全ての始まり4
テーブルには黄色い丸い食べ物が乗っていた、上には赤いソースのような物で線が引かれていて鮮やかだ。
スプーンで割ってみるとホカホカと温かい湯気が立ち上ぼる、出来たてほやほや。
中には赤いご飯と鳥肉が入っていて、スプーンに取るとそのままの形でスプーンにのる。
「これがオムライス…。」
今まで見たこともない食べ物だった。
村ではそんなしゃれた食べ物は作らなかったし、まず作り方がわからない。
家以外で食べようとしても、施設自体存在しなかった。
まじまじと見つめ、匂いを嗅ぎ、意を決してぱくりと一口食べてみる。
「…美味しい!」
空腹に染み渡るご飯とトマトと玉子、何より香るのはバター、それは今まで食べた事のある何よりも美味しい物だった。
急に、かき込むように皿を持ち、大食い選手かのようにオムライスを食らう。
実際、周りの人は『大盛りオムライスを如何に速く食べられるか』の実験のように見えていただろう。
料理を運んで来たウェイトレスが唖然とするのも、それぞれ話をしていた周りの人達が皆こちらを見て驚いているのも、向かいに座っている人物の微笑みも、まったく気にせずに彼は食べた。
またたくまに皿は綺麗になり、満足そうにお冷やを飲み干す。
空腹に一息ついた所で、唯一驚いていなかった人物から声がかかった。
「で、名前はなんて言うんだ?」
食べる事に必死で、名乗る事すら忘れていたと気付き、慌てて居直る。
「えっと、僕の名前はフィール・アベンチュリンです。ご飯、ありがとうございました!」
深く頭を下げお礼を言うと、その頭をポンと叩かれた。見上げると、綺麗な紅瞳と目が合う。
「そーかそーか、フィールって言うのか。オレはロキ、見ての通りギルド員さ。さ、ついて来な」
そういうと彼は立ち上がり、慣れた足取りで奥の方へ歩む。
フィールは小鳥のように恐る恐る後ろをついてゆく。
周りのテーブルをよく見ると、修理の痕が驚く程あった。
多くは殴った跡と刃物傷であり、喧嘩の気配を漂わせている。
今は朝方な為、平和な静けさがあるが、夕方はそうもいかないようだ。
この調子だと床も抜けるのではないかと心配し、ゆっくり進む。が、なんとか大丈夫そうだ。
奥のカウンターには、あちらこちらに紙が貼って有り、その全てが依頼であった。
金額は様々で、前払いや経費が出るような物まである、それだけ危険だと言う事だろう。
「いらっしゃいませ…なんだ、ロキさんですか。帰るんじゃ無かったんですか?」
受付けらしき女性は不思議そうにこちらを見ている。
元はと言えば出て行こうとしている時に出会ったのだ、帰ろうとしていた所を邪魔してしまったのだと今更気が付いた。
「そうしようとしたんだけどよ、ちょうど入会希望しに来た奴がいてさ。」
気の良い人なのだろう、怒っている様子もなしに軽い口調で話す。
女性も「そうですか」と納得し、後ろの戸棚から紙を取り出す。
「ではこちらを記入して下さい。」
女性は取り出した紙と万年筆をフィールの前に置いた。
内容は簡単な質問になっていて、名前や出身地、得意な武器や魔法について、と書かれている。
書ける範囲で書き進め、武器の欄にはこの街に来るまでに使った片手剣と書いた。
片手剣の基本は幼い頃に誰かに教えて貰った。
それからずっと、素振りや型は練習して来ていたので、扱える武器ではある。
しかし、得意と言えるかは少々心配ではあった。
それにしても剣術を教えてくれた人の事が、思い出せないのが残念だ。
親も知らないと言っていたから探すに探せないが村の人間では無いのは確かだった。
いつか出会えたらお礼を言いたいな、と思いながら次の欄へ移る。
「魔法かぁ…苦手なんだよな~」
今のフィールが自信を持って使える魔法は、大概の旅人が扱う初級時空魔法、物を異次元に収納する『トゥルフ』
それと初級風魔法の『ムーヴ』『スラッシュ』の三つ。
お世辞の言い様も無い程の実力である。
仕方ないか、と意地は張らずにそれ以上は書かなかった。
下の方になると、入会理由や望む依頼等を書き込むようになっていた。
理由の所にははっきりと500万ペリンの借金と書いたが、その先に、一つ意味のわからない質問があった。
「なんですか?望む先生って」
『貴方の望む先生はどんな人ですか?』
はっきりと書かれたその項目は、他の質問から明らかに浮いていた。
そもそも学校なんて通った事もないフィールには、先生をイメージ出来なかったりもする。
「それはこの後重要になる欄ですよ。初心者は先輩に当たる人と、一緒に仕事をしてもらうようになっているんです。」
つまり『先輩=先生』となると言うことか、と納得し、望む先輩をイメージする。
やはり餓死はしたくない、恐い人も出来れば遠慮したい。
とにかく食事をさせてくれて優しそうな人、これさえ当てはまればどんな人でも構わないと思った。
最後の記入を終え、紙と万年筆を受付けへと返す。
そこでふと、インク瓶を一度も必要としなかったな、と思った。
「はい、確かに受け取りました。これで貴方は正式にギルド員になりました。こちらをどうぞ。」
笑顔で手渡されたのは、色と重さ的に銀製の何かのようだ。
象られているのは翼を広げて天を見上げる鳥、聞いた話では不死鳥だと言われている。
「これさえあれば、全国にあるギルドの宿ならタダで泊まれます。食事は宿によって料金制だったりしますから気をつけて下さい。他の機能については後ほど先輩に聞いて下さいね」
「わかりました」
ラナルアン大陸以外にも、多くの地にギルドは発展していた。
発祥はずっと東の方にある、プライ大陸だと言われているが、随分昔の事らしいので確かな情報なのかはわからない。
海の向こうなんて、行ったことが無いのだから。
そんな広い範囲のギルドの宿に、タダで泊まれる貴重な銀の紋章には鎖がついていたので、ベルトにぶら下げてみる。
歩く邪魔にはならないので、今はこれで良いだろう。
「年会費5000ペリンは、基本ギルドで請負った仕事の報酬から払ってもらいます。入会から一年以内に払って下さい、分割でも良いですよ。」
一年は1の月から始まり、13の月で終わる。年会費と言う大金は来年の4の月までに払わなくてはいけないようだ。
今までの生活からは考えられない金額だが、借金の事を考えれば大した額ではない。
「それでは貴方の先生ですが…」
女性はチラッと隣りに立つロキを見、先程フィールが書いた紙を見、10秒程悩むような表情を見せ、悩んだ様には聞こえない迷いのない声で言った。
「ロキさんお願いしますね」
「えっ!」
「…言うと思ったさ」
驚くフィールと苦笑するロキ、諦めなのか予想通りだったのかは分からないが納得していたらしいロキが、フィールが書いた紙を受け取り見る。
「片手剣か…あ、オレのも渡してやってくれ」
「わかりました」
受付けの女性から笑顔で、別の紙を渡された。
言葉通りロキの書いた物らしいが、空欄が多かったり大雑把に書かれている欄が多い。
特に年齢は『覚えて無い』と書かれる始末、明かしたくないのだろうか?