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Life 105.1 めぐりあい

「あ、先輩、こっちですよ。」

彼女は一度見たことがあったな。あの人の後輩の一人だったはず。清楚系で、可愛らしい印象だ。きっと会社の中でも人気なんだろうなぁ。

そして、隣に小さく顔を下げる女性。ハッと息を飲むほどに、凛々しくて美しい女性だった。

「あなた達、結構早く来てたのね。しかし、普段のカジュアルコーデと違って、ドレスコードがキレイね。」

「それは先輩が見慣れてないだけですよ。」

「そうじゃないわよ。やっぱりあなたは可愛いし、その水色のワンピース。良いわよ。私の娘になってよ。」

「そんなに先輩が私を可愛がってくれるから、私はちょっと目立つようになっちゃってますって。ほら、主役側は男性のほうが多いですし。」

「ああ、そういえばそうよね。でも、うちの旦那みたいな感じでしょ?みんなのび太君みたいな感じ。」

「あ、はじめまして、元気になられたんですね。旦那さんのおかげで、先輩は頑張れるんですよね。」

「そうなんだ~。ふ~ん。」

「あれ、何か違ってました?」

「ううん、ごめんなさい。僕はただ話を聞いてあげるだけ。あと料理と、掃除と、洗濯と...そういうことにしてもらえますかね。」

「あははっ、面白いですね。やっぱり、ドラえもんなんですね。」

「ドラえもん?その例えば聞いたことなかった。」

「だって、次から次に、面白い話が出来る。四次元ポケットに色々話を仕込んでるんですよね?こんなに面白い人が旦那さんなんて、先輩が羨ましいです。」

「なるほど、それ、僕も使って良い?」

「いいですよ。大好きな先輩の旦那さんですもん。私は光栄です。」

「あれ、あなたはうちの旦那ならそんなに多弁なのね?」

「ごめんなさい、先輩には申し訳ないんですけど、旦那さん、すごく可愛くて、楽しい人です。旦那さんみたいな人と結婚出来た先輩が羨ましいです。」

「はは、ありがとう。この人を褒めてもらえると、この人にも自信になる。あなた、案外オヤジ殺しの才能あると思うけど?」

「それは先輩の旦那さんだけだと思います。失礼な言い方かも知れませんけど、私の父親と同じぐらい、優しい空気が出てますよ。」

「だって。もう少し、家で敬ったら?」



一方、私は、この世の人とは思えないほど、凛々しく、美しい女性を前にして、若干怖気づいた。空気感がまるで違う。ノースリーブの濃紺のパーティドレスが良く似合うし、貧相な知識の私の例えでは表しきれない。私の世界にはいなかった、本当の意味で美しい女性。おねえちゃんの後輩なのに、おねえちゃんより偉く見える。

「はじめまして、先輩にはお世話になってます。先輩の娘さん、私、あなたに会ってみたかったんです。」

「わたしですか?どうして?」

「そうですよね。私達、同世代なんです。私は23歳。あまり友人というものがいないので、同世代のことを理解できないままなんです。」

う~ん、謙遜?だって、こんなに美しい人と私が並んでも、それこそ月とスッポンぐらいに差がある。どうして、私に興味を持ってるのだろうか?

「だけど、失礼な言い方ですけど、先輩が二人いるというのは、あながち嘘ではなかったんですね。あなたは先輩の娘さんと言っていますけど、先輩と何ら変わらない人。」

何ら変わらないか...。初対面、おおよそ時間にして5分未満、彼女は私を、おねえちゃんと同一人物であると見抜いているっぽい。お姉さんはあまり興味を示さないから、やり過ごせたけど、う~ん、どうする?

「私達のこと、どこまで知っているのですか?」

「いえ、私にはそう見えるのです。これは、私の直感です。どうしてそう思うのか、私も分からないのですが...。」

彼女にはなんとなく言い訳をしちゃいけない気がした。これは、私の直感。

「あ、結婚式の前ですから、二次会、抜け出しませんか?私も、あなたと話してみたいです。」

「ありがとうございます。」

あまり表情を読み取れないけど、彼女は少し安心したような顔をしている。

「あ、先輩には内緒にしましょう。多分、ついて来るでしょうし、私は同世代の女性の人と、話してみたいことがたくさん出来てしまっていて。」

「高次元な悩みだとわからないですけど、あなたには感じたことのない、知らない人物像を持っている。ねぇ、敬語はやめて、少し仲良く話そう?」

「分かりました、一応連絡先を交換しておきましょう。ご両親にご心配は掛けさせたくないですが、それでは私の好奇心を満たせないかもしれないので。」

「うん、終電までに帰ろう。ファミレストークとかもしたことなさそうだし、私も、ためになることが色々聞けそう。約束するね。」



奥様の後輩の結婚式。結婚式に呼ばれるのって、何年ぶりだろうか。さすがに華やかな場所には、抵抗感はある。でも、僕も知らない人じゃない。その人の、祝の席だ。

うちの奥様の後輩に、僕らは家族で呼ばれた。僕が彼女と顔見知りだったのもあるし、娘は良く話題に出ていたらしく、興味本位で呼ばれたらしいが、それは彼女の配慮だろうと二人で理解した。娘は遠慮がちではあるけど、やっぱりあちこちでこの二人の存在が聞こえてた。

「部長の娘さん、本当に聞いていた通りなんですね。」

「この娘も立派になっちゃって、私より大人っぽいでしょ?」

「あんまりそう見えませんね。そっくりですよ。どうしたらここまで同じ人が並べるのか。娘さんですよね?」

「はい、私は娘です。一応なんですけどね。」

「一応...?それは、私が聞いてはいけないことかもしれませんね。」

「ごめん。そうしてもらえるとうれしい。何か穴埋めするわね、代理。」

「それなら、1日ぐらいスケジュールに沿って動いてもらいます。」

「却下よ。私でもきついものはきついの。」

「冗談ですよ。特に何もいりません。穴埋めするなら、彼女を祝福してあげるほうに向けてください。」

「言う通りね。ありがとう。感謝するわ。」

実際に僕らのテーブル、奥様の部下の家族に、こう言われていた。良くて姉妹か...。ま、言い訳は出来ないけど、濁し方としては上出来だろう。



「あれ、あの娘は?」

「私の後輩もいないわね。さては、抜け駆けかな?でも、あの娘がいない分、二次会で心置きなく、お酒が飲めるわね。」

「先輩はダメですよ、もう結構飲んでるじゃないですか?そうやって、旦那さんに迷惑を掛けるぐらいなら、お二人で、近隣のホテルでも部屋を取ったほうがいいです。危ないですよ?」

「彼女のいうことは、案外正しいかもね。ま、祝の席だし、最初の後輩だった子の結婚式だ。今日だけ自由にしてあげよう。でも、ホテルは取っておくね。ダブルでいい?」

「あなたと一緒なら漫画喫茶でも良いわよ。でも、みすぼらしい格好で帰りたくないし、あの子の旦那は門限制だから、適当に引き上げになるだろうし、たまにはホテルで、一緒に楽しみましょう。いいよね?」

「うわぁ、大人の会話ですね。あんまり聞きたくない会話です。」

「聞きたくないってことは、聞いたことはあるのね?」

「あ、先輩にまずいこと、気づかれちゃったかもしれないです。話せるときが来たら、必ずお話します。見逃してください。」

「後輩に頼りにされてるんだ。君は、シラフで話を聞いてあげないと。ね、人生経験豊富な人事部長。」

「あなたまで馬鹿にして、まったく何なのよ。」


「あ、センパ~イ、やっと話せる時間が来た。」

「主役が何言ってるのよ。幸せそうな顔して、結婚式をしなかったうちへの当てつけか?」

「そんなことないですよ。先輩のお陰で、私は女として、彼の妻としての自信を付けてもらって、背中を押してくれた。そして、晴れの舞台も見てもらえて、私はセンパイの部下や同僚で良かったなと本当に思ってます。」

「今生の別れみたいな言い方ね。はっ、まさか、寿退社?ちょっと、部長代理を呼んできてよ。」

「ああ、しないですよ。いい加減な連中をまとめるだけで、私の給料は爆上がりなんですから、もう少し甘い蜜を吸わせてください。会社からのご祝儀ってことで。」

「しっかりしてるわね。そういえば、家族で来てたわね。全員呼んだんだ。」

「知っての通り、あの人が今のポジションを与えてくれている恩人ですし、実は偶然なんですけど、奥さんが、私の大学のサークルの後輩だったんで、知ってるんですよ。いつか結婚したって聞いたけど、それがあの人だった。出来過ぎですけどね。」

「世間は狭いものね。彼も人がいいから、色々なところに呼ばれそうね。」

「で、改めまして、旦那さん、昨年度はお世話になりました。」

「あれ、僕なんかやったんだっけ?」

「あれですよ、業務導入手順の草案資料を作ってくれたじゃないですか。早速、今年度から導入して、新卒社員と、センパイには活用してもらってます。」

「あんな素人のマニュアルで変わることがあったとは思えないんだけどね。」

「システム会社側の方が驚いていましたよ。彼らはチーム中心で動くオペレーションしかしらないけど、旦那さんの資料は、一人でも、大人数でも、基本的なことは変わらないけど、管理する台数が増えようが、ほぼ管理は一定に出来るって。結果、ベンダーのほうで社内サーバーの改修をしただけで済んでしまっているんです。IT推進室の案が未だに出ない以上、旦那さんの案をブラッシュアップしたものが、今後の我が社のIT化に役に立つんです。私、どうして旦那さんを会社に誘わなかったんでしょうね。」

「ああ、ダメだよ。週に3日ぐらいしか出勤しなくなるだろうし、僕は小回りの聞く仕事のほうが向いているんだ。今の怪しい仕事のほうが、100万倍は合ってる。」

「結婚早々に振られちゃってやんのw」

「センパ~イ、意外に旦那さんが厳しいですよ。発案まで、あんなに一生懸命だったのに。」

「一生懸命?会社でやることが特にないけど、うちの奥様が相談してきたから、この人の実証実験や、急ごしらえのテレワークの経験から、一通りの資料を書き起こしただけだよ。今運用されてるとしたら、それはベンダーさんを褒めてあげたほういいよ。僕の実力じゃない。」

「天才ですか?実力に底が見えない。」

「悔しいけど、この人はそういうところがまったくわからないの。実力なのか、ひらめきなのか、それとも調べたら出来てしまうものなのか、いずれにしても、ITベンダーの営業レベルか、それ以上の資料を作った事実がある。ボランティアでやっちゃう方もどうかしてるけど、それをブラッシュアップ出来たITベンダーには感謝ね。」

「というわけで、今絶賛困っています。どうか裏でアドバイスをいただけないでしょうか?」

「残念だけど、300人規模でのインフラ設計や構築、運用などの経験もないけど、そんなのITベンダーの技術者を一人ぐらい常駐させて、徐々に社内で出来るようにしていったほうがいい気がするよ。今のITエンジニアなんて、生成AIの答えをそのまま実行しちゃう人間だっている。だから、技術的なことを把握出来る人間は必要になるよ。もちろん、君がそれを理解出来れば一番いいと思うけど、こればっかりは経験則も必要になるから、君はパイプ役に徹したほうが、後々責任を負わなくて済むよ。」

「だから、旦那さんの出番なんです。ね、センパイ、いいでしょ?」

「...外部コンサルタントって形で検討はするけど、身内だから、多分通らないわね。ま、アンタが頑張ってることは分かったし、着替えてらっしゃい。その先は二次会で聞くわ。」




その頃、私達は式場近くのロイホにいた。

「ロイヤルホスト?マクドナルドとは違うんですか?」

「えっ、そこから?まあ、入ろう。さすがに、まだ夜は寒い時期だよ。」


座席を確保する。眼の前には絶世の美女、あまりの凛々しさに、私が声を掛けて良いものかと思わせる。佇まいはおねえちゃんに似ているけど、慎ましい色気ではなく、慎ましいのに、それを隠しきれない凛々しさと美しさ。私もそれなりに可愛いと言われているが、ジャンルは違うにしても、この人は人生において、一番美しいと思える人だ。

「ファミレスとか行かない?」

「社会人になって、おしゃれな飲み屋ばかり連れて行ってもらっています。いつも、先輩には経済的負担を掛けてしまって、申し訳ありません。」

「気にしないでいいです。おねえちゃんは、そのかわりに話をして、ストレスを発散してる。その代金だと思ってもらえるとうれしい。」

「そういうものなんですね。ここは、社会人の私がお金を出します。聞けば、大学に通われているんですよね?」

「そう。私、色々あって、大学に入学したのが二十歳なんです。そして、今に至るわけですけど。」

「失礼ですけど、あなたがオトーサンと呼んでいる先輩の旦那さん、あなたの実の父親ではないですよね?」

この人、案外鋭いところを見てるんだな。ちょっと怖いけど、怯んだところでしょうがないよね。

「そう。あの人は私の恩人。そして育ての親。信じられない話をしますけど、今から言うことはすべて事実なんで、引かないでくださいね。」


それから、私は自分が何者なのか、三人で暮らしていて、どういう立ち位置なのか、そして今の大学生活に至るまで、彼女に説明してみた。


「そうですか。どおりで、先輩とあなたが同じ人間に見えたんですね。申し訳ありません。」

「いやいや、昔はもっと似てたから、今でもそう見える人がいるのは当たり前だと思う。」

「でも、私は、ひと目見て、先輩と同じ人間だと思ってしまったんです。今の説明を聞いたらある程度納得出来ましたけど、同じ人間がなんで二人いるのか?その疑問だけが不思議でならないんです。」

隠し事は出来ないと思った。納得しない限り、この人は引かない気がした。話そう。この人を信用しよう。

「私には、あなたにも、世間にも隠していることが一つある。その答えが、あなたの求めた答えだと思う。信じてもらえますか?」

「嘘を付けない人間だと分かりますし、先輩も隠さなきゃいけない理由なんですから、それが答えだと、私は思います。」

「分かった。初対面の人だけど、誤解のないように話すね。さっきの話の中で、おねえちゃんと私は姉妹と言いましたが、建前上そう言ってるだけ。おねえちゃんと私は、本当に同一人物です。ただ、私達は二人共タイムスリップにあっていて、1999年の8月に巻き込まれてる。おねえちゃんはその時、1999年に無事戻れたんですが、私は別の並行世界というところから、2018年にこの世界に来ています。その時の年齢は17歳。そこでたまたま出会ったのが、オトーサンです。それからは、オトーサンと二人で暮らすこと2年半、3人で暮らして、今年で3年目になります。当然ではあるんですが、17歳ぐらいまでの記憶はほぼ同じ。その状態でオトーサンに会って、色々聞いて、今は暮らせています。」

普通なら、こんな話をしても信じてもらえないと思うけど、彼女はその目をそらすことなく、私の目をずっと見つめていた。その眼差しは、初めて優しそうなものに変化したように見えた。彼女が納得してくれたのか、それとも腑に落ちたのか。どっちでもいいけど、それにしても驚かないんだね。それが不思議。

「世の中には理解できないことがあるとは言いますし、自分にそっくりな人は3人いるとも言います。でも、本当に同じ人間が、同じ世界にいるんですね。それで、先輩が発する空気を纏っていたのだと、理解できました。あれは先輩にしか出来ないと思っていますけど、あなたにもその和ませるような空気を纏っているのですね。」

「和ませる?それは初めて聞いた。う~ん、私は会社のおねえちゃんを知らない。良かったら教えてもらってもいいですか?」


私は、なんでオトーサンが、おねえちゃんの会社での扱いを嫌がるのか、この時初めて理解できた気がする。おねえちゃんが去年の、特にオトーサンがやられてしまう直前の時期、そして今年に入って、ほぼ休みなく出社していたのはなぜだったのかを知った。確かに、今は少し落ち着いたけど、おねえちゃんは2年前にも転部するとか言って、お酒の量が増えた時期があったし、去年もオトーサンがやられた時、私に助けを求めて、一旦離れる選択をした。おねえちゃんは完璧主義だから、その時は自分も不安になっている姿を見せたくなかったのかもしれない。一方で、会社はおねえちゃんを人事部長に据えながらも、広報みたいなこともやらせている。私達の生活が潤うからと、いやいやながらに引き受けたにせよ、客寄せパンダと何ら変わりない気がする。

オトーサンが、最近、私達を世間の目から逸らしたいと言っていたのは、オトーサン自身の独占欲というより、自分の奥さんが、世間の目にさらされることが何より嫌だったから。そして、おねえちゃんが不安を感じるようになってきたのは、私達との時間が減っていることで、自身が家族にとって、どういう立ち位置だったか分からなくなってしまったから。おねえちゃんが会社で求められる立ち位置と、家族の中で本来持っていた立ち位置を、少しずつ狂わされていることを、オトーサンは気づいてしまったから、知らず知らずのうちに悩んでいたのかもしれない。でも、優しいから、自分の奥さんを信じた。結果、彼は壊れてしまった。そして、おねえちゃんは彼のことを、また好きになってしまった。だから、この前、休みの日なのに、私の母親役に姉役、オトーサンの妻役で恋人役、何かおねえちゃんの中で決めていたものが、崩れてしまったから、不安になってしまった。だから、私達はおねえちゃんはおねえちゃんだと話した。あれは、弱音だったんだ。


今も、おねえちゃんなりに色々なことから逃げたい気持ちを打ち消したいから、私を公営プールに誘ってまでスイミングトレーニングを始めたのかもしれない。おねえちゃんが無心になるために、体を動かすことがランニングだったけど、それを私に合わせるようにしただけだと、きっと物足りなくなってるから、違う運動も取り入れた。それに、はしたないとは言っているけど、自分なりにストレスをコントロールする術が、今のところ見つからないから、頻繁に自分を慰めて、同時に彼への気持ちも高めている。私には心配を掛けないようにしたかったから、さも当然のようにトレーニングをしたり、平日でもオトーサン抜きで外食したり、自分は平気だと強がって見せている。私は、そんなに頼りない?それとも娘だから?私は、おねえちゃんなのに、おねえちゃんは、私じゃないのかな?


「というのが、現在の先輩です。きっと、ご家族には言ってないと思って、心配はしていました。会社では、私達は事情を知っていますし、サポートは出来ます。でも、先輩は同時に社内では妬まれる存在にもなってしまっている。そこに、広報やら、他社との調整やらがあります。ご苦労は絶えないと思います。」

「私は少し勘違いしてたのかもしれない。おねえちゃんって、完璧主義のくせに、家ではオトーサンが家事をやり、私がなだめたり、叱ったりして、極力おねえちゃんには休んでもらうようにしてるけど、おねえちゃんはそれでも私とランニングに行ったり、私がバイトから帰ってきたら、オトーサンとエッチなことをしてたり、どこか前とは違う、落ち着きがそれほどないような感じになってる。」

「私、以前先輩に恋愛相談をしたことがあったんです。先輩が、旦那さんと一旦距離を取って、仕事に集中するために、ホテルで過ごしていた時があったと思います。その時も、嫌な顔せず、だけど恋する乙女のような、可愛らしい笑顔で、私の相談に答えてくれた。先輩はその時に、私を買ってくれたから、今、お手伝いが出来ているんです。」

「買ってくれた...?あ、実力を買うってことか。自分の娘と同じ歳の子をお金で買ったのかと思った。」

「犯罪ですね。だけど、あの時に先輩が私を引き抜く決意をしてくれなかったら、私はただ仕事をするだけの人間になってしまった恐れがあったんです。あの時、相談して、救ってもらったから、私は知らない感情を色々知るようになってきた。まだまだ及びませんけど、先輩は、私にとって、今は理想の上司で、お姉さんでもあるんです。」

ニコッと笑みを浮かべる。ヤバい、ギャップ萌えってこういうことを言うのかな。それまでの凛々しい顔つきが、こんなに柔らかい笑顔になる。それもおねえちゃんの話でこの表情をする。姉御肌なのは知ってたけど、おねえちゃんも大概ジゴロだと思った。あ、でもやっぱり表情は戻るのか。なんかさみしいな。


「でもさぁ、恋愛相談なんておねえちゃんに出来るの?ずっとおひとりさまだった人だよ?」

「それが、的確に私の気持ちを当ててきて、色々気付かされました。私、好きでもない相手に告白されて、どうしたら恋愛出来るか分からなかったんです。」

「こんなにキレイなのに?あ、もしかして悪い虫だったりする?」

「大学のゼミの同級生ですね。でも、無下に断るのも嫌だったので、ひとまず付き合うことにしたんですが、自分でもどうしたらデートが楽しいと思えるか、まったく分からなかったんです。」

「箱入り娘とか?すごくモテると思うんだけどなぁ。」

「あなたも、先輩と同じ答えに行き着くんですかね。それに、モテるというなら、あなたのほうが、ずっと男性ウケはいいと思います。先輩が真似できないと言っているのは、その体形の話だったんですね。」

「あははは~、一応自覚はしてるんだけど、みんな無防備っていうんだよね。今日も地味めのパーティードレスをおねえちゃんに買ってもらったんだけど、これでもそう思われちゃうんだ。」

「そういうところ、先輩と同じです。先輩は完璧主義と思われがちだから、あまり気がつく人がいないですけど、場を和ませたり、明るくしたりすることが出来る人。あ、でも、やっぱり何か雰囲気が違いますね。先輩は一緒に笑ったりすることで、場を和ませる感じですけど、あなたはいるだけで、場を和ませることも、嫌な気持ちを感じなくさせるような、そういう雰囲気を持っています。悪いように言えば、あなたがその場を支配できる空気を持っている。きっと、社会人になった時、あなたはその空気を、身を持って体験出来る日が来ると思います。」

「私、何にも考えてないだけなんだけどなぁ。でも、言われてみると、オトーサンも、おねえちゃんも、私を叱ることはあっても、私といる時は、落ち着いている気がする。」

「もしも先輩があなたみたいな空気を纏ってしまったら、会社の喰い物にされてしまう気がします。先輩がちょうどいいのは、そういうところなんでしょうね。」

「え、おねえちゃんがちょうどいい?どういうこと?」

「私が思うに、先輩の凄みって、絶対にその場で話さない限り伝わらないと思うんです。笑えば場を和ませることも出来る。困ったことがあれば助けてくれる。でも、一方で溜めたヘイトや文句を平気で言ってしまう。いい意味で気取ったところがないんです。完璧主義なのに、気取らないというのもおかしな話ですけど、表現って難しいですね。」

「あ~、その点は補足しておこうかな。おねえちゃんって、家では大変な暴君でね、まだまだ落ち着いていないオトーサンに、こたつから出たくないから、冷蔵庫からビール取ってきてとか、普通にいうよ。私の呼び方だって、アンタだしね。でも、それは私達の生まれ故郷では、普通の言葉遣いだから、別に気にしてないけどね。」

「家で口の悪い先輩、見てみたい気がします。」

「きっと、あなたが来たら、きちんとしちゃうと思う。そういう時だけボロを出さないんだよなぁ。あ、お酒が強いなら、面白いおねえちゃんは見られるかも。」

「お酒はそれなりに飲めるほうですね。いくら飲んでも赤くならないとも言われてますし、強いんですかね?」

「私も分からないなぁ。普段お酒って飲まないし、今日は祝いの席だから、苦いと思いつつ、乾杯の1杯ぐらいは飲んだけど。」

「お父様...でいいんですか?あの方はお酒を一切飲んでなかったですね。」

「大学時代に、居酒屋で暴れて、被害届けは出なかったけど、いくつかグラス代を弁償させられたんだって。そこからは、適量で、甘いお酒しか飲まないんだって。あ、甘いお酒なら、私も飲むかな。カシスオレンジとか。」

「なんか、いいですね。これが同世代と雑談している感じなんですね。」

「すごいなぁ。これだけで驚けるって、すごく新鮮。私も、楽しい。」


「あ、そういえば、聞いていいのかな?その、付き合い始めた彼とは?」

「どうでしょうね。私、先輩に、彼から嫌われたくないのは、彼を意識してる証拠だって言われたんです。でも、嫌われないように行動すると言われても、よく分からないですし、逆に好かれるにしても、彼の方は私を好きで、付き合いはじめたわけですから、やっぱり私の気持ちが追いついていないんですよね。そのまま、少しずつ話す時間も、内容も変わりながら、今もお付き合いしています。でも、エッチなことはしたことないです。彼も誘ってきませんし、私も無感情のまま、エッチするのは、おかしいかなと。」

「じゃあ、その尊敬しているおねえちゃんの貞操観念を壊すことになるけど、私とオトーサンの本当の関係の話、してもいい?」

「父と娘じゃないんですか?」

「ぶ~、残念でした。私と彼は、恋人同士なんです。デートにも行くし、エッチなこともする。だけど、そんな娘ではしたないと思うこともあるよ。」

「父親だけど、彼氏さんなんですか?先輩の旦那さんですよね?」

「おねえちゃんが、最初に会った時に約束してくれたことがあるの。私もおねえちゃんだし、おねえちゃんも私、だから、同じように愛してあげるのが正しいってね。おねえちゃんから見れば、浮気ということになってしまうけど、私自身は、おねえちゃんでもある。だから、オトーサンには贅沢だけど、私達は二人で一人の人を愛して行こうって思ってる。」

「体の関係もあるわけですよね?」

「私の初めては、彼だったの。一瞬だけ私は彼を独占出来た。その想いだけで、今愛してもらえてるのなら、十分だと思ってる。」

「家族としても好き、恋人としても好き、あなたの父親に当たる人、先程お見かけしましたけど、あの人もなんとなく不思議な空気を纏っていますよね。」

「あ~、オトーサンはね、引きこもりで学者みたいな話をするような人なの。だけど、相手が分かるまで、説明をしっかり続けてくれる。分かる範囲とはいえ、言葉に説得力を持たせる必要性を教えてくれたのは、間違いなくオトーサンです。」

「彼氏が父親役になる経験って、出来ません。まして、体の関係もあるなんて、本当の家族じゃないから出来ることなのかもしれないですね。」

「やっぱり引くよね。おねえちゃんの夫が、私と関係を持ってるってこと、おかしいもんね。」

「普通はそうですけど、先輩と同じ人なのだから、同じ人を好きなのも当たり前。私はそう思えます。でも先輩は、好き=エッチという考え方は変だとも言ってる。」

「おねえちゃんと私の経験の差だと思う。私も初めてまで、2年以上同居してる。今よりもっと狭い部屋で暮らしてたけど、私も子供だったのだと思う。だから、覚悟が必要だった。好きなのに、覚悟がいるほど、最初は怖いと思ってた。でも、一度してしまったら、もっと好きになってた。次の日、おねえちゃんに起こされるんだけどね。」

「先輩も、その光景を見てそう思われたのかもしれませんね。私には褒められる行為であるとは思えませんが、いずれにしても、あの方が父親でも、彼氏でも、あなたは好きなんですね。」

「そう理解してもらえるとありがたいです。もちろん、私のやっていることは、二人への背徳行為だし、浮気相手でもある。あなたが思ったことが、私は正しいと思ってる。」

「変なことを言いますけど、あなたがそれを言うと、なぜか納得させられてしまう。ダメなことなのに、それもやむなしだと思うのは、なぜでしょう?」

「私がおねえちゃんだから、ちょっとひいき目で見てるのかも。でも、あなたはそういうことを言えそうなタイプじゃない。私にもそんな説得力はないと思う。」

「不思議ですね。こう、説明がつかないことを色々聞いていて、納得してる私も、どこか変なのかも。」

「そんなことない...とも言えないか。私が言ってることって、現実離れしすぎてるしね。だけど、あなたは変じゃないと思える。これも、変かな?」

「変なことばかり言っていても、仕方ないですね。変なんですよ、私達。」

クスッと笑った。美人の笑顔にやられたばかりで、微笑みにもやられてしまった。私が女だからそう思うのか、オトーサンが見たら、この人が気になっちゃうのかな。


「父親が生きていれば、私も生きる上でのヒントを知れたのかもしれません。」

「あ,,,、ごめんなさい。知らなかったとはいえ、あまり適切な話じゃなかったね。」

「いえ、いいんです。あなたの彼氏さんとの話ですものね。母からは、私の幸せを見つけたほうがいい、それには、男女の関係にもヒントがあるって言われてて。でも、私の幸せは、もう叶ってるから、すごく難しいんですね。」

「そっか、今が幸せだから、あんまり恋愛事に興味が出ないのかもしれない。」

「あなたは今、幸せじゃないんですか?」

「幸せだけど、私が本当に幸せだと思うことは、これからどんなことが起こっても、多分覆ることはないの。それは、最愛の人を一人亡くすことになるから。」

「あなたが両親と呼んでいる二人、お父様と、先輩ですね。」

「変な家族だと思われるけど、私達は三人でいて、初めて幸せになれる関係。私という、イレギュラーが存在することで、成り立った幸せだから。」

「でも、先輩はあなたがいなかったら、幸せな生活を送っていなかった。だから、あなたがいるのは、必然だったんですよ。」

「そう言ってくれる人は今までいなかった気がする。ちょっとうれしいかな。あ、誰にも言ってないから、当たり前だった。」

「それじゃあ、誰も知らないに決まってますね。先輩が言う、初めてを奪ったってことですね。」

またクスッと笑う顔。なぜ私やおねえちゃんには見せられて、他の人には見せられないのだろう。私達にだけ、心を許してる?

「あの人...。ああ、もういいや。おねえちゃんのマネ、しないほうがいいよ。それより、もう幸せが叶ってるってどういうこと?」

「私は母子家庭で育ってきてますけど、特に苦労することなく、今の会社に入社して、先輩方に可愛がられています。家に帰れば、母が待っててくれている。それ以上の幸せってない気がするんです。今更ですけど、私はあまりに色恋沙汰には疎いし、まったく興味を持たないまま、この年齢になってしまってます。」

これだけ綺麗なのに?なんでだろう、あまりに綺麗に整いすぎて、もしかして誰も寄り付かなかったってことなのかな?

「え、私も色恋沙汰には疎いよ。だって、気がついたら好きな人と暮らしてたんだから。」

「その好きな人って、どんな経緯でそう思うようになったんですか?」

「う~んと、彼って、昔は劣等生という感じだけど、キッカケが2つあって、一つは修学旅行先の京都で、私達だけ迷子になったんだけど、彼は地図を見ながら、私と一緒に自力で班に合流することが出来たの。今と違って、スマホなんてない時代。普通は京都で大騒ぎになるだろうけど、まるでそういうことが起こると予想して、的確に連れて行ってくれた。」

「良くて15歳ですよね。普段から慣れていたんでしょうか?」

「普段から教えてもらってたって。なんの知識なんだろうね。で、その後、文化祭の出し物があったんだけど、テーマがめちゃくちゃ難しくてね、1996年当時に、子どもの人権に関する発表をするという課題が出たんだよ。」

「1996年...あ、あなたが中学3年生ってことですよね?」

「そうそう。でもさ、ネットもないし、教科書にもない。学校の図書館にもそんな本は2~3冊ぐらい。そんな中、該当するテーマの本が、町の図書館にあるらしくて、そこに放課後通って、ノート何冊分かに書き写し、それをだんだんと手直しして、私達に理解できるように短くした。それだけじゃなく、出し物全体の装飾や文章のバランス、何より分かりやすさなんかを追求していったの。普通、15歳の男の子が、文化祭の出し物を手伝うとすれば、大したことはしないで逃げる。でも、彼は最終的に監督という立場になっていた。それぐらい半信半疑だったメンバーを、説得できてしまった作業の速さと手際の良さ。その時に思ったの。この人は見えている世界が違うんだってね。」

「考え方があまりに社会的ですよね。組織に入って、初めて凄さが分かるタイプの人だと思いますけど。」

「それを中学生で身につけていた。今の私ですらこんなことは出来ないけど、彼はなんとなくやってしまえる。そういう彼の魅力を見抜いたのは、どうも私だけだったみたいだったの。それからは、興味津々でずっと見てた。でも、劣等生に戻ってた。」

「あれ、先輩からは、旦那さんが告白してきたと聞いていますけど、それはいつの話なんですか?」

「そのあと、高校受験で、私は彼と同じ塾、同じクラスだったんだけど、たまたま6人のクラスで、4人がインフルエンザにかかっちゃったの。で、二人で帰っている時、突然、彼から告白されたの。おねえちゃんには理解出来たみたいだけど、あのときの告白で、彼は泣いてくれたの。私は、外にも言い寄られてる男子がいたから、すべて断ってたの。でも、彼だけは、一瞬だけ許そうとも思った。けど、けじめはあったから、断ったの。だけど、それで私のことを好いてくれてると分かったし、私も彼を知るようになったから、付き合ってるわけではないけど、仲の良い男女になって、卒業したの。その時の約束が、高校を卒業した時に、私を迎えに来るって話だったんだ。」

「でも、来なかったからこそ、今の幸せにつながってると言ってましたね。理解出来ました。やっぱり、あなたなしで、両親が幸せになれないんですね。」


「さ、私の話はしたよ?聞かせてよ?」

「私の人生、今でこそかもしれませんけど、やっぱりあなたが思うように、私は高嶺の花として見られることが多かったです。でも、それに恥じぬように勉強もしました。どうも、私は理解することや知ることというのが好きみたいで、その結果、小学校でのテストはすべて100点。中学でも上位10人から落ちたことはありません。同じ頃、やはり男子から声を掛けられることがありましたけど、私には興味がなかったんです。高校時代も一緒です。私の容姿がそれほどすごいのか、女子から逆に人気があって、さすがにどうしたらいいか困りました。学業はおろそかにしませんでしたが、同時に有名な大学に行くと、何かしらお金がかかると思い、地元の大学へ進学しました。そこで、3年の時にゼミで出会ったのが、今の彼です。面識もあるし、一緒に課題をやったこともある。でも、ゼミ合宿とかはなかったから、在学中に進展はなかったんです。卒業して、ゼミ仲間で飲み会があった時、地元だったので出席してみて、彼に告白されました。それから、恋愛のことを考え始めたんです。」

この人は、嫌味っぽいことを言っても、納得させられてしまう。それにカッコいいと思える。女子に人気があるのも分かる。多分、お相手の方は好きだけど、この人は好きだという感情を理解したいために、付き合っている。でも、恋愛って相手に興味がないと出来ない気がする。不思議な感じがする。

「私はどういう感情になるのかをよく知らない。でも、先輩が、彼に嫌われたくないと思うことも、彼を思ってる感情だって教えてくれたんです。すごく当たり前のことなのに、分からなかった。こういうことの積み重ねなのかなと思うようになったんです。」

「なんか、すごく真っ当に恋してるのかもしれない。私は今だから自由に恋愛出来るし、おじさんになっても、彼のことが好きだから一緒にいる。けど、そんな経験もありえないし、私だって、恋愛経験が豊富なわけじゃないよ。そんな考え方、したことなかったし。」

「普通はそうなのですか?」

「だって、好き嫌いって、突き詰めるところ、やっぱり感情が動かされるってこと。難しく考えても、好き嫌いを判断するのは、結局自分の気持ち次第になると思う。」

「じゃあ、あなたは、ご両親が好きだから、一緒に暮らしてるのですか?」

「私達はすごく変な家族なの。彼は、私達をそれぞれ別の人間だと知っているのに、同じに見ている。一方で、私達は当然だけど同じ人を好きになってるけど、多分おねえちゃんと私で役割が違うの。私達だけに与えられた特権のようなもの。それだけ、私達の好きな人は、面倒だけど、欠かせない人。私達は誰一人として欠けてはいけないの。もし欠けるとすれば、それは私。でも、今は考えられないなぁ。大好きな二人が心配だから。」

「親の心配をする娘の気持ち?」

「もっと強いかもしれない。だんだんと三人で暮らすことが当たり前になってきて、すでにいないだけで生活が成り立たなくなってる。」

「それだけ当たり前にいる存在なのですね。私も母を誇りに思ってますけど、それに近い気持ちなんですかね。」

「う~ん、家族だけど、ずっと恋愛してるような気持ちかな。彼も好きだけど、おねえちゃんにも恋してると思う。女性としての憧れもだけど、何より自分が自分を好きにならないわけがないよ。おねえちゃんも、私のことをそう見てて欲しい。あ、ごめん、私の話ばっかりだった。」

「いえ、楽しそうです。そうですね、自分の彼が素敵な人だったら、誰かに話したいと思えるのでしょうね。」

「そういう感じじゃないの?」

「彼は、自慢の彼女と言ってくれるかもしれません。でも、私は彼を自慢出来るほど、何かを知っているわけでもないし、感情の面でも追いついていない。」

この人を自慢の彼女と呼ばない男がいたとしたら、それは悪い男。私をナンパして、一晩楽しみたいと声を掛けてくるような男だ。この人の彼氏さんは、そういうタイプではなさそう。あれ、なんで私がうれしくなっちゃうのかな?



「あ、いたいた。二人共。心配しちゃったよ。」

そこには意外...でもないか、オトーサンが探しに来てくれたらしい。

「まったく、君はこんなお嬢さんと抜け出しちゃって。シンデレラの付き添いなの?」

「いえ、お父様。そこは、シンデレラではなく、悪の手先とでも言ってもらえたほうが、いいです。」

「冗談が過ぎるな。あなたには、娘が世話になりました。その人が悪の手先なんて言ってはダメだよ。」

「やっぱり優しい方なんですね。お父様、私がお誘いしたので、あながち嘘ではないんです。」

「ふふふ、あなたがうちの妻を好いてくれてるから、習ったんでしょ?冗談の言い方。」

「えっ、おねえちゃんにそんなことを聞いてたの?」

「すみません。私の話は固いって、先輩から聞きました。それで、先輩たちから、普通の会話を教えてもらってます。」

「そっか。気を使わせちゃった。固い話し方でも大丈夫だったよ?」

「いえ、これからお友達になる方です。そういうところは、しっかりしたいです。」

「あ、お友達だって。ねえ、オトーサン、私、おねえちゃんの後輩さんと、お友達になれたよ。」

「はい、これからも、よろしくお願いします。おねえちゃん?」

「おねえちゃん?いや、君のほうが年上だと思うけど。」

私、からかわれてるな。おねえちゃんって呼ばれるのは、同一人物だからなのだろう。

距離感が良く分からない。でも、嫌じゃないし、考えるだけ無駄なのかな。

「うん、これからもよろしくお願いします。先輩さん。」

私が返せるのはこんな返事ぐらいしか出来ない。この人は、抑えるところも、冗談も、これだけ流れるように言えると、すごいと思える。

こんなすごい女の子、私と友達でいいんだろうか?それとも、私はおねえちゃんの代わりなのかな?

「君はどっちの方面?帰るのが難しいなら、ホテルを一緒に取ってあげるけど。」

「ホテルですか?大丈夫...。」

そう、時計に視線を落としたが、しまったという顔をした。

「ごめんなさい、終電が行ってしまったようです。お手数ですが、お願いしていいですか。」

意外と時間にルーズ?そうじゃないよね。私があまり考えてなかったように、この人も、時間を気にしてなかったのだろう。

「分かった。じゃあ、この娘と一緒の部屋でいい?ツインしか空いてないらしいんだ。」

「ええええ、まさかオール?」

「いえ、そこまで遅く起きてるつもりはないですよ?」

オトーサンも不思議そうに、私達の様子を見てる。

「あのさ、この数時間で何があったのか知らないけど、うちの娘はそんなに気に入った?」

「先輩の娘さんらしいです。それに、お父様のことも聞けましたし。」

「そう...。残念ながら君の尊敬する先輩は、もう泥酔してるから、明日の朝にしか会えないけど、一緒に朝食でも食べに行こう。」

「お心遣い、感謝します。私も、娘さんみたく、先輩やお父様に甘えてみます。」

「あ、うん、え~と、君さ、僕のこと、なんて話したの?」

「私の恋人だよ。」

ライバル不在とばかりに腕を組んでくる。この子には、多分そう映ってないだろうなぁ。

「お似合いです。本当に、あなたの恋人だったんですね。」

「へへへ、いいでしょう。さあ、彼氏さん、私達をホテルまでエスコートしてね。」

「くだらない茶番に付き合わせて、すまないね。」

「いえ、本当にお似合いです。私はお邪魔しないように、後を付いていきますね。」

三人でホテルへ向かう。私は、どこまで本気か分からないこの人を、もっと知りたいと思った。




つづく

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