Life 105.5 ビギニング
その夜。私達は、たまたま空いていたホテルのツインルームで、一緒に泊まることになった。
初対面の人と、流れとはいえそのままホテル...。事情が事情だけど、まさか女性とワンナイトすることになるとは思ってなかった。
「ごめんなさい。娘と一緒にいた流れでこうなってしまって。」
「いえ、私こそ注意力不足でしたから。ご厚意はしっかり受け取ります。お邪魔じゃなければいいのですが。」
「そんな。邪魔なんてことないよ。それとも、私と一緒の部屋は、嫌?」
「それは...、ちょっとだけうれしいです。もう少しだけ時間を共有出来ますし、もっと話をしたいです。」
「そう。それならいいんだ。あなたが家に帰るまでは、僕らが責任を持つから。まあ、とは言えだよなぁ。」
オトーサンがちょっと困った顔をしている。何か、言いにくいことでもあるのだろうか?
「どうしたの?」
「いや、さすがに午前中に、そのパーティードレスで街を歩くのは、嫌かなと思って。」
「大丈夫です。お気遣い、感謝します。」
「家族には連絡してね。もし不便なことがあれば、話してくれていいからね。」
「ありがとうございます。そうですね、まず家族に連絡します。」
「じゃ、君もあんまり困らせないようにしてね。」
「任せといて。今日は眠らせないんだから。」
「まあ、ほどほどにして、寝るようにしてね。」
「うん...、大丈夫...。明日は何時になるか分からないけど、帰るから...。うん、分かった。」
お母さんかな。女性の声が聞こえる。そっか、お母さん...。私にはもう両親はいないだっけ。ずっと一緒に暮らしてる人がいるけど、家族で、親ではない。親代わりか。
「あ、ごめんなさい。つい話し込んでしまいました。」
「気にしないで。なんか、ちょっと自分のことを考えちゃった。」
「不安そうな顔をしていますけど、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。私、当たり前が、今になって、当たり前になってなかったなって。」
「細かい事情は聞きませんけど、そんな顔をしないでください。私も不安になってしまいます。」
あ、これが、彼女の言っていた、私の場を支配する空気ということなのか。二人も、こういう顔をしてる私を見て、励ましてくれたっけ。でも、ここはから元気でも、気持ちを強く持とう。泣き言は、二人に聞いてもらえばいいよね。
「ごめん、大丈夫。それより、その...、ちょっとコンビニに行かない?」
「はい、行きましょう。でも、もう0時過ぎですよ?」
「う~ん、あんまり大きな声では言えないんだけど、その、ちょっと汗ばんじゃってるから、下着が欲しくて。」
「そうですね。私も欲しいかも。」
「それと、ちょっとした夜食だね。ちょっとだけ、シャワーを浴びた後に、話の続きをしたいし。」
「小腹が空いては力が出ないですし、不安にもなりますしね。一緒に買いに行きましょう。」
おねえちゃんからLINEが入っていた。ごめんだって。そう思うなら、ホテルに泊まるほどお酒を飲まなければいいのに。それにしても、よくホテル取れたなぁ。
ガチャっとユニットバスの扉が開いた。彼女がパジャマを着て、出てきた。え、すっぴんなのに、まったく顔が変わらない。どうしたら、ノーメイクでも整った凛々しい顔になるんだろう。これは、生まれつきのものだよ。おねえちゃんのようなチート能力ではない。チート?能力?ま、いいか。
「お待たせしました。シャワー、使ってください。」
「ありがとう。少し外すね。あ、おねえちゃんが、ごめんだって。」
「先輩、大丈夫なんですか?」
「返事が出来るってことは、多分大丈夫。それよりも、オトーサンが心配。」
「介抱してるってことですか?」
「ううん、お酒の残ってるおねえちゃんは、大抵絡んでくるんだよね。しかも、そういう時は、性欲まみれだからね。」
「あっ、そういうことだったんですね。」
「きっと、おねえちゃんのことだから、今頃はオトーサンと仲良くしてると思う。苦情が入らないといいんだけどなぁ。」
「苦情?なんか大変なことになるんですか?」
「それはナイショ。じゃ、シャワー浴びてくるね。」
私もパジャマと下着を持って、ユニットバスに入った。あ、パーティードレス、どうしようかな。
シャワーを浴びている間、私はある意味で緊張していた。一つは、壁越しとはいえ、あの人のいる部屋で、裸になっていること。それともう一つ、あの人とあと9時間ぐらい、同じ部屋にいること。別に気にすることではないのかもしれないけど、昨日まで面識のない人だから、迷惑をかけるようなことは出来ない。そう思うと、なぜか緊張してしまう。
おまけに、化粧を落としても、変わらない顔。私は一晩をこのまま緊張しながら過ごすの?無理だよ。
「ふ~、気持ちよかった。お待たせ。」
「大丈夫です。ちょうど夜食を完食したところでした。」
見ると、さっき買ってきた夜食のオムライスの容器が空になっていた。ファミレス行ったのに、ずっと飲み物しか飲んでなかったし、お腹減ってるよね。
「あ、ごめんなさい。一緒に食べたかったですか?」
「ううん、気にしないで。私も夜食、買ってきてるじゃん。それに、オトーサンの言う通り、あまり遅くまで付き合わせられないよ。」
「そうですか。ごめんなさい、私、あまり気が利くタイプじゃないので。」
「そんなことない。起きててくれたもん。私の友人は、こういう時、先に寝ちゃうんだ。」
「それぐらい、あなたに心を許してるってことですか。」
「そうなのかも。そういう考え方は、あまりしなかった。」
「きっと、安心するんですよ。今のあなたを見て、私も安心しました。さっきの不安そうな顔より、ずっと楽しそう。」
「楽しみ。夜中、ガールズトークするなんて、考えてもいなかったから。」
「ガールズトーク...、う~ん、経験がないです。」
「じゃあ、初めてだね。いいのかな?私で。」
「いいに決まってます。」
「じゃあ、初めてを奪っちゃおう。さっきのお返し。」
「あっ、こういうやり取り、やっぱり先輩ですね。」
「そりゃ、私はおねえちゃんだからね。ある程度はおねえちゃんと同じだと思う。」
「それにしては、その...、下着を付けてないのですか?」
はっ、しまった。いつものクセで、ノーブラでパジャマを着てしまった。慌てて胸を隠す。
「...ごめん。恥ずかしいけど、少しこのままにさせて。」
「ごめんなさい、辱めたみたいになってしまって。」
「私がクセでそうしちゃっただけだから、気にしないで。」
「そうは言いますけど...、その、やっぱり大きいですよね?」
「...うん、ここ2年で、どんどん大きくなってきて。」
「そうですか。すごく無防備で、心配になります。」
「う~ん、やっぱりそう思うんだ。みんなに言われる。無防備過ぎるって。」
「あなたは、男性には魅力的に映るんですよね。私はどう見られているのでしょう。」
天然なのかな。容姿に恥じないようにと言いつつ、真顔でそういう心配をする人がいるとは。
「大丈夫。すごく魅力的だよ。なんでこんなに魅力的な女性なのに、今の彼氏さんしか声を掛けてこなかったのか、すごく不思議。」
よくよくこの人を見てみると、顔の作りは違うけど、髪型は私と同じく黒髪のロングヘアー。そして体形はスレンダーで、おねえちゃんの体に近い感じ。そりゃ、濃紺のパーティードレスを着こなしちゃうような人だもん。パジャマを着てるだけでも、見栄えする。
「変なこと聞いていい?身長ってどれくらいあるの?」
「今はわかりませんけど、高3の時から変わってなければ、160cmです。」
「あ~、そういうことか。だから、そう見えるのかな。」
「何を納得してるのですか?私に言えないこと?」
「言えること。どうも、誰かにシルエットが似てると思ってたら、おねえちゃんだ。」
「先輩ですか?そんな...、私は先輩よりずっと貧相な体形だと思います。」
「だって、毎日見てる私が、なんでこんなに親近感があるのかと思ってたけど、よく社内で間違えられない?」
「先輩はスーツですから。私はオフィスカジュアルなので、間違われることはないです。」
「そっか...。う~ん、私だけにそう見えるのかな。」
「先輩はカッコいいです。恐れ多くて、私が並び立つような存在じゃないですよ。」
「それを言うんだ。あなたも、私にはすごくカッコよく見える。見てくれだけじゃないカッコ良さがあると思う。」
「そう見えるんですね。少し、照れますね。」
悪魔の微笑みともいうか。恐ろしいぐらい、凛々しい表情とにこやかな表情のギャップにやられそうだ。この人は無意識なのだろうけど、それを素直に見せられるような存在が、ほとんどいないのかもしれない。親か、おねえちゃんか。
「ずるいなぁ。カッコいいのに、すごく可愛い。」
「えっ、可愛い...ですか?」
「そのクスッっと笑った顔、反則だよ。」
「そうなのですか?意識したこと、なかったです。私、笑ってますか?」
「すごく楽しそうに笑ってるよ。私じゃ絶対に勝てないよ。」
「そんなことないです。あなたは先輩にない可愛さがありますよ。先輩も可愛い人ですけど、あなたはもっと無邪気で可愛い。そちらこそ、ずるいです。」
「そっか。もしかして、お互いに自分のこと、あんまり知らなかったりするのかな?」
「なるほど、言われてみると、そうかも知れませんね。」
う~ん、イマイチ分からないなぁ。この人は、妙なところは鋭いのに、自分のことは無意識だ。さっきも思ったけど、冗談を言ってるように見えて、実は無意識に言ってるのかも。自分の容姿を理解してたり、それに恥じない努力をしてきたとは言ってるけど、それも実は無意識にやってて、誰かに教えてもらったのかも。美人とお近づきになりたいとは思う人は多いと思うけど、多分誰も教えるような人はいないと思う。ということは、お母さんに言われてたのかもしれない。私は普段、二人に、いやらしいけど、素直で無邪気ないい娘と言われている。だから自覚出来ている部分がある。この人も、きっとお母さんに言われて、自覚してるのかな。
「モテたことがあんまりないって言ってたけど、どういう学生時代だったの?」
「そうですね、なんというか、私は、まず見た目で色々言われることが多かったです。なぜか、女性のほうが、黄色い声をあげるんです。」
「その気持ちは分かる。同級生にこんなカッコいい女の子がいたら、私だって最初は驚く。」
「そうなんですか?う~ん、そこがよく分からないです。そのうち、私の周りで色々世間話をするようになるんですが、私はそこまで興味がなかったものでして。」
「ただ頷くだけでも絵になるもんね。それに、色々教えたかったのかもね。」
「多分、あなたとそれほど変わらない学生だったとは思うのです。カラオケに誘われれば行きましたし、ファミレスで試験勉強もしました。」
「あ~、逆に私がしたことないやつだ。カラオケは見つかったら停学だったし、ファミレスで勉強なんて、大学生になってからだし。」
「......意外です。あ、そっか、高校時代は母と同じ時期だから、今ほど自由ではなかったのですね。」
「まして、私は私立の女子高だったからね。親も勉強ばっかりで、高校2年から、ずっと放課後は塾で授業を受けてたよ。」
「受験戦争という話を聞きますけど、先輩たちの時代は、そんなに厳しい時代だったんですね。」
「私達の高校時代って、まだ21世紀じゃなかったから、親は、いい大学に入れば、いい会社に入って、一生安泰だって言われてたの。」
「今はそういう人生設計は出来ませんよね。」
「本当に、どういう生き方をするべきか、20年も違うとわけが分からないんだよね。でも、そこは、周りの大人が、私に教えてくれたよ。あ、それはそうと、続きを聞きたいな。」
「あ、ごめんなさい。え~と、それから下級生が入ってくると、必ず年に数回は、女性に告白されました。これって普通なんですか?」
「普通じゃないけど、その気持ちも分かるよ。みんな、仲良くなりたかったんだよね。それに、あなたには憧れる後輩もたくさんいると思うよ。」
「理解出来ないところです。私に、そんな魅力があるんでしょうか?」
「さっきも言ったけど、カッコいいもん。やっぱり同性でも憧れるよ。」
「それだったら、先輩のほうがカッコいいです。」
「おねえちゃんのカッコいいは、仕事を見たりして思ってるでしょ?あなたのカッコいいは、見た目と雰囲気、それに立ちふるまいだもん。」
「カッコいいですか?私の立ちふるまいってカッコいいんですか?」
「う~ん、凛々しい?ひと目見たときからそう思ったもん。女性が憧れる女性って、最初は見た目と雰囲気だと思う。私と違って、キリッとしてる。」
「そうですか?私は普通なんですけど。」
「だからだよ。普段から凛々しい女性は、男子は近寄りがたいけど、女子にはモテてたもん。」
「私の容姿は、確かに母に似て美人とは言われますけど、カッコいいとは言われたことは初めてです。なるほど、それは納得です。」
「気づいてなかったんだ。しかも、それで納得しちゃうんだ。う~ん、そこまでキレイなのを自分で分かってて、努力してたのに、気づかなかったのはもったいない。」
「私は容姿だけを褒められるのは嫌だったんです。でも、そう思われていたとは思っていませんでした。あとから気づくことって、意外とあるものなんですね。」
「あ~、あとから気づくことのほうが、今は良かったんじゃないかな。それで仲良くなったお友達とか、いなかったの?」
「その都度同じクラスの子とは仲良くしてもらっていたと思いますが、今の話を聞くと、私に近づいて来たのかもしれない。」
「それだけじゃないと思うけど、それからのつながりはなかったりするんでしょ?」
「まったくないです。クラス替えはありましたけど、私の小・中学生時代は、2クラスしかありませんでしたから、ほとんどが顔見知りで、声を掛けられるようになったのは、高校時代なんです。地元の大学でも、結局は友人まで親しくなる人はいなかったんです。」
「それで、飲み会で再会した、ゼミの同級生に告白されて、お付き合いすることになったんだ。」
「ゼミの同級生以上の認識がなかったんですけど、彼にそう言われて、私も男性に好かれることがあるんだなと気づきました。」
「いやいや、謙遜もそこまで来ると、嫌味に聞こえるよ。だけど、本当に男子に声を掛けられなかったんだね。」
「地元に帰れば、幼馴染みはいます。漫画やアニメで、幼馴染みとお付き合いするって話を見たりしますけど、私にとっては、お友達ではなく、仲間ってイメージなんです。同じように聞こえますけど、私が踏み込まないまま、一緒にいたからだと思います。それに、私の両親のことも、地元では知られているから、周りも踏み込んで来なかったのかもしれない。」
「両親が有名?どういうこと?」
「あ、そうですよね。私の両親はこんな感じで、容姿に恵まれていたんです。小さい街でしたから、その辺は知られてしまいまして。」
彼女がバックから手帳を取り出し、1枚の写真を見せてくれた。そこには、絵に描いたような、芸能人でも見ないような、美男美女と、幼いながらも凛々しい彼女の3人が写っている写真だった。きっと、おねえちゃんにも見せていると思う。これで彼女の美しさに納得出来た。
「うわぁ、すごいカッコいいお父さんと、すごくキレイなお母さん。そしてあなたも可愛いけど、今みたいに凛々しい顔をしてる。」
「父は、私が幼い頃に亡くなっていますが、色々な人から好かれていたのは聞いています。母は今でこそスーパーの経理をやっていますが、私達の年齢の時は、キャバ嬢をやっていたそうです。今でも、母は言い寄られると言っています。」
彼女もキレイだけど、お母さんには華やかさがある。お父さんは凛々しい感じ。二人の良いところが本当に合わさって、生まれてきた容姿だったんだ。世間にバレないのが、怖い。
「私は、小さい頃から容姿を褒められるのは、両親の影響かなと思っていたのですが、高校に入って、自分自身が褒められてることに初めて気づいたんです。」
「それに見合う努力をした結果が、今お付き合いしてる彼氏さんに繋がったのなら、生まれ持ったものじゃなくて、あなた自身の魅力だと思うな。」
「私、そんなに魅力があります?」
「だから、何度も言ってるよ。高嶺の花とも言うけど、それを乗り越えてきた彼氏さんがいるし、それぐらい魅力的な女性なんだよ。」
「そう、なんですね。あなたみたいな可愛らしい方に褒められると、やっぱり恥ずかしいです。先輩といい、あなた達は私に優しい。母みたいです。」
「えっ、私もお母さん?まあ、生きてた時代は同じぐらいだと思うけど、今はあなたと同世代だよ?」
「そこが、先輩と同じ人だという証拠です。私にとって、母と同じぐらい、先輩に出会えて良かったと思っています。だから、あなたが先輩をおねえちゃんと呼ぶなら、私はあなたをおねえちゃんと呼びたいぐらいなんです。でも、私のほうが今は年上なんですよね。」
「そっか。私もだけど、一人っ子だもんね。私はあの人にそう呼んで欲しいと言われておねえちゃんと呼んでいるけど、あなたにとって、もう一人の私は、姉に近しい感じに思えるんだね。姉御肌なのは知ってるけど、おねえちゃんを、そう思ってくれている人がいるだけで、私も嬉しくなる。」
「だから、もっと仲良くなりたいんです。おねえちゃん。」
「う~ん、なんかむず痒いな。それに色々怪しまれそうだし。多分オトーサンには、何か気づかれてると思う。」
ふと、時間を見たら、もう2:30だった。ちょっとだけ話すつもりだったけど、なんか、色々話した。
彼氏さんのことを詳しく聞くべきだったかな。話が脱線しすぎたけど、ま、いいか。連絡先も交換したし、いつでも聞けるしね。
「寝よう。もう遅いし、夜ふかしは肌に悪いよ。」
「そうですね。夜ふかしなんてしたことがないですから、さすがにちょっと眠かったです。」
「規則正しい生活って大事だよね。私、社会人になったら、出来るかなぁ。」
「そうそう心配はいらないと思いますよ。あ、でも、一人暮らしになったら、私も大丈夫か心配です。たまに、母が起こしてくれるので。」
ちょっと安心。どこか弱いところがあって当然だよ。う~ん、朝は、寝坊できない。スヌーズまで掛けておかないと。
ツインベッドは少し離れているけど、私はまだこのくらいの距離感だと思う。彼女が、さらに踏み込んでくるか、それとも、適度な距離感のままの友人関係になるのか、今は知らなくていいことだよね。でも、私にとって、この出会いは、間違いなく一生物だと思える。そう思ったから、私の素性を話したんだ。根拠はないけど、そう思った。
「それじゃ、電気消すね。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。おねえちゃん。」
手玉に取られてる気分がする。親しみを込められてるから、注意もしにくいんだよなぁ。
う~ん、なんか、外が明るいな。今何時だろう?
備え付けのデジタル時計が、9:30と表示していた。あ、まずい、チェックアウトは10:00だっけ。
隣のベッド。やっぱり、寝てても美人は美人。整った寝顔。さすがに、寝顔も可愛かったら、私は彼女と、変な関係になってしまうかもしれない。
「朝だよ、起きて。」
耳元でささやくように、伝えた。途端に、ビクンと彼女が震えた。
「あっ...、おはようございます。」
「おはよう。って、そういう状況じゃなかった。今、9:30なんだよ。チェックアウトの時間ギリギリだよ。」
「そうですか。すみません、私はもう少し寝ていたいです。」
えっ、その答えは何?あんまり危機感がないよね。どうしたんだろう、やっぱり、朝が弱い人なのかな?
「いや、そうじゃなくて、もうすぐ部屋から出ないと、私達だけもう一拍だよ?」
「う~ん、分かりました。ちょっと待っててください。」
この状況でも、マイペースというか。きっと寝ぼけてるのだろう。あ、それよりも、自分の支度をしないと。
私は、着替えを始めた。そう言えば、結局ノーブラで寝てしまった。やっぱりノーブラは楽だ。でも、胸の形を考えると、やっぱり寝てる時もソフトブラはすべきかな。さすがに普通のブラだったし、今日ぐらいはいいよね。
「すごい、大きな胸ですね。綺麗な形。」
そ~っと横を向いた。彼女が目をこすりながら、私を興味津津という目で見ている。慌てて、胸を隠した。
「はっ、ごめん。ちょっとだけ横向いてて。ブラ付けるから。」
「あ、はい。...う~ん、やっぱり、起きなきゃダメですか?」
「ダメ。それに、二人が待ってるよ。困らせちゃうとまずいって。」
ブラを付けながら、彼女に言った。ようやくベッドから立ったと思ったら、おもむろにパジャマを脱ぎ始めた。100年の恋が一気に冷めるとは言わないけど、このギャップ。本当に不思議な人だ。残念な美人ではないけど、やっぱり朝が弱いんだろうなぁ。
「え~と、あれ?私の服ってどこにあるんですか?」
「ハンガーにかかってる。早く着て。」
下着でウロウロしながら、ハンガーにかかっているパーティードレスを見た。途端に、
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
叫び声を挙げた。えっ、なんかあった?
「大丈夫?なにかあった。」
「いやぁぁぁぁぁ。見ないで、見ないでください。恥ずかしいです。失態です。」
あ、起きたなこれ。あれ、体のラインもおねえちゃんそっくり。彼氏さん、ごめんなさい。私、あなたの彼女さんの下着姿を、先に見てしまいました。
「うん、失態だと思うなら、急いで着替えて。チェックアウトの時間だから。」
「は、はい。ごめんなさい。着替えます。あなたも、着替えてください。」
エレベーターの扉が閉じる。途端に彼女が騒ぎ出す。
「はぁぁぁぁぁぁ。恥ずかしい。こんな痴態を晒してしまうなんて。」
真っ赤になりながら、彼女は両手で顔を覆った。普通はこういう反応だよね。私達がいかに変な家族で、お互いの裸を見てるか、よく分かった。私も変態の仲間だ。
「そんなことないよ。大丈夫だから。落ち着いて。」
「嫌です。私、こんなに恩を受けて、最後に恥ずかしい姿をお見せして、もう生きていけないです。」
「そんなの、私はしょっちゅうだよ。オトーサンにも見られてるし、気にしてても、美人が台無しになっちゃうよ?」
「もう、台無しでいいです。ここ数年、母親にも見られたことないです。」
「それじゃあ、もういいや。でも、そんなに自分を責めても、見られちゃったものは、しょうがないって。」
「...絶対、黙っててくださいね。」
「うん、約束。その代わり、私の親、二人も含めて、私の素性を明かした話、絶対に秘密にしてね。面倒なことになりかねないから。」
「はい。もちろん、私は、誰にもいいません。だから、さっきのことは...。お願いです。おねえちゃん。」
いやいや、私の素性と、彼女の下着姿、明らかに釣り合いが取れてないけど...。でも、不特定多数に見られすぎても、内側まで見られることが恥ずかしくなる気分を失われてない。私はとんでもないことを知ってしまったのかもしれない。また、おねえちゃんって呼んでるし、距離感がさっぱり分からなかった。
そして、エレベーターの扉が開く。平然に戻ってる。猫かぶりではなく、完璧を求められてるゆえ、こういうことは絶対に他人に見られたくない気持ちは、分かる。
「おはよう~。」
「おはようございます。申し訳ありません。ギリギリになってしまって。」
優しい笑顔で迎えてくれる二人。オトーサンはなんか疲れてるな。また、おねえちゃんの餌食になってしまったのか。
「二人共、ごめんなさい。私、また失態を見せちゃった。」
「本当だよ。オトーサンが探しに来てくれたとはいえ、元はおねえちゃんが酔いつぶれたからだよ。」
「本当にごめん。しばらくは大人しくするから。」
「...先輩、失態という割に、ちょっとうれしそうですね。」
「うん、こういう時、失態を見せてしまったことは、もう取り返せないし、ホテルのツインルームなんて久しぶりだったから、はしゃいじゃった。でも、ベッドは一つしか使ってないけどね。」
「仲がいいんですね。お父様も、介抱しながら、一緒に寝てあげたのですよね?」
「ん?そうなの?」
オトーサンがおねえちゃんを見る。ああ、これ、絶対にオトーサンが嫌な反応を示したけど、襲っちゃったやつだ。
「なんのことかしらね。ま、みんなで朝食、食べに行きましょう。ね、あなた。」
「はいはい。僕はしばらく、君にはお預けをしないといけないかな。」
おねえちゃんの威勢が、急になくなる。これだから、フィジカルモンスターは。
「君は、大丈夫だった?この娘とは、また遊んでくれる?」
「はい。私の大切なお友達です。彼女がそう思ってなくても、私はそう思ってます。ね、おねえちゃん。」
「ははは、うん、今度は二人で、いろんなところに行こう。良かったら、私の友人にも会って欲しいな。」
また、オトーサンが不思議そうな顔をする。2回もこの人からおねえちゃんという発言を聞いてるし、これは私も追求されるかな。
「あなたを巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。でも、良かった。この娘と気まずい雰囲気ででてきたら、どうしようと思ってたの。」
「先輩の娘さんです。それに、私にとって、同世代のお友達が、先輩みたいな人で、本当にうれしいです。」
「アンタさ、うちの後輩になんかしてないわよね?」
「それをおねえちゃんが言う?ま、いいや。楽しかった。初対面の人と、ここまで仲良くなれるとは思ってなかったよ。」
「うん、良かった。」
「じゃあ、帰ろう。君も、朝食を食べたら、まっすぐに自宅に帰って、親を安心させてあげてね。」
「ありがとうございます、お父様。」
「な~んか、気に入らないのよね?あなたがお父様って呼ばれるの?」
「じゃあ、君もお姉様って呼ばれてみれば?」
「呼ばなくていいから。お母様はもっと嫌だから。」
「分かってます、先輩。私にとって、先輩は先輩ですから。」
知らず知らずのうちに、やっぱり笑顔になるんだよなぁ。あ、オトーサンが見てる。
「楽しそうだね。この二人が、君に迷惑をかけると思うけど、君の笑顔を見たら、安心した。ありがとう。」
「いえ...。私は、ただ楽しいだけです。迷惑だと思わないでください。」
「そっか。うん、それならいいよ。これからも、二人をよろしくお願いします。」
オトーサンには普通に笑顔を見せてる。う~ん、私のおかげ?それとも、またオトーサンの訳分からないアレか?
こうして、私達は、家族ぐるみで、この人と付き合うようになった。おねえちゃんの失態で、こんないい友達を持てたこと。感謝かな。
「さてと、君には色々聞きたいことがあるし、来週にでも、どこか行こうか。おねえちゃん?」
「うっ、デートの誘いにしては、目が怖いよ。...でも、私の番だよね?」
やっぱりか。でも、大丈夫。私の彼氏さんに、嘘はつけない。理解してくれるよ。
つづく




