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Life 104 慎重と捉えるか、臆病と捉えるか

「しかし、全身運動というのは、なかなかリカバー出来ないものね。アンタはそういう感じじゃないの?」

「私は大丈夫、たくさん食べてるし、よく寝てるしね。それに、単純に運動量が2倍だからとか、そういう理由じゃないの?」

二人が公営プールでスイミングをしてくると、よく聞く会話だ。しかし、プールでシャワー浴びて、帰ってきてシャワー浴びて、もうすぐ夏だからいいけど、冬は絶対に寒かったよなぁって思う。

「確かに、50mプールを2時間借りて、おおよそ1キロぐらい泳いでる計算になるものね。もしかして、私ってシニアの大会とか出られちゃう?」

「シニア?そんなのチートだよ。18歳、アスリート体質、肌年齢に至っては20代、いくらマイナンバーカードを差し出したところで、疑われるのは目に見えるよ。」

「それはアンタも同じじゃない。22歳だけど、戸籍上は42歳よ。アンタこそシニアに出られる年齢だけど、出られない外見よ。」

「......あのさ、トレーニングなんでしょ?別に大会にエントリーして、万が一優勝でもされると、僕が嫌なんだけど。」

「あなたが嫌なことなんて一切ないと思うけど?どういうところが嫌なの?」

「写真や動画が絶対に何処かから漏れる。二人を世の中に知られるのは、僕は絶対に嫌だ。」

「言うようになったじゃない。独占欲が強いのは知ってたけど、そういう言葉を言えるようになれたら、立派に独占欲ありますって言えるわね。」

「オトーサンの場合、束縛とかじゃないからね。私達は、最低限の人しか知らないほうがいいってことでしょ?」

「事情もあるけど、それよりも僕が嫌なんだ。君の会社にすら、僕は恨みを持っているけど、収入を考えると、文句を言えない。」

「私も、やっぱりあの時に、素直に辞めて転職でもすればよかったのよね。もしくは、野木に帰って、あなたの家族と暮らすのも良かったかもね。」

「それだと私は大学も、バイトも出来ないから、一人暮らしすることになるの?嫌だよ、一人にしないでほしい。」

三人揃って面白いことを言ってると思った。僕はただ、この二人の存在が世間に見られるのが嫌なだけで、会社の広報なり、イベントなりに引っ張りだこな彼女の会社には、恨みがある。けど、その収入が娘の学費の足しになる。だから我慢している。一方で、その立場を蹴って、貯金で野木に移住し、パートでもしながらゆっくり暮らすのも良かったと言う彼女。そして、今の生活が壊れ、一人で東京ぐらしになる可能性が高くなることを不安に思う娘。家族だと思う証拠でもある。


「アンタはいっそ、コンビニのおばさんところに下宿させてもらえばいいんじゃないの?いつも、料理を作って、渡してくれるし。なんか、恩返ししたいけど、恩返しって売上をあげるぐらいしか私達には出来ないのよね。」

「おばさんも、君の話をする時は、楽しそうに話す。僕より親だと思ってるよ。」

「おばちゃんには助けられてるけどさぁ、自分の家族を育て終わって、私がバイトで入ってきてからは、ずっと私をかわいがってくれるし、色々教えてくれる。それが嫌とは思わないけど、もうおばちゃんを開放してあげたいって気持ちはある。」

「おばさんに取って、君はもう娘同然なんだろうね。僕が、君の親というスタンスをある程度崩さないように、あの人は僕の事情を一番に理解して、今では我が家の栄養士みたいな存在になってるし、切っても切れない関係...まあ、あのコンビニが閉店すれば話は別だけど、そんな話は聞いたことがない。」

「息子さんがいたんだっけ?育てて、社会に送り出して、それでアンタの番になったわけよね。あれ、おばさんって、私達から見ても、親ぐらいの年齢?」

「聞いたことなかったなぁ。言われてみると、そのぐらいの年齢だよね。おかーさんっていくつだっけ?」

「確か72だか73だか。それで週に2~3回も赤羽で甥っ子の面倒を見てるんだからすごいよなぁ。保育園不足って、真面目に解決の糸口すら見えない状況すぎる。」

「ってことは、おばさんも、少なくとももう60代には行ってる可能性があるわけよね。ギリギリ子育て中か。例えば、私とあなたで子作りをして、私達が43歳に子供を授かったとしたら、今のおばさんや、あなたのお母様ぐらいでも子育てしてるってことになるわよね?」

「出来なくはないけど、僕が子供なのは重々承知でしょ?それに、ようやく心の拠り所と余裕を手に入れたばかりで、もし、間違いがあって子供が出来てしまったら、僕は子育てするために会社を辞めると思うよ。不規則な生活に合わせるには、そうするしかないと思うもん。」

「いっつも思うけど、私は二人の子供には賛成してる。今の生活を壊して、新しい幸せになるなら、それはすごくうれしいことだと思うけどね。」

「私の立場、そして私が育休を取るという事実、これを会社がどう受け止めるかよね。少なくとも、43歳の育休なんて聞いたことないと突っぱねられる可能性すらある。そしてもう一つの問題が、出産は特に心配していないけど、その後、私は本当の意味で母親になれるのか?ということよね。例えばだけど、普通、子供が生まれれば、母乳が出てくるものだったりするけど、私の体にもそういう変化が起きるのかどうか。生まれたばかりから、ミルクを与える親も多いけど、そういうところに不安はあるわよね。」

「幸い、僕が子供だから、子供は好きだし、甥っ子はどうか知らないけど、スーパーで知らない子供がついて来るなんてこともあったけど、ちゃんと目を見て話をしてあげれば、サービスカウンターぐらいまでは一緒に来てくれる。親には怒られるか、感謝されるかだけど、なだめるのも僕。不思議なものだよ。」

「いっそ、オトーサンが会社を辞めれば、子育て出来る環境ではあるのか。それはそれで見てみたい気がする。」

「現実はそう甘くない。君たちが外に出ている間、僕は言葉の通じない赤ちゃんの世話が出来るかどうか。正直不安しかないし、僕はまた精神がガタガタになる可能性もある。悲観的な見方かもしれないけど、僕は多分再起不能になると思ってる。そうなった時に、君たちが支えてくれたとしても、男として幸せに出来ないで、不幸になるという流れを作るのは悲しい。あなたには、子育てを強いることは出来ないと思ってるし、君は社会人になること、まあ、それは君の決めることだけど、順当に行けば、君も子育てに巻き込むことになる。理由はあれど、君の血が入っている子供だから、自分の子供だと思って接してくれるだろうけど、それが幸せだとは、僕には思えないんだ。」

「まあ、そうよね。私は産休に入ったとて、多分テレワークをすることになる。陣痛が来ても仕事をしている可能性すらある。さすがにそこまで鬼ではないにしろ、私がいない時間、人事部に関しては問題ないけど、外の仕事、広報なり、就職イベントなりでの私の仕事は、代わりがいないと思う。」


「あのさ、なんでおねえちゃんの会社は、おねえちゃんの代わりが出来る人を育てなかったの?大学の講義じゃないけど、一般論として、講師の代役の準備が出来ないから休講になるけど、企業だと、それを一人に任せるっていう体制が、なんか変な気がする。」

「アンタもそういう視点を持って見てるのね。親として感心するわ。その通り、私の代わりを用意出来ない理由は、いくつかある。例えばまず私の外見、これは、キレイどころがある程度揃っている会社だから、代わりを出来る人はいる。本職としての広報部や秘書課のような仕事は、本来は総務部がやることだと、ウチの会社では考えられてきた。だけど、総務部では、広告を出す予算はあれど、いざイベントなりで対応するのは、各部署になる。つまり、就職イベントであれば人事部、展示会などがあれば営業部、規模の割に業務が細分化されていなかったから、そうせざるを得なかった。もし、広報部でも作ろうものなら、イチからプレゼンを出来るような資料作りや話し方の練習が必要になる。場合によっては外部に委託したほうが安い可能性すらあるわけよ。それを、私は日当にプラスの上乗せでやっている。コストパフォーマンスの上で、社長が導き出した答えがそれだった。」

「で、反抗してみたら、社長さんが自分の退任を賭けてまで、君を引き止めたと。」

「そういうこと...なんか、さらっと君って呼ばれるとうれしいな。あ、そうそう、だから、言葉は悪いけど、育てる時間稼ぎを、私はお金を貰ってしているだけ。それが5年になるのか、10年になるのかは分からない。でも、ここで、私が活きる場面がある。この体なのよね。」

「おねえちゃんは年齢に反して、見た目が変わらない。だから、時間稼ぎどころか、いつまでも出来る可能性すらあるってこと?」

「少なくとも、今の社長が退任するまででしょうね。当然、誰か代わりが引き受けてくれるなら、それに越したことはない。でも、その時私は何歳になってるの?って思うと、強行突破もやむなしかなって思っちゃうのよ。」

「言いたいことは分かるし、僕も父親になったとしても、さすがに40代後半には厳しいことになる。まして生涯現役が現実味を帯びてる今、この娘の見通しがある程度経ったら、子供がいてもいいのかもしれない。でも、それも短くて2年先か。僕も、あなたも、45歳か。」


「それはそうと、子作りをするとは言っても、わざわざ危険日にして、出来る保証もないよね。」

「あ~、確かに。今のあなたに、不妊治療をしてもらうってことにもなるわね。なんか、マメに誘ってごめんなさい。」

「まあ、それは100歩譲って受けてもいいけど、それはこの娘が妊娠するリスクもある程度負うことにつながらないかな?」

「やだなぁ。私だって、安全日も分かってるし、終わったら避妊薬も飲んでる。あまり好きじゃないけど、ゴムを使えばリスクは減る。それでも襲ってきたら、それは君の責任だと思うよ。でも、責任で子供を育ててもらうのも嫌かな。どうせなら、やっぱり好きが詰まった子供のほうが、愛情は湧くよ。」

「そうねぇ、私達の気持ちだけで、生まれてしまった子供は不幸にさせたくないという気持ちはあるわよね。もちろん可愛いし、育てる苦労もあるけど、送り出すまでは22年もかかる。これがどんなに長い時間か、私達には分かってしまっているものね。そして、子供は生まれてきてしまった不幸を背負って生きなきゃいけなくなるかもしれない。」

「たらればの話をするのはよくないと思うけど、もし20年前に、あなたとこういう関係だったら、僕は迷わず子供を育てる覚悟が出来ていた。衰えていく自分を見ていて思うけど、僕には昔ほどの覚悟も、気持ちの強さもないと思う。でもね、僕にはその代わりに、僕の人生を引っ張ってくれる娘がいてくれるようになった。それだけで、幸せなんだよ。」

「幸せだって。私が娘で本当に良かったって思える瞬間。本音では恋人って答えてほしかったけどね。」

「この人の言ってることって、ほぼ正解なのよ。私も、あなたの存在があるから、子供を諦める気持ちにはなれた。でも、私にとって、やっぱりあなたは妹に近いのよね。育てるべき存在である反面、この人への気持ちでは負けたくない。生涯のライバルっていうのは、そういうことなのよ。じゃあ、私にとって子供とは?と思った時、やっぱりこの人との子育てを経験することが、人生で最後のワガママなのかもって思う。苦労は当然だし、ましてこの人は気持ちの上で要介護が必要。メンタルバランスを保つことが難しい人に、それを迫るのは、本当にワガママでしかないの。」

「ワガママか。確かに、ワガママな奥様だね。だけど、その先を見たいとも思うのも、僕の本心かな。絶対にダメだと分かっているけど、見たくなるのは良くないと思ってる。」

「じゃあ、もう既成事実を作っちゃえば。私はおねえちゃんとの約束を守るけど、おねえちゃんは自由にしていい権利があるよ。オトーサンがダメだと言わない以上、生まれるまで頑張ってみるのもいいと思う。」

「若いって、それだけでいいわよね。それに、私もシンママをやってる可能性だってあった。あなたが違う家族を持っている可能性があったようにね。」

「難しい問題だ。大人になるということは、経験を積むことに等しい。知ることで、僕のように臆病になってしまう人間だっている。慎重だと言う人もいるが、僕は臆病なんだ。」

「オトーサンは大人だよ。臆病なんかじゃない。経験を積むことで大人になれるなら、臆病になるのも、経験を積んだ大人だからじゃない。」

「あなたの負けね。この娘が言ってることも、また正解。そう考えると、私達は生まれてから、一生赤ん坊の感覚を持ち続ける生き物よね。」

「どうして、そう思うの?」

「だって、自分が不快だと思うから、赤ん坊は泣いて、してほしいことを教える。その不快だという気分、気持ちは、人に違いはあるけど、それがセンサーとなって自分自身で止まる人もいる。でも、それが正確で、一番自分の気持ちに向き合っている証拠なのだと思うの。別に、大人だから臆病になったわけじゃなくて、本当は自分に、何か不快に感じることがあるから、そこで止まってしまうのかなって思うのよ。克服出来ることは本当に少ないのかも。」

「そうかもしれないね。不安と恐怖に支配されるってことは、不快に感じることがあったから。だから僕はああなってしまった。納得出来る答えだよ。」

「もっと忘れるぐらいに色々起こったらいいのにね。あ、でも、子育てをしてると、そんなことは吹っ飛んじゃうんじゃない?」

「そうね、予想外のことしか起きないし、あなたには荒治療も必要なのかも。それに、自分の子供だし、邪険に扱えないわよ。あなたはそういうこと、絶対に出来ないものね。」

「ま、それはそれだよ。まずは、僕がどこまで頑張って、満足させられるか。そっちのほうが問題だよ。生まれる前が、一番難関だ。」

「まったく、たまに人を押し倒すぐらいに発情することがあるのに、その答えはえらく淡白よ。」

「嫌なら拒めばいいんだよ。君に押し返されるぐらい、僕は力もないよ。」

「あら、発情してるほうが、男らしいもの。そのギャップ、甘えてばかりの君より、私は好きよ。」

「はいはい、これが同級生だったらイチャイチャしてる会話に聞こえるんだけど、なんか変な気持ちになる。」

「君を不快にさせちゃったね。ごめん。」

「もう、そういうのは、二人の時に話してよね。」


でも、表情は笑っている。結局、三人で変なことをを話してて、結論が出ないから、幸せなのかもしれない。答えが出たら、きっと面白くない。

一つ問題がある。これが、寝る前の会話だったらどうする?そう、これが定例会の話。よく、こんな話をしたあとで、寝ることが出来るものだと、自分でも思うことがある。


「明日もあるし、寝ましょうか。」

「そうだね。寝よう。あ、今日は私の方を向いて寝て欲しいな。」

「見慣れた天井を見ながら寝るよ。どうせ、起きたらそっぽ向いてるんだから。」


明日への活力とはよく言うが、本当に活力を得るには、誰かと気持ちを共有して、笑いあうことだと、ようやく理解出来るようになってきた。

僕は変わらないだろうけど、二人が本音を言ってくれること、そういう思いを持っていること、そしてそれを知ること、これで、僕は明日もなんとなく生きてみようと思える。

今も、これからも、僕はこれでいい。これがいい。これが、僕のワガママだ。



つづく

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