Life 110.25 残念でも、美人は美人。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
悲鳴で目が覚める。なんだ?あの人がやらかしたか?って、もう8時か。
なにやらなだめる声と、彼女の悲鳴のような声がする。助け舟を出したいところだけど、さすがに寝室に入っていくことは、今日は出来ない。
しばらくして、バッチリ着替えた奥様と、いつものラフなTシャツハーパンの娘、それと、なにかに怯えるようなパジャマ姿の彼女が出てきた。
「どうしたの?まさかとは思うけど?」
「ああ、そうじゃないのよ。その、なんというかね。」
「言わないでください。先輩でも、言ったらダメなことがあります。」
「んじゃ私が説明する?」
「おねえちゃんも黙ってください。もう、また失態です。恥ずかしいです。」
失態?また?何をしたんだろう。逆に失態をするのは、決まって一人しかいないんだけどなぁ。
「まあまあ、詳しくは聞かないし、二人も僕に教えなくていいから、落ち着いて。」
「はい......、取り乱して、本当に申し訳ありません。」
「謝らないでいいよ。それより、何か食べるでしょ?用意するね。」
娘をなだめる親のようだ。でも、今の構図は、後輩をなだめる先輩と、先輩の娘という図。これはなんなのだろうか?
しかし、彼女が失態って、なんだろうな。とても失態を犯すような子じゃないと思うんだけど。
「私、もう会社に行けません。自主退社します。」
「なんでそうなるのよ。あのくらい、可愛いじゃないの。」
「そうそう。オトーサンだって、おねえちゃんと抱き合って寝てる時あるんだから、気にしなくていいって。」
ああ、そういうこと。多分、奥様が彼女に抱きついたか、その逆か、そんなところだろう。普通は慣れてないものだから、仕方ないとは思うけど、それにしてもこの取り乱し方。
甘えるのに慣れてないんだろうな。自分に厳しそうな感じだし、予想外の失態をすれば、平常心を保つのは難しくなるのか。
「さ、落ち着いて、ご飯食べよう。インスタントで申し訳ないけど、食べて落ち着こう。」
こんなこともあろうかと、昨夜、ご飯を炊いておいて良かった。インスタントの味噌汁もあったし、目玉焼きにソテーしたハムぐらいしかないけど、ちょうど3人分ぐらいだった。僕は適当にパンでもかじってよう。
「あれ、オトーサンは、メロンパン?」
「ああ、昨日食べそこねた分。夜食用に買っておいたんだ。」
「そんな、私がメロンパンでいいです。お父様は、しっかり朝食を取ってください。」
いや、メロンパンを客人に出せるわけないよ。いや、そもそもメロンパンは食べるのか?面白い子だな。
「気にしなくていいよ。これぐらいしかおもてなし出来ないけど、食べてね。」
「で、あなたはメロンパンを気兼ねなく食べるわけね。」
「半分食べる?切ってくるけど。」
「私じゃないわよ。彼女に出してあげなさいって言ってるの。」
「あの、先輩、本当にいいですから。ありがたく、朝食いただきます。」
「遠慮しなくていいのよ。どうせ、この人は、朝、メロンパン1個すら完食しないんだから。」
なんだこれ?彼女はメロンパンが好きなのか?それとも、朝食だけじゃ足りないって意味なのか?
「あ、もしかしてパン食?それなら、メロンパンのほうがいいか。」
「いえ、そうではないです。ですが...。」
助けてほしそうな目をしてるけど、僕はメロンパンを半分に切るぐらいしか出来ないぞ。
「切ってくるよ。四等分すれば、みんなでメロンパン食べられるでしょ?」
「機転を利かせたね?オトーサン。」
「そうね。それなら、あなたも食べるでしょ?」
「......すみません、私のせいで。」
「うちは、食べたいものは、遠慮なく食べたいって言っていい場所だよ。若いうちから、食べることに遠慮を覚えちゃいけない。」
「はい、それでは、私もメロンパン、いただきます。作っていただいた朝食も、いただきます。」
「そうそう、君は家に帰るのが、今日の仕事だからね。ここで体力を回復して、親に元気な顔を見せる。そのための食事だよ。」
「帰るまでが遠足みたいな言い方ね。巻き込んだのは私達だから、大きなことは言えないけど。」
「あ、じゃあ、今日は私があなたの家に泊まりに行く。いいでしょ?」
「ダメ。どうして、泊まった家の住人が、次の日に泊まりにくるって話になるの。君は駅まで見送るまでなら許すよ。そのまま二人で遊びに行くのも、ダメ。」
「言ってみただけだもん。泊まりに行くときは、ちゃんと前もって言うよ。」
「それはダメです。私の家、おねえちゃんを泊められるほど、綺麗じゃありません。」
「うちもゴミゴミしてると思うのだけどねぇ。まあ、この人の言った通り、あなたは、今日は家に帰って、お母様に顔を見せてあげること。それから、しっかり休息を取ってね。」
「ありがとうございます。色々、気を使っていただいて、申し訳ありません。」
「こちらこそ、巻き込んでしまってごめんなさい。会社の先輩としてもそうだけど、母親として、あなたのお母様にも謝らないといけないわ。」
「私も、時間を気にしてればよかった。本当にごめんなさい。」
「そういうつもりじゃないんです。私はもう大丈夫です。気にしないでください。」
「メロンパン切ってくるから、冷めないうちに、三人ともご飯を食べてね。
そして朝食を取ったものの、洗濯乾燥機で洗っていた彼女の服は、若干生乾きになっていたので、下着はもう一度乾燥。服に関しては、干すことになった。
すぐに帰れない彼女は、母親に連絡を取ってる。
「うん、.........、大丈夫。こっちが迷惑掛けちゃってる。うん、......、うん、今日は何時になるか分からないけど、帰るから。ごめんなさい。...、うん、ありがとう。」
普通の会話、出来るんだね。まあ、親に丁寧語なんて使ってるのは、どこのお嬢様だって話か。いや、彼女を見てると、いいとこのお嬢様と言っても差し支えない気がする。
「私だけパジャマで、なんか申し訳ない気分になります。」
「乾いてないものを着せて帰すわけに行かないじゃない。あ、どうせなら、二度寝してみれば?少しは落ち着くでしょ?」
少し考えてるけど、また恥ずかしそうな顔をしながら、
「じゃあ、おねえちゃん、一緒に二度寝、付き合ってください。」
「私?別にいいけど、この格好でいい?」
今日はブラをしているが、Tシャツにハーパン。さっきまで一緒に寝てたから、わざわざ聞く必要もないだろうに。
「はい、もう少し、一緒にいたいです。」
「うれしい。じゃ、私も遠慮なく。さ、一緒に寝よう。」
一緒に寝ようって...。まあ、いいか。楽しそうだし。二人はそのまま、また寝室に入っていった。
「ねぇ、私達は?」
「何を期待してるんだよ。まだ9時だよ。」
「まあ、私達は親としての勤めを果たしてから、休憩かな。」
「とりあえず、二人に出す昼食をどうするか。送るついでに食べに行ってもいいけどね。」
「それじゃ、買いに行きましょう。一緒に買い物。」
「本当にスーパーに買いに行くだけだよ?電車に乗って買いに行くとかしないよ?」
「いいの。今日は、あなたと一緒にいるの。」
二人よりあどけない笑顔を向けてくる奥様。
「ずるい人だなぁ。そういう顔されたら、僕も一緒にいたくなるけど。」
「それだけでいいわよ。さすがに、理性が働いてるうちは、ここで失態を犯すことはしないわ。」
「その分、夜に迫ってこられても困るんだけどなぁ。」
「しないって。私にも、一日一緒にいるのは貴重な日なの。あなたが欲情するなら、もちろん受け止めるわ。」
たまには迫ってみたい。僕が元気になれるかな。
「それじゃ、気分に任せようかな。隙の多いあなたに、我慢できるかな。」
「そんな気なんかないでしょ?あ、なんならどこまで色仕掛けしたら襲われるか、試してみる?」
「何が知りたいのかが分からない。僕の理想の女性はあなたなんだから、当然いつでも襲われる覚悟してるのかと思ってた。」
「そんな目で見てるの?最低よ。まったく。」
くだらない話をしている。いい中年が朝から夜の営みの話をしてるなんて、二人に聞かれたくない。
それにしても、起こしてもかわいそうだし、連れ出して、しばらくファミレスにでもいるか。お互い、最近は長い時間一緒にいないから、あんまり話してないし、僕はメロンパン1/4しか食べてないからな。
11時半を過ぎて、買い物を終えて帰ってきた。しかし、うちの奥様、娘より子供みたいにウキウキしてて、久々に驚いた。
どう見てもおじさんと娘だよなぁ。こう見えてもうすぐ43歳なんだから、歳の差がないところに絶望する。
「ねぇ、どんな気分?」
「馬鹿にしてる?これで同い年なのが驚きなんだよ。僕だけが相応に歳を取っていく。君はどんどん若くなってるような気がする。」
「そんなことないって。私も内臓は年相応になってるみたいよ。最近、揚げ物がきつくなってきたし。」
「衰えるのが早すぎない?去年は問題なかったって。」
「そうなのよね。私も、あなたに合わせてあっさりとした食事にしてるからかしらね。」
「悪くないでしょ?揚げ物より煮物のほうが、今の僕らには合ってるよ。」
「それで元気がないんじゃ、あまり意味ないのよ。もっとアミノ酸とタンパク質を取って。」
脳筋っぽいこと言うんだよなぁ。お肉もたまには食べたいけど、頻繁に食べるのもなぁ。
そうは言っても、ファミレスのお弁当だし、大したものでもなければ、揚げ物だったり、お肉だったりなんだけどね。
つづく




