Life 95 弟のような、大切な友達
「1年以上会ってなかったけど、元気そうで良かったよ。」
その男は、42歳。私とは、大学のゼミ以来の友人。ノリが軽く、次男気質のあるせいか、甘え上手らしい。
見た目はスラッとしてる。年齢っぽく、メンズカジュアルを着こなせる。旦那様とは大違いだ。そんなあの人を好きな私が、何を言うか。
「そんなに会ってなかったっけ。そう言われてみると、お姉さんには毎月会うけど、君にはこんなときにしか会えないしね。」
私も42歳。ようやく、人を好きになることが分かってきた。おばさんだけど、心はまだまだ少女だと思ってる。イタイ女だ。
「姉ちゃんの店が代々木公園だし、ついでだから新宿に来てもらったけど、なんか、クリスマスだよね。」
「そうねぇ。まさか、こんなにクリスマスで空気がはしゃいでる感じなのは、久し振りかもしれない。」
そう、私は10月、旦那様に付き添い、離れて、自分の思いの強さを知った、恋するおばさんだ。でも、それから2ヶ月。クリスマスかぁ、恋人と過ごしてる人は、クリスマスにどう過ごすんだろう。ま、いつものように、あの娘のバイト先から、ケーキとローストチキンでも持って帰ってくるから、またシャンパンでも開ければいいのかな。
「あれ?クリスマスって、そんなに珍しいこと?」
「いやね、去年のクリスマスが結構ひどかったのよ。娘がバイト先、コンビニなんで、クリスマスのノルマ的なやつを、またホイホイと買ってきちゃうのよね。」
「ああ、ケーキと、なんかそれっぽいフライドチキンとか?」
「今、あの娘がケンタッキーにバイト行ってなくて良かったと思うわ。もっとも、そんな日にケンタッキーで買うバイトなんて、クビになりそうだけどね。」
「へぇ~、もう、ああいうのはノルマで買わされる時代じゃなくなってると思ってたけど、そんなことないんだ?」
「違うわよ。娘が好きで買ってくるの。とは言え、そろそろ完全予約制とかになりそうだけど、やっぱり当日キャンセルみたいなものを買ってくるのかしら。」
「ちゃんと親してるね。やっぱり、娘さんといると楽しいんだね。姉ちゃんが言ってる。」
「あの娘とは若干周期が変わってきてるけど、一緒についてくるし、何より、別人には思えないわ。」
別人ではないんだよね。二人とも、私。他人の空似でごまかせてるけど、あの娘がどんどん大人になっていくから、私はまた取り残されたような感じもする。でも、私は、私の役割がある。もう、あの娘を羨ましいとは思わなくていいのかな。
「ところで、新宿まで来て、まさかルノアールでお茶したかったってわけじゃないでしょ?どうしたの?」
「はは~、うん、そうなんだよね。俺、そろそろ結婚しようか、ちょっと考えてる。」
「えっ、相手が出来たの?いや、そんなこと言うのは失礼よね。ちゃんと考えた結果、なのよね。」
「考えたけど、単に一緒にいたいなって思ったのが理由かな。切り出すには、そろそろかなって思って。」
「それでいいの?後悔ないなら、止める権利はないし、いいとは思うけど、それにしても無策過ぎない?」
「無策...う~ん、無策なのかな。毎回本気で恋愛してるとは思うけど、今の彼女って、適度な温度感って言うのかな。一定の間で、付かず離れずが出来る関係なんだ。」
付かず離れずか。私もそんな感じだったのかしら。旦那様とは、運命の人とか言ってたけど、確かに温度感はお互いに最初は低かったような気もする。
「それって、相手はどんな感じなの?」
「あ、そうか。そこを話してなかった。今の彼女とは、知り合ってかれこれ1年近いのかな。30代だけど、とても落ち着いてて、芯のある人。たまに、彼女の家に行ったり、俺の自宅にも来てる。姉ちゃんにも会ってるし、姉ちゃんもいいと言ってる。」
そう言いながら、私に写真を見せてきた。あ、なるほど、凛々しいな。私とは全然違う。毎回、こういう雰囲気の人と付き合っては失敗してる気がするけど。
「そこまで言ってるなら、結婚すればいいんじゃない?私に相談することでもないでしょうに。」
「彼女は別に結婚を急いでいる感じでもないし、仕事も出来る人みたいだから、結婚して、悪影響があると嫌だなって考えちゃってさ。だけど、俺の中では、過去一で一緒にいたいと思える人なんだ。ほら、なんか君の境遇と似てるかなと思って、どうして結婚に踏み切れたのかなって?」
「う~ん、私はあの人を昔から知ってたから、正直なところ、迷うことはなかったのよ。どちらかというと、恋愛はしてないけど、この人と一緒にいるのが正解なのかなと思って、結婚をした。だから、今になって、旦那様に恋愛感情を抱くようになった。この気持ちが冷めちゃうと、私達は終わっちゃうと思うの。でもね、絶対に冷めることはないのも分かった。一緒にいることが当たり前じゃないと思えるようになった。お陰様で、恋愛体質に戻っちゃったわよ。」
「そっかぁ。う~ん、あんまり参考にならない。」
「あとは、子供が欲しいかどうかよね。正直、私の体力...う~ん、いや、行けそうな気もするんだけど、例えば子供が20歳になった時に、60歳を超えてたら、どうかなって思ったの。私達の時代は分からないけど、今の日本では一応60歳が目安になるし、親が歳取ってるのは、子供は嫌かなって思ったのよね。」
「彼女とは、子供の話はしたことないんだ。結婚の話より先にすることでもないのかなって。でも、そうだよなぁ。あれ?娘さんって20歳ぐらいじゃないんだっけ?」
「22歳よ。あの娘は子供じゃないわよ。もう、私が会った頃には、しっかり大人になってた。最初は子供っぽい感じもあったけど、思ったより良く出来た娘なのよ。」
「良く出来た連れ子ねぇ。姉妹みたいに見えるよ。だからうまく行ってるってことなのかもね。」
「まあ、うまくいかないわけがないのよね。私達は同じ人を好きになってるから、気が合う、いや、もっと違う感じかな。姉妹というのは、的を得てるのよ。ただ、姉妹というほどには、近すぎる関係。親子になれるわけでもないけど、姉妹にならなれるかなとは思う。スタンスの詰め方が最初から近すぎたのよ。」
「なんか、娘さんとうまく行ってない?」
「そうならいいんだけどね。あの娘を恨むことも、羨ましく思うことも、私には出来ないのよ。だから、姉妹でも、娘でも、違う関係なのよね。困ったものよ。」
「嫉妬?まあ、旦那さんの連れ子が、父親好きなのは、仕方ないことじゃない。君が娘さんとどういう関係か知らないけど、話してる顔は、しっかり親の顔だったよ。」
「そうなのね。自分じゃ分からないけど、私はあの娘に親としてじゃなくて、女として認められてることはうれしいのよ。最初は親になるつもりだった。でも、なりきれなかった。だから、今、その言葉を聞いて、私はちゃんと親を出来てるんだなって思うことにする。」
そうなのか。私は親をやっているのか。今まであんまりピンと来なかったけど、あの娘の友人達にも、私はそう見られていたのね。だとしたら、とんだ飲んだくれで恥さらしな親だったと思う。謝らなきゃダメそうかな。
「それで、彼女は子供を欲しいのか?って話。彼女はどう思ってるのか、聞き出したほうがいいとは思うけど、まずは結婚というのも、いいかもしれないわね。」
「結婚を切り出してから、どれぐらいで籍を入れたりした?やっぱり、ちゃんと話し合いをしたんでしょ?」
「私達は、結婚ありきで付き合い始めて、同棲して、2ヶ月ぐらい掛かったかしら。お付き合いの期間は半年ぐらいで、迷いはなかった。当時はね、ちゃんと親になろうと思ってたし、家族になれるとも思ってたし、実際に家族だったのよね。」
「家族だった?あれ、今はどうしてるの?」
「家族だった人を、急に恋人として見てしまう出来事が、私の中であって、それからよね。心境の変化で、家族だけど、私達は三角関係みたいな感じ。ギスギスしてるわけじゃないのよ。さっきも言ったけど、気持ちを冷ますことなく、私達が家族であり続けるために、私は女でいることを選んだのかな。」
「なんか、話が噛み合ってないような気がする。家族でいるために、女でいることを選ぶ必要があるの?」
「普通はそんなことを考えないと思う。私も、旦那様と一緒に暮らしてるだけなら、きっとそう思わなかったわ。やっぱり、娘がいること、そして娘が成人していること。このあたりが特殊な環境下だし、その娘は、私の旦那様と恋愛してる。さっき、嫉妬って言ってたけど、嫉妬のせいで、私は女だと気付かされたのよ。おかしいわよね。親なのに、娘に嫉妬を覚えてしまう。連れ子とは言え、娘にはそれを話したのよ。そこで、堂々とライバル宣言されちゃったから、受けて立つしかないでしょ?」
「本妻なんだから、別に気にすることじゃないとは思うけどね。だけど、あの子と君は、他人の空似ではごまかせないレベルだから、あえてそういう話にしたようにも聞こえる。」
もういいかな。彼に話してしまおう。私と娘の話。
「なるほどね。いや、納得出来た。もちろん姉ちゃんには言わないけど、そういうことだったんだね。」
「あの娘は、失踪した両親の、本当の置き土産なのよ。それを、どういう経緯か、旦那が育ててくれてたのよ。私達は、それで結婚出来た。だから、あの娘がいることが、当たり前のようになっていたのよね。」
「それならそれで、別にデメリットがないと思うんだけど。」
「さっきも言ったじゃない。三角関係だって。私は、本妻という立場だけど、あの娘のほうに旦那がなびくなら、私が奪い返そうとは思わないのよ。強いて言えば、今の家族関係は変わらないけど、旦那と私にバツが付き、旦那はあの娘と結婚し直せばいい。それぐらいのことは許容しようかなとも思ってる。」
「いやいや、そんなに婚姻関係を簡単に崩すようじゃダメだよ。本妻は君だし、娘さんも旦那さんのことが本当に好きだとしても、君の立場は揺るがないと思うよ。」
「だから、あえて有利なこの三角関係にのったのよ。勝つつもりもないけど、負けるつもりもない。」
「それで、女になったってことなのね。う~ん、そんなに積極的な女性でもなかった君がそういうんだから、本当に旦那さんが羨ましい。」
「あの人もあの人で、やっぱり脆い人間なのよ。普通なら呆れるんだろうけど、私達はそこも好きなのよね。可愛いと思ってしまった。おかしいわよね。」
「それでも好きなんだからしょうがないよ。結婚したことで分かったわけだよね。いいことじゃない。」
「充実してるのかしらね。なんだかんだ言って、三人で暮らして、楽しくやってる。」
「楽しいならなりよりだよ。なんか、俺が一方的に話を聞いてるような感じだけど、相談してるのは俺なんだよなぁ。」
「あ、そうだった。結婚を切り出すって話だよね。う~ん、関係が良く分からないからなんともだけど、彼女はどう思ってるのかしらね。」
「...怖くて聞いてない。でも、聞かないと、いつものように振られちゃうかなって思ってて。」
「あ、そうだったのね。君がいい人止まりでいつも振られるって、なんかおかしいと思ってたけど、そういうことなんだ。」
「やっぱり、結婚ってある程度リスクがありそうだし、一緒に暮らすってことになるから、慎重にはなるよね。」
「慎重になるのもいいけど、やっぱりそこは勢いと、決心よね。もう、この人と一緒に暮らしたいって思うなら、それで十分な理由よ。子供が出来たあとに結婚というのは、気持ちより責任だと思っちゃうし、私はそう思っちゃうかな。結婚してから、子供の話は考える。あ、エッチはしてるの?」
「してない。だから、より考えが鈍るというか。」
「体の相性は重要かもしれないけど、一緒に居たいなら、その後で考えてもいいでしょう。結婚してからでもいいと思うしね。でも、一緒にいて気持ちが安定するのが、一緒に暮らす上で、やっぱりいちばん重要だと思う。ただ落ち着くためだけでもダメで、たまには緊張感もあったり、たまには一緒に落ち込んで、日頃は楽しく暮らせる。それだけで、一緒に暮らしていくことに、メリハリが付く。まずは、やっぱり結婚前提で、同棲してみると分かると思う。」
「お試しみたいな感じで言うよね。やっぱり、同棲しないと分からないものなのかな?」
「私の旦那の話なんだけど、彼、一度恋人と同棲していた時期があったんだって。だけど、同棲すると、お互いの不一致が大きくなってきたらしくて、破局しちゃったのよ。お互いに居心地は良かったけど、それ以上がなかったみたい。まあ、旦那は、びっくりするほど社会不適合者なのよ。それもあるのかもしれないけどね。でも、気を使って合わせるような生活も、生きる上ではかなり辛いと思うのよ。もしかすると、私は旦那に我慢をさせているのかもしれないし、それは娘にも言えること。だけど、幸いに私達はそういうことなく暮らせている。旦那は自由人だし、娘は若いなりに可能性がある。私は文字通りの屋台骨になる。だけど、役割がはっきりしてるし、二人だと成立しない家族になりつつあるの。それでも、私と旦那だけで生活することも十分出来ることも分かってるから、心配はしてないのよ。アンタは、その辺どう思ってるのかしら?」
「ごもっとも。俺も気楽には考えてないけど、やっぱりすれ違いは起こりそう。でも、乗り越えないことには、生活することも、家族になることも難しいってことだよね。」
「同棲してみたほうがいいと思うわよ。今までの彼女で、同棲したことはなかったでしょ?なら、なおさら生活してみたほうがいい。お互いの部屋で生活してみるとかね。で、破局になるか、それとも別居婚になるか、あるいは自分の部屋を持つだけで解決するか、色々考えた上で、結婚するかを決めていいんじゃない。」
「なんか、姉ちゃんよりも言う事が厳しい。ああ見えて、姉ちゃんは優しかったんだね。でも、それぐらい考えを巡らせないと、結婚したあとが大変ってことか。」
「若いうちはノリと勢いで結婚って出来ちゃうと思うのよ。私が実際にそうだったでしょ?」
「ああ、あの、悪い男ね。あいつ、なんとなく嫌な男の雰囲気と思ったけど、本当に嫌な男だったしね。」
「でも、案外私は汚点として思ってないのよね。あの人のせいで、男はすべからく、女性を大事にしてくれるとは限らないし、私が歩み寄ることをしても、距離は縮まることがない人もいるんだなって分かった。ま、そのせいで、人に寄り添うことを知ったのよね。その経験が、今の旦那との生活で活きてる。なんでもやってみるものなのかもね。」
「...なんか聞いてる限り、あんまり愛情を感じないけどさ。今の旦那さんに不満あったりするの?」
「そうねぇ。私が大黒柱になってる時点で、普通の共働き家庭でもないの。でも、あの人はそうでもしておかないと、自我を保てないかもしれないの。で、あの娘はしっかりしてるけど、やっぱり無邪気で楽天的なところがある。だから、私が支えなきゃって思うけど、実際には私が支えられてるのよね。この前、私があまりに思い詰めてしまった時、二人は自分たちも辛いはずなのに、私のことをちゃんと思ってくれてた。思い詰めてた...う~ん、語弊があるわ。どうすればいいのか分からなかったのよね。でも、ちゃんと私に答えを与えてくれた。これだけで、私が頑張る理由になる。それでいいと思ってる。普通の幸せではないけど、楽しい生活は出来てる。夢見た結婚生活とは違うけどね。」
「だけど、結婚する気あったのね。毎回振られるのって、アンタに問題があるのかなと思ってたけど、単にいい人止まりで終わってた?」
「そうなのかな?そこまで行ってたら、結婚って出来そうなものだけどなぁ。」
「単に人がいいだけじゃ多分ダメなのよね。昔から思ってるけど、いい人過ぎるのよね。だから、恋愛に発展しないんじゃないの。」
「そうなの?あんまり考えたことなかったけど、振られるのって、やっぱり俺じゃダメなのかなって思ってるけど。」
「う~ん、ダメじゃないのよね。良くも悪くも、人がいいってことが、恋愛や結婚には結びつかないのかも。ウチの旦那みたいに、致命的にダメなところがあったりしたほうが、実は有利に働くのかもしれない。一生を過ごす相手だし、ある程度は弱点も見せないと、魅力的には映らないのかもしれない。だって、こういうとなんだけど、アンタって、人がいいことしか浮かばないもの。いいことなんだけど、その分損してるところもある。」
「俺の弱み...う~ん、言われてみると、なんなんだろうね。」
「それが分かれば苦労はしないけどね。昔の荒れた私にも、親切心で声を掛けたぐらいだから、本当に人がいいとしか言えないのよね。恋愛してる以上は、相手も刺激が欲しいのかも。あ、でも、一緒にいて落ち着く相手とは矛盾するような気もする。考えれば考えるほど、私って結婚した動機とか、今とか、なんか順番がおかしい気がしてきた。」
「それはいいんじゃない。結婚してからの悩みなんだし。俺はまだそこまで行かない状態なんだよ。」
「それなら話は早いわよ。まず正直に自分の気持ちを告白して、少し同棲してみて、お互いに問題がなければ、結婚でいいと思う。でも、告白されて、同棲したからといって、何もないのも面白くないのよね。例えば、一回ケンカしてみるとかね。私の旦那はそれが出来なかったし、お互いに意見を言い合うことすらしなかった。アンタにそれが出来る?」
「そう思われても無理はないか。無益な争いだと、やっぱり俺が折れちゃうだろうしね。それで彼女の気が済めばいいと思うけど、そこに不満もあるってことでしょ?」
「そういうことよね。多分、普通の感覚では、彼女のほうも、全部が全部、思い通りに行っちゃうのは嫌だと思うのよ。たまにいる勘違い女は、そういうところを逆手に取るわけだけど、アンタはそういうタイプに好かれるとは思えない。相手だって、アンタになんとなく惹かれるものがあったから付き合ってるってことだし、譲れない部分で意見を衝突させることで、相手の本気も分かると思うのよ。それをしつつ、一緒に暮らせれば、結婚しても、子供が出来ても、きっとうまくいく。」
「そこは絶対じゃないんだ。」
「だって、私もどうして今の生活が回っているのか、まったくわからないもの。ウチの家庭で、一番大変な役回りのはずなのよ。だけど、不満はない。旦那や娘はどう思ってるのか知らないけど、多少の波風はあっても、私達は一緒に暮らせてる。それで幸せなら、もういいのかなって思ってる。」
「そっか。40過ぎて結婚っていうのもどうかとは思ってるけど、一人じゃわからない幸せもあるって考えればいい?」
「そうかもしれない。誰かと、気持ちを分かち合うってことは、生きてる上で重要なのかもね。若いうちはそれを感じないけど、歳を取るにつれて、そう思っていくのかしら。」
「俺も、彼女と色々なことを分かち合うことが出来るといいな。まずは、振られないうちに、自分の気持ちを伝えてみるよ。」
「う~ん、友人としてはうまく行って欲しいところだけど、それならそれで、もっと若いうちに結婚出来てた気もするのよね。やっぱり、タイミングかしらね。」
気づけば、もう夜だった。冬、夕方に喫茶店に入ると、時間の感覚がずれてくる。ま、それは居酒屋でも同じ。
毎度思うけど、チーズケーキがあれば、ルノアールは満点を付けたいチェーン店なんだけどね。こういう友人と話す場所でも、食意地を張ってる私が恥ずかしい。
「どうする?人妻を呑みに誘うのもどうかとは思うけど、二軒目行く?」
「二軒目どころか、アンタと浮気をしたって、ウチの旦那はサラッと許しちゃうのよね。だけど、それで思い詰める人だから、厄介なのよね。素直に帰る。」
「なんか、不思議な人だよね。全部自分で背負い込むような感じ。普通、浮気しちゃうほうが悪いに決まってるのにね。」
「なら、誘わないほうがいいわよ。私とアンタの関係を知ってる人はそれで済むけど、アンタの彼女は許さないわよ。」
「反省するよ。ひとまず、今日はありがとう。今回こそはうまく行くように願っててよ。」
「自分から振られるフリをしちゃダメよ。うまく行ったら、そこでお礼をしてもらえれば、十分よ。いや、お礼もいらないわ。私とアンタの関係だもん。」
「付き合いも長いよね。いつも振られた話ばかり聞いてもらって。やっぱり、女々しいのかな、俺は。」
「周りが強過ぎる女性ばかりだからじゃないの?アンタのお姉さんも、私も、アンタに遠慮はないもの。良かったよね、私が彼女じゃなくて。」
「君が自分から拒絶してた時代が懐かしいよ。それに、遠慮がないほうが、いいアドバイスくれるしね。」
「役に立ってるなら、それでいいわ。昔の私を助けてくれたお礼。アンタには、返しきれない恩があるわよ。遠慮しないで、どんどん相談していいわよ。」
「いや、さすがにそれは遠慮する。下手すると、俺の彼女にも被害が出るかもしれないし。」
「そんなことしないわよ。会うこともないし、話したところで、私の立場が良く分からないままよ。愛人とでも言えって?」
「その時はもうひとり姉ちゃんがいるってことにするよ。じゃあ、また今度。」
「しっかりやりなさいよ。またね。」
「人が良すぎるのよね。だから、私と関係を持てなかったのよ。」
なんとなくつぶやいてしまった。彼の良さは、いい意味で陽キャ。見方を変えれば八方美人。そして私が知らないだけかもしれないけど、自分のエゴを出すことがほとんどなかった。唯一彼が譲らなかったのは、大学時代に沈んでいた私を、無理やり普通の大学生活に引きずり込んでくれたこと。その時に、私を恋人にしていれば、今頃は彼と...いや、別れてたでしょうね。彼も、実は支える側の人間。だから私と同じ。同じ役割を持つ人間同士だと、互いに気を使いすぎる。表面上は問題がなくても、内部崩壊していく。だから、この関係で今まで仲良く出来た。これからも、そうしていきたいと思える。やっぱり、私には弟に見えてしまうな。
あまり比べる対象ではないけど、私の旦那様は、ケンカにならない程度の自己主張をする。その実、あの人はしたたかで、絶対に反対されない程度としっかり見極めてくる。それに、自己評価がとてつもなく低い。分相応のことしか言わないのは、そういうところも関係しているのだと思う。嫌でも従う時と、本当に拒絶をする時、して欲しいことを頼んでくる時と、望み薄なお願いをする時、それぞれに優先度が付いている。そして、感情に忠実だ。病めるときも、健やかなる時も、自分をストレートに言葉に出来る。強気な場面もあれば、弱々しく、絶望しきっている顔も出来る。私は、そういうところに一喜一憂出来るから、あの人を旦那様と呼べる。好きになれる。
でも、彼はどうだろう?最初に来るのは、遠慮だ。押し付けがましいことはしない。大学時代の私の説得にも、半年近くを掛けている。頑固なクライアントなどを説得するのには、彼は向いているけど、女性との関係で、いつも振られてしまうのは、自分の気持ちを相手に押し付けないからなのかもしれない。常に波風の立たない家族は生きていけないと、ようやく分かり始めた私が、それを伝えるのは、おかしい。自分で気づいて欲しい。でも、きっと彼は、それを教えたところで、やっぱり遠慮しながら、地道に気持ちを積み上げていくのだろう。彼は、それで辛くないのだろうか?
......ま、私が考えることではないか。心配してしまう気持ち。彼は同級生だけど、次男気質で、頼りがいのある弟という位置。頼りがいがある反面、優柔不断なところも否めない。世渡りの才能はあるし、親しい友人も多い。友人なのよね。自分の本音を知っていて、自分の恋人にはそれを伝えられないでいる。やっぱり、過去に気持ちを押し付けることが、なにか問題になったからなのかもしれないけど、私の知っている彼は、そこまで。だから、頑張って。
「大丈夫、あなたは出来る子だよ。」
つづく