Life 106 頼られる難しさ
Life 106 頼られる難しさ
私が人事部長になって、そろそろ3ヶ月。ようやく落ち着けるような環境が整ってきた。まだまだお飾りの部長であることは変わりない。だけど、未だに電子証明なども取り入れてない状況で、毎月月末になれば、目を皿にして確認の判子を押す日々。それから開放されれば、人材獲得のための戦略会議と、嫌な役回りだけど、嘱託社員への早期退職勧告、その他にも行きたくない接待もあれば、休日のイベントもある。幸いなことに、人事部と社長を始め役員連中とは、隔週ぐらいでミーティングを行っている。問題が起これば法務部や総務部も呼ばれ、ここでも一触即発の空気が出ることもある。社内が一枚岩ではなく、やはりクーデターで社長になった人間と、その役員だから、特に総務部とは緊張状態が続いているようだ。
部長補佐という、実質的な部長のおかげ、それと3ヶ月で事務的な処理をほぼこなせるようになってしまった後輩の彼女。引き抜きをして正解だったとは言え、これが総務部との火種の一つだと思うと、頭が痛い問題だ。だけど、彼女にも人間的な変化、基本的に表情は変わらないのだけど、少しずつ感情を外に出すことが出来るようになってきた。彼女がここに慣れてきたこと、知り合いの先輩がいること、アイツには悪いけど、総務部では本当にマシーンのように扱われていて、それをすべてこなしたことに問題があったけど、ここではその役目は部長補佐が的確にしてくれている。彼女がなんでもかんでもやれることを、彼が制御してくれるおかげで、他の若い世代の役割が徐々にはっきりとしてきた。あとは、嘱託社員の処分と、人事部の本格的な増員である。まあ、アイツがITベンダーに掛け合って、紙からPDFに移行する仕組みを立案してくれると、増員も最低限で済むんだけど、あっちはあっちで未だに基幹システムの設計や計画などがまったく出来ていないらしいから、結局今の部署は9月ごろには解散となって、彼女と数名の社員だけが、またいつものベンダーと協力しながら、IT化をすることになるのだろう。
「今日は珍しいメンツですね。あの子はどうしたんですか?」
「ん?ああ、お母様の誕生日らしいから、親子水入らず、どこかで楽しくやってるんじゃない?」
「私はちょうど良かったです。後輩に、変な話を聞かれるのは、やっぱり嫌だったので。」
そう、珍しいこともある。今日、集まったのは、未だに男性にはおどおどしている、私の後輩の呼びかけだったのだ。初めてだった。
「で、私達には相談したい話ってことなんだ。センパイも、こうやって後輩の相談に乗ること、多いですよね。」
「私も不思議なのよね。それほど人生経験があるわけではないから、頼りにされるのはうれしいけど、アドバイス出来るほどでもないのよねぇ。」
「そんなことないです。先輩のおかげで、今の私がありますから。」
「それじゃ、可愛い後輩の相談、聞きましょうか。」
「そうね、何でも良いわよ。あなたは私が選んだ出来る子だから、何でも言って。」
「はい、その内容なのですが...。」
「私、容姿がこんな感じだけど、男性には恐怖心を持っています。私ももうすぐ26歳、また、彼氏を作って、もっと恋愛したいなぁって思うんです。」
「ん?また?君って彼氏と付き合ってたことがあるんだ。」
「あ、それがこの前の発言だったのね。ごめんなさい、私が酔っ払ってなければ、もっと察しが良かったかもしれないのにね。」
「いえ、先輩の結婚式で、重い話は出来ないですよ。でも、幸せそうな先輩を見て、私も羨ましいと思うようになったんです。」
「いい傾向だと思うけど、そもそもになんで男性恐怖症になったの?今のあなたを見てる限り、そう思える要素も少ないのよね。人事部にも男性社員がいるけど、相槌ぐらいなら普通に返すぐらいはしてるじゃないの?」
「備品係の時代、私は弱音を吐いていたのを覚えていますか。あの時、私は容姿でこの部署に入れられたんだって。そして、絡んでくる男性社員も、ナンパに近いような感じでした。迫られるのが怖いんです。今も、社内を移動しているとき、明らかにそういう視線を感じる時があって、怖くなります。」
「う~ん、根が深そう。私、あんまり気にしたことなかったなぁ。」
「アンタは恋愛強者だもの。今の旦那さんが4人目の恋人でしょ?そんなこと言ったら、私だって恋愛そのものは、今の旦那で二人目よ。で、もっと根本的な理由があるわよね?それを話せる範囲で、教えて欲しいな。」
「はい、私も、自慢ではないですが、それなりに学生時代は恋愛をしてきました。告白もしたし、される側にもなりました。高校生まではそれでも良かったんです。」
「高校生まで?その間も誰かとお付き合いしたことはなかったの?」
「めぐり合わせの問題なんですかね。好きだと告白しても、相手がすでにいたり、されても、付き合ってみようって思えなかったんです。」
「そういうのってよくあるの?私女子校だったから、もっと汚れた話ばかりで。」
「なんですか、その汚れた話っていうのは。共学校に行くと、まあ大体はそういうのに巻き込まれるでしょうね。あれ、旦那さんはそういう話、なかったんですか?」
「あったわよ。でも、あの人鈍いから、相手の気持ちを知ったのは、卒業式の前の日。しかも彼女は留年することになってしまったってね。それに、彼もなんだかんだで私以外と二人付き合ってたし、一人とは同棲してたみたいだから。」
「結構な経歴ですね。あ、その汚れた話って、ちょっと聞いてもいいですか?」
「あなたも大丈夫?下品な話になるわよ?」
「はい、女子校って華やかなイメージがあるものですから、興味があります。」
「そうよねぇ。お嬢様学校だったらそうなのかも知れないけど、普段からスカートをピラピラさせて下着を見せたり、後ろから抱きつかれて胸を揉まれたりするのは当たり前。何かと話をすれば、自然と彼氏の話になるんだけど、前の彼氏よりサイズが小さいだとか、ラブホの入り方が分からなくてカッコ悪いとか、どこから手に入れたんだか知らないけど大人のおもちゃを見せられたりして、そのまま授業中に抜け出して、多分トイレで気持ち良くなったりとかさ、もうめちゃくちゃよ。着替えの時に、私は何度ブラを剥ぎ取られたか。」
「なんか、男性向けの百合漫画みたいな感じですね。先輩には悪いですけど、行かなくて良かったです。」
「そう言いながらも、ドラマやら音楽やらの話もするし、誰がカッコいいとか、抱かれたいとか、そういう話もするのよね。振り幅が広いのよ。」
「それって、誰も止めないんですか?」
「普通なら止めるんじゃない?でも、女子校の教師も、その辺は諦めてる節があって、遅刻と早退、欠席ぐらいしか大まかには取らない。当然、学業なんかに邁進するような人間は少なくて、図書室とかに行くんだけど、その図書室ではもっと濃厚な百合模様を目撃したりとかさ。で、クラスの7割が何かしらで赤点。イベントがあっても、本気になるのは文化祭ぐらいで、出し物と言いながら、半分は予算を使って自分たちのおやつを買って、もう半分は、当日他校から来る男子とお近づきになりたいがために、大体がカフェだったりするわけ。で、ノートの切れ端に、必死にPHSの番号書いて、ブラウスのボタンをわざと2つ開けて、良いと思った男性には配ってるような感じ。」
「文化祭って、地域の人とかも来るんじゃないですか?そんなので良いの?」
「来るわけないじゃない。高校上げて、キャバクラやってるようなもんよ。ま、その後が大変で、2~3月あたりには自主退学が増えるわけ。半分ぐらいが妊娠して高校をやめちゃう感じかな。その時に付き合い始める、あるいは性行為をしていて、大抵ノリで避妊具なんか付けないでやってしまうから、妊娠しちゃう子が出てくるのよ。」
「そんな環境で、よく先輩は大学進学出来ましたね。」
「私は2年の時から、予備校に強制加入させられてね、放課後は予備校に行って勉強漬けの毎日だったのよ。だから、そういうバカ話でも、ストレス発散になった。その時にモテることでもあったら別だったけど、私は今以上に地味だったしね。それに、今の旦那が卒業したら、迎えに来てくれると勝手に思ってたから。」
「初心ですね。センパイったら、可愛いんだから。でも、旦那さんは、気付かないとは言え、他の女性がいたと。」
「ねぇ~、私の気持ちを返せっての。でも、そのおかげで、私は今の生活が幸せになった。結果オーライというわけね。いわば、元サヤに収まったってこと。」
「先輩のすごいところは、そこで結婚しちゃうことですよね。どうしてそう思えたんですか?」
「私も少女のままだった、ってことにしておこうかな。娘もいたから、三人で幸せな家族になろうと思ったから、結婚出来た。でも、現に、今は結婚したときより、ずっとあの人のことが好きになった。そして、この気持ちをずっと大切にしていこうって。もう、なんか恥ずかしいけど、おばさんなのに、大好きなんて言ってる人なんていないわよ。」
「普通は、愛してるとかですもんね。どおりで、センパイはずっと可愛いわけですよ。最近はどんどん可愛くなってますもんね。」
「お世辞はいいわよ。ま、そういうわけ。さてと、本題に入りましょうか。」
「高校を卒業したあと、私は大学へ進学します。そこの新歓コンパで、ある人と知り合います。そして、そのまま付き合うことになります。最初は良かったんです。あ、これがお付き合いなんだなって、新鮮な気持ちでした。当然ですけど、関係が進んで、付き合って2ヶ月、体を迫られるようになりました。」
「アンタのほうがそこは分かってそうだけど、それって早いの?」
「どうなんでしょうね。私、一人とはノリで寝てしまって、それから付き合って楽しくやってたって経験もあるんで、わからないものなんですよ。」
「そう言えば、うちの娘の友人も、体の相性を確かめるまでは付き合わないとか言ってたし、やっぱり恋愛は千差万別よね。それで、どうしたの?」
「私にも分からなかったから、彼に身を委ねることにしたんです。だけど、それが良くなかったんですね。初めては痛いものだと思っていましたが、何度やっても痛いまま。彼のほうは、何回か気持ち良くなったら、それでシャワーを浴びておしまい。始めから、セフレ目的だと気づいていれば良かったんですけど、私もそこが分からなかったんです。」
「なるほどね、初心な少女にありがちな思いを利用されたってわけだ。」
「そのうち、本当に私のことが好きなのかと疑問に思うようになって、ある時、行為中に聞いてみたんです。その頃には、もう行為中ぐらいしか、口を聞いてくれなかった。予想通り、私は性的な関係でしか見られていないと分かりました。多分、体の相性は最悪だったから、私はずっと痛いままのエッチを繰り返し、彼を満足させるだけになっていたけど、それでも振り向いてくれると思って、続けていたんです。」
「恋は盲目というやつですね。センパイも、そんなことを良く言いますよね。」
「そして、私はこの人のおもちゃにされるのが耐えられなくなり、別れを切り出したんです。その話の最中に、公衆の面前で、平手打ちを何回もされ、警察が呼ばれる事態になります。彼は暴行犯で逮捕されるんですが、初犯で、私も被害届を出さなかったことで、彼はすぐに釈放。それからは大学でストーカーのように付きまとわれ、空き教室でレイプされるようなこともありました。その時に被害届を出し、彼は再逮捕されるんですが、被害届けを提出する時、私は警察署に両親に付き添って貰ったにも関わらず、その場で全身の震えが止まらなくなり、医務室から、病院へ搬送されることになったんです。精神的な問題でした。その時は、父以外の男性を見ると、震えが止まらなくなってたんです。弁護士を挟んでもらい、彼には接近禁止と、少額ながら慰謝料を頂きましたが、その後1ヶ月ぐらいは、大学に通えなくなりました。それからは、精神科でカウンセリングを受けつつ、最低限だけ男性に関わるに生活をしていました。でも、さすがに就職活動までには直さないとと思うと、やっぱりプレッシャーになりましたが、男性を避けられない以上は、私も会話ぐらい出来るようにと、色々練習をしました。大学の友人で、事情を知っている子も何人かいましたし、その子の彼氏さんたちが協力してくれて、克服するためにと話すうちに、受け答えぐらいは出来るようになったんです。」
「よく頑張ったわね。あなたが備品係で耐えられたのは、その経験が大きいわ。普通なら、泣き寝入りどころか、一生外に出られない女性もいる。強い子なのね。」
「あらかじめ、そういうことがあったという事情をお知らせしたうえで、私は就職活動をしました。大半の会社は、問題を起こしたくないからとお断りされてしまったんですが、この会社はそれでも入社を認めてくれたんです。その後は、お二人が知っている通りです。」
「だって。センパイ、私達も配慮が足らなかったんですかね。」
「いえ、お二人には隠していましたし、私はそれでも、最初に女性だけの部署と聞いて、会社が配慮してくれたのだと思っていたんです。」
「でも、現実は違っていたと。まあね、あなたより前の備品係は、だいたいやめちゃったからね。私達以外は残れなかったから、必然的に私達だけの部署になっちゃったって話よ。だから、あなたはその中でも、良く頑張った。しつこいおじさんだけじゃなくて、きっとあなた目当ての若い社員も来ていたけど、その中で必死に対応したじゃない。」
「それで良かったんですか?あの頃、先輩達は、私をどういうふうに見てました?」
「そりゃ、最初は心配だったけど、君が入ってきたから、うまく備品係も動けてたってことも実感出来た。いつまでも心配してるのはどうかなとも思ってたけど、センパイと二人でその辺はフォロー出来たし、男性恐怖症なんて、普通にいると思うよ。怖い思いをしてまで、色々自分で努力してきたんだから、それをどうこう言うことは出来ないでしょ?」
「私に振るな。でも、コイツの言ってる通り、あなたがいてくれて、助かったのは事実。そうじゃなきゃ、私達はもっと勝手に動いてたわ。私も、コイツも、人を育てるっていう経験があまりないから、いまでも正しかったかどうかは分からないのよね。でも、その後のあなたを見てると、私達がやってたことは無駄じゃなかったと思える。」
「今は今で幸せです。社内の不特定多数の人間に晒されることはほぼなくなりましたし、メンバーはほぼ固定されていますからね。あとは、みんな私の両親より年上だから、安心出来るんです。孫みたいだって。先輩が娘って言うのも、同じような感じだと思うんですよね。」
嘱託社員のことを言ってるのだろう。会社からは切る対象にはなっているけど、こういう形で、若い人の心のバランスを取っている。私が部長である以上、補佐、そして社長や役員を説得する材料にも出来るとは思うけど、少なくともあと数年、彼女達を安心させる人員がいる。留めることが出来るだろうか?
「それは、あなたの仕事ぶりをみんな見てるからよ。今の話、私達以外にしたことって、多分事情を知ってる何人かでしょ?」
「今知っているとすれば、多分部長補佐。あとは、社長だと思います。事情が事情なだけに、そういう話は行ってるんじゃないでしょうか?」
ああ、そういうことか。良く考えれば、私のワガママを会社の代表が通すわけがないわね。取引に使ったとは思いたくないけど、最初からこの子を私に預ける算段を立てて、その上で彼女ごと人事部に連れてくるというのは、織り込み済みだった、と考えるのが妥当か。そして、私には守秘義務があるから、人事部に移る話は出来ても、連れて行くという話は最初から出来ないようにして、あとから本人には知らせる。そのときに、私の希望と言えば、この子は断らないと踏んだのか。後付けの説明かもしれないけど、そんなことも彼らは考えてたに違いない。それか、彼女を総務部に在籍させられない、社内政治的なこともあったのだろう。ま、事情が事情なだけに、過ぎた話で片付けるか。
「それで、今は大丈夫になったの?君を社内で狙っている若手は、少なくとも何人かいると思うよ。備品係は、こういう時に名が知られるから、大変なんだよね。」
「あら、アンタはそんなことあったっけ?」
「私はその辺のあしらい方も、先輩ほどではないですけど、身につけてましたから。それに、先輩だって悪い男に捕まった経験、あるでしょ?」
「え、そうなんですか?」
「話したことないんだっけ?私は27歳のときに、DVを受けているのよ。当時付き合ってた...いや、向こうはそうとも思ってなかったけど、そういう男性がいたのよ。彼は社会的にはよく見える人間だし、私も人並みにそういう男性が好きだった。でも、現実は違っていた。裏で何股かよく分かってないけど、私をコレクションにしたかったみたいなのよ。そんな男性に、私の初めてを奪われたわけよね。でも、後悔はしなかったの。少しでも彼を愛してたし、いつまでも寄り添えると思っていたから。」
「でも、手を挙げられたわけですよね?被害届は出さなかったんですか?」
「示談金だったかな。彼は既婚者でありながら何股も掛けてた人。当然本妻の怒りは凄まじいものだったけど、同時に社会的な地位のあることとは切り離したかったという点もあって、本妻が丁寧に一人ずつに頭を下げていたと聞いている。で、結局私が味わったのは、初体験への高揚感と、自分の立ち位置への認識の甘さ、そして、自分は特別な存在になるためにどうしたらいいか?という考え方ね。幸い、身体に傷が残ったわけでもないけど、この時に若気の至りで脱毛しちゃったのよ。若干の後悔はあるわ。」
「私と、何が違ったと思います?」
「そうねぇ。私は本気で好きだったから、どうされてもいいとまで思ってた。これが良くなかったのよね。そして、知らなかったとは言え、本妻がいる人と、不倫をしてしまったこと。ま、幸いに社外だったし、この話をするのも、コイツに話した時以来よね。まったく関係のないところだったから、私は今も会社に残れている。あとは、寄り添えば、私の気持ちを受け止めてくれるとも思ったのよ。独りよがりで、自分勝手な思い込みだった。」
「精神的には大丈夫だったのですか?」
「そりゃ、失恋したって、仕事はしないといけない。備品係はこれと言って忙しい場所ではなかったから、気持ちの整理と、あと八つ当たりも出来たしね。気持ちを空っぽにしてトレーニングを始めたのもその頃。天涯孤独になってしまった私が、甘い言葉で付け込まれて、結果的に性的DVまで受けた。それを振り切るには、一人で強く生きるしかないと考えたわけよね。」
「当時、人事部にいた社長が閑職に追いやったみたいな話がありましたけど、適材適所を考えてた結果、当たったわけですよね。」
「私だって、最初はビクビクしてたわよ。明らかに私目当てな人間がいることが分かってきたから、感情に蓋をする努力をした。だけど、プライベートでそういうことがあった上に、アンタが入ってきたことで、私は猫を被るのをやめて、口の悪い人間にでもなろうと思ったのよ。その頃、私は示談金を元手に、東北と東京を毎週のように行ったり来たりして、東北で強く、たくましい人たちと出会えたし、そこで言葉遣いも変化してきた。いっそ感情は出しても、どうやって追い返すかを考えたのよ。ボランティア活動には当然体力もいるし、トレーニングも十分役に立った。そこで自信をつけて、震災があって、現地に入ってお手伝いしながら、現地の人と親しく寄り添うことが出来たから、アンタが入ってきた時にはそれを実践してみようかなと思ったのよ。で、成功例になったわけ。少なくとも、25歳に初めての後輩が備品係に入ってきてから、コイツ以外はここの仕事になじめなかった。」
「変な仕事ですからね。レポート作成は先輩がやるとしても、在庫合わせも、発注も、備品を誰が持っていったかを調べるのも、備品係の仕事でしたからね。手書き台帳ってw」
「で、話を戻すけど、今の貴方に必要なのは、本当なら誠実な同世代の男性だと思うのよ。でも、この前の、コイツの結婚式の時、うちの旦那には拒否反応を起こさなかったのよね。」
「だって、旦那さん、すごく可愛いじゃないですか?それに、面白いように色々言葉が出てくる。私の人生にはいなかった人です。」
可愛い...う~ん、毛づくろいしてるクマみたいな感じだけどなぁ。この子の人生にも、コイツの人生にも、あんな社会不適合者と会う機会はおそらくなかったはず。あの人が量産されてたら、世の中はきっとおかしくなる。だから、ユニークなんだけどね。ユニーク?いや、異質か。
「とは言っても、うちの旦那じゃ駄目ね。参考にならない。それに、彼にはいらない心配を掛けたくないのよ。あなたにも、アンタにも、あの人は喜んで助言をする。だけど、それが自分の責務だと思い込んで、だんだんとプレッシャーになっていく。一時的なプレッシャーには強いけど、継続的なプレッシャーが掛かると、あの人は今度こそ壊れる。壊したくないとは思ってるし、壊れた時に、元に戻すことが出来ない。今のあの人は、二人が知ってる人じゃないの。」
「でも、雰囲気も含めて、カメラ越しと、この前の本人は、違いを感じませんでしたよ。」
「それが厄介なのよね。彼の本心を知ることは、私達家族ですら難しい。読めない部分を話してくれるならいいのだけど、あの人の思いやりなのよね。それで、一人で抱え込む。私達はそれを聞き出して、しっかりと建て直さなきゃいけない。毎回この繰り返しよ。」
「本当に優しい方なんですね。優しすぎるゆえに、そんな悩みを抱えてしまうなんて、辛いんでしょうね。」
「私も知らなかったのよ。だから、娘には無償の愛というか、なんとかしてあげようとする気持ちが高まって、色々やってこれたのよね。でも、それを私と支えるようになったら、駄目になっていく。不思議な人なのよね。持ちつ持たれつとは言うけど、何かに依存することで出来ることが多い。娘を育てることで、娘へも依存していったってわけ。」
「センパイも、頼りにされるのは、嫌いじゃないでしょ?」
「まあね。私が敵わないと思っている人間は、うちの家族。旦那と娘だと思ってる。私も二人を愛してるから、そこに付け込まれるのも織り込み済みで生活してる。」
「ビジネスライクというか、事務的な考え方ですね。本当に結婚生活、楽しいんですか?」
「ひとりじゃないだけで楽しい。誰かと気持ちを分かち合うのは、いいものだって思い出させてくれた。長い間、家族のいなかった私に、新しい家族として迎えられたから、私は結婚出来た。アンタはいいタイミングで結婚したと思うわ。十分に独身を楽しんだでしょ?」
「それを言われると、満足はしてないですよ。だけど、今まで付き合った人の中で、私はあの人と一緒に生きていけると確信出来たから、ずっとプロポーズを待ってたんですよ。」
「やっぱり、何人かと付き合ってみないと、分からないものなんですか?」
「君の場合は完全に事故に遭ったようなものだよ。トラウマまで植え付けられたら、人生面白くなかったでしょ?でも、色々克服しようとして、努力してきて、今の仕事の同僚なら普通に話してるじゃん。今までの話を聞いた上で、あの状態まで回復したんだったら、そろそろいい彼氏と付き合ってみたくなる気持ちも分かるよ。」
「でも、怖いのよね?まして、同世代で父性のあるような男性はほぼいない。それにしたって、うちのあの人に父性があるとは思えないのよね。」
「多分、私はあの人に恋してるんだと思います。先輩の旦那さんなのに、多分好き...なんだと思います。」
「それならそれで、あの人と付き合ってみればいいじゃないの?」
「軽いなぁ。いやいや、センパイの旦那さんですよ?」
「だからよ。あなたがあの人に父性や憧れを感じるのも分かる。でも、あなたが思ってるのは彼の表面的な部分で、さっきも話した通り、本当の彼はあなたのために自分を破滅に追い込む。あなたに、それを支える覚悟があるなら、私はあなたに彼を預けてもいいと思ってる。まあ、妻失格よね。」
「しかし、君も大胆なことを言うね。センパイの旦那さんが好きって。」
「私は、今はまだ、守られるだけの人間で、先輩の旦那さんは、私を守ってくれる。なぜか、確信出来るんです。」
「そりゃぁ、守るわよ。あなたみたいな可愛い子が彼女ってだけで、きっと全力になってくれる。ただ、彼にも同じようなトラウマがある。彼は相手を愛することが出来ないと、当時同棲していた人に言われて、出ていかれた過去がある。私もいつか愛想がつく可能性だってある。」
「そっか、そうですよね。先輩のような人が奥さんで、可愛い娘さんもいる。私の入る隙はないですよね。」
「それは、彼に彼氏を求めるか、父親を求めるかによると思う。少なくとも、父親だったら、あの人は十分にあなたにアドバイスをしてくれると思うわよ。彼氏だと手に負えないどころか、またあなたにトラウマを与える可能性だってある。そんなことをした時に、私はあなたに顔を見せられないわ。」
「恋愛出来るような人じゃなさそうですけど、恋って部分では物足りなそうですよね?」
「アンタには分かるのね。私だって、あの人が壊れて、初めて大切な人だと思えるようになった。私が先に壊れていたら、私は多分あの人から身を引いてたとも思う。」
「センパイの旦那さんって、実際に天才肌ですけど、置かれた状況下が厳しければ厳しいほど力を発揮しそうなタイプですもんね。例えば、君が襲われたりした時、敵わないと思っても、体を投げ出しちゃうと思うんです。結果、彼は外傷を負い、君は自分を責めちゃう。もちろんそうなることはないと思うんだけど、明らかに無理なのに、無理を押し通して、フィフティ・フィフティで成功させてしまう。代償があるにせよ、君が望むことを叶えるために、自分を犠牲に出来ちゃうと思う。」
「私が彼に何も言わないで、素直に甘えたり、甘えられたりしてるのは、自分たちで自分たちを追い込む行為をしてしまったことが教訓になってるの。私の夫を好いてくれてるのは嬉しいし、あの人に当てられた空気で恋に落ちるのも、私が経験していることだからよく分かる。」
「旦那さんの事情を知らなかったですけど、心を病んでしまう人。私と同じですね。」
「そういう点で分かり合えるところはあるかもしれない。共感出来ても、それで終わってしまう関係だと思うのよ。一緒にいることが、一時的な癒やしになるとしても、例えばあなたの次の恋愛に活かせるような体験を、彼がさせてあげることが出来ない。むしろ、甘える傾向が強くなってしまうこともあると思うの。」
「私に足りないのは、初恋みたいなことなんですか?」
「雰囲気で付き合うっていうのは、別に悪いことではないと思うけど、恋愛強者の意見は?」
「私に振ります?センパイはずるい。う~ん、ノリと勢いでなんとなく続いた恋愛も楽しかったし、今のセンパイ夫婦のようなお互いに求めて支える関係もいいと思うんです。贅沢を言えば、たまにドキドキするけど、日々は落ち着いた生活が出来る相手。その贅沢を叶えてくれたのが、今の旦那ですね。」
「好きなんですよね?」
「うん、好き。だけど、まだ愛してますとは言えない感じかな。すでにお互いのことはだいたい分かるけど、ふたりとも奥手だからね。彼は、今でも一緒のベッドで寝るのですら気恥ずかしいって言ってるし。私はたまに襲ってきても怒らないぐらいには覚悟してるんだけど、お風呂場で鉢合わせしたらさ、私のほうが堂々と裸を晒してて、彼が恥ずかしがる。センパイの家庭ってそんな感じなんですか?」
「二人が引くレベルで大っぴらに生きてる。定時退社して、そのまま二人でお風呂でしたりして、娘に怒られるなんて普通だし。むしろ、この歳になっても、自分の体で興奮してくれる夫が異常なのよ。あ、それを言ったら、家に帰って、誘っちゃう私も人のことを言えないか。」
「娘さん、苦難の道だなぁ。」
「でも、それが私達のリアルよ。どう思う?40過ぎたおじさんとおばさんがエッチでキャッキャしてるなんて、世間では気持ち悪いわよ。」
「君は見てないけど、センパイの体はちょっとおかしいよ?昔、保健体育の授業で出てくるような、大人の見本みたいな体付き、しかも全ての部位が引き締まってる上、肌年齢も恐ろしく若い。40代なのに、20代前半なんでしたっけ?」
「ま、私はある意味特異体質と長年のトレーニングのハイブリッドだから。私より努力した結果、同じ年齢でも魅力的な人も多いわよ。私は特に何も目指しているわけじゃないしね。」
「けど、私が好む男性のタイプは、先輩の旦那さんのような人だと思います。」
「見つかったら苦労はしないよ。でも、身近な人に相談出来るようになったのは、大きな一歩だと思うよ。」
「そうね。あなたの身の上話を知らなければ、私達もこういう話は出来なかった。まあ、うちの夫を好いてくれるって時点で、相当な変わり者だと思うけどね。」
「能ある鷹は爪を隠すってやつですか?その割に、穏やか過ぎて、本当に実力が発揮されるか、ちょっと気になりますけどね。」
「アンタが言う?一番助けられてるくせに?」
「私が怖いと思ったのは、それを特別なことではないと言い切ってしまうところなんです。センパイの旦那さん、天才肌だから危ういということが、良く分かりましたもん。」
「とはいえねぇ。私達はもうミドルエイジだもんね。あなたが26歳でしょ?うちの娘や、あの子達のほうが近いわよね。3人並ぶとキャラが被らないし。」
「二人は彼氏持ちなんですよね?恋愛中ですよ?」
「う~ん、ちょっとややこしくなるから、その辺は濁す。片や乗り気ではない、片や周りが見えないから。」
「1年付き合って進展がないんですよね。よく彼氏が我慢してますよね。」
「でも、ああ見えて可愛いところをよく見せるようになってきたと思う。砕けた言葉とか、使うようになったでしょ?」
「センパイ、あの子の親ですか?」
「まさか、本当の母親がいるし、私とは違う生き方をした人だもの。私は悪いことを教えているだけ。」
「私も先輩に悪いことを教えて欲しいですよ。」
「あなたは悪いことを教えなくても、堂々と可愛くしてればいいの。正統派の可愛い女性、それがあなたのリアルよ。あとは、あなた次第。物怖じしなければ、あなたにも彼氏なんてわんさか出来るわよ。そこからあなたがどうやって彼氏を選ぶのか。コイツみたいに感覚でもいいし、私みたいに甘酸っぱい思い出に馳せたいだけでもいい。それは、あなた次第よ。」
「心配なのは分かるよ。でもさ、相手も当然君の境遇を知らないんだから、一緒にお互いを知っていってから、合う合わないを考えればいいだけだよ。私はノリで寝て、それで付き合ったことだってあるんだしね。」
「陽キャよ。私とは相容れない。」
「センパイは陽キャですよ。自分で陰キャだと思ってるだけです。」
「私、先輩達みたいに、結婚して幸せになれますか?」
「結婚生活って案外幸せじゃないのよ。結婚は節目であって、人によってはそこが最高潮になる人だっている。それに、結婚は既成事実で、結婚生活は言い換えれば同棲。私はあなたが本当に自分を愛してくれる相手と幸せに暮らせるなら、結婚しなくてもいいと思ってる。それをあなたがどう思うのか?よね。」
「センパイの言ってることはもっともだと思う。それに、こういうことを言うと可愛そうかもしれないけど、ただなんとなく付き合ってみた時、ちょっと人生に希望が持てたりしなかった?」
「舞い上がってた自分がいたと思います。今思うと、情けないと思いますけど。」
「情けないとは思わないよ。希望が持てたら、舞い上がるに決まってるもん。ま、そんな私も、出会いと別れを繰り返し、落ち着いた彼と結婚することになった。火遊びそこそこ、癒やしそこそこで、長く暮らしていくには、穏やかに過ごせる相手がいいって思ったから、結婚したんだよね。」
「案外考えてたのね。プロポーズを1年待っている間、ソワソワしてたり、変に落ち込んだり、案外アンタも繊細な子だと思ったけどね。」
「センパイがいう?あんなに優秀な旦那さんをぶっ壊しちゃうぐらい働いちゃったり、そっくりな娘さんがいたり、それが当たり前だと思ってるほうがおかしいですよ。」
「そうよね。やっぱり、色々責任を負う立場になればなるほど、人間には余裕がないわ。その余裕を埋めてくれる相手が、今あなたに必要な相手だと思う。残念だけど、うちの夫にも余裕はないだろうから、あなたに不幸な目を合わせてしまう。でも、今の若い人に、そんな度量のある人がいるかしらね。ま、その愛らしさだけで、相手はよりどりみどりなんだから、少しはえり好みしてもいいと思うわよ。なんなら、私と一緒にトレーニングして、体も仕上げてみる?」
「あの、センパイは本気で彼女をどうしたいんですか?完璧超人はセンパイだけで十分なんですよ。」
「でも、お二人がいうように、私の容姿は武器になるってことは分かりました。私の経験不足が、あんなことになったんだって思えば、今の私は、もっとうまく相手を選べるかもしれないです。それがセンパイの旦那さんみたいな人だったら、嬉しいです。」
「前向きになってくれて嬉しいわ。でも、長い道のりだから、ゆっくり進んで行けたらいいわね。」
「ちょっと嬉しいですね。センパイ。」
「アンタの結婚で、若い人がまた恋愛や結婚に憧れるのは、やっぱり今の時代っぽいわよね。」
「そうですか?人生の岐路をお祝いしたい気持ち、それに憧れる気持ちって、私はずっとありますよ。」
「うん、そうなんだけどね。今の経済情勢を考えるとね、結婚式が出来るのは、非常に恵まれた環境にあるってことなのよ。」
「え、センパイが結婚式をやらなかった理由って、年齢以外にもあったんですか?」
「私も女だから、結婚式には憧れてた。けど、私達の場合は、事情が事情なだけに、結婚式をするという考えは浮かばなかったのよ。それで、ウエディングフォトだけでもと残しておいたし、知っての通り、結婚指輪をお互いにしてない。これも二人で決めたこと。私は生活にある程度余裕があったけど、彼はあの娘を育てるために、借金までしてしまった。デキ婚みたいなものだし、指輪の話まで気が回らなかったのよ。」
「結婚指輪は、誓いの証みたいなものですけど、センパイはそれで良かったんですよね。」
「今は良かったと思ってる。それに、私達はまだ結婚生活をしていないのよ。あの娘が幸せに暮らしているうちは、私達はそれぞれに支え合って生きようって。結婚生活と同義かもしれないけど、私は、まだ結婚生活をしてると思ってない。あの娘が親離れした時、私達の結婚生活が始まるのかな。当分はあの娘が離れてくれないわね。」
「この2年、怒涛の展開でしたもんね。先輩は突然人事部に行くことになったわけですし、私も先輩と人事部に移ってなければ、多分会社を辞めてたと思います。」
「でもね、アンタがその中で、プライベートで結婚出来るまで、きちんと準備して、無事みんなに祝福されたことで、私は身内でもないのに、少し安堵したのよ。嬉しかった。」
「......センパイ、なんでこういう時に、そういう話するんですか。私、泣いちゃいますよ。」
「付き合いだけで言えば、アンタとの付き合いが、今までの人生の中では一番長い。この前も少し話したけど、私が名ばかり上司になって、アンタがついてきてくれたこと、頼りになることを知って、この子の面倒もしっかり見てくれた。だから、かかわりはあるにしろ、私はこの子を連れて、安心して人事部へ飛び込んで行くことが出来たの。まあ、そこで新卒で入ってきたあの子が予想外過ぎたってこともあるけど、そんな中で、結婚までたどり着けて、ちょっと親心ってのが分かったのよ。それを、今、娘に実践してる。」
「センパイ、もうハシゴしてた私達は、いなくなっちゃったんですかね。」
「それは別。お互いに家庭が出来たけど、許してもらおう。二人でハシゴ出来る時も、四人でハシゴ出来るときも、まだまだたくさん機会はあるわよ。そうしないと、私達は誰かが脱落してしまうと思う。この子が相談してきたように、私だってあなた達に相談したいこともあると思うのよ。それを会議室や休憩室でするのは、やっぱり気が張るわ。」
「先輩は、私達のお姉さんですよ。これからも、私の姉でいて欲しいです。」
「あなたは娘だと思ってるわよ。今からでも遅くないから、私の娘になってちょうだい。」
「それは無理です。あんなに素敵な娘さんがいるじゃないですか。でも、私も甘えさせてください。」
「もちろん。あなたのためなら、私達は協力を惜しまないわ。夫も、あなたを気に入ったみたいだしね。」
「......。」
「どうしたの?急に静かになっちゃって。」
「複雑な心境なんです。センパイの信頼に、私が応えられているのかって思っちゃうんです。」
「いらない心配はしない。アンタは十二分に応えてくれてる。私に採用権はなかったけど、私の後任を1年、そして今は面倒くさい連中をまとめてる。結婚生活は、そのご褒美だと考えればいい。それは、紛れもなくあなたの力。それに、私の信頼じゃなくて、会社の信頼よ。社会的に認められてるのだから、自信を持ちなさい。」
「センパ~イ、もう、ダメ、ちょっと胸を貸してください。」
珍しく、彼女は私にすがりつき、私の胸に顔を埋め、小声ですすり泣きを始めてしまった。私も、彼女の頭を撫でてしまう。あ、これはあの人や、娘と同じ感覚だ。私の中で、この子も、大きな存在だったのよね。
「あなたはよく頑張ってるわよ。これからは、旦那さんにもちゃんと甘えて、いい結婚生活と、いい仕事をするの。分かった?」
「ひゃぃ...グス...センパィ...。」
この子が泣くなんて、いろいろなことを背負って、よほど気を張ってたんだろうな。まったく、可愛い後輩よ、アンタは。結婚式で泣かないで、こんなところで泣くなよ。
「いいなぁ。私が先輩の胸で泣きたいと言ったら、貸してくれますか?」
「当たり前じゃない。仕事中でもいいわよ。」
「それは...、さすがに遠慮します。でも、弱音を吐いてしまう時もあると思うので、その時は聞いて下さい。」
「毎日吐いて。それを聞くのも、私の楽しみ。なにも、親だけに助けを求めなくていいのよ。ドラえもんにでも相談してあげなさいな。」
「私と旦那さんで話すって、それじゃあ、浮気だったり、密会だったりしますよ。」
「そう言われれば、そうね。やっぱり、私はその辺の感覚、少し狂ってるのかしらね。」
私こそ、この子達の期待に応えてる?君や、あの娘の気持ちに応えてる?
私は、一体何者なのだろう。優しくなってしまう、この気持ちは、どこから生まれてくるのだろう。
少なくとも、まだまだ私は必要とされている。必要とされなくなっても、君と一緒にいられる。私は、私にしかなれないから、それで安心しよう。
それにしても、......う~ん、困ったなぁ。落ち着いてくれるといいんだけど。なんか、コイツの旦那さんに、申し訳が立たないわ。
つづく




