出会い5
新米期間の事などもあり、仕事を正式にギルド発注にしてもらってから、フィール達は北門を目指して歩いていた。
『人物運送有料馬車』を使うためにもギルド発注にしてもらったのだが、運の悪い事に、今日明日走る『馬車』ではトルディル山の近くを通りにくいと聞いた。
それならば歩いた方が早いと北門へ向かっているが、どうしても気になることがあった。
「キーラって…何歳なの?」
「あたし?」
振り返った少女は、あまりにも年上には見えない。年上だというのだから上なのだろうが、なんだか納得いかないものがあった。
「レディに年齢なんて聞かないでよねー」
ぷい、とそっぽをむいた様子からも子供らしさが感じられる。どう見ても子供だ。
だが[声]も[教えるもんか]と言っていて、分からない。
「当ててやろうか?」
「えー?教えてないもん、わかんないでしょ?」
フィールが頭を抱えたくなっていたら、隣りから助け船?が出された。
しかし、以前取引はあったようだが、顔見知りでしかないようだ。
けれどギルドであった時に彼女が年上だと言っていた、もしかしたら知っているのだろうか?
ロキは悩む様子もなく、答える。
「28歳、だろ?」
「え…」
二人の声が重なる。
何をどうすればそんな歳が思い浮かぶのか、もしくは冗談なのか。
だとしたら笑うべきか、と悩まされる。
その答えが見つかる前に、キーラの反応があった。
「なんで?何で知ってるの!?」
「って、えぇ!?そんな歳なの!?」
半ば叫んでいるような声で喋る。
周りの人がさっき歩いていた時よりも不思議そうにこちらを見ているが、そんなことは気にならない。
「嘘だ!そんな見た目で僕より11も上なの!?」
「悪かったわね!ちっちゃくて!」
「こらこら、急ぐんだろ?」
そのまま喧嘩になりそうな雰囲気になるが、ロキが諫めた。
二人は自分達が向かっている所を思いだし、いつの間にか止まっていた歩みを進める。
たが疑問が無くなった訳では無く、むしろ増えた気がする。
いつでも開かれている大きな門をくぐりながら、まだ怒っているキーラに、問い掛ける。
「見た目については…ごめん。でも、どうしてそうなったの?」
実際の歳を知っても、どうしても敬語を使いにくい。
彼女もわかってくれたのか、その点を怒る気はないようだ。
「…もっと街から離れたら、教えてあげても良いよ」
不機嫌な声だが、つっけんどんではなかった。
少し安心しつつ、回答に何か良くない話なのかと不安にもなる。
どうやら自分は、気にし過ぎて、聞きすぎる。
「でも、絶対笑ったりしないでよ!?」
「勿論だよ!」
これから気をつけなくてはいけない、と思った。
彼女のような人だから少し怒られるだけだが、初対面の人が気にしていそうなことをいきなり聞くのは、どう考えても良くない。
今まで人と話す機会も少なかった、これからは色々と学ばなくてはいけないようだ。
反省を終えたフィールは、平地の上にずっと伸びている道を踏み締め、目的の為歩き出すのだった。
薬草を手にいれる
必ず 必ず助けるために
護衛の一人は少し頼りないけど
きっと大丈夫
もう一人が強そうだし
師匠 待っててね
必ず 採って来るから
洞窟への最短距離を進む為に道を外れ、辺りを歩く人がまったくいなくなった頃に日が暮れた。
本当ならそのまま歩きたいが、二人は前の仕事からきちんと休んでいなかったようなので、今日はしっかり休ませる事にした。
早く進みたいとは思うけど、薬師として、無茶をさせないのは基本。キーラはそう思っている。
「ご飯はどうする気?」
「パンだよ」
パン、が嫌いな訳じゃ無い。
ギルドのパンにちゃんとした栄養が含まれているのも知っている。
しかし、キーラとしては気に入らない事があるのも確かで。
「味気ないじゃん、なんならあたしがなんか作ろうか?」
今までにも薬草採集で歩き回ったことがあるし、勿論野宿だってした。
ちょっとした料理ぐらい出来る。
「でも道具とかないし…」
「大ー丈夫、持ってきたから」
言うと同時に、持ってきた調理道具を『トゥルフ』で出す。
慌ててたけど、野菜とかも持ってきてよかった。
男共の食事なんてこんな物だと思ってたし。
「パンだけよりは良いでしょ」
取り出した道具から鍋や調理三脚等を選び、いらなそうな物をしまう。
唖然としてる新米君は放って置いて、歩きながら拾った木々を三脚の下に置く。
そしてバケツに初級水魔法『ウォータ』で飲み水を用意した。
「栄養があればいいってもんじゃないのよ」
「…やっぱりそうなの?」
「食事は楽しまなきゃダメなの」
野菜類を適当に刻み、水を入れた鍋に放る。
そうだ…どうやって火をつけようかな。
自分の荷造りを思い返すが、今回の荷物に火付け石はなかった。
そのまま悩んでいたら、新米の視線を感じた。
「…どうしたの?」
「あ、味付け悩んでるの」
火を忘れました、と言うには恥ずかしい。
さらに年上の威厳が失われていってしまうだろう。
キーラの心配をよそに、鍋の中をのぞき込む新米。
味付けの話を簡単に信じたらしい、かなり単純な男だ。
安心していたら、抑えたような笑い声がした。
そうだ、もう一人は勘が良さそうなんだった。と、ロキを見ると。
「…『ファイア』」
「え?」
何か言われるかと思ったら、彼は初級火魔法を唱えた、途端に薪に火が付く。
火をつける事くらいしか出来ない魔法だが、水魔法を扱うキーラには上手く使えない。
「もうつけてもよかったろ?」
「え、うん」
新米の前で恥をかかせないでくれたと気付き、礼も言えずに視線を逸らした。
適当に塩を入れてから鍋に蓋をして、煮えるのを待つ。
「あ、塩味にするんだ」
「今日の気分なの」
本気で悩んでいた新米に悪い気もしつつ、誤魔化してしまう。
鍋を見るが、水からだったので時間がかかりそうだ。
ボーッと眺めていたら、街を出る前の会話を思い出した。
二人に自分について教える約束をしていたのだった。
新米は忘れているようだったけれど、約束は約束だ。
「…あのね、あたし…『アウトサイダー』なんだ」
「…『アウトサイダー』?」
唐突な喋り出しに新米は驚いたようだが、説明を続ける。
「うん、この辺りじゃあんまり知られて無いんだけど…」
何と話せばよいか悩み、見せた方が早いと気付いて、自らにかけてある幻を解く。
幻術で隠していたのは耳と尾。
その形は猫のものによく似ているが、色は違う。
髪の色と同じ深蒼の毛が生えている為だ。
「こういう人の事よ」
この姿を見た瞬間から、新米は口が閉じられないようだ。
でもロキは特に反応をしない、とってもつまらない。
ここまで反応が無いと、いつか驚かせてみたいと思いながら、話を続ける。
「…あたし達の種族はね、半獣人族なの。ほとんど人間と一緒だけど、身体のどこかに動物の一部を持ってるんだ」
「ただ、寿命は人間より長く、身体に現れている動物の能力を扱う事が出来る、だろ?」
言おうと思っていた事を先に言われ、逆に驚かされてしまった。
そんな内心を出さないように自分の事をもう少しだけ話す。
「あたしは普通の視力な代わりに耳も普通よりちょっと良いくらいなんだけどね」
この地方ではアウトサイダーについて知っている人は、あんまりいないと思っていたのに。
歳を言い当てたり、種族の知識があったり、やっぱり並の冒険者じゃない。
「あと、人間とは別に集落を作ってる事が多いけど、コッソリ人間の街に住んでたりもするの」
「凄いなぁ、全然知らなかった」
「そりゃあそうよ、幻で隠したり、姿自体を変えちゃったりしてるもん。あの街の外ではあんまり隠さないけど」
キーラが幻で隠していたのは、変化の術の訓練をさぼっていたからだが、それは言わないことにする。
「でね、寿命が長い分、成長の仕方も違うの。成長期が何段階かに分かれてて、ある程度の歳で一気に大きくなるんだ」
実際集落に帰れた場合、キーラはまだ子供として扱われる。28歳ではまだまだ未熟なのだ。
それが嫌で、周りの皆みたいに修行の旅に出る事にした。
…それだけでは無いけれど。
「じゃあ、キーラはこれから一気に大きくなるんだね、いいなぁ~」
そう言われてみれば、彼らも人間の男としてはあまり大きい方では無い。
160~165cmぐらいだろうから、牛乳に相談すべき身長だ。
「あなた達だってまだ一応成長期でしょ?まだおっきくなるよ」
「あ、そうかな?そうだといいな」
「オレはとっくに終わってるけどな」
この二人、見た目だけなら同じくらいの歳に見える。
いや、見えていた。
自分の見た目の事を考えれば、姿と歳が違う事は驚かなくてもいいだろう。
童顔な人だって勿論いるし、様々な種族もいる。
とは言えこの辺りの地域に住み、キマーナへ出入りするのは9割以上が人間、同族にも会った事が無いので、見た目通りの歳の人ばかりだと思っていた。
「なら、あなたは何歳なの?」
「秘密」
ひとの歳はばらしておいて、自分は言わないつもりとはひどい。
自分だって教える気が無かった事は棚に上げ、しつこく聞く。
「何年何月何日生まれ?いつからギルドで働いてるの?魔法を習い始めたのはいつ?」
「ん~、全部ノーコメントだな」
歳が分かりそうな事を手当り次第聞くが、答えてくれない。とってもケチな人だ。
ぷー、と頬を膨らませると、困ったように笑われた。
「そうだな…しいて言うなら、ただの人間だな」
「じゃあ20代かなー?」
「それ以上は秘密」
結局何も分からなくて、悔しい。
これ以上しつこく聞いても答えそうにないので、今はあきらめる事にした。けど、いつか絶対に聞いてやる。
(今度自白剤でも作ろうかな)
「だからって、薬で言わせるとかは無しだよ?」
なんて考えていたら新米ごときに先読みされてしまった。
思わずドキッとしたのは秘密、にしたかったがきっと顔に出た。
二人の顔を見るのがちょっと恥ずかしくて、鍋だけを見る事にする。
グツグツと煮えていて、もう食べられそうだ。お玉でかき混ぜてみると、野菜に火が通っているのがよく分かる。
だって、すっかり野菜が柔らかくなっていて、潰れやすくなっていたから。
つまり、話している間に鍋のことを忘れていたため、煮過ぎてしまった。
「…出来たよー」
それで完成形、そう思えばきっと大丈夫。
夕食はとても野菜が柔らかいスープとギルドパンを食べた。
調理中キーラは色々言っていたが、内心焦っているのは[声]でだだ漏れだった。
とはいえ様子を見るだけでもかなり分かったので、彼女は隠し事が苦手なんだろうな。
失敗したからって、あんまり色々言ったら可哀相だよね。
だから、スープがしょっぱ過ぎたけど、何も言わないであげる事にした。
フィールの日記
実は普段、自分で食べるものしか作らないキーラであった。