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Life 100

「なんか、色々あったよね。」

「そうだね。同居した頃は17歳、今は22歳。今年で23歳か。すっかり大人の女性になっちゃったよ。」

「あれ、まだ可愛いって言われてもいいような年齢だと思ってたんだけど、そうじゃない?」

「もちろん可愛いけど、みんなから言われてるように、スキの多い、いやらしい女性だと見る人もいる。親としては、そこが心配。」

「でも、彼氏としては?」

「そうだなぁ。これが僕の彼女ですって、自慢したいぐらいには成長したよね。でも、僕とはやっぱり釣り合わないよ。君が僕に懐いて、好意を寄せてくれて、エッチなこともしてる。そのたびに、君が僕の彼女なのは、いつまでなんだろうなぁって思ってる。同居してるからと言って、体の関係を持ってることに、やっぱり罪悪感はあるよ。」

「そこではっきり彼女じゃないって言えないのが、君のいいところであり、ダメなところなんだよね。私も付き合いが長くなってきて、オトーサンを知れば知るほど、やっぱりダメなところが見えてくるものなんだよね。でも、そういうダメなところもひっくるめて、大好きな君だから、やっぱり離れられないのかもね。」

「そんなに好いてくれるのはうれしいけど、あの人が出かけてる時に迫ってくるということは、どっかに行きたいってことかな?」

「久しぶりに、あの喫茶店に一緒に行こうって思ったの。前は食べるのにガツガツしてたけど、二人で、テーブルを向かいにして、話をする。そういうことも知っておきたいって思った。」

「確かに、あれはスタバやドトールでは味わえないし、ガストとかコメダ珈琲みたいなところとも違うもんね。どれ、ちょうどいいし、お昼がてら、行ってみようか。」

「やっぱり、なんかずるいよなぁ。そうやって、ホイホイ言う事聞いちゃう。どうせ、おねえちゃんでも同じでしょ?」

「彼女はルノアールを選ぶよ。それに、ビールを出す喫茶店だから、後始末が大変だしね。君はそういうことが絶対に有り得ないし、途中まで同じ時代を生きてた人間だから、一種の懐かしさを感じただろ?ABABなくなった時だって、寂しがってたしね。」

「やっぱり、憧れるものは、君と一緒なのかもね。子供の頃、よそ行きで行く場所がなくなってると、寂しく感じるもんね。」

「ま、そういうことにしておこう。少しは着替えるから、君も着替えてきなよ。大人っぽく、おめかししてちょうどいいお店だよ。」



日暮里の駅前にあるその喫茶店...店名は談話室となってるけど、相変わらずメニューがそこら辺の定食屋より多いぐらい。潰れないか心配になってしまう。

今ではほとんどなくなっている、左右が内側に丸く、小さいこどもがベルトに捕まりにくいエスカレーターも、上野のABABがなくなってしまった今となっては、身近なところではここでしか見られないと思う。入口は、すごく重要なものだ。お店に入ろうか迷う時の基準となるし、そこでの体験をひっくるめていいか悪いかになる。それは色々な出来事でも同じ。

「なんか、このエスカレーターの雰囲気が好き。」

「昔はエスカレーターがアトラクションみたいなものだったしね。ほら、野木にも2階建てのスーパーがあったけどさ、エスカレーターって当時、あそこだけだった。」

「その頃を知らないなぁ。私って、転校生だったし、オトーサンの実家ほど駅に近くないから、あっちには行かなかった。あれ、でもさ、一回、中学の時、文化祭のクラスのメンバーで、プリクラ撮った覚えあるんだけど。」

「なんとなくそんなことあったかもね。プリクラが野木に入ったのも、あのスーパーのゲームコーナーが最初だったしね。」

「そうそう、私、あそこで紙コップのジュースのミックスが出来ることを知ったもん。メロンソーダとリアルゴールドなんて、普通に混ぜないって。」

「......関係ないことで盛り上がってるね。中に入って、なにか食べながら、話をしようか。」

「そうしよう。私、何食べようかなぁ。」


「いらっしゃいませ。」

この、程よく元気でもなければ、活気がないわけでもない、丁寧といえばいいのか、ルノアールとここぐらいしかそういう入店の挨拶をしてくれるお店に入ったことはない。あの人は、それなりに大人の付き合いもあっただろうから、あんまり気後れせずに入れるだろうけど、僕は、その辺に若干の苦手を感じる。自分が雑だから、そう思ってしまうのだろう。

「え~と、2名でお願いします。」

「空いているお席をご利用ください。後ほど、おしぼりとメニューをお持ちします。」

空いている席、まあ、奥の二人席を使えばいいか。わざわざ4人席を占領するほどのことでもない。

「二人席でいいよね?」

「大丈夫。あ、もしかして、私がまた色々注文すると思ってる?」

「まあ、それもあるけど、二人席が落ち着かないっていう人もいるしさ。」

「そんな人いるの?私達、そんな感じじゃないじゃん。」

「余計な心配だったね。それじゃ、二人席でいいか。」


「いらっしゃいませ。本日はお二人ですね。」

「お久しぶりです。今日は、娘と来ました。ご厄介になります。」

「いえ、ゆっくりおくつろぎください。注文の際には、またお呼びください。」

いつもの紳士が、丁寧におしぼりを渡し、お冷を出してくれた。意外と、覚えてくれてるもんなんだな。

「カッコいいよね。あの人。」

「そうだね。サービス業って、目に見えないものをお金に換算するところがあるけど、あの人にはもっと払ってもいいと思う。でも、日本はチップの文化は失礼に当たるしね。」

「君なら喜んでチップをもらっちゃうでしょ?」

「もらえるものなら、だいたいはもらうよ。断るのも良くない文化だからね。難しいよ、日本の社会や文化は。」


窓際の席だった。と言っても、目の前には、バスターミナルと、列を作ってるマクドナルドぐらいしか見えない。割と、見飽きた風景だった。

「ねぇねぇ、やっぱり、ガッツリ食べてもいいかな?」

「いいよ。遠慮して食べない君のほうが、僕は心配になる。おサイフとは相談だけどね。」

そういうと、彼女は好物のヒレカツ定食を注文した。僕は、ホットサンドイッチを注文。飲み物は食べたあと考えることにした。

「ホットサンドイッチなんてものもあるんだね。私、あんまり聞いたことない。」

「普通にサンドイッチ作って、それをトーストするものって言えばいいのかな?昔は、割とどこでも食べられたけど。ああ、今はクラブサンドみたいなものなのかもね。」

「なんとなくはわかるけど...、う~ん、見たことも食べたこともないな。」

「じゃあ、僕のが来たら、自分で食べてみたら。納得できると思う。ハムとチーズが入っているサンドが一番分かりやすいかもね。」

「そっか、ちょっと楽しみ。」

半分は好奇心、それと半分は僕と食べ物をシェアできることへの喜びなのかな。22歳にしては、やっぱりあどけない笑顔。周りを心配にさせる笑顔というのも珍しいけど、それが彼女の魅力でもある。忠告しても、誰も咎めないのは、そういう理由なのかもしれない。


「しかし、もう5年以上経つのか。今まで、楽しかった?」

「えっ、何その死亡フラグみたいなやつ?」

「いや、もうしばらくしたら引っ越しするでしょ?君にとって2度目、ようやくプライベートな空間を与えられるけど、今まで、それに不自由はなかったか?って話だよ。」

「いつも言ってるけど、私がこの時代に来て、君が最初に会った人で良かったと思ってるし、やっぱり、私はどんな姿であれ、君のことを3年間忘れられなかった。おねえちゃんは、不運な事故があったけど、私はその事故で、この時代に来たこと、実は感謝してるんだ。」

「最初は、見るもの全てに驚いてたし、休みとなれば、バイトは夕方からで、繁華街に行ってたっけ。」

「そうそう。私、あのときは早く大人になりたかったんだ。君が大人だったから、私も大人になれば、きっと釣り合うだろうって。」

「当時からおじさんだったと思うけどなぁ。でも、メイク道具も買ったし、ちょっとしたおしゃれもさせてあげられたから、良かったとは思ってる。」

「でも、オトーサンは無理して、それを叶えてくれたんだよね?」

「半分は意地、もう半分は、君に不憫な思いをさせたくなかったんだ。人生において、18歳ぐらいが、一番生きてて楽しいと思える時間だと思う。大学に行くお金は出してあげられなかったけど、この娘のために、僕は頑張らなければいけないと思ってたからね。」

「ありがとね。そのおかげで、私は今の大学生活でも、話題に乗り遅れることなく過ごせてる。大切な友達もできたしね。」

「ところで、コンビニの仕事仲間は?」

「大体が留学生だから、私が入ったときからいる人は、もう誰もいない。おばちゃんと私だけ。」

「おばさんにも迷惑をかけたからなぁ。もっとも、君よりあの人か。」

「おねえちゃんって、最近自分でもある程度禁酒はできてるよね?」

「禁酒できてるというより、他の欲が勝ってしまっているというのが正しいんじゃない?」

「おねえちゃんかぁ。私にとっても、おねえちゃんにとっても、同じ人間なのに、全く違う人間になっちゃったけど、面白いよね。」

「僕は彼女も君も、今は同じ人間だと思ってないんだな。まあ、環境による個性の違いが大きくなったよね。君は悔やむこともあるけど、あの人はどこか何が起きても堂々としてる。それは、多分経験の差でもあるし、失ったものの大きさの違いだと思ってる。」

「でも、私だって、時代がいきなり20年後になったんだよ?さすがに驚くよ。」

「その時に僕に出会えた。偶然にしても、出来すぎた話だったよ。だから、悲観することなく、僕と一緒に暮らすことができたと思ってる。」

「おねえちゃんはあまり話したがらないけど、親戚同士の揉め事になったんだっけ?」

「そうらしいね。でも、今の義理の両親が守ってくれて、いっぱしに大学を卒業できて、今や勤続20年になったわけ。なにかきっかけがあったんだろうけど、周りの環境も良かったんだと僕は思ってる。まあ、さすがに震災のボランティア活動に行ったりして、今でも交流があるあたり、やっぱり君と本質的な人間性は変わらない。きっと、慕ってくれて、可愛がってくれる人間が多いんだろう。僕は内向的で、うわべだけならいくらでもできるから、羨ましいよ。」


「そんな内向的な人が、なんで私と暮らそうと思ったの?」

「なんでかな。そのときは、そうしなきゃいけないと思って、ああいう行動に出てしまった、っていうのが正しいのかな。」

「この前も聞いたけどさ、不純な動機がなかったわけでもないって。でも、なんでそこまで頑なに私を恋人として見てくれなかったの?」

「簡単だよ。あの時に恋人として見たら、僕は警察の厄介になってると思う。さすがに、おじさんになってまで、警察沙汰になるのは嫌だった。」

「不純位性行為ってこと?年齢の問題だった?」

「それ以上を求めてしまうんじゃないかと思ってた。あんまり言い訳するべきではないけど、よく君があんな格好で、毎日寄り添って話だけで済んでたのかって、今では不思議に思うよ。恋人より、親心が優先されてしまったのかな。君に頼られるうちは、君を守っていこうって思ったんだよ。」

「その頃の私は、君にとっては恋人と見られなかった?」

「見ることも出来たし、実際に親子と言いながらも、色々デートもしたし、寒ければ抱き合って寝た。でもね、一線を超えたら、絶対にダメだと思ったんだ。」

「だけど、最後は、私の初めての人になってくれた。それも無理してた?」

「君の気持ちに応えたかったからかな。君は、僕から切り出すと思ってた節があると思ってたからね。」

「考えることが子供だったのかな。好きな人に求められることが、一番の幸せだと今でも思ってるし、あの頃も、私には君を振り向かせるだけの魅力がないのかなって思ってた。だって、ひとつ屋根の下、男女が一緒に暮らして、なんなら私の裸だって見たことはあるだろうし、私が我慢できなくて、一人でしてたときも、まるで興味がないような素振りだった。」

「そう思うのも無理はないよね。一緒に暮らしてて、僕が一番悩んだのは、君がこの時代で、幸せに生きていけるには、どうすればいいのかってことだった。その悩みの中に、僕との性行為は、後々に君の幸せを奪ってしまうんじゃないかと思ってた。今はそんなことを考えることもないけど、その時には、僕ではない誰かと、君は幸せになるべきだと思ってたからね。」

「そっか。私がもっと早く覚悟を決めてたら、今頃は私が君の奥さんになってた?」

「前にも話したかな。暮らしていくうちに、君といることが当たり前になって、君が自立してくれた時に、僕は君と結婚しようと思ってた。そんな空絵図を描いてた。そこまでは、娘として育てる義務感みたいなものに、邪魔されてたと思う。」

「実はね、おねえちゃんと同居する前、君とおねえちゃんがまだ交際って時期にね、私、おねえちゃんに相談したことがあったの。あなたの結婚相手に、想いをぶつけていいかって。」

「で、彼女は、当然ぶつけていいと話したわけだよね。そして、覚悟を決めて、僕と初めてをしたと。」

「おねえちゃんさ、私がこの時代で生きていけるかわからないけど、大学に行くって決めた時に、私に、君の恋人になる自信がないんだ?って教えてくれたの。」

「意外だね。あんなに好き好き言ってたのに、恋人になれないと思ってたんだ。」

「言葉ではそう言っていても、まだ君と対等な立場になってないと、あの2年間は思ってたんだ。だけど、私の目指すところは、君がちゃんと教えてくれた。そのためにアルバイトも始めたし、高卒認定も取って、大学生になるのが、あのときの私の目標だったの。だけど、受験勉強をしながら、イマイチ実感が沸かなかったから、おねえちゃんに相談したんだ。」

「何かをなし得た自信が出来たから、僕に告白してきたというわけか。だから、あの時は震えて、怯えてたのに、妙な気迫というか、決意というか、そんなものを感じたんだね。」

「あのときの私、君とちゃんと向き合えてたかな?」

「十分に向き合えてたよ。むしろ、僕が向き合えてたかどうか、自信がなかったぐらい。でも、僕を慕ってくれて、三人で暮らすって決めて、本当にあの時しか、君と恋人になるタイミングがなかったと思ってる。まあ、それをズルズルと続けて、結局三人で世間様に顔向け出来ないような生活を送ってるしね。だけど、やっぱり嬉しかったかな。僕を初めての相手に選んでくれたことには、一人の男として嬉しかった。だって、僕も君のことを好きだったんだから。」

「なんか、そういうところだよね。我慢してる割に、一回始めちゃったら、もうずっとやめられない。おねえちゃんと私をバチバチさせてるのって、そういう曖昧な態度だよね。」

「そうだね。彼女と添い遂げようと話してる一方で、君とも関係は続けて、しかも二人共、お互いを認めて、時には二人で迫ってくる。やっぱり、僕らはどこか変なのかもね。」

「むぅ~。私を巻き込まないでほしい。」

「一番常識的なのは君だよ。僕と彼女は、いい歳して、そこの見境がない。そこに巻き込んでるのは悪いと思ってるけど、それが楽しいから、三人で暮らしているんだろうね。」

「お互い、三人とも好き同士だもんね。私の場合、自分だからおねえちゃんが好きなのか、それともおねえちゃんに魅力があるのか、よく分からないけど、大好き。」

「難しいことはまだ考えなくていいんだと思うよ。親を振り回す、恋人を振り回すのは、娘であり、彼女である君の特権だからね。振り回してるのは、僕らも一緒だから。」

「ニシシ、楽しいね。そっか、思い出話とか、武勇伝とかを話したがる人の気持ち、なんとなく分かるかもしれない。」

「そんなものは分からなくていいこと。歳を取ってから、自分がどうしたかったのか、分かってから話すことだ。今の君は、毎日大学生活なり、バイトなりの話をしてくれれば、それで十分。話をしなくなったら、その時が関係の終わりなんだと思ってる。だから、終わりは来ない。そういうことだよ。」

「なんか、キレイに締めてきたね。まったく、スラスラそういうことを言えるから、勘違いさせちゃうんじゃないの?」

「そう?そうかもね。相手を勘違いさせたまま、どこまで隠し通せるか、それが、僕の処世術なのかもね。」


そしてちょうどよく来たお昼ごはんを黙々と食べる。

三人だと会話があるんだけど、昔のクセか、僕らは黙々と食べてから、また会話に話を咲かせる。作った人に対して、一番いい状態で運んでくれるご飯だからこそ、美味しく食べられる。感謝の気持ちもあると思う。もっとも、この娘の場合は、普通にお腹が減ってたんだろうなぁ。

「ねぇ、ホットサンドイッチ、一切れ残しておいてよ?」

「はいはい。忘れるところだった。君のお皿に乗せておくよ。ま、食べてみなって。」


食後、僕はカフェオレを、彼女はフルーツパフェを食べていた。そりゃ、こんなものを食べていたら、この娘も自分からダイエットを考えるような年齢になるよねと、しみじみ思った。

「あれ、いつもはチョコレートパフェとか食べてたじゃん。」

「最近は生クリームでも胃もたれするよ。こういう時に、歳は取りたくないものだと思う。」

「食べたいものが食べられないって、辛いよね。」

「辛いね。でも、僕はもう身体的に成長することはほとんどない。あの人は別だ。下手すればスリーサイズすら変化するかもしれない。老いることのない体。僕は嬉しいけど、同じ思いを出来ないのは、やっぱりさみしいものだよ。」

「それが私の役目なんじゃないの?おねえちゃんの22歳はこんな感じなんだよ?どう?彼女に出来たら、すごく嬉しいでしょ?」

「もし、僕が22歳だったとしたら、多分君と毎日エッチなことをしてるだろうね。それどころか、ずっと束縛してるかもしれない。誰にも見せたくないと思うよ。」

「へぇ~、なんか不思議だね。別に、今だって束縛したりしてくれてもいいのに。」

「それは、君が娘だからだよ。」

「娘は親のものじゃないってこと?それとも彼氏だと思ってるから?」

「彼氏であると同時に、子供のいない僕に、子育てとは言えない年齢であったとしても、思春期の娘を育てられたこと。嬉しかったけど、それを束縛してはいけないと分かった。」

「最初は過保護だったよね。いろいろなところへ行くにも、一緒に付いてきてくれて、色々教えてくれた。本当のお父さんより、オトーサンをしてた。」

「僕は、自慢の娘で、自慢の彼女がいるけど、一方で自慢の奥様で、自慢の同級生もいる。同じ人間だった君たちが、こうやって僕と一緒に暮らしていることすら、僕には過ぎた生活だ。僕の夢は、そんな二人が、自由に生活して、僕の元へ帰って来てくれること。一蓮托生じゃないけど、あの人は、僕と老いること、まあ、老いることはないんだけど、そばにいてくれると言ってくれて、本当に僕の元へ、色々抱えて帰ってきてくれる。君にも、毎日あったことを、色々話してもらえる。もう、僕の夢はかなってるんだ。」

「やっぱり、面白いよね。そんな当たり前なことが、夢だったってさ。もっと強欲に迫ってきたって、私達は拒むことすらしないと思うんだけどなぁ。」

「ずるい考え方だけど、僕は、君が拒んできた時は、素直に身を引く時だと思ってる。今はいいけど、例えば50歳の僕、60歳の僕、それでも、君は僕と一緒に暮らしている未来が見えないんだ。一人暮らしするって言った時、実はショックだった。でも、ある意味でホッとした。ああ、この娘も、普通の女の子として生活できるようになったってね。」

「本当にずるいよね。都合の良いことばっかり。私が外見に惚れてるなら、君は論外だと思うよ。まあ、おねえちゃんみたいに、堂本光一が好きって言うのもアレだけどさ。」

「それで思ったけど、君は特にそう思ってない感じだよね。」

「う~ん。何がきっかけだったんだろうね。確かに、中学生時代は好きだったし、高校時代にCDデビューしたときもCD買ったし、ドラマも毎回見てたけど、おねえちゃんはその後に何かあったからじゃないのかな?好きは好きだけど、KinKi Kidsが好きなだけ。それもめちゃくちゃ好きではないしね。」

「ついでだから聞いておくけど、好きな芸能人っているの?」

「イケオジかな。反町隆史とかカッコいいなって。でも、恋人って感じではないよね。」

「じゃあ、僕はどうなる?」

「君は...、やっぱり恋人なのかな。私、もっと近しい存在になってるから、恋人って気分になることは少ないのかもしれない。なんなんだろうね、私達。」

「親子でもなければ、恋人同士でもない。嫌いじゃないけど、君の存在は、ある意味あの人より大切で、深いところにある。」

「難しいこというなぁ。いいじゃん。都合のいい相手でしょ?娘だって、恋人だって、エッチの相手だって、なんでもできちゃう。」

「ずっと、好きなんだろうなぁ。」

「そうだね、私もずっと好きなままだと思う。」

「一つ聞いておこうかな。今後、君はどうしたい?」

「引っ越して、自分の部屋がもらえたら、そのときに考えようかなって思ってる。今は、一緒に暮らしてたい。」

「そっか、僕も、そっちのほうが安心する。それに、僕が本当にどん底まで落ちた時、あの人ではなく、君が必要だってわかってしまった。」

「なんて言えば良いんだろうね。共依存を超えた何かだよね。私達の関係。」

「例えば、君たちのどちらかがダメになった時、僕は君たちを支えられるのかな?」

「そこは信じていいよ。私達は、三人ともお互いを知りすぎてるから、ダメになることがあっても、もう乗り越えられる。多分、これから心配なのは、私なのかもしれない。」

「男親にはわからないからね。あの人の出番だし、あの人も君だから、いろんなことを一緒に考えてくれる。そのための彼女、そのための、僕の奥様だよ。あの人が、僕らの中心であれば、僕らは迷うことはないと思う。」

「おねえちゃんかぁ。なんか、私は最近、ずっとおねえちゃんに嫉妬してる。若い体で、いろいろな経験をしてきてる。成長できないのは辛いのかもしれないけど、私には羨ましく感じる。いくら私が魅力的な女性であっても、それは若いから。おねえちゃんは、若さと経験が、両方とも魅力になってるもん。」

「歳を重ねるってことはそういうことだよ。体は衰えるが、考え方は老獪になっていく。もっとも、若いうちに経験しておくことも色々あるけどね。いまは、その経験中ってこと。」

「経験を持ったら、私、もっと魅力的になれる?」

「今だって十分魅力的だよ。でも、それは女性としての部分。もちろん、僕は君の素敵なところを色々知ってるけど、それを得ていくのが、これからの経験。それを合わせて、魅力的に見せされるかどうかだよ。自分らしく、進んでいけばいいよ。」

「う~ん、そうなると、おねえちゃんってあの容姿で、今の地位を確立してるわけでしょ?私にできるのかな?」

「ま、それを考えて行くのが、大学卒業までの2年。なにかやりたいことがあれば、その道に進めばいいし、アルバイトでいいというなら、それでもいいと思う。あとは、単純にその経験をどう活かすか。同時に、君は大学生だから、学ぶことで、やりたいことが変わることも多い。いいよ、それは、あの人と僕で、君を支えて行く。」

「いいのかな...。私、場合によっては大卒ニートになるかもしれないんだよ?」

「いいよ。全て、君が思うままに生きて欲しい。僕との関係は、そのあと考えればいい。」

「えっ、おねえちゃんと離婚して、私と再婚するとか?」

「それはない...とは言い切れないかな。あの人は、単にバツがつくことぐらいにしか思っていないし、三人で暮らすとしても、関係は変わらない、本妻が誰か、という問題だ。ただ、そうなってしまったら、あの人の援助はないよ。そこを超えてまで、君と僕で結婚することがいいことなのか?」

「お金の問題、重要だよね。私達だけじゃ、また極貧生活に戻っちゃうかな。それに、おねえちゃんは今、お母さんになってる最中だから、きっとオトーサンと釣り合うようになる。私は、その自慢の娘の座が、一番嬉しいと思えるようになりたい。でも、まだ娘には早いよ。私は、君の恋人だもん。」

「そうなんだ。僕にも、彼女が君には母親の顔をしていることが多くなってきたのも分かるし、妙な三角関係なのも、もっと家族になるサインなのかもね。気長に待つよ。」



「次は、また皆さんでご来店ください。いつでもお待ちしております。」

「ありがとうございます。しかし、良く覚えていますよね?」

「仲睦まじい家族を色々見ていますが、貴方方の家族は、本当に楽しそうにご来店頂ける。私達にとって、最大の評価だと思っております。」

「僕はこのお店が好きなんです。できれば、長く続けていって欲しいと思っています。」

「お褒め頂き、光栄です。また、ご来店ください。ありがとうございました。」

やはり、この人には分かっていたんだろうな。僕が無口で一人ご飯を食べてたり、ただ友人と話をするだけだったり、あの人と同棲する前に来たり、そういうところを見てくれている。僕がこのお店に愛着を持っていることを知っていて、それを喜んでくれるだけで、僕は幸せだ。僕はお酒を飲まないけど、行きつけの飲み屋があるってことと、このお店は同意義なことなんだろうなと思ってしまった。



「何を話してたの?」

「さぁ?今度は3人で来て欲しいって。」

「え~、おねえちゃんがいると、迷惑を掛けちゃうじゃん。」

「いいんだよ。僕達は、あの人に、このお店に、好かれている。そこで、僕らが気を使うことは失礼なことだ。まあ、暴れたりしたらもちろんダメだけどね。」

「そっか。私も、友達を連れて来ていいよね?」

「あの二人と来てみるのもいいんじゃないかな?きっと、こういう雰囲気を知らない世代だろうしね。」

「私だけ、やっぱり時間が抜け落ちてる。いいことも悪いことも知らないまま、私は同世代の子達と仲良くしてていいのかな?」

「何を今更。それに、いろいろな個性との出会いは必要だし、今のところ、他の友人も含めて、君には悪い虫が付いていない。まあ、パパ活話のせいもあるだろうけどね。」

「でも、パパ活じゃない?少額にしろ、こうやって喫茶店でご飯を奢ってくれるし。」

「それはあの人だって同じだよ。僕らは、君を一人の大人として認めてると同時に、大事な娘だと思ってる。仮に、自分が二人いたって、あの人の性格からしたら、君が素直じゃなかったら、そこまで金銭補助したり、ショッピングに連れて行かないと思う。そう、君は素直な娘だから、大切に守ってあげないとって、みんなに思わせる。そういう娘なんだよ。」

「だから、みんなに気をつけてって言われるのかな。私、そんなに素直じゃないと思うんだけどなぁ。」

「素直で純粋だから、君には僕ぐらいしか嘘をつけない。僕は確信犯的に、君に嘘をつくことがあって、良くないと思ってる。でも、他の人は、君の話を真剣に聞いてくれるだろ?」

「そうなのかな。でも、そうだったら嬉しいかな。」

「それでいいんだよ。君だって、色々なことを経験してきたし、正直、今の僕らの関係はいびつで危険な関係だけど、その影響を受けてない限りは、多分大丈夫。まあ、親心だったり、恋人だったりとしては、君が世間にバレることは、本当は嫌だけどね。」

「...なんだ、思ったより、彼氏ヅラできるんだね。」

「もう、慣れてきたよ。どうであれ、僕の人生には、君と、あの人は必ず必要だってことが分かった。家族とか、愛情だとか、絆とか、そんな大げさなものじゃないけど、それより深い根っこの部分で、僕は君たちと絡み合うように生きていることを痛感した。もう、僕は君たちの前で、素直なままで生きるって決めたよ。」

「それって、泣きたいときには泣いちゃうってこと?」

「そういうこと。ありのままの僕であっても、鼓舞して、立ち直らせるだけの力を二人は持ってるし、君には大人になるためのアドバイスが二人でできる、さて、じゃああの人は、僕達にどういう姿を見せてくれるのかな?楽しみじゃない?」

「私は知ってる。オトーサンには見栄を張ってるけど、私と二人でいる時は、おねえちゃんは母親になってる。親友っていうとちょっとおかしいけど、母親としての責務は、きっとやってると思うよ。それに、オトーサンには甘えるでしょ?私には甘えてこないけど、それは女としての意地なのかもね。」

「そういうことね。でも、いいよ。僕は、あの人が支えてくれる限り、何度でも立ち直れる。もちろん、君の助けも必要。」

「...楽しいね。二人だから、楽しいのかな?」

「いいの?そんなこと言ったら、あの人がまたヘソを曲げるんだよ。」

「おねえちゃんとオトーサンがどういうことをしてても、私は文句を言うだけ。イチャイチャを見せつけられるほど、二人もうぶだから、見てて楽しいよ。」

「娘の意見として受け取っておく。親としての威厳ぐらいは持たせて欲しいかな。」



家まで歩いて帰っても15分ぐらい。でも、かけがえのない15分。お互いの気持ちを確かめ合うには、十分な時間だったと思ってる。



「これからも、ずっと一緒。私達三人は、もっと幸せになるの。」



つづく

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