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Append Life 111-0.1 ありがた迷惑な境界線

「どうしたんですか?おねえちゃん?」

「あ、うん、後輩さんの話を聞いてて、ちょっと思い出したことがあってさ。」


なぜか気が合う。あの二人には悪いけど、たった2ヶ月で、お互いのことが理解出来るようになった友人は、私には初めてだった。大学に入って2年以上経つけど、まだまだ彼女達のことを私は知らない。年齢も私が2つ上。実際には約20年分の空白があるけど、そこのギャップを埋めることが、未だに出来ていないような気がする。

社会人の彼女は、進路で悩む私にアドバイスをくれるし、逆に私は彼女の恋愛相談を一緒に考える。境遇が似ているわけではない、この人はどこか違う雰囲気を感じる。おねえちゃんがもう一人の私だとすると、彼女は私達に限りなく近い特別な人だと思う。オトーサンが三姉妹と言うように、周りにはそう見えるらしい。明らかに一人の美貌が突出していると思うんだけどなぁ。最近は、LINEでビデオ通話もするし、おねえちゃん主導でトレーニングに連行されたりと、色々されている。もちろん、あのときの失態?を繰り返さないとかで、彼女はしっかり終電に帰るようになった。


「大したことじゃないんだけど、話している本人が一生懸命に話していても、聞き手がつまらないと思ったら、それは会話にならないんだって。」

「もしかして、私の話、そんなに面白くないですか?」

「逆だよ。興味しかない。だけど、興味があっても、つまらないと感じることや、納得の行く説明が出来ない限り、それは話し手の自己満なんだって。」

「一理ありますね。その話、もっと聞かせてもらっていいですか?」



ある寒い日だった。私とオトーサンが、相変わらずのゴミ屋敷に住んでいた頃。私がオトーサンに寄りかかっても、支えてくれるぐらい強かった時代。

お風呂から出て、二人で色々話していた時期。楽しかった。

あの時の私は疑問だらけだった。それを説明してくれるのがオトーサンの役割だった。20年も違えば、生活様式も変わるし、Suicaやスタバを知らなかった私にとって、成り行きとはいえ、東京で暮らす知恵も力もなかった。オトーサンは、それを自分の生きた体験談として、説明してくれた。

「ま、気楽に考えればいいよ。君がバイトに勤しむときは、僕が適当にご飯を作ればいい。それに、君の当面の目的は、高卒認定試験をパスして、大学へ入学すること。僕は出来るだけ君の生活に集中して欲しい。」

「じゃあ、キスしてよ?」

「しないよ。いつも言うだろ?感情のもつれで君と離れることは、君を危険な目にあわせることになる。いつか、本当に僕の恋人になる覚悟が出来たら...と言うけどね。」

「やっぱりおじさんなのが気になるんだ?」

「そりゃそうだよ。だから、父親という別人格を作ってる。男として君を見てしまったら、君の望むような生活も出来るかもしれないけど、年齢の差は埋めがたいね。」

「でも、好きだよ。私が言い続ける分には、いいでしょ?」

「期待に応えられる日が来るといいね。それまでは、まだまだ僕の可愛い娘でいて欲しいかな。」


「ねぇ、聞いていい?」

「答えられる範囲なら。」

「どうして、そんなに説明がうまく出来るの?色々なことを聞いても、順序立てて、雑談を交えながら、私に理解させようとする。」

「君の理解力が高いからだと思うけど?」

「そうは思えないんだよね。コンビニのバイトって、やってみて思ったけど、あんなの3ヶ月続けても多分全部覚えるのは無理だと思う。マニュアルがあるにしろ、結局は覚えることになると思うんだ。」

「うん、それはそうだね。」

「でもさ、バイトと言っても、私に教えてくれたのがおばちゃんだから、理解できてる部分もあると思うけど、それをあとから入ってきたバイトに説明するって、すごく難しいことだと思ったの。おかしな話だけど、オトーサンにとって、それを私が理解するまで説明することに、メリットはあるのかな?って。」

「すごく簡単なことだよ。相手の顔を見て、表情を読み取る。僕が一生懸命説明したところで、その説明がつまらなければ、聞き流されてしまう。いかに異性の興味を引いて、自分を魅力的に映すことが出来るか?というのと、根本的な部分は変わらない。僕を嫌いにならないで欲しいから、君に知ってほしいだけなんだよ。」

「う~ん、なんか、難しい。」

「じゃあ、少し見方を変えようか。例えば、僕の話を聞いてくれてる時、君は楽しい?」

「楽しいよ。知らないことを教えてくれるし、本当に理解出来てるのかわからないけど、知ることは面白いと思うようになったのは、オトーサンに色々教えてもらってからだと思う。」

「受け売りみたいなものなんだけど、例えばチラシに目玉商品が乗っているだろ?視覚的にそれを見せることによって、視線が周りに行く。すると、他の商品も魅力的に感じる。これを聴覚だったり、感情だったりで捉えるならば、何で気を引くのがいいと思う?」

「声とか?」

「ははは...うん、声か。すごくよく分かる。」

「オトーサンの声が云々じゃないよ。」

「正直な意見でいいよ。そのまま、素直に答えることは忘れちゃいけない。で、話を戻すけど、人の話を聞くことというのは、実は非常にパワーがいることなんだ。」

「そうなの?聞き疲れみたいなものって感じたことがないけど。」

「それは耳障りのいい言葉だったり、どうでもいいことだったりする。自分にはあまり感心のないことだ。」

「雑談してるとき、耳触りがいいのは、そういう理由なのかな?」

「僕と毎晩のように、つまらないことを話してるけど、それって疲れる?」

「楽しいだけだよ。オトーサンは何でも知ってるねって思うし、私の話も聞いてくれるし。」

「でも、翌日には忘れてたりする。雑談というぐらいだから、当然のように気疲れもしないし、大したことを話してる感覚はないよね。」

「そういうこと。だけど、学校の授業...、いや、君がおばさんに色々仕事を教えてもらって、都度メモを取りながらやり方を覚える。これはどう?」

「仕事だと思ってるけど、会話として考えると、疲れるよね。」

「疲れる理由は2つ。まず知ろうとする気持ちだ。そしてもう一つは、聞き漏らさないように気を張ること。これを同時にやっているから疲れを感じる。でも、慣れるとそれほどでもない。生き物は理解力を高める術を本能的に知っているからね。」

「なんか、難しいなぁ。」

「もっと簡単にしてみようか。例えば、今、君が知りたいと思うことは何?」

「オトーサンの話は、説教臭いのに、なんで理解出来るのか?なのかな。」

「説教臭いんだな...。少し話し方、勉強しようかな。」

「あ、気にしないでいいって。」


「あくまで経験談。さっき相手の顔を見て、表情を読み取るという話をしたけど、僕は同じことを君から2回聞かされて、もっと簡単に説明しないとダメだと理解出来た。本来なら、君の表情でそれを感じとるべきなんだけど、君は興味津々な顔をしている。難しくても、理解しようとしてる。でも、聞いたあとに君はつかれたと感じるだろうし、多分明日にはこの話を覚えていない。」

「オトーサンの話は、小難しくても、答えにたどり着くじゃん。私は、それを理解できたと思ってるのかな?」

「まあ、正直なところ、理解してるかどうかは、本質的にはどうでもいいことなんだ。例えば、興味はあるけど、自分の理解できない言葉が出てくる。それに対して相手が噛み砕いた説明...同じ目線に立てているかという点を、相手が合わせてくれれば、自分も理解出来る。逆に相手がそれしか説明する術を知らない場合、自分の力だけで理解することは非常に難しくなる。当然だけど、理解することにパワーを使うことになる。すると、説明には関心がなくなってしまう。理解するために説明を受けなきゃいけないのに、その説明がうまく出来ないことで、途端に理解しようとする意欲は失われてしまう。これが、理解することへの疲れだと思ってる。」

「聞くことと、理解することが本来同じバランスで聞こえなきゃいけないのに、理解することに集中しちゃうから、聞くことがだんだん煩わしくなっていくって感じ?」

「...その理解力を僕は欲するね。君が今理解したこと、それをうまく説明出来るようにならなきゃいけないのが、僕の役目。」

「じゃあ、話が長々としてても、理解したいと思えば、疲れないってことになるのかな?」

「それは違うと思う。まず、話に面白さを付加することが出来るかどうか?餌付けみたいなものかな。結論ありきで話すのは、お互いが理解していることを話す場合であって、聞き手が苦労せずに、話を理解させるには、興味を引く必要がある。例えが変かもしれないけど、ナンパする男って、ナンパしたい女性に興味があって、声をかけるし、自分でも興味を持ってもらうために、色々うまい話を持ち出す。そこに魅力を感じる女性がいれば、ホイホイとベッドインするし、つまらなそうだったら、スルーされる。その辺はメリット・デメリットの関係近いか。」

「打算的だけど、その日が楽しければいいってこともあるもんね。」

「君はナンパされても断る勇気を持ってよ。ま、それはそれとして、社会に出ると、セールストークだったり、サービストークだったりするものだけど、最初に話す30秒ぐらいで、その人の話がどんなに興味深いものであっても、つまらないと判断される人もいれば、全く内容がないのに、面白いと思ってしまうことだってある。説明しますと予告されれば、人間はそれを聞こうとする姿勢になるけど、話す人の話術がそれを台無しにしてしまうことが多い。僕は深夜ラジオを聞いていたから、内容がない話に面白さを感じる人間なんだよ。」

「それって、私達が毎日しているようなこと?」

「そう。お互いのことを話して、なんとなく覚えていればってレベルの話だよ。」

「だけど、それじゃあ理解出来る話にはならないと思う。」

「いちいち褒めることでもないけど、君の理解力は本当に常軌を逸しているよね。一生懸命説明しても、相手が理解できない。じゃあ、どうしたらいいか。例え話があればいいけど、その例え話も一辺倒では理解を深めることが出来ないんだ。」

「それって、同じことを説明するにしても、一人ひとりに違う説明をするってこと?」

「大雑把に言えばそういうことだね。今、君はものすごく僕の話を食い入るような表情をしている。ということは、多少なりとも僕の話を知りたいと思っていると、僕は考える。」

「あ、確かに。」

「第一印象が良ければ、確かに好意的に迎えられるというのは、その通りだ。よく、つかみがOKなら、万事うまく行くとも言われるけど、そういう時に、1から100まですべてが説明じみた話をすることはないし、理解は二の次だ。詳しくはWebでってやつだ。それが出来ないから、話し手の自己満足になってしまう。」

「そこで自分から話の敷居を上げちゃったら、知りたいと思っても、同じような話がつづくと思って、うんざりしちゃうもんね。」

「日本では減点方式の世界。最初に感じた印象より、あとに感じる印象のほうが良くなるには、長い時間が掛かる。信頼関係とも密接に繋がってくるわけだけど、信頼関係を生むには、まずお互いが理解できないことには始まらない。これは分かるよね?」

「私とオトーサンのように、もともと恋人みたいな関係だったから、一緒に暮らせてるって感じ?」

「う~ん、感情が入ってるけど、まあ、そんなところかな。だけど、これを簡単にクリア出来る方法がある。それが、いかに第一印象で相手との距離を詰めていけるか。それには、前情報も必要だけど、多少横道に反れるとしても、お互いに意思疎通をして、会話を成り立たせることで、ひっくり返すことが出来る。多少時間がかかっても、内容のない話をするには、しっかりとした意味を持っているわけ。会話に強弱があるように、話題の強弱も重要だと思う。理解を助けるための待ち時間として、内容のない話を聞き流す、つまりは休憩をとることで、重要だった部分を各自に理解してもらう。もちろん、それに気づくかどうかも、話し手の話術に委ねられる。理解させること、目線にあった話をすること、興味を引くこと、これをうまく組み合わせないと、どんなにいい話でも、相手には分かってもらえない。」

「答えにたどり着くために、回り道しても、それを簡単に理解させていくことを繰り返せば、信用に値すると思わせることが出来るってことなのかな?」

「説明している僕が自信を無くす。でも、これだけの説明で、その答えが出てくるということは、君には理解されたってことだよね。」

「あ、これで理解できたってことになるんだ。変な感じ。普段、そんなことを考えたことすらなかったのに。」

「感覚を言葉で表現するっていうことは、すごく難しいことなんだ。君が素直に受け止める感覚を、僕は羨ましく思うし、それを言葉に出来る能力も、羨ましい。」

「また私に惚れた?」

「惚れるね。本当に、君と恋人だと、僕は隠し事が出来ないだろうね。」

「でもさ、相手に合わせて瞬時に話の組み立てを変えていくって、難しくない?」

「それをアドリブというんだよ。それに、短時間で聞いた話と、相手の勢いや表情で、自分との温度差は理解できる。君は、コンビニのレジで色々なお客さんと対話することがあると思うけど、接客業としては、お金をもらってサービスを提供する以上に、気分良く帰ってもらうことが一番重要なんだよ。」

「それを、雰囲気で見分けて、臨機応変に対応しろって、すごく難しいと思うけどね。」

「まあ、難しいよね。一期一会とは言うけど、千差万別な人間に、同じ理解力を求めることは出来ないから、それに対応する苦肉の策というやつだよ。」

「オトーサンの話を聞いてると、私達が話していることって、何かしらの答えを求めて会話してるような気がする。」

「そう思うようになると、今度はまた会話に疲れる。だから、雑談は楽しいんだ。答えがないから、最後はいいかで終わる。そんな話を、ずっと出来たら幸せかな。」

「...もちろん、私とだよね?」

「さぁ?君が、もっと魅力的になればなるほど、僕は自信を無くすと思う。僕も君と一緒に暮らしていければ、それが幸せだと思うけど、それよりも君の幸せを、親としては願ってしまうんだよ。君が教えてくれた感情だね。」

「そうなんだね。私と一緒に暮らせてて、君は幸せ?」

「幸せだと思いたいね。そのために生活が多少苦しくても、僕は君を大学に入学させて、卒業させる。そこから先は、まあ、男女の関係でもいいかなって。」

「おじさんになっちゃうよね。オトーサンを君って呼べなくなっちゃうかも。」

「今もおじさんだよ。あ、そうそう、一つだけ注意しておくね。例えば、一つ成功したとしても、それを成功論として考えちゃいけない。」

「なんで?成功したことを繰り返すことで、自信をつけたりするものなんじゃないの?」

「半分は正解なんだけど、もう半分はちょっと違う。成功はしているけど、それがワンパターンじゃない。さっきの話と同じように、経験則とアドリブは、成功への足がかりにはなるけど、現実的にはそこに感情が乗る。思考を止めるなと言うけど、人間の思考は、そこまで優れていない。例えば9割準備で済む商談を、残り1割で破談にするのは、その感情というものなんだよ。だから、相手への洞察力はしっかりと向けるようにしないとね。」

「相手が笑っていれば、喜んでるように見えるけど、実は苦笑いってこともあるよね?」

「そういうこと。それを見破る洞察力が、君には必要になってくる。コンビニのバイト、接客業は、それを育ててくれる。毎日が成功しない。成功論は存在しない。これが事実だよ。成功体験はそこで忘れる。次の方法を見つけていく。失敗した時に反省すると思うけど、それと同じことを成功したときにもしなきゃいけない。僕の経験論だよ。」

「よく分からないけど、自分のしてる行動に対して、何かしらの考え方を持つと、成功するかな?」

「それは成長かな。あるいは経験。知らないことを調べて、調べたことをやってみて、失敗したらそれはしょうがないと思ってるよ。」

「フラグみたい。明日、ちゃんと会社に行くんだよね?」

「ま、起きれたらね。さ、湯冷めしてもよくないし、そろそろ寝ようか。」


この日の話は、雑談とは思えなかった。私がいつまでもオトーサンと一緒にいたい理由、オトーサンがいる限り、私の疑問は、オトーサンが答えてくれるからなんだよ。



「お父様は、あなたが理解出来ると思って、その話をしたんでしょうか?」

「私もよく分かってないけど、最初の30分で得られる信頼を、半年という時間で得る信頼と同義と言えてしまうあたり、オトーサンが天才肌なんだなって思うところ。」

「それを理解出来てしまったおねえちゃんも、天才肌なところがありますよ。」

「そう?私は、こうやって二人で話してる時に、色々考えたり、感じたりすることが好きだから、言葉選びが雑だったりするよ?」

「でも、雑だから、雑談なんですよね?」

「後輩さんもそんな返しが出来ちゃうんだから、やっぱり天才肌だよ。」

「褒め合ってるだけ、なんでしょうね?」

「お互いに楽しめれば、それでいいんじゃないかな。」

「私もだんだんと理解出来るようになりました。先輩とおねえちゃんが同じ人なのに、これだけ個性が違う理由。」

「おねえちゃんのほうが立派だよ。私は、今はまだ体だけを要求される程度の女だもん。」

「いえ、もっと根本的な部分ですね。おねえちゃんは、お父様になりたいとも思っているんじゃないですか?」

...考えたことすらなかったな。そうか、オトーサンに近づくには、オトーサンになりたいと思うようになるのか。

「そうかも。でも、まだまだ私には経験不足かな。もっといろいろなことを知って、体験して、それを話していかないとね。」

「フラグですか?おねえちゃんは寝坊してもいいですよね。大学生だから。」

「私、社会人になれるかな。でも、明日は休みだしね。それじゃ、今日はここまでにしよう。おやすみなさい。」

「はい、おやすみなさい。おねえちゃん。」



オトーサンは、私に隠し事をしていない。けど、私は色々隠し事がある。でも、オトーサンやおねえちゃんのアドバイスを受けても、決めるのは私。

「悩むのも、自分を理解するには必要なことなんだろうなぁ。」



しかし、こんな話を、オトーサンの実家、しかもオトーサンの部屋でしてるなんて、やっぱり私には、彼じゃなくて、オトーサンなんだね。私はもっとオトーサンに、いろいろなことを教えて欲しい。いろいろなことを話して欲しい。



つづく

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