爆尻天使ピーチプリンセス
「あれ、桃さん。もう帰るの?」
HRが終わって素早く席を立った彼女に、治朗は声をかけた。
「うん、藤堂さんと約束があって」
「トードーさんって、ちょっと前に転校してきた娘だよね。いつの間に仲良くなったの?」
素朴な疑問を口にした治朗に、桃は困ったような顔をして言う。
「えっと、ちょっと共通点があってね」
「へぇ、そうなんだ。あ、急いでる所ごめん」
一瞬、どんな共通点か聞こうとして止めた。
「ううん、また明日ね。治朗くん」
そう笑って、桃は教室から出て行く。
治朗は桃の笑顔で、胸が温かくなるのを感じた。聞くのを止めたのは、単純に嫌われたくなかっただけだ。
(いつか花火とか一緒に行けたらいいなぁ……)
そんなことを考えていると、携帯が震える。確認すると、メールが来ていた。内容を見て、治朗の顔から表情が抜け落ちる。
携帯の液晶画面に表示された文章の最後を飾るのは、『失敗は死』の一言だった。
市街地の背の高いビル。その屋上に、治朗はいた。
教室にいた時と違うのは、漆黒のコートと白い仮面を身に着けていることだ。
見下ろす街は、矢の雨が降り注ぎ、破壊されていく。
それを撃つ者は治朗の後ろにいた。頭がなく、腕が四本ずつある化け物。一対の手に大きな弓を持ち、他の指の間から矢を生成しては街へ撃ち放つ。
シリアルナンバー825『痔怨弩』だ。
治朗は悪の組織の末端幹部。自分から選択した訳ではない。組織で生まれ、物心つく前から訓練を受けてきた。自分の境遇を悲しいと思ったことはない。家族と呼べる者がいたからだが、そのほとんどはもういない。度重なる失敗で、消されている。
「早く来い」
そう呟いた時だ。正面から桃色の光が近づくのが見えた。治朗が下がると同時にそれは流星のように着弾し、そこに仇の姿があった。
ボディスーツにバイザー付きのヘルメットを被った女——爆裂天使ピーチプリンセス。
「来たな、ピチプリ」
「勝手に略さないで。LOW、今日こそ許さないわよ」
「許してもらうつもりはないさ」
「特技が逃げ足のあなたにしては、強気ね」
軽口を言い合いながら、治朗は構える。
「私のことを忘れてもらっちゃ困るなぁ」
突然声のした方向を見る。いつのまにか、黒いゴスロリを着てミラーシェードで顔を隠し、ガトリングガンを背負った女がいた。最近現れたピチプリに加勢する女だ。
「やっほー、マジック☆リンの登場に声も出ない?」
軽い口調で言う彼女を治朗は無視する。
「痔怨弩、そっちは任せた」
言うと同時に、痔怨弩がリンに矢を放つ。リンは避けながら、戦場を移していく。治朗一人なら容易く対処できるだろう、と判断したらしい。
(ありがたい)
そのために痔怨弩を連れて来たのだから。治朗の手が光を放つ。この手に触れた物を溶かす、それが治朗の力だ。
両手を前に出し、ピチプリに迫る。
彼女は動かない。手が突き出された瞬間を狙うつもりだ。
手をフェイントに上段蹴りを放つ。
読まれて受けられ、軸足を狙った下段蹴り。
逆らわずに転がり、そこから低い体勢で突進する。
それに高速の踵落しを、合わせられた。
治朗はアスファルトに顔を叩きつけられる。
(強い……、だがっ!)
反動で顔が跳ね上がる瞬間、自分を叩き落した足を引っ叩く。
「くっ」
一瞬、苦悶の声を出して彼女は大きく跳躍。治朗を後ろに立つ。
体勢を立て直し、見る。内腿部分のスーツが溶けている。
二人は同時に地を蹴った。
激しい戦いを繰り広げながら、治朗は思う。
(絶対に生き残る! こいつを殺して、『また明日』桃さんに会う!)
喉を潰され、肋骨を折られ、足がひしゃげても治朗は諦めない。
少しずつ、スーツを削っていく。ピチプリの持ち味は高い身体能力だ。スーツで身を守ることで存分に発揮できる。現に、溶かされた部分を庇って動きがぎこちなくなっている。
その隙を突き、顔面に掌底を叩き込む。しかし、それはバイザーを溶かすに留まった。
(踏み込みが甘かったか……!)
そして治朗はバイザーに隠されていた彼女の素顔を、見た。
*
三ヶ尻桃は親友であり、仲間の籐堂凛と一緒に市街地を歩いている。その手は強く握りしめられている。
「……治郎君」
クラスメイトが行方不明になった。優しくて、いい人だった。
「LOWのせいよね」
「たぶん……」
「たっく、あいつは余計な事ばっかして! 最後まで意味わかんなかったし!」
凛は憤慨した様子だ。桃は彼の最後を思い返す。
昨日の彼は強かった。だがバイザーを破壊した後、彼はひどく動揺し、桃はそれを見逃さず、彼の心臓を手刀で貫いた。
そしてLOWは、最後の力で仮面を顔に溶しつけたのだ。
「敵に殺されたくなかったのかしらね?」
「わからない……」
桃にはわからない。
何もわかっていない。
そして、その答えを知ることも、きっとない――。
(治郎君……花火とか、一緒に行きたかったのに……)




