Life 108 未来が現実に迫って来ている
「はぁ~。なんか、インターンで働かせてもらっても、やっぱりお客様扱いされちゃうよね。」
「私達はバイト歴がある程度長いからなぁ。箱入り娘の見解は?」
「箱入り娘って...。趣旨は仕事紹介とか、企業の経営理念なんかを知ることだから、労働は主観に入ってないんだよ。」
夏休みも中盤。もうすぐお盆の時期。私達大学3年生は、約2年後に就職していることになる...と思うんだけど、インターン制度を利用して、いくつかの会社で3日程度体験入社していた。
良くない考えだけど、私は今年で23歳になる。バイトは18歳からしてるし、おばちゃんを除けば、私が一番古株だ。当然シフトリーダーぐらいにはなってる。まず、働いてお金を貯めた上で、大学へ入学してるから、新卒と言われると、ちょっと事情が違う気もする。でも、おねえちゃんは、採用してくれたから入社する時代じゃないから、自分でしっかり見てきて決めるべきと言っている。
オトーサンが就職浪人になってしまったように、今の時代と違って、就職氷河期に就職活動をした人間は、その後の転職なども難しいし、何より足元を見られると言われている。おねえちゃんはそれに耐え、ずっと同じ会社で働いてるから、うちの大黒柱になっている。一方でオトーサンは、自分で働きたくないと言うように、いやいや働くようになっている。私と二人で暮らしてた時にはあった責任感はどこへやら。でも、お金を稼いでるし、それで私達はシャワーを浴びたり、ゲームをしたり、スマホを使えたりする。
おねえちゃんがそれだけ稼いでしまったら、オトーサンはヒモでも、何でもいいらしい。現に、今だってお小遣い制で良ければ、ヒモとして生活してもいいとまで言っている。でも去年は、おねえちゃんの休日出勤のせいで、オトーサンが壊れてしまった。立ち直らせたら、今度はおねえちゃんが徐々に弱気になってる。まあ、家庭である割に、家事全般はオトーサンの仕事だし、食費はお互いがざっくりと適当に出しているし、おねえちゃんは家賃、オトーサンが水道光熱費に通信費と分担がある。あとは自由に使うのが、うちのルールであり、最近のおねえちゃんの精神状態を考えると、オトーサンは主夫業を中心に考えたほうがいいとは思うけど、それではやっていけないのもまた事実。私のバイト代は、毎月いくらかはおねえちゃんに預けている。毎年の大学費用をあと1回は払う必要があるけど、それはおねえちゃんが出してくれると言ってるけど、そこに負担を掛けたくないから、微々たるお金で、少しは穴埋めしている。
とは言え、例のおもちゃ事件以降、おねえちゃんはオトーサンのAmazon Primeに1本化したし、見る暇がないからとNetflixも解約。物価高で、生活にゆとりがあまりないのも事実だと思う。いやいやながらにオトーサンが働くのも、やむなしだと思う。だから、私もある程度稼げる仕事を探して、就職することで、二人に安心して欲しいし、そこで自立出来るだけのお金を稼ぐ必要はあると思う。
「......の両親は、自由にしていいって言ってるんでしょ?」
「そうなんだけどさぁ、さすがにコンビニに就職って出来ないわけじゃん。オーナーも、さすがに社員登用すると、即別店舗の店長になっちゃうと言ってるし。」
「雇われ店長でも、稼ぎが良ければいいんじゃないの?私なら、やってみようかなって思うけどね。」
「簡単に言うよね。私はただのバイトで、労働力を対価にお金をもらってるじゃん。社員登用されたとして、即店長になったら、お店のことまですべて考えなければいけないんだよ。私達は経営学までは勉強してないし、収支バランスって言葉は分かっていても、数ヶ月やってみない限りは分からないしね。」
「アンタさ、今の話がスラスラ出てくるって、大学生の考え方とはちょっと違うよね。」
「そうなのかなぁ?なんか、当たり前のことを思ってるんだけど。」
「経験の差なのかしら。私から見たら、二人がバイトして、お金を稼いでることは偉いと思っちゃうし、私みたいな人間が、いきなり社会に出て、徐々に慣れていけるものなのか、やっぱり不安だよ。だから、インターンは積極的に参加して、色々な仕事を見てるんだけどね。」
「目移りするよな。黒髪に戻した分ぐらいには、就職先を見極めたいとは思うけど、行けばいくほど、どれも魅力的に思うし。」
「そういえば、二人って、将来のプランって考えてるの?」
「あんまり考えてなかったりする。今のバイト先に社員登用してもらえば、少なくとも20代は楽しく仕事出来るとは思ってる。でも、ギャルを30代まで続けてたら、やっぱ白い目で見られそうじゃん。デザイナーでもやっていれば、そこから自分のブランドを作ったりも出来るけどね。今は今で、まずはコネ作りかな。一応、無理だとは思うけど、ファッションのハイブランドの日本法人の求人は、注目しながら見てる。こんな見た目でも、ある程度英会話出来るし、販売スタッフでも潜り込めれば、肩書きにはなるしね。」
「案外しっかり考えてるじゃん。私は、とりあえず正社員として新卒で入社する。まだどういう業界にいくほうがいいのか分からないけど、勉強してることを活かせるところがいいよね。」
「う~ん、大学で勉強してることって、あんまり仕事には使えないよ?」
「そうなの?それを活かした仕事っていうのは、甘い?」
「甘い甘い、それが出来たら、私達はみんな通訳だったり、秘書だったりできちゃうだろ?学力があるってことはいいことだけど、知識じゃ補えないことしかないから、新卒は基本戦力になるまで、勉強がつづくよ。私は、お金を稼ぐ意味もあるけど、今のバイトでそういうことを知りたかったんだよ。」
「しっかりしてる。なんか、オトーサンが言うようなこと。」
「アンタのお父さん、相当苦労してるでしょ?お姉さんがあれだけ立派だと、お父さんは面目ない感じになってない?」
「すごいな。分かるんだね。」
「女の勘ってやつ。それに、彼氏と何人も付き合ってるうちに、本当に頼れる彼氏って、私も頼られなきゃだめだなって思えるようになった。アンタも、彼氏さんには頼られてるだろ?」
「お父様が......を頼る話、結構聞くもんね。」
「それって誰から聞いてるの?」
「えっ、お姉さんがグループLINEで送ってくるけど...あれ、アンタだけ名前がない?」
「ああ、分かりました。おねえちゃんのやることだから、私に悟られないように、二人に連絡してるんだ。」
「知らなかったんだ。ごめん。私達、知ってるものだと思ってた。」
「お母様に相談しようか?グループに加えてあげようって。」
「それはいい。おねえちゃんが心配して、二人に私の話をしてるなら、私は気づかないフリをして、普通に接する。」
「ふぅ~ん、それで、彼氏さんとのホテル、楽しかったの?」
「前言撤回。グループに加えてください。私のプライベートを侵害してる。」
「まあまあ、それはあとでお母様に相談するとして。そうなると私は、まずどういう方向にいくのかを考えたほうがいいのかな。」
「おねえちゃんが良く言ってるんだけど、ぼんやりとしたゴールは決めておいて、そこへたどり着く方法を考えるんだって。そうすると、自分のやることが明確になるって。」
「へぇ~、まさに......が、さっき言ってたことだね。」
「その考え方に行き着いちゃってる......がすごい。私はしたいことも決まってないし、だからといって悲観的になる必要もないと思うんだよね。」
「それはなんで?」
「多少なりとも、オトーサンの考え方が入ってるからかな。オトーサンは好きなことを仕事にすることほど、苦痛になることはないと言うし、いざ働いてみたところで、お金以外に得られるものがないことは、無意味だと言う。だけど、今のオトーサンは、仕事すらしたくないらしいし、自分を子供だと言ってるけど、出来ることを仕事にしたほうが、気持ちの上では楽になるって。それに、たかだか20年程度の守られてる人生から、いきなり社会に放り出されて、周りのフォローもそれほどない状態で、成長しろっていう会社がおかしいとも言ってる。自分の生きる道筋を立てるのに、それまである程度レールの引かれた人生から、人間が筋道を立てられるまでは、10年ぐらい働いてみないと分からないって。」
「向き不向きもあるしね。お父さんの話って、結構普遍的な価値観だったりするよね。人付き合いも、付き合ってみないと分からない。」
「私にはワガママな生き方に聞こえるけど、思い込みかな?」
「オトーサンはワガママな生き方をしてるよ。それは間違いないけど、ワガママな生き方になってしまったことが結果であって、そこまで経験してきたことで、今は仕事が出来てるんだから、それでも大丈夫ってことなんだろうね。まあ、うちはおねえちゃんがいるし、許されてるとも言えるけどね。」
「やっぱり、年上なんだな。不思議と説得力があるよ。それに、アンタの両親も、包み隠さず、アンタにそういうことを伝える。いい家族だよね。」
「そっか。そんなに焦らなくてもいいのかもね。選択肢は広げておいたほうがいいけど、選択した先ではなにが起こるか分からないってことだよね。」
「でもさ、新卒ってカードは、日本でしか持てない特別なカードだから、重要なのは変わりないよ。」
「そうだね。せっかくなら、そこで10年働いてみて、それから自分の目指す方向性が分かってきたら、そっちの方向にいくのもいいね。」
「ねぇ、オトーサン、おねえちゃん。」
「ん、どうしたの?」
「あのさ、私の就職先、本当に私だけで決めていいの?」
「いいよ。それが君のしたいことだったら、僕は反対しない。なんなら、出戻りだっていいよ。」
「私は出戻りは避けて欲しいな。でも、耐えられないほど嫌なことがあったら、私達はアンタを守る。」
「僕らの時代は、職すらまともに選ばせてもらえなかった。でも、今は違う。色々な価値観があるし、自分の優先順位もあると思う。その中で、自分らしい働き方を見つけられたらいいね。」
「それだけ?」
「まあ、この人みたいに好き嫌いが激しい生き方をするのはどうかと思うけど、あなたはその点、私なんだから大丈夫。ううん、私よりずっと強くて、ずっと素直で、ずっと優しいから、誰からも好かれるわ。それは武器になる。仕事って、今でも愛想よく懐に入れれば、なんとかなってしまうものなのよ。学ぶ姿勢さえあれば、どこでも通用する。」
「後悔も反省も出来る。失敗しても、そこから得られるものは必ずある。それが経験というものだから、怖がらなくていいよ。」
「そうねぇ、私達は、100要求されたら、100を返さないと成功とみなされない時代だったのよ。誰も教えてくれないことだって多かった。今は、多少なりとも改善されてるし、新人に求められる期待値はそれほど高くない。だから、安心して飛び込む。」
「あれ、おねえちゃんは、漠然とゴールラインを設定して、逆算した行動を取れって。」
「その通りよ。だけどさ、アンタのゴールラインって、この人なのよ。逆算した行動をしたところで、必ずアンタはこの人の元に帰って来る。じゃあ、この人が尊敬し、羨むような生き方をするには、どうすればいい?」
「オトーサンが喜んでくれれば、私はどこでも、どんなところでも働けるってこと?」
「さすがにそれは重いな。僕は、君が決めたことが何であれ、君の気持ちに沿ったものだから、それは絶対に反対しないと決めてる。前にも言ったけど、その恵まれた体型を活かして、体で稼ぐことも、君の意志で決めたことなら、反対はしないよ。でもね、それが自分に与えるものはなんなのか、それが将来の自分にとって重要なことなのかは、よく考えて欲しい。新卒というカードを活かすのもいいし、決められないならしばらくバイトを続けてもいいし、疲れたと思ったらニートでもいいんじゃないかと思ってる。」
「ニートはダメ。アンタが家事出来るとは思えない。最低限、バイトは続けて欲しいわね。しかし、あなたもずいぶんと思い切ったことをいうわね。体で稼げるって。」
「この娘にその度胸があれば、リスクはあるけど、トップクラスにはなれると思うよ。それは、僕が保証する。けど、親の意見ではないね。ごめん。」
「ま、一応言っておく。本当に体で稼ぐなら、時限制であって、その間に生涯年収を稼ぎ出すぐらいの覚悟が必要。そして、その後の生き方も、最初から決めておかないと、生きていくのは厳しくなる。まだまだ世間から色眼鏡で見られるし、デジタルタトゥーとなってアンタの人生に重くのしかかる。体で稼ぐと同時に、その後に活かすためのしっかりとした下地や能力を身につける。そうして、いざ別の仕事をすることになっても、最初から戦えるような準備をして、やめなきゃいけない。それが出来れば、私も反対はしないわ。」
「まあ、私には無理だよ。どんなに頑張ったって、体で稼ぐことは出来ない。見せたくないもん。」
「はぁ~、よかった。その気になったら、どうしようって思ったのよね。」
「だって、それは君の望みじゃないもん。ねぇ、オトーサン。」
「僕が億万長者だったら、君達二人は、絶対に隠蔽する。誰にも見られたくない。そして、僕の側で、僕を甘やかして欲しいもん。」
「極端なのよ...。私も、今のポストは、本当は辞めたい。この人と、この人の実家の近くで、地味な生活を送りたいと思ってる。でも、愛する人達、関わりを持った人達のために、私は与えられた仕事はやろうと思ってるのよ。もう、私は私一人の意志で自由に動けない立場まで来てしまった。なら、もっと稼ぐように、邁進するだけよ。」
「カッコいいな。おねえちゃんがみんなにモテモテなの、分かるね。」
「僕の奥様は本当にカッコいい。一生ついて行くよ。」
「一生つきまとうのは私の方なんだけどね。それはともかく、アンタは、この人を抜きにして、まずは着地点を決めたほうがいいかもね。せっかくだし、日本じゃなくて、別の国に行ってみたら?去年、オーストラリア留学して、悔しい思いをしたんでしょ?その悔しい思い、リベンジしてみてもいいと思う。苦難はあるけど、働けど生活が苦しくなる日本にいるより、本当に実力主義の世界で、成功するなり、ダメ出しされるなり、経験してみるのもいいと思うわ。当面の生活費は私の貯金もあるしね。」
「それはダメだよ。おねえちゃんのお金だよ。」
「おねえちゃんは誰かしら?私のお金は、あなたのお金でもあるの。この人のお金ではないけどね。」
「じゃあ、僕がヒモになったら、僕は本当に召使いみたいになっちゃうんだね。」
「言葉は悪いけど、立場逆転した夜伽とか?夜のお相手、今より多くなっちゃうかもよ。」
「......素直に光熱費を稼ぎます。働かせてください。」
「自信を持ちなさいな。今のままで十分よ。まあ、ヒモになるのは、1年ぐらい前から言っておいてね。じっくり考えて、答えを出すから。」
「あ、そこはちゃんと考えてくれるんだ。僕も捨てたもんじゃないね。」
「おかしな人よね。こんなにダメな発言をするのに、しっかりとした考え方も出来る。実は、本物の天才って、こういう人のことなのかも。」
「僕は凡人だよ。だけど、君達への気持ちだけは、天才的だと思って。」
「気持ちが天才って...。やっぱりなんかおかしいよなぁ。オトーサンって。」
「いい話だと思いますよ。先輩も、ご苦労なされていますし、自分のようになって欲しくない思いがあるんですよ。でも、それとは別に、あなた自身が苦労することで、得られるものもあると思います。それは、あなた自身の力だと思いますよ。おねえちゃん。」
先輩さんにも聞いてみてる。彼女は、就職に成功している人間だと思う。何かヒントがあるはず。しかし、相変わらずキレイな人だなぁ。ビデオ通話でもキレイ。
「あの、おねえちゃんは、いい加減に止めてほしいかな。」
「じゃあ、先輩をお母さんって言ってあげてください。そうしたら、私もあなたをおねえちゃんと呼びませんよ。」
「それが出来れば苦労はしないんだけどなぁ。そうじゃなくて、あなたも、お母さんには何かアドバイスをもらったりした?」
「この前も話しましたけど、私の母は、ちょっと経歴が特殊なんです。高校を卒業して、私を産んだあと、キャバ嬢になりました。4年経って、父が亡くなったあと、今のスーパーに入っています。裕福な家庭ではなかったので、有無を言わさず、私を育てることを最優先に考えた結果、そうしたと言っています。同時に、私には母の仕事は絶対に無理だとも言ってくれました。容姿と愛想を仕事にすることを、私にはさせたくないと思っていたのでしょう。でも、自分でもキャバ嬢は到底無理だと思います。」
「じゃあ、今の会社には、どうして入ろうと思ったの?」
「数社内定をいただいていましたが、一番条件が良かったから...って言うのは、夢がないですかね。」
「現実的な選択をしたってことでしょ?人それぞれに考え方があるし、結果、おねえちゃんや、先輩方に出会えたんだから、良かったってことだよね。」
「そうですね。先輩方に驚かれることのほうが多いですけど、私は私なりに、出来ることをやっているだけですし、夜遊びも楽しいですしね。」
「その夜遊び、なんでおねえちゃんは私を連れてってくれないのかな?」
「先輩なりの配慮だと思います。もしくは、会社と家庭は、別単位で考えていると言えばいいんでしょうか。もうバレてますけど、先輩は家族のことを、会社の人間には話していません。だから、この前の結婚式で、目立ってしまったのだと思います。あとは先輩の気持ち次第。」
「そうなんだ。てっきり、私のことは噂レベルじゃないと思ってたけど。」
「先輩は今でも旧姓の名刺を使っていますし、扶養家族にはお父様の名前が入っているんですが、そういう書類には本名が書かれていますけど、それを知っているのは、人事部や、人事権のある人ぐらいだと思います。だから、未だに営業部の人から、ご飯に誘われたりとかするそうですよ。あの見た目ですし、新卒社員にナンパされたなんて伝説までありますからね。昔は困惑してたらしいですけど、失恋をしたら、なぜか軽くあしらうようになれたって。」
恐ろしいロリババアだな、おねえちゃん。悔しいが、分からないでもない。そうか、私達の生活は、ある意味でトップシークレット扱いになってるのか。それは反省。
「先輩は、社会の空気に、まだ触れさせたくないと思ってるんじゃないですか。バイトと言っても、社会的な責任が生じることは、よほどのことがない限りはありませんし、社会人になって、突然それを背負わされるという時代に入社してますから。先輩の場合、部下には、まず責任の所在を自分にしてたみたいです。今の私もそうです。その上で、徐々に責任を与えていくようなことを、備品係の先輩に聞きました。あの、結婚した先輩です。」
「あの人がおねえちゃんの部下の唯一の生き残りって聞いてたけど、他の皆さんは?」
「会社自体に問題があって、辞めてしまっていたそうですね。事実として、この前もお話した通り、私は先輩に引き抜いてもらえなかったら、もしかすると会社を辞めていた。そういう人がもう一人います。会社自体が昭和の空気感が抜けきってない状態ですし、先輩の現在の境遇もありますからね。」
「そっか、おねえちゃんって、やっぱり凄かったんだね。」
「私もどこか、完璧主義なところがあります。だけど、先輩の完璧は、その雰囲気や、緩さ、責任感なども含めて、完璧なんです。親しみやすくて、強くてカッコいい人だからこそ、お二人には甘えてるんだと思います。そうしないと、人間はこわれてしまいますよ。」
「ふぅ~ん、おねえちゃんの部下かぁ。私は身内になっちゃうから、入社出来ないもんなぁ。」
「それ、実は出来ると思うんですよね。先輩と、あなたの名字も違いますし、あなたと先輩が同居してることは、私達だけしか知りません。可能性はゼロではないと思いますけど、入社して他人のふりは出来ないですからね。部署は一緒にならないでしょうね。」
「言ってみただけ。記念受験みたいなことで、やってみるのも面白いかなと。」
「入る気がないなら、時間の無駄です。その時間を、他の企業や職種の理解に回したほうがいいかと。」
「ごもっとも。いやあ、さすがだね。そういう鋭い突っ込み、二人はしてこないもんね。」
「あなたの選ぶ権利に水を差したくないんですよ。あなたは優しいから、きっとそういう話だけでも、迷いが出てしまう。娘を思う両親って、大変ですね。」
相変わらずのいい笑顔。悪魔の笑みというやつだ。今、仕事もプライベートも充実してるんだろうなぁ。私も、2年後にはそう言えるかな?
「あ、ところで、先輩から、トレーニングに誘われてるんですけど、どんなことをやってるんですか?」
「どんな.....う~ん、ランニング5キロか、スイミング1キロ。大体どちらかを毎日って感じ。多分、スイミングの方だね。」
「1キロ泳ぐって、50mプールで10往復ですよね。どれくらいの時間でするんですか?」
「2時間かな。確かコースが2時間単位でしか予約出来ないと思った。もちろん、2時間ずっと泳いでるわけじゃないし、私は良くて500mぐらいだよ。」
「...なんか自信をなくしますね。先輩の話。」
「フィジカルモンスターだからね。私達とは比べ物にならないよ。でも、一緒に出来たら、楽しい。夕飯も奢ってもらえるよ。」
「分かりました。ちょっと心の準備をして、ご一緒させてもらおうか決めます。私も、二人のおねえちゃんと一緒に色々してみたいです。」
「だからさぁ、私、おねえちゃんじゃないよ。あなたのほうが先輩なんだから。」
終身雇用制は、私のいなかった20年で崩壊してる。おねえちゃんみたいに、一つの会社で我慢することも、オトーサンのように流れ者になって、いろいろな経験を積んでいくことも出来る。新卒なら、両方の選択肢を選べるし、私達の時代は、さらにいろいろな働き方も出来るようになった。バイトを続けながら、在宅でダブルワークすることだって出来る。独り立ちすることも大事だけど、私が今も、未来も大事にするのは、二人との生活。色々考えるけど、私は二人と離れたくないな。親離れ出来ないなあ。
つづく




