山に登る3
その馭者の反応は予想とは違い、素晴らしい物を見たような反応だった。
驚きながらも、乏しい頭の引き出しから『セーフティスペース』と言う名を探してみる。隅の方の微かな記憶には上級時空魔法の名前があった。朧気で不確かな知識だが、使いこなすには相当な時間がかかる物だ。
「確か、特殊な空間の狭間を部分的に作って、魔物だけを通せなくする魔法…かな?」
「せーかい。普通は強い結界として使うな」
ロキに言われ、自分の知識があっている自信は出た。
なんせまともな教えを受けたわけではないので、時々心配になるのだ。
しかし、『領域方陣』と言う物がわからない。
基本的に古い本から得た知識が多いためか、単に忘れたかもしくは知らないのか。
う~ん、と馬車を見ていると、描かれた図形を眺めて興奮していた馭者が早口にまくし立てる。
「まさか『紅の魔術師』さんだったとは!光栄です!」
その様子は有名人に出会ったファンのようだった。
馭者は描かれた物にいたく感動したらしく、ロキの手を握って何やらまくし立てている。
だが、そんな姿よりも言葉の中にあった単語が気になった。
「あかのまじゅつし…?」
職探しにキマーナを巡っていた時、何度か聞いた名だ。
確かギルドの人間について話していた人達が言っていた名。
「紅いコートに一つに結った銀の長髪、まさかとは思いましたがご本人とは!」
紅い魔物狩人
千の戦いに生き、万の魔を狩る者
人を守る事を第一とし、あても無く旅するギルド員
だが詳しく知る者は誰もいない、伝説のような人物
そう聞いていた。
「ロキさん…あなたって、もしかして」
「ん?」
「すっごく有名人!?!」
周りの事も忘れて思わず詰め寄ってしまう。
そうなら先輩になると決まった時に教えてくれればよかったのに。
プロフィール紙にも名前以外はほとんど書いていなかったため、気付けなかったのは当たり前とも言えるが、フィールにとっては悔しかった。
何故なら、フィールには『時々相手が今考えている事が分かる』という特技があるのだ。
物心ついた頃から持っていた特技なのだが、今回はまったくわからなかった。
いつもなら初対面の人でも[声]で気付けるのだが、初めて続きで鈍っていたらしい。
まあ元々『時々』でしかなく、借金を背負った時にはそんなことすっかり忘れていた歴史もある。
意識しなければ意味がないのだろうか、と悩む事もある。
「有名らしいなー、魔術師を名乗りはしたが広まるとは思わねかった」
事も無げにいうのを「ガーン」と言う効果音が流れている気分になりながら聞き、ふと思う。
そういえばロキが考えている事は何もわからない。
知りたいと思った時でさえ。
「ま、どーでもいいだろ?行こうぜ」
「え、あ、はい」
何故だろう、と考えていたら先を促されてしまった。
置いて行かれる訳にはいかないので後ろを付いて行く。
「ありがとうございました!!」
遠ざかる馬車から馭者の声が聞こえるが、目の前の魔術師は振り返らずに手だけ振る。
その代わりかのようにフィールはペコリと頭を下げてから、前に追いつこうと駆ける。
ここからは二人きりで山道を登るのみだ。