Life 110 他人の空似というには、無理がある
ガチャっと玄関の開く音がした。いつものことながら、0時過ぎまで一人で待ってるのは、寂しい。
僕も人恋しいんだよなぁ。喜び勇んで、玄関へ向かう。
「ただいま。」
「おかえりなさい...あれ、3人?」
「あの、すみません。お邪魔させていただきます。」
あの時の彼女だ。よく娘と話してるのは聞いてるけど、まさか家に来るとは思わなかった。
「喜んで。ごめんね、何もおもてなし出来ないけど、ゆっくりしていってね。」
「そんな...、泊まらせていただくだけで十分です。すみません。」
「オトーサン、客人を困らせたらダメだよ。さ、入って入って。」
不思議な光景だ。普段、奥様が座っている場所に、後輩さんが座り、僕の左隣に奥様、そして、こういう時には寄りかからない娘が、ゲームする時に座ってる位置にいる。
娘が友人を連れてきた時、僕はキッチンで座ってたから、入り込むことはなかったけど、今日は三人の美女に囲まれている。僕、今からマックで夜明かししようかな。
「あの、これ...。」
「夏だけど、ホットココア。あんまり体を冷やしちゃいけないし、君もご飯を食べたとはいえ、体を動かしたんだ。疲労回復。それに、気持ちを落ち着かせる効果もあるよ。」
「あら、優しいわね。私達には?」
「二人は好きに冷蔵庫から取ってくれば。僕は、お客様をもてなすだけで、手一杯。」
「ま、強引に連れてきちゃったようなもんだしね。どう、私の家?」
「不思議に思うのですが、夏でもこたつがあるんですか?」
「エアコンを付けていると、動いてなければ冷えるだろう。足元を冷やすと、体に良くないから。冷え性防止みたいなもんだよ。」
「単にこたつ布団をしまうのが面倒なだけ...とも言えないのよね。夏用のこたつ布団があるぐらいだし。」
「いざとなれば、このまま眠れちゃう。意外と重宝するんだよ。」
「そうなんですね。独特な文化というか。」
「そういう独特なものは、全部彼の考えかな。常識外れだと思うことも多いけど、一緒に暮らしてみると、納得できちゃうのよね。」
「褒めてないよね?」
「褒めてない。けど、それで快適に過ごせてる。あなたのおかげかな。」
「はいはい、ありがとうございます。あ、そうだ。お風呂沸かしておいたけど、入る?」
「私は入ろうかな。おねえちゃん達は?」
「私も入る。あなたは?」
「着替えがないので...。どうしよう。」
「私の買い置きで良ければ、下着は未使用のがあるわ。サイズ、大丈夫かしらね。」
「パジャマは私ので大丈夫だと思うよ。私はラフな格好で寝るし。」
「あのさぁ、客人がいるんだから、あの格好はどうかと思うよ?」
「それじゃあ、私もいただきます。」
「じゃあ、あなたから入って。あ、近所迷惑だけど、服は洗濯乾燥機で洗っておいてあげる。帰るまでには乾くわよ。」
「洗濯機は空だから、衣類を入れて、フタをしてくれれば、二人がやってくれるよ。さすがに僕がやるのは、ちょっとね。」
「すみません。なにからなにまで。」
「いいのよ。私達が時間に気をつけなきゃいけなかった。だから、遠慮しちゃダメよ。」
「先輩が言うなら、甘えさせてください。」
「僕がお邪魔かな。知らない男がいる家じゃ、安心出来ないよね。」
「お父様、大丈夫です。むしろ、私がお邪魔じゃないかと。」
「いいんだよ。君が安心して泊まっていけるようにしなきゃ。」
「ありがとうございます...。嬉しい、初めてのお泊りが、先輩とおねえちゃんの家なんて。」
「......まあ、いいや。お風呂に案内してあげて。」
「こっちだよ。服は用意しておくから、そのままで大丈夫。」
娘がお風呂へ連れて行ってくれた。洗濯機も回してくれるだろう。バスタオル、あったかな?
「あのさ、おねえちゃんって、誰のことなの?」
「あの娘のことみたい。彼女から見て、私はお姉さん、あの娘はその妹だから、おねえちゃんなんだって。」
解釈が面白い。本当は、いたずら心みたいなもので、あの娘をからかってるのだろう。奥様は、核心に触れてないと思ってるから、それで頷けるのかな。
「雰囲気があなたに似てるよね、彼女。」
「あの娘にも言われた。全然違うでしょ?それに、似てるならあの娘のほうよ。彼女も、色々知ってはいるけど、また無垢なのよね。」
「笑い顔を見てると、あの娘と同じように、無邪気に笑う。けど、普段は凛々しさがある。僕はあなたの会社での振る舞いを知らないけど、Webで顔出ししてるあなたは、凛々しい。本音は、誰にも見せてほしくなかった。」
「私に似てるって言うぐらいだから、ああいう子が、好み?」
「僕には、目の前に好みの女性がいます。それはそうと、僕は、彼女の親ではないけど、あなたが守ってあげたくなる気持ちが分かる。」
「あの子ね、今でこそ私達の前で笑うようになったけど、会社では笑うようなことはないのよ。威風堂々って言えばいいのかしらね。」
「見た目があんな感じだし、真面目そうだから、余計にそう見えちゃうのかもね。でも、想定外のことにも弱い。この家にいること自体に、不安を抱えてそうだ。」
「よく見てるのね。あなた、やっぱり親の素質があるわよ。私より、ずっと親目線。」
「そう?面倒見はあなたのほうがいいよ。僕は、やっぱり人には慕われない。」
「二人で、ちゃんと親、やってるね。」
「そうだね。彼女がここに来なかったら、気付かないままだったかもね。」
あの娘が求めてる親というものがよく分からないけど、僕らは、やっぱり二人で、あの娘の親になっている。パパっ子とは言うけど、この人もしっかり母親やれてるのを、改めて実感する。これも、夫婦の幸せなのかな。
「それはそうと、どこで寝かせるの?僕はここで布団で寝るとして、三人で寝るの?」
「そうなるわよね。彼女にそんなことを話してる余裕もなかったし、大丈夫かしらね。」
深夜1時、ようやく奥様がお風呂から出てきた。三人がお風呂に入ったし、僕もシャワーを浴びて寝ようかな。
そして、三人で談笑している。彼女だけ顔のパーツが明らかに違うけど、雰囲気は娘とも奥様とも近い感じがする。凛々しくもあり、あどけなさもある。娘の凛々しい顔というのは見たことがないけど、一生懸命に働いている時の顔がそれに当たるのかな。
「あれ、オトーサン、どうしたの?」
「うん、三人揃っていると、三姉妹みたいだなって。」
「私も入ってるんですか?」
「そうそう。君が真ん中かな。二人といると、安心するんだね。」
「そうなんですか?私は緊張したままなんですが。」
「会社で仕事をしてるときのほうが、よっぽど緊張感がある。あなたがこんなにリラックスしてるところ、初めて見るわよ。」
「私と話してる時は、いつもこんな感じだけど、会社だとカッコいいんだ。」
「そんな...、おだてないでください。私は自分の仕事をしているだけです。」
「だからカッコいいのよ。今後、あなたに憧れる後輩、絶対に出てくるわよ。」
「そうなんですね。言ってて、恥ずかしくなります。」
決して表情が豊かとは言えないけど、場面ごとの表情には、見惚れるものがある。僕に二人がいなかったら、お近づきになりたいと思っちゃうかもしれない。あ、でも、それは会社で見せないのだから、キレイな後輩で終わってしまうのだろうな。彼女が不安がってると心配していたけど、取り越し苦労だったかな。
「でも、いい傾向よ。あなたの仕事相手は、WordやExcel、基幹ソフトだけじゃない。今はその能力が開花してるけど、じきに対面での交渉事や、他部署との打ち合わせも増えてくる。あなたはいい表情をするけど、それを私達だけじゃなく、関わる人に見せる。相手は、それだけでも、緊張がほぐれることだってあるの。」
「先輩が話しかけてる時、まず笑顔から入るのは、そういう理由なんですね。」
「本音を聞き出すって、すごく難しいし、それだけの関係性があってこそだけど、日頃の積み重ね、例えば信頼を得る場合、やっぱり最初に来るのは印象なのよ。アンタにも言えるけど、真剣な顔は、話をしてからでいい。まずはにこやかにすることで、自分は好意的に話をする準備があるんだぞって伝えるのよ。」
「バイトで留学生のみんなが理解できないって言ってたけど、レジ打ちで笑顔を見せるっていうのは、やっぱり大事なんだね。」
「接客業だとなおさらよね。笑顔ありきというのは、文化の違いはあるかもしれない。でも、どこを向いてるかわからないでレジ打ちされるより、相手を見て笑顔でレジ打ちしてるほうが、お客さんは少し嬉しいんじゃないかな。それで、声を掛けられるようなことがあれば、また問題ではあるけどね。」
「母が言ってることと、先輩の話してることって、近いですよね。」
「「愛想笑いでも、笑っていれば、良い方向に物事は動く」だっけ。あなたのお母様が実践した通り、こんな立派な娘さんになった。今度は、あなたの番。」
いい言葉だな。僕には似つかわしくない言葉だ。しょっちゅう、難しい顔をすると言われるが、そんな顔をしなければ、笑顔にしていれば、僕はこんなに心配性にならなかったのかもしれない。もっと、早く知りたかった言葉かもな。
「私、出来ますか?」
「出来てるじゃん。今。不安そうにしたり、笑ったりしてる。」
「うん、僕はその顔の君しか知らないよ。初対面で僕にその表情が出来たんだから、意識しなくても出来る。」
「お父様...、ありがとうございます。男性に自分を褒められるって、恥ずかしいけど、嬉しいんですね。」
今度ははにかんだ笑顔。この辺は奥様みたいに表情がコロコロ変わる。
「ま、オトーサンには新鮮だよね。私達ばっかり見てるんだから。」
「本当よねぇ。両手に華なのに、それでも女性を口説いてるんだから。」
「えっ、口説いてた?」
「勘違いされるような人間はいると思うわよ。もっとも、あなたに好意的な人だったら、だけどね。」
「そっか。確かに、そう見えたのかも。あまりにいつものことだから、二人の笑顔に慣れすぎてるのかもね。」
「......ちょっとアンタ、この人、どう思う?」
「心外とまでは行かないけど、納得は出来ない。」
「お二人とも、ヤキモチも焼くんですね。」
「当たり前じゃないの。私は妻、この娘は娘。だけど、私達の恋人なんだから。あなたにはなおさら、ヤキモチ焼くわよ。」
「そうそう。鼻の下を伸ばしちゃって。まったくもう。」
そう言ってるが、あくまで口だけ。穏やかに笑う三人。なんか、これだけで目の保養になる。やっぱり、三姉妹っぽい。
「さ、もう寝たほうがいいよ。僕はシャワーを浴びて、布団出して寝るから、三人はベッドで寝てね。」
「当たり前じゃないの。なんであなたがベッドで寝られると思ったのよ?」
「思ってないから言ったんだよ。それとも、僕とあなたで、一緒の布団で寝る?」
「えっ、いいの?それなら、あなたと一緒に、もう一回シャワー浴びる。」
「えっ、先輩、お父様と一緒にシャワー浴びるんですか?その、さすがに見損ないます。」
「馬鹿なこと言ってるおばさんは無視して、寝室行こう。オトーサン、戸締まりしっかりしといてね。あと、洗濯機は覗くなよ。」
「しないよ。大体、回ってて覗くことなんて出来ない。」
「あん、私を無視しないでよ。冗談よ。二人の妹を放っておくことないじゃないの。」
「私も妹なんですか?」
「娘のほうが良かった?」
「いえ、本当に、おねえちゃんですね。」
「......その呼び方、この家にいる時だけね。外に出たら、まあ、お姉さんぐらいならね。」
「それなら先輩って呼びます。先輩を困らせたくないです。」
「こういうところ、本当に素直ね。この娘とそっくり。」
「私?そんなことないけど。」
「アンタも素直でいい娘よ。そうじゃなきゃ、私達の生活が破綻してる。」
「素直に受け取っておく。ありがとう。」
さて、女性陣は寝室に入ったことだし、僕はシャワーを浴びて、こたつで寝るかな。
つづく




