」

「あなたにはちょっと失礼なものぐさをするけど、いい?」

「もちろん。親友の話だもん。」

「私達三人って、すごく対照的な考え方かなって思ったのよ。子供がいながら、好きな人に身体を求められて喜ぶ人。自分から女を捨ててでも、好きなことをしたい人。そして私は両親の失踪もあって、流されて喜ぶことを忘れた人。」

「女を捨ててはいないよw ま、合ってると思う。彼女が今になって、またエッチに誘えるぐらいに余裕が出来てきたのも事実。私は性欲や色欲より、別の欲が勝っている。それが趣味の世界。そこで生きているのも事実。あなたは喜ぶことを忘れなかったから、彼に行き着いたんだよ。きっかけが偶然であれ、一度切れたと思っていた縁は、長い間ずっと繋がっていた。今、喜んでるでしょ?」

「すごいよなぁ。根拠があるわけでもないけど、説得力を作れる。君のすごいところだと思う。」

「おいおい、それを最愛の人に向けるのが、君の役目でしょ。」

「この人は、それで嫉妬するような人間じゃない。それに、二人の輪の中に入れるかどうか、僕は少し心配もしていた。歳を重ねて、この前会って、ふとその場だけで楽しめる会話ってどうしてただろうって思った。ただ相槌を打つだけでは、会話が成り立たないからね。でも取り越し苦労だったみたいだ。」

「大人のシャベリバみたいなものだね。」

「若い人たちが建設的な意見を言い合っても、それは理想論なのよね。その点、40年以上も生きていれば、お互いの環境が違っても、意見はすり合わせすることが出来る。経験論で話せるようになることも、案外悪いことじゃないのよね。」

「お互いの立場がそれぞれ違う。さっき、対照的って言ってたけど、子供のために生きた、趣味のために生きた、自分のために生きたから、お互いの話が面白く聞こえる。私は楽しいよ。羨ましいとも思うけど、私を羨むことだってあると思うしね。」

「子育てかぁ。子供がいたら、どうだっただろうって想像する。想像することって、面白いもんね。それにタダだし。」

「行き過ぎるとここにいる人になるわよ。想像することを現実にやろうと考えて、回り道ばかりしてきた。行き過ぎた好奇心は身を滅ぼすわ。」

「そこを止めてくれるのがあなたでしょ?それに、僕を容認してくれてる。これだけで十分なんだ。」

「どうせ止めたって、知らないうちに玄関ドアの前に荷物がおいてあるじゃないの。どう止めたらいいのよ?」

「想像以上に自由に生きてるんだね。どうやって娘ちゃん育ててたの?」

「本当だよ。娘ちゃん育ててた割に、深夜アニメ見てたりとかさ、普通じゃないよ。」

「今でこそ僕らはなんとか生きていられるけど、娘と二人暮らしだったときは、想像を絶するようなズボラ生活だったから。」

「でも、あなたの大好きな私は、もっとズボラだった。だからふたりともしっかりしたんでしょ?」

「いや、利害関係が一致しているだけ。君といることが、今の僕の生きがいだから。」

「かっこいい。私も旦那に言われたいな。」

「利害関係といいつつ、生きがいと言われちゃね。奥様。」

「からかわないでよ。それに、私もこの人と、あの娘がいないと、メンタル的にやられると思ってる。この人が壊れる理由もなんとなく分かってきた。人間、背負って大きくなれる人もいれば、その重圧に潰されて、壊れてしまう人もいる。私には理解できなかったけど、この人の体験してきたことを知ることで、一人で生きることの限界があることも分かった。」

「二人は僕を情けない人間だと思うかもしれないし、それが事実。情けない姿なんて、本当なら男である僕が見せるのは、昔の考え方で言えば駄目だと思う。でも、それが僕の個性だとしたら、って思ったら、彼女にすべてを話すことが出来た。もちろん、娘にも話した。それでも見放されないなら、僕はただ弱音を聞いてあげることで、誰かと暮らせる意味を見つけた...って言ったら、かっこいい?」

「50点かな。減点は、自分本位なところだね。」

「でも、依りどころを持つという点、それとすべてを受け止める覚悟が出来てる点は、悪くない考えだと思う。いやぁ、アニヲタって、そういう言葉に弱いよね。」

「まあ、そんなところ。自分に自信がない人間、まして僕は超がつくほどの受動的人間だ。受け止める度量はあっても、受け止めきれるかは分からない。二人して泣いてる時だってあるしね。」

「恥ずかしいこと言わないでよ。でも、この人の感受性で、私は少しだけ救われる気がしてる。見える景色が違うのに、そこから降りて、一緒に理解しようとしてくれる。私が私でいいって自信をなくしたときに、この人は私のままでいいって言ってくれる。一人だったら、私は居酒屋で身分証を提示する毎日を送ってたと思う。」

「おじさんみたい。言われてみれば、聞き上手だったよね。自分の考えは最小限に留めると言ったらいいのかな。」

「だって、二人とも熱量がすごかったからさ。誰かに聞いて欲しい話なんて特になかったし、いいとこ、アニメの感想ぐらいだった。それがいつしか深夜ラジオになり、リスナーに徹することになってしまった。14歳と15歳の間に大きな違いがあったとすれば、話したいことより、聞きたいこと、知りたいことが先行するようになったのかもね。」

「深い話だ。私は役者であった以上、発信することがすべてだった。その助走が、あのときの楽しいおしゃべりだったのかな。」

「考えたことなかったなぁ。二人と話してるだけで楽しい。そこに意味はないと思ってた。」

「だから、子供を産んで、子育てが出来たんだよ。夢追い人にならずに、ただ楽しいおしゃべりだと思っていたけど、それぞれのルーツを作ってしまった。あなただけ、本当におしゃべりを楽しんでたから、世間でいう幸せな家庭を築いたんじゃない。」

「それって、私が平凡ってこと?」

「今の世の中で平凡に生きるのは難しいことよ。慎ましやかな幸せを感じながら生きるのが、本当は正しいと思う。私達が異常なのよ。ねぇ?」

「そうかもね。私は旦那の稼ぎに乗じて、気ままに二人で舞台を見に行ったりするけど、それは趣味人の生き方。そして二人は、便宜上、娘ちゃんという子供の親に突然なってしまった。偶然とは言え、あり得ないことが起こっている以上は、平凡にはならないよね。」

「あの娘の存在自体、20年近く身内すら知らなかったわけだし、私は親とは死別しているはずだった...、でもあの娘を忘れ形見として、また失踪している。今度こそ死別していると思っているけど、そんな人生を生きてきた子供だから、日々平穏な生活にするのは難しいのかもしれない。」

「そんな本人が、親より平凡な生活を送る。二人があの子のことを、本当に大切にしてるのが分かるし、子供ではなく、一人の人間として認めてるのも、羨ましいかな。」

「あなたの息子さんだって、中2だっけ?」

「厨二ですよ、旦那。」

「ネットスラングをカジュアルに使わないで欲しいよね。あ、続けて。」

「私が思う14歳ぐらいの男の子って、やっぱり君が基準になるんだよ。ある意味、14歳に出会ったから、この関係が維持出来てる。高校生になって出会っていたら、私は君に惚れていたかもしれない。でもね、現実の息子は、まだまだ子供だと思うし、私の夫は私より年下。まだ38だからね。歳の離れた兄弟みたいな感覚があるみたい。本当の父親じゃないから、より仲良く深い関係になれたのかもしれないね。ま、あまり感心はしないけど、男の子は悪いことを覚えたほうがいいっていうしね。」

「そういうもの?」

「悪いことねぇ?僕になんかあったかな。あ、深夜ラジオを聞いていたことと、バスケ部をサボってたことぐらい?」

「親に逆らったりしてなかったの?」

「逆だよ。さすがに中学生になった頃にはなくなったけど、今で言えば児童相談所に保護されるようなレベルのことを、しつけと称して受けていた。僕の視力がガチャ目なのは、父親のビンタのあたりどころが悪かったせいだしね。」

「伊達じゃないんだ、そのメガネ。」

「あの頃は掛けなくても、片方の目で十分カバー出来ていた。運転免許のせいで、仕方なしにメガネは作った。常時掛けるようになったのはここ10年だよ。」

「ふぅ~ん。じゃあ、聞き上手というか、超受動的な性格は、それが原因なんだね。」

「褒められた親ではないけど、それでも僕が生まれた以上、血のつながりは断つことが出来ない。まして、僕は母方の血が強いようでね。母方の親戚のほうが、僕の性格に近い人間ばかりだった。父親は、そういうところも憎かったんじゃないかな。自分の子供なのに、自分の特徴がほとんど見られないような人間だったから、それに納得がいかなかったのかもね。」

「でも、妹さんはあなたと正反対よね?」

「あいつは、まさに父親の生き写しな部分がある。周りを顧みずに感情のままに行動することも多いし、それ故に父と衝突することもある。別に悪いことではないけど、問題はその被害の大きさ。結婚して、甥っ子がいて、おまけにイギリス人の旦那もいる。へそを曲げて帰る時に、彼らは置き去りになる。で、仕方無しに僕が付き添うことになる。今は、あの娘がその役目を出来るようになったし、利用している感じはあるけど、あの娘がほぼネイティブで英語を話せるのは、バイトの環境と、彼の影響が大きい。」

「そっか。娘ちゃんの独特な空気感は、持って生まれたものと、育った環境が一緒になったから、出来上がったようなものなんだね。」

「バイト先では、代わる代わる外国籍の留学生の教育をやってるし、時間帯によっては貴重な日本人のシフトリーダーだから、いざという時に言語によるコミュニケーションが取れて、さらにあの雰囲気を持っているから、人材として辞められるのは惜しいと思う。」

「将来有望じゃないの。その割に、浮かない顔をしてる。」

「僕の心配性な考えだけど、彼女は素直で純粋すぎるところに危うさがあるんだ。あの娘だから許される空気感を、確実に利用されることが起きる。僕の妻がそうであるように、僕としては、彼女の空気感は、他人に利用させちゃいけないと思ってる。

「あなた、利用されてるの?」

「私ね、立場上は一応人事部の部長ってことになってる。ただ、その実態は広報や接待要因に近いところがある。社長秘書とは言わないけど、ほぼそれに近い状態。更に人事査定資料への認印を押させられたり、自ら現場に出て、人材の確保もやってる。今の社長と一蓮托生で、私に問題行動があった時、社長は事実上の更迭となる。それを背負った状態で、生活をしていたのよ。結果として、この人は壊れて、私一人ではどうにも出来なくなってしまった。その時もあの娘が彼を元通りに戻したのよ。これほど無力感に襲われるとは思わなかった。」

「勘違いしないでほしいんだけど、彼女は自分を責めてしまっているけど、僕が弱かっただけだし、そのことがきっかけで、彼女に対する会社の扱いに、嫌気が差している。僕の稼ぎが良くて、彼女が働かなくていい環境さえできれば、専業主婦になって欲しいし、もっと言えば世間との接触すらして欲しくない。でも、僕にはその力はない。不甲斐なさを感じるよ。」

「だから支え合って生きてる、ってことでしょ?それでいいじゃん。何か変?」

「うん、言えてるね。私も実家住まいで、何度も家族に助けられた。そうやって生きていくことを、今まで二人が知らなかっただけなんだよ。」

「......まさか、君達二人にそんな言葉を掛けてもらえる日が来るとは思ってなかった。やっぱり、縁が僕を導いてるのかもね。」

「そこはいい加減に卒業してもいいけどね。いや、卒業してもらうと、私の楽しみが減っちゃうな。」

「知らなかっただけ...。その考え方、どうして出来なかったのかしら。私の当たり前は、実は知らないことが多いってことなのかしら。」

「そりゃそうだよ。40歳で結婚、同棲し始めたんだから、当然知らないことが多いでしょ?彼が実は弱い人間だったり、思った以上に自分は重責を負っていたり、そんなことは、なってみてからしかわからないよ。そんな状況で、二人を影でサポートしてたのが、娘ちゃんなんだよ。いい娘ちゃんを持ったね。」



さらに深い話は続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ