全ての始まり 全ての終わり
ギルド章
1.これを持つ者はギルド宿舎に宿泊することを認める
2.仕事の為に人物運送有料馬車を無償で使用する権利を認める、対価として馬車の護衛をする事
3.これは仕事の遂行の証拠として、魔物の死を記録する
4.船等の交通費を補助する
5.全ての国境を越える権利を有する
6.自らが死した時、言葉を残す事が出来る
小さな窓から外を見ると、馬車が林の近くを走っているのがわかった。
あの後ギルドについて話をしてもらっていたら、いつの間にか夜になっていた。
「明日の為に寝ろ」と言われ十秒で入眠、爆睡し、暫く眠っていた。
目が覚めた時にはすっかり朝で、寝坊したかと思って慌ててしまった。
食事にとギルド支給だという栄養パンをもらい、ちまちまかじっていたら、もうすぐつくと言われて急いで食べるはめになった。
もったいない、折角だからゆっくり食べて満腹になりたかった。
またオムライスを食べたいな~、と思っていたら、隣りのロキが溜め息をついた。
「困ったなー」
「どうかしました?」
時間に間に合わないのかと思い、正面に見える山を見る。
大した高さの山では無く1000mギリギリ位、なだらかな地形なので登るのに苦労はしないだろう。
じゃあ何が、と隣りを見ると、ロキは急に立ち上がり外を睨む。
見えない敵でもいるかのようだった。
「…来る」
その途端、何もなかった場所から急に獣が現われた。
1匹では無い、それは数を増していく。
姿から低級魔物、『ハウンド』のように見受けられる。
だが、何故出現がわかったのだろうか。
魔物は基本、この世界とは違う、魔界から現われる。
異世界からこちらへ来る時には空間の狭間である『ディウス』を通り、現われる機会を窺っているのだ。
その姿は見る事も感じる事も難しいと言われている。
それをこうも簡単に予測…いや、感知するとは異常なほどのセンスだ。
けれども、驚いている暇は無い。
車内は、突然の魔物の襲来にパニックに陥りかけている。
「魔物がぁ!」
「喰われるなんてごめんだ!!」
「ママー!」
馭者も慌てているのか、馬が慌てているのか、馬車は真直ぐに走れなくなっていた。
ふらつく中をロキは止まる事無く先頭まで走る。
フィールはそれについて行けずに、ただ立ち尽くす。
「おい!オレらが降りるからお前らは止まらず馬を走らせろ、全力でだ!」
「!あ、あなたは!」
怒鳴りつけるようなロキと、怯えている馭者の、驚きと安堵の声が聞こえる。
ギルド員とはそれほどにまで頼られているものだったのか、と初めに感じた自分の嬉しさを後悔した。
自分達が乗ると言う事にはちゃんとした意味と、責任があったのだ。
「フィール!」
呆然としていると、前から声がかかった。
駆け寄って来たロキは、扉の閂に手を掛ける。
「馬車から飛び降りるぞ!あいつらを追い払わねぇとな」
「っ!は、はい!」
目の前の事をどうにかする事が先だ、戸惑う暇も、悔やむ暇も無い。
二人は開かれた扉から真直ぐに飛び降りると同時に、武器を取り出していた。
フィールは剣をロキは二丁の魔銃を、着地すると共にそれぞれ手近なハウンドを吹き飛ばした。
「お前は自分を守ってろよ?オレは馬車を追う奴をやる」
未熟なフィールには急な戦いだが、出来ないとは言っていられない。
なんとかうなずき、飛び掛かって来たハウンドを切り上げて弾き飛ばす。
相手は三匹、このぐらいなら街に行くまでに何度か戦った、大丈夫だ。
フィールは手近なハウンドへ切り掛かった――
面倒な事になった。まさか最初で大当たりするとは災難な奴だ。
馬車を降りた瞬間に振り返り、馬車を追う形でハウンドを撃つ。
その弾丸は後ろから頭を打ち抜き、一発で息の根を止める。
フィールにその場を任せる事になったのは心配だったが、初撃を見た様子ではなんとかなるだろう。
『剣の腕はちゃんと上がっている』
魔力を使い自分のスピードを上げる、それは全力の馬車に追い付く事など、造作も無い速度だった。
馬を狙う個体の急所を走りながら打ち抜き、横から爪で自分を狙うハウンドを左手の銃でいなし、蹴り飛ばす。
それは狩人の動きであり、確実に攻撃は外さない。
ハウンドは不運な事に『紅の魔術師』の乗っている馬車を襲ってしまった。
それは、彼らが確実に餌にありつけない事を意味した。
減って行く仲間を見て諦め、自分達の空間に還る者達もいた。
ハウンドとしては賢明な判断だったと言えよう、残った者達には死しか許されないのだから。
(さっさと片付けるか)
馬車を諦め、邪魔をするロキを取り囲むハウンド達、数は16、7と言ったところか。
みな牙をむき出しにして襲いかかるタイミングを量っている。
並の冒険家ならひとたまりもないだろう。
そんな獣どもにも臆せず、手で銃を弄びながら、声色だけは真面目に最後の警告を放つ。
「自分の判断をあの世で後悔しな」
二丁の銃を宙に放り、宙より新たに剣を取り出した時、一陣の風が吹き抜けた。
その風が収まる頃、地面には17体のハウンドが横たわっていた。
おそらく彼らには何が起こったのか分からなかったであろう。
だがロキが行なった事は単純な事、彼らには知覚出来ない速度による斬撃である。
ただ、それだけとはいえ簡単なものではない。
「さーて、フィールはどうしてるかな」
流石に死んではいないだろうな。
武器をしまい、空を見上げる。
大気に耳を澄ませ、魔物の気配を探る。
「ありゃ?」
だが、探り当てるより早くフィールの姿が見えた。彼ははこちらに走って向っていた。
逃げているのか、片付いたからロキを探しているのか、まあどちらにしろ探す手間が省けた。
「お~い」
「あ!ロキさんいた!」
フィールは笑顔でこちらに駆け寄って来る、どうやらちゃんとハウンドを倒して来たようだ。
怪我も無さそうだ、思ったよりは強いと考えていい。
「おつかれさん」
新米なのに馬車に乗っていきなり魔物に襲われるとは、労うくらいしか出来ない。
本心で言ったのだが、フィールは途端に怪訝な顔になる。
「僕は三匹だけでしたから大丈夫ですよ、それよりなんですかこの数!」
怒ってる…?
理由もよく分からずに怒られるのはしゃくに障る、一体なんなんだ。
「大した事ねぇよ」
「ある!」
詰め寄ってロキの目を見据えるフィール。
「心配するじゃ無いか!…まだまだ役に立たないかもしれないけど、一緒に戦わせてくださいよ」
成る程、あの場に置いて行った事を怒っていたのか。
置いて行った方が安全かと思ってやった事だが、どうやらフィールをなめていたようだ。
と言うか、新米が言う事か?
新米ならもう少しわきまえるというか、自分の事だけ考えるというのが普通だ。
しかし、経験的な考えとは裏腹に、ロキは自分が喜んでいる事に気付いた。
顔に手をやると、無自覚に微かにニヤけている気もする。
「聞いてます?」
「え?ああ、聞いてる聞いてる。次は一緒にな」
「まったく、本当にわかってるのかなー」
腕組みし、ジロジロ見て来るフィール。
それは、記憶の友とうりふたつだった。
思わず、目の前の少年の頭を撫でる。嫌そうにしているが、振り払わずに様子を見ている。
…懐かしい、立場は、逆だが。
「…わかってるさ、ま、新米に言われる事じゃねぇがな」
「う、そうですけど」
たじろいでいる、分かりやすい奴。
「とにかく、これから頑張りますよ」
「ああ、期待しとくぜ」
きっと、こいつは強くなる。
それまでは、死なせない。
昔した、誰にも言わなかった忘れない誓い。
馬車の走って行った方向を見、次に目的の山を見上げる。
予定していたより随分離れたところで降りてしまった。これからどうしたものか。
歩いて行けないわけでは無いが、今晩中に頂上を目指すとなると少々時間が心配だ。
仕方なく歩き出そうとした時、何かが走る音が聞こえた。
「あ!馬車戻って来ましたよ!」
空は、相変わらず晴れている。
彼方の夢に、叶う時は来るのか。
誰にも分からない。