Life 102 私があらためて家族だったと思った日
「ピラミッドのボス、あれどうやって倒せばいいの?」
「ドラクエ3の話?ピラミッドにボスいないよ?」
「あ~、HD-2D版の新要素なのか。大体、ドラクエ3は200時間やったとか言ってて、HD-2D版は興味ないの?」
「興味ないって言ったら嘘だけど、そもそもまだ買ったけどやってないゲームがありすぎる。FF3リメイクとか、クロノトリガーとか、ピクリマFF6とか。」
「でもHD-2Dの1・2が出たら買うんでしょ?その違いは何?」
「思い出補正。ドラクエ2は生まれて初めてやったRPGだから色々思うことがあるんだよ。」
思い出補正かぁ。なんか、この人らしい理屈だなぁ。そう思う休日。
私達が引っ越すと考えてから半年、実は目的に合う物件がなく、部屋の更新料も払ってしまった。
大見得を切ってしまった私達親側からしたら、面目ないとは思うのだが、この娘はどういうわけか、一人暮らしをしたいと言わなくなり、このままここで暮らしたいとまで言い始めた。なんか、このやり取りを見てて、そういうことなんだなぁと思った。この娘にとって、誰かと暮らすことのほうが、一人暮らしより大事に思ってるから、こうやってエアコンを付けてるのに、こたつに入って、ゲームしてるのよね。もうすぐ6月。エアコンを付ける気温。なのにこたつに入ってる。この矛盾が、私に日常を思わせてくれる。
こたつ布団、定期的に洗っているけど、うちでは年中無休で使われている。案外冬より夏の冷え防止に一役買っている。彼が年中こたつと言いたい理由が、なんとなく分かってしまうのが悔しい。そんな午後。私にしては、珍しく休日出勤はないから、こういう光景は久し振り。
「ん、どうしたの?」
「なんか、いいなぁって。」
「なになに?私達の関係?」
「あ、それは間に合ってる。いや、そうでもないか。最近、こういうやり取りを聞いてなかったから、なんとなく思っちゃったのよ。」
「恋人同士のイチャイチャタイムを見せつけられてるのに?」
「そういう感じじゃないわよ。こういうときは、ちゃんと親子なんだなって。」
「そうなのかな?う~ん、そもそもイチャイチャしてる会話って、どういう会話なんだろうね?」
「あなたは変なところでスイッチが入る人よね。いやいや、そうじゃなくて、二人が恋人だって言ってても、してる会話は普通の親子と変わらないって。」
「おかしいなぁ。私は、恋人のつもりで話してるんだけど。」
「僕のほうがそう思ってないからなのかもね。あんまり立場を考えて話してないからね。」
「え、私だけ?」
「だって、ゲームの話だと、やっぱりそんな感じじゃない?一応、人生の大半をゲーム機と過ごしてきた人間だし。」
「アンタの負けね。でも、共通の趣味を持つって、やっぱり恋人には必要なのかしら?」
「思って言ってないよね?」
「そりゃあ、あなたと私、共通する趣味なんて、皆無じゃないの。」
「あんまりさみしいこと言わないで欲しいけど、確かにそれはそうなんだよなぁ。」
「趣味、う~ん、趣味って、考えてみたら私、趣味という趣味がないわね。昔は喫茶店巡りとか趣味だったはずだけど。」
「チーズケーキが好きなんだっけ。それを目当てに一人で喫茶店に入る勇気がすごいと思う。」
「あれ、オトーサンって、あんまり外食とかしない派?」
「一人で食べに行くのが嫌なんだ。良くて松屋。」
「線引が良くわからないのよね。どういうところなら入れるの?」
「どこだっけ、カウンターに仕切りが立ってて、他の人と目も合わせないように食べられるラーメン屋とかなら行けそう。」
「でも、マックとかスタバとかには一人で入れるのよね?」
「ちょっと前はファミレスでも大丈夫だったけどね。今は、もうなんか無理。」
「なんか無理って...。要はさみしい食事はしたくないってわけね。」
「僕は食に無頓着な部分がある。ご飯さえあれば、適当なおかずだけで一食食べられる。いいのかわるいのか。」
「で、おねえちゃんの趣味がないっていうのは、どういうこと?」
「趣味というか、あんまり考えたことなかったし、今はずっとあなたたちを見てるのが面白いだけ。それが趣味なのかしら?」
「人間観察ってこと?」
「う~ん、それも違う。なんと言えばいいのかしら。なんか、二人が兄弟みたいに見えるときがあるのよ。」
「...それは初耳。昔はそうでもなかった?」
「ちゃんとあなたが父親で、この娘は娘だったのよね。で、時々恋人みたいなイチャイチャした会話をしてたけど、最近はなんかそう思うのよね。」
「兄弟だって。オトーサンの妹さんと、こういう会話って出来るの?」
「アイツとはそもそもに考え方が違うし、嫌いじゃないんだが、昔の父方のばあちゃんに近い感じがして、好きじゃないんだよ。」
「そうなの?」
「なんかね。努力はするんだけど、無計画に子供を生んだりしてるからさ。それに、アイツの履歴書、僕に負けないぐらい色々な職種やってるし、折り合いがつかないけど、変に意地になって働いて、稼ぐだけ稼いで辞めるしね。広告代理店に入って2年務めたら急に教員免許とるとか言ってるんだよ。リーマン前で、景気の良かった時に新卒だったのにね。」
「リーマン?なにそれ?」
「あ、そっか。アンタがスキップした20年、色々なことがあったのよ。さすがに震災ぐらいは分かると思うけど、リーマンショックっていう金融危機がアメリカで起こって、それが日本にも飛び火して、悪い景気が更に悪くなってたのよ。でも、私達が新卒だった時代に比べれば、景気も上がってたし、新卒がバブル景気のようにもてはやされたのよ。あれって何年前?」
「今が2023年だから、15年前ぐらい?まあ、その前の2年、2006~2008年ぐらいの新卒は引く手あまたで、僕とは4歳差の妹はそのまま新卒でどっかの企業に入ればよかったんだよね。」
「ふ~ん、今は景気は悪いけど、一定の新卒は採用されるよね?」
「就職氷河期に人を雇わなかったって教訓があったからじゃないかな。あの時代、10年近くとなれば、今まさに世代交代が上手くいかない。だから新卒の給料なんて、初任給は超大手しか25万なんてもらえない。そういう時代よ。私達は就職氷河期の最後に近いけど、私は運良く今の会社に入れた。でも、未だにベース給は20万だからね。」
「で、僕は就職浪人、まあ、実際には大学からやってたバイトをそのままやってたんだけどね。」
「えっ、そうなの?私も知らなかった。」
「あれ、そう言えば、こんな話はしなかったかな。ま、でも運良く今も生きていられてるからラッキーだよ。二人とも暮らせてるしね。」
「そうなんだね。あ、そうそう、私とオトーサンが兄弟みたいな感じなんでしょ?私とおねえちゃんなら分からなくもないけどさ、なんか違うよね。」
「僕は家族と折り合いが悪いんだよ。実家に帰ってるとき、なんとなく態度が悪いでしょ?」
「あら、リラックスしてるからだと思ってたのに、違うのね。」
「私は可愛がってもらってるよ。いつも会うのが楽しみ。」
「ああ、そういうことか。君は僕に似てる感じがあるって言われてる意味がなんとなく分かってきた。」
「あなたは両親には頼りにされてるわよね?それなのに折り合いが悪い?」
「あ、まあ、あなたが僕に素直だって言うのを、この娘にも言ってるじゃない。妹の性格はそれほどいいと思えない。僕のばあちゃんは、じいちゃんの年金を全部貰って、じいちゃんに月1万ぐらい渡してるような人だった。その血が強いのか、妹はケチで、僕が甥っ子に色々買ってあげるけど、お礼は言われても、感謝はない。それに気分屋だから、特にオトンと衝突して、実家を飛び出して、日本語のロクに話せない旦那と、やり放題の甥っ子を残して自宅へ帰ったりする。こういう行動が、アイツの信用を下げているんだろうね。で、僕はそこをスルーすることが出来て、なおかつ色々世話を焼く。この娘も同じように世話をしてあげてるから、同じように見られてるんだろうね。」
「そうなんだ。オトーサン、兄弟だってよ?どうかな?」
「解釈を増やしてもらうのもどうかなって思うけど、しかしねぇ、22歳の妹か。」
「あら、私だってこの娘は22歳の妹のときがあるけど、どっちかと言うと、友人関係みたいな感じよね。」
「それに、ちゃんと母親やってるしね。」
「へぇ~。母親出来てるんだ。」
「オトーサンには恥ずかしくて見せられないんだよ。」
「でも、そういう感じになる瞬間は随所に見せるから、僕も分かってるよ。」
「なんだ、知ってるんじゃないの。母親なのよ、私。」
なんか、こういう休日ってすごく久し振りで、三人で話すのって、やっぱり楽しい。定例会といっても、最近はこの人は話を聞くだけだし、私達は色々話すけど、お互いに返事しちゃうから、会話らしい会話になってないのよね。どうして、忘れてたんだろう。いや、やっぱり私が家計を稼ぎ出してる分だけ、家族ごっこになっていってしまってるんだろうな。
「しかし、別に僕はどうでもいいんだけど、君はそれでいいの?」
「何が?」
「僕と兄弟みたいってことだよ。父親で、恋人で、兄弟、なんか肩書というか、おかしな感じしない?」
「でも、全部仲良しって感じがするよ。兄弟なんて嬉しいじゃん。」
「とは言え、新しい解釈を与えてしまった気がするわ。兄弟、う~ん、でも、兄弟ぐらいしか表現する言葉がないのよね。」
「そう見えるなら、それはそれでいいと思うよ。僕も、君みたいな妹がいたら、もう少し可愛がっただっただろうね。自慢の妹。」
「自慢の妹かぁ。おねえちゃんはそう思う?」
「私の妹だったら、アンタは出来過ぎなのよね。無頓着なところぐらいだけど、それはアンタの持ち味でもあるしねぇ。」
「サラッとひどいことを言ってる気がする。だけど、そんなに無頓着かな?」
「ある意味、相手をハラハラさせるぐらいに可愛いしね。悪いことではないと思うけど、それも学生までかな?」
「オトーサンに可愛いって言われちゃったよ。やっぱり、可愛いんだ、私。」
「アンタは本当にかわいいし、私も素直に生きられたら、こうなってたのかな?って思う時はあるわね。でも、アンタはアンタの人生を生きてるんだから、私に遠慮せずに、兄弟でも、恋人でも、愛人でもやってていいわ。アンタは私だしね。」
「器が大きい人だよなぁ。あ、まあ、それはそれでいいんだけど、さすがに僕を振り回すような恋人にはならないでほしいかな。」
「あら、いいじゃないの?この娘が可愛いから、振り回されても、文句を言わないんでしょ?」
「そう思うなら、この娘に振り回されてる僕も、君は好き?」
「好きよ。私に振り回されてる君、それを嫌に思う恋人がいる?」
「便利に同じ人間だってことを使うよね。僕は君たちといっしょにいないと生きていけなくなってるのにね。」
「でも、おねえちゃんと私だけでも大きく違うもんね。オトーサンは、そういう私たちが好きで、贅沢で、欲張りな人だよね。」
「僕の残りの人生は、二人といっしょに過ごすことが目標だよ。ま、僕がどれぐらいの頻度で、また精神的な問題を起こしてしまうか。」
「それは、心配ないわよ。私達だって、あなたの生態系が分かってきてるし、とにかく不安が先にくるタイプだから、急激なストレスに強い半面、長期間のストレスに弱い。そして、そうなる原因は、私達が変わってきているからなのよね。」
「おねえちゃんはどうしてそう思ったの?」
「去年、私は社内の配置転換があって、そのせいで休日も家を開けることが多くなった。そのせいもあって、徐々に家庭に爪跡を残そうと思うようになった。夏休みに、私から子どもを作りたいと迫った理由は、多分そういうことの現れと、あなたの妹さんのお子さんを見てて、自分も子育てをしてみたくなったというのが真相だと思ってる。そして、アンタは平日は授業、休日はバイト、この人と接する時間がもともと少なかったし、やっぱり家を空けて友人と遊びに行ったり。それは前からだったけど、私がいるのといないので、あなたの精神状態に不安を生ませてしまったと思うのよ。」
「確かに、3人でいることも少なくなったし、君が一人暮らしをしたいと話したときもあった。どこかで崩れ始めたのは間違いないのかなと思ってる。でも、それは僕が何も話せなかったし、何も伝えられなかったから。弱虫だったんだよ。二人の前でも弱虫。」
「でも、今は違う。私が支えて、この娘が引っ張る。それに乗るだけで、あなたの生活は流れていく。その中で、あなたが自由に生きていける時間は多くなったと思うのよ。」
「まあ、それもそうかもね。でも、代わりに二人から迫られることも多くなった気がする。」
「そうなのかな?じゃれ合うような感じなんだけど、それってイヤ?」
「それが兄弟って言われる所以なのかもしれないね。僕はイヤじゃないし、君は何も変わらなくていいと思う。」
「その辺は、毎回いうけど、役得だと思いなさいよ。私もおばさんっていう年齢だけど、この体に自信を持たせてくれたのは、君と、この娘のおかげなのよ。」
「私?」
「アンタは女性らしい体つき、そして私は18歳...とはちょっと違うけど、程よく鍛えた体つきになった。両手に華。両肩に背中を預けられても、耐えられる君だから、私達はそうやって日頃の話をする。家族っていいものね。そういうことが、ごく普通に出来ちゃうものなのよね。」
「そりゃ、僕は支えることと、相槌を打つことしか出来ない。でも、相槌を打つというのは、とても大事なことだと知ったかもしれないね。」
「それって、私のおかげ?」
「5年前に、君と会ってなければ、僕は今の生活は出来なかったし、偶然とは言え、結婚することも出来た。それも、君と会って、会話をしていって、ダラダラしたり、色々なところに出かけたりして、それなりに思い出を作れた。それが、今の生活のベースになった。そして、あなたがそこに加わってくれた。三人になれば、会話は弾む。不安から、一時的にでも開放されることが、精神的に安定する材料だったんだと気がついた。だから、多分崩れることを怖がって、ああなってしまったんだと思う。」
「そんなことを言ったって、離れられないのにね。」
「でも、生活リズムに耐えられないという人は、世の中にはたくさんいる。それをハンデにしたって、面白くないと思うわよ?」
「そうだね。ま、じゃあ、今日はお兄ちゃんが、ドラクエ3に復帰して、君に色々教えてあげようかな。」
「HD-2D版は全然違うって言ってるよ?大丈夫?」
「話の流れが大きく違うことはないだろう?今日中にオーブを全部集めて、ラーミアを蘇らせるぐらい出来るよ。」
「ネタバレ厳禁。分かってないな、私のお兄ちゃん。」
そんな会話を笑顔で出来る。そうか、私は家族でいられる。そんな贅沢を、ごく普通に思っていた。休日出勤とか、嫌なオヤジの相手とかをしているからこそ、こんなに幸せに感じられるようになった。これで、私が子どもを生んだら、もっと賑やかになるんだろうなぁ。
「どうしたの?ニヤニヤして。」
「あ、バレてた。いや、少し妄想をしていたのよ。もし、私が子どもを生んだら、この生活はもっと楽しくなるのかな?って。」
「奥さんの発言を否定するのはどうかと思うけど、僕は子どもを作る気はないよ。僕が子どもみたいなものだから。」
「知ってる。でもね、私も、この娘も、女である時があるのよ。愛する人と子どもを作り、育てる、それを見てみたいと思ってしまうのよ。」
「同感。でも、私は経済的に無理があるから、ちゃんと避妊するよ。」
「アンタはそういうところがしっかりしてる。私は、成り行きで妊娠してもいいと思ったりしてる。ダメよね。言っている本人がこういうことを考えてるなんてね。」
「でも、分かるよ。オトーサンは現実主義だから絶対に許さないと思うけど、私はおねえちゃんに共感出来る。それに、おねえちゃんはずっと妊娠リスクを抱えて生きていくってことでしょ?」
「どうなのかしらね?少なくとも、見た目も中身も18歳に近いわけだし、本当にこのままだったら、そうなるわよね。」
「勘弁してください。僕、もうそこまで持たないよ。」
「情けないなぁ。もっと、彼女を満足させるのが、彼氏の役目だぞ。」
「言えてる。私も、あなたとの関係がもっとあっさりとしたものだと勘違いしてたけど、本当は君を求めてる。そりゃ、妊娠しちゃう夢だって思っちゃうわ。」
「...昼間から、何話してるんだろうね。私達。」
「まあ、そういう流れだったからね。さてと、じゃ、なんかお昼ごはんでも作ろうかな。」
「ねぇ、お昼ごはんは私が奢るから、もう少し、未来の話をしない?」
「もったいないよ。なんか作るし、話はその後でもいいんじゃない?」
「その作ってる時間、私は三人で話していたいの?」
「作りながら話せる内容?そうでなければ、ちゃんと話そう。」
「ありがとう。やっぱり、私の彼よね。アンタも、それでいいでしょ?」
「いいけど、そんなに大事なことなの?」
「ううん、別になんでもないことなの。だけど、私には大事なこと。」
「?...変なの?」
「何気ない日常が大事だって話だよ。それで、僕らがデリバリーにありつけるなら、得だと思うよ?」
「なるほど、おねえちゃん、こういう時、本当に減ったもんね。じゃあ、私も遠慮なく注文する。」
「...打算的なのよねぇ。私の日常は、お金で買うものなのかしら?」
もしも、母親だったら、「こんな朝からずっとゲームなんかやってないで」とか言ったりするのかな。彼の彼女、あの娘の母親、あなたの奥様、どの立場であっても、私には似合わない気がする。私は、この中で自由にさせてもらっているけど、会社で私が確立している分、プライベートがおざなりになりがちなのはしょうがないのかな。でも、私は、本当に私のままでいいのかな?私は彼ほど独特の生き方をしているわけでもないし、あの娘のような柔軟な生き方も出来ていない。お金のためとは言え、私は会社のアイドル、客寄せの偶像になっていることを、二人は私を許してくれてる?
「ねぇ、一つだけ教えて?」
「どうしたの?おねえちゃんにしては不安そうな表情だよ?」
「深刻な悩み?大丈夫だよ、三人で解決しよう。」
「うん、...私、ちゃんと、私でいていいのかな?」
「......ん?おねえちゃん、どうしちゃったの?」
「きっと不安になってしまったんだよね。たまの休日、あなたはこの場で、あなたとして振る舞っていていいのかってことだよね?」
「うん、なんか、本当の私って、誰なんだろうって思ってしまったの。」
「いや、それはおねえちゃんでしょ?誰でもない、おねえちゃんだよ。」
「この娘の言う通りだよ。普段の君を知らないし、世間がどう思っていても、僕らの中では、君は君としか言えないよ。」
「そう、だよね、私、なんか、色々な立場で立ち回らなきゃいけないって思っちゃって、不安になった。」
「君が色々な顔を見せなきゃいけないのは分かってるし、少なくとも僕ら3人の中で、人間関係が複雑なのは、君だよ。でも、君は、君が思ってるほど、立ち回りを変化させることをしていないよ。そこがいいところだし、僕の奥様だと思ってる。」
「それに、私もおねえちゃんも、感情のままに話せる場所がここにあるじゃん。そんな場所で、立場なんか考えたって、しょうがないと思うよ。オトーサンとイチャイチャしててもいいし、私にゲームばっかりやってと小言をいうのもいい、別に、ベッドルームで寝始めても、疲れてるんだろうと咎めないよ。まあ、昼間からエッチなことでもし始めたら、さすがに私はやめさせるけどね。」
「耳が痛い話だな。でも、さすがこの娘はそれが見えてる。ここにいるのは、共依存者が3人。あらゆる感情が詰まった部屋。そこに、立場を持ち込む方がおかしいよ。」
「でも、私は私の役割が...」
彼が抱きしめてくれた。私の様子がおかしく見えたのだろう。そして、心配な表情を浮かべている。
「じゃあ、君の役割は、デリバリーが来たらお金を払うことだけ。そのあとは、三人でご飯を食べて、また考えればいいんだ。たまの休み、不安にさせちゃって、ごめん。」
そして、娘が頭を撫でてくれた。不思議なことをするものだと思ったが、きっと彼の真似をしているんだろう。
「どうせだから、考えるのをやめちゃおう。なりゆきにまかせて、午後は過ごせばいいって。あ、私達はゲームするけどね。」
涙が出てきてしまった。最近、涙もろい気がするけど、これも年齢のせいなのかもしれない。
「うん、そうする。アンタ達がゲームやってるのを、私は見てる。こんな贅沢、ここでしか味わえないものね。」
「あれ、泣かせるつもりはなかったんだけどなぁ。でも、君は背負ってるものが大きい分、ここでは自由に振る舞っていいんだよ。暴君になったって、僕は文句を言わないだろ?」
「言わない、わがままばっかりでごめんなさい。」
「いいんだ。それが、君が外でやっていることに対する休息になるのなら、たまにそうなってもしょうがないと思うよ。」
「そうだよ、お酒の量、自己申告にしてから、ちゃんと管理出来てないんだから、家に帰ってきて、飲み直すとかしちゃダメだからね。」
演じきって見せると誓ってから、そんなに時間が経ってるとは思えない。二人が優しく、私を甘やかすから、私は会社で、仕事が出来ている。仕事が多すぎて、よそ行きの自分を思っていたけど、別にこの二人には、立場を演じる必要はないのよね。時には彼を叱り、時にはあの娘に母親として接する。それを切り替えるだけで、私は私で良かったんだ。一人相撲ばっかりで、本当に情けない。私は、やっぱりひねくれた人間なのかもしれない。
「安心した?」
彼が私をほどいてくれた。君の温かさ、私には十分すぎるぐらい伝わってるよ。
「うん、弱気になって、本当にごめんなさい。」
「ここはそういう場所だよ。おねえちゃんも、思うことがあれば、どんどん言っていいよ。それを三人で解決していくんだから。」
「うん、そうね。高い勉強代になったけど、あなた達と家族で、本当に良かった。ずっと、愛してる。私も、ずっと愛して欲しいな。」
「...若いよなぁ、こういう可愛いことを平気で言えちゃうのが、この人のずるいところだよ。」
「同意。おねえちゃん、可愛いことを言っても、年齢を考えろって責められないのが、くやしいよね。」
「ちょっと、私が可愛いことを言って、何が悪いのよ。私だって、まだまだ女の子なのよ?」
「おばさんって言ったり、女の子って言ったり、でも、おねえちゃんは本当にそういう人だもんね。」
私は、改めて、この与えられた容姿と、衰えを知らない肉体、そして幼いままの感情に感謝した。きっと、このまま暮らせる時間は短いだろうけど、私は変わらずにいられる。そのことは、ずっと思っていよう。誰が何と言っても、その場の私が、私だって誇りを持とう。そう、決意をしたところで、デリバリーにお金を払うのだった。
つづく




