Life 110.75 落ち着いた?
「落ち着いた?」
「はい、お昼ごはんもごちそうになりましたし、もう大丈夫です。」
「しかし、意外ね。毎朝そんな感じなの?」
「いつもは母より先に起きてますけど、母に起こされる時もあります。母に起こされる時は、あんな感じなんです。」
「そうなんだ。私みたいに、そのまま二度寝じゃないんだね。」
「君の場合は、まだ大学生だから許されてる。彼女が二度寝するってことは、致命的なんだよ。」
「寝坊なんてしたところを見たことないけど、朝が弱いのは、しょうがないわよ。努力して会社に来てるんだから、十分よ。」
「あんまりなぐさめないでください。先輩の家で2回も失態をしてしまうなんて、私自身が許せなくなります。」
「いいじゃん。今日はお休みだし、色々知らないことばっかりやってるから、素が出るってことは、リラックスしてるってことだよ。」
「それでも、見られたくなかったです。私、もうどうしたらいいか。」
申し訳無さそうにしてるけど、その割に嬉しそうな空気も出してる。素を相手に知ってもらうこと、嬉しいことかもね。
「あの、シャワーを頂いていいですか?ちょっと、寝汗をかいてしまったもので。」
「あ、お風呂入る?掃除するよ?」
「いえ、シャワーだけ。またご面倒を掛けられません。」
「うん、いいよ。あ、じゃあ、着替えを用意しなきゃね。二人共、悪いんだけど。」
「分かってるわよ。干した服は取り込んで、脱衣所においておくわ。」
「じゃあ、私、洗濯機から下着を出しといてあげるね。」
「タオルどうしようかな。バスタオルってもう1枚ぐらいあったっけ?」
「私、探してみるよ。じゃ、また一緒にお風呂行こう。」
「はい、おねえちゃん。」
あれ、娘もシャワーを浴びるのかな?ま、別にいいけど。
「なんか、思った以上に、面白い子だね。彼女。」
「彼女ね、母子家庭の育ちなのよ。その分、責任感とか、完璧主義とか、そういうところが強く出てる。でも、家に帰って、母親と暮らしてる時は、よく笑う子なのかもしれないわね。私達も認められたのかしらね。」
「あなたの存在と、あの娘の存在が大きいのかもね。もう隠すつもりもないけど、あの子は、二人の秘密を知っている人間だよ。」
「どおりで、あのおねえちゃんって呼び方、強引だと思ったのよ。あの娘を、私として考えたら、確かにおねえちゃんになるわよね。」
「彼女の中で、二人の姉と認識出来る人が出来た。そのことが、彼女にとっていい影響になってると思う。」
「友人もほとんどいない中で、あの娘が友人になり、私が先輩として会社にいる。それが安心感に繋がってるのかな?」
「そう思う。それに、僕をお父様と呼ぶ理由も、あなたの話で分かったよ。僕に対しては、少し他人行儀なんだよ。」
「あなたこそ、父親役にならなきゃダメじゃない。あ、でも、あの子の父親、20代で男の色気全開だったわよ。あなたとは大違いね。」
「父親役は慣れてるけど、あの子の父親になるには、僕には役不足だ。」
他人の空似と言えど、二人と同じ空気を持っている。あの子のルーツがそうさせるのか、それとも彼女も二人に染まっているのかw
「ねぇ、連れてきて、良かったと思う?」
「僕は良かったと思うよ。三人揃ってると、本当に姉妹に見えたし、毎日見てても飽きないだろなって。」
「でも、あなたはリビングで、布団を敷いて寝るのよ?その生活になってもいいの?」
「あの子を住まわせるの?それだったら、本格的に、部屋を増やさないとダメになるよ。」
「ふふふ、冗談よ。でも、そのうちここから会社に出勤するってことも、ありそうよね。」
「...朝食はセルフサービスか、レンチンで。」
「作るんだ。偉いわね。」
「まあ、僕は母親役にはなれないしね。最低限、みんなの助けになるなら、そうするよ。」
「ありがとう。あなたには、私の周りのこと、いくつか押し付けるようで、悪いわね。」
リビングに戻って来る娘。なんか、自信なさげな表情。
「オトーサン、おねえちゃん、私は、また悔しい思いをしなきゃいけなくなった。」
「もしかして、彼女の裸でも見てそう思ったの?」
「こっそり見てたんだけど、今のおねえちゃんと瓜二つというか、多分サイズまで同じ。」
「どおりで、私の下着でまったく問題ないわけだ。」
「根拠はないけど、どうしたら、おねえちゃんと同じような体つきになれるんだろう。」
「鍛えがいのありそうな子ね。スイミングには必ず参加させましょう。私達にも、いい指針になる。アンタと私だけじゃ、やっぱり違いが大きすぎるのよ。利用するようで悪いとは思うけど、彼女が平均値だと考えれば、自ずと私達もどこに合わせていいか、分かってくるかもね。」
「そうだね。せっかくだし、可愛い水着、買ってあげてよ?」
「さすがに遠慮するとは思うけどね。でも、連れて行ってあげようか。自分の体に合う水着じゃないと、トレーニングの意味もないしね。」
でも、待てよ。この三人が揃って、毎回こんなことになるのであれば、彼女のお母様には心配を掛けるよなぁ。いくら親密になった会社の先輩と友人がいる家とはいえなぁ。
「トレーニングに参加させてあげるのはいいと思うけど、ご飯を食べたら、まっすぐ帰してあげる。二人は、それが出来る?」
「その心配、合ってるわよねぇ。お母様に心配を掛けてしまうのは、やっぱり良くないわよね。」
「でも、私達三人だから、そうなっちゃうんじゃない?オトーサンもトレーニングに付き合ってとは言わないけど、夕飯を一緒に食べない?そうすれば、タイムキーパー役になれるし、おねえちゃんがご飯を奢ってくれるし、いい事ずくめだよ。」
「都合の良い解釈だよ。通り道でもないし、まして僕がお店を探しておく係みたいになるでしょ?それに、この人は完全に羽目を外す。平日ともなれば、僕の健康すら危ぶまれるよ。」
「取って食われるみたいな言い方よね。じゃあ、お願いだけど、私達がプールに行ってる時は、彼女の門限の少し前に、この娘に連絡を入れてもらえないかしら。それなら、強制力があると思うのよ。」
「別にスマホのタイマーでもいいと思うけど。まあ、それぐらいなら、僕もするよ。もちろん、そんなことをさせる前に、君達が帰ってくればいいことだけど。」
「私が大人げなかったのよ。今回のこと、本当に申し訳ない。だけど、癖みたいなものだから、あなたに頼むの。」
「いいよ。今は、楽しい時間を三人で楽しむことのほうが、多分重要だよ。特にあなたは、嫌なことを忘れるために、トレーニングしてるんだろうし、はけ口になるならいいよ。」
「......やっぱりお見通しね。あなたが、私の旦那様で良かったと思う瞬間。」
「この際だし言うけど、おねえちゃんは、今結構弱気になってるよね。だから、みんなに優しくして、気丈に振る舞うフリをしてる。」
「そうかもね。彼女をここに連れてきたのも、私の今を知ってもらいたかったのかもしれない。結果、彼女の弱点も分かってしまったような気もするけど。」
「先輩の素を見ても、先輩だと、お姉さんだと見てくれるか、どこか不安だったんでしょ?そんなのは、あなたじゃないよ。立場も責任も感じるだろうけど、僕は、あなたがどうせ隠し通せないと思うし、慕われてる後輩たちにも、あなたを信頼している社長や上役にも、それを話してもいいんじゃない。もう少し、自信を持てるように、時間をくださいってね。」
「あなたの言う通りかもね。あなたも不安を打ち明けて、私達と共依存することで、元に戻れた。私も、会社のみんなに、不安を打ち明けて、解決出来るかな?」
「あなたの立場を利用すればいいだけだよ。それで降格処分を受けても、会社には残れるし、クビになったら、その時は栃木に帰ろう。」
とまあ、僕らはそれでいいんだけど、一人、切り出した人間の顔が曇っている。娘の頭を撫でながら、
「君が心配したり、不安になったりしなくていいよ。その時は君だけでも、東京にとどまれるように、僕らがなんとかする。」
「......それが嫌なの。その代わり、栃木から、大学なり、会社なりに通う。定期代ぐらい出してくれるでしょ?」
「僕らの都合でそうなったら、出してあげる。ま、その時はその時だし、この人の降格処分だって、そんな愚痴程度では起こり得ないと思う。あっても、来年の4月だ。そのために、僕も少しは努力しておこうかな。」
「うん、分かった。でも、まずはおねえちゃんを支える番だね。」
「ごめんなさい。私の想像を超えてた。あなたが壊れてしまったのも、私が情緒不安定で、過剰に性行為を求めるのも、私のストレスの問題なのよね。」
「いいって。ストレスが溜まるような仕事をしてるんだから、不機嫌でも、僕を誘ってきても、それで解消されて、あなたが会社に行けるのなら、それ以上のことはないよ。僕も役得だしね。」
「訂正。あなたとはしばらくエッチしない。人の弱みにつけ込んで、いい思いをしてる旦那とエッチなんて嫌よ。」
「まったく、バカップルなんだから。彼女、そろそろシャワーから出てくるんじゃない?」
「ありがとうございました。2回もお風呂をお借りしてしまって、申し訳ないです。」
「服、乾いてた?着てるんだから、乾いてるよね。」
「はい、もう大丈夫です。」
「それじゃ、僕が髪の毛、乾かしてあげようか?」
「えっ、お父様が?」
「こう見えて、この人は私達の髪の毛を毎晩乾かしてくれてるのよ。なぜか、すごくいい仕上がりになるの。」
「そうそう。昨日話したけど、ロングヘアーにもちゃんと対応してくれるよ。」
「......ご迷惑じゃないですか?」
「そのまま帰るより、髪の毛を整えて、化粧...はいらないね。すっぴんでも十分キレイだからね。家に帰るだけでも、身だしなみぐらい整えておかないとね。」
「それじゃあ、お願いします。お父さん。」
「お父さんだって。やるじゃん、オトーサン。」
「変なことしないでよ。やったら、即離婚よ。分かってるわよね?」
「はいはい。髪の毛を乾かすのに、どうやったら変なこと出来るんだよ。」
我が家自慢のナノイードライヤーで、あの娘の髪を乾かすように、丁寧にしてあげる。キレイな髪だ。黒髪もこれぐらいツヤが出てると、普段から気を使ってお手入れをしてるんだろう。でも、そうなると何もしてない僕は、どうしてあんなにツヤツヤな髪の毛なのか。う~ん、疑問だ。
「はい、完成。」
「ありがとうございます。おねえちゃんの言ってた通りですね。根本までしっかり乾いてる感覚があります。」
「この人の器用なところなのよねぇ。未だに謎だわ。」
「可愛い。やっぱり、私がプールで乾かしたときより、なぜか可愛く見える。」
「ドライヤーの性能じゃないの?備え付けのドライヤーとこれを比べてもらっても困る。」
「すごいのはお父様の乾かし方です。すごく優しくするんですね。私も雑になるんで、勉強になりました。」
「ありがとう。落ち着いたら、名残惜しいけど、君は家に帰らなくちゃね。」
「じゃあ、私着替える。駅まで送るね。」
これが、いつもの彼女の佇まいか。年相応には見えない落ち着きもあるし、雰囲気も印象も強い。何より、さっきの彼女とは別人のように、顔が凛々しい。
「いつものあなたね。どうだった?楽しかった?」
「はい。お二人にはご迷惑をお掛けしましたけど、私、こんなに母以外の人に甘えて、素を出してしまったのは初めてです。」
「そっか、よかった。君が、僕の妻も、娘も好いてくれて、僕は嬉しい。だから、一つ頼みがあるんだ。」
「お父様のお願い...ですか?」
「うん、本当は僕の役目なんだけど、どうしても僕には言えないことが二人には多いと思うんだ。聞いてあげるだけでいいから、君に頼みたい。」
「そんな...、私が先輩やおねえちゃんに相談するほうです。」
「私からもお願い。立場を使うのはずるいと思うけど、あなたには弱音を吐くかもしれない。それだけ、あなたはしっかりしている。一人の女性として、聞いてほしいのよ。」
困ってしまっている顔だな。困らせるつもりはなかったけど、先輩後輩の関係だと、少々難しいかな。
「本当に聞くだけでいいなら、私に聞かせてください。皆さんにはナイショにしておきます。」
「あんまり二人でいると、色々勘ぐられそうだし、これからは私もみんなに弱音を聞いてもらう。そうすれば、ナイショにする必要はないわ。」
「また、女子会ですね。」
「ふ~ん、女子なんだ。そりゃ、女子だよなぁ。」
「あなたもなんなのよ。だったら、あなたが体を張って、私を満足させればいいのよ。」
「客人の前で下品なことを言うんだから。あなたに負けないように、僕も頑張るよ。」
「いい恋人同士ですね。おねえちゃん、嫉妬しますよ?」
「あの娘もバカップル全開な時があるから、いいの。」
「ふふふ、先輩、可愛いですね。」
と、着替えた娘が出てきた。
「あれ?どうしたの?」
「なんでもないです。それでは、私はそろそろ失礼します。ご迷惑をお掛けしました。」
玄関を出て、マンションの入口まで出てきた。
「んじゃ、行ってくるね。」
「お世話になりました。先輩、また会社で。」
「うん、あなたも、しっかり休んでね。再来週、会うのを楽しみにしてる。」
「お父様も、ありがとうございました。」
「また、いつでも来ていいからね。二人のこと、お願いね。」
「はい。ありがとうございます。それでは、失礼します。」
丁寧にお辞儀をして、彼女は、娘と二人で楽しそうに駅に向かっていった。
「あ~あ、あんな子が、私達の娘だったら、本当に自慢の娘よね。」
「でも、あの子には無理しなくてもいい場所が必要だった。それが、あなたと、娘のいる場所なら、どこでもいいんだろうね。」
「しかし、お父さんか。言い間違いじゃないとしても、本心がでてしまったのかしらね。」
「僕の娘はあの娘だけだよ。彼女は守ってあげられない。あなたが守ってあげられるのなら、そうしてあげたほうが、弱音も話しやすいよ。」
「守り守られか。そうね、みんな頼りになる後輩なのに、私が責任感で、守らなきゃいけないと思ってたけど。」
「僕は二人に共依存してる。あなたも、後輩たちに頼っていければいいね。」
「うん、出来るかどうか分からないけど、少しずつ話してみる。」
「彼女のことは、あの娘に任せよう。あの娘と一緒に、変わっていけたら、僕らも親みたいに嬉しいと思うよ。」
「そうね。あの娘達が成長するのを見守るのも、先人の役目ね。」
「......あのさ、僕達、あの子のお母様に怒られないかな?」
「覚悟はしておきましょう。それでも、ここ2日のことは、私達には価値のあったことよ。いい思い出でいいんじゃない。」
「それともう一つ。朝の悲鳴は何だったの?」
「ああ、私に彼女が抱きついてて、お母さんって寝言で言ってたのよ。そのまま抱きしめて寝てたら、あの通り。」
「抱きしめたのが余計だったのかな?普段しないことだから、驚いたんだろうね。」
「本当、あの子のそういうところ、母性本能をくすぐるわね。本人は無自覚だけど、素は相当困ったお嬢さんだと思うわ。お母様、意外とご苦労してるのかも。」
そんな、夏休み前の、長い1日が終わった。
思ったより僕ら三人は疲れていたらしく、結局夕飯はデリバリー。そして静かにお風呂に入り、順番にベッドで寝てしまっていた。
ま、あの子もまた来るだろうし、娘を抜きにしても、そろそろ引っ越しの話、具体化しないとなぁ。やっぱり、僕らの生活は、異常だよ。
つづく




