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ミステリー短編

婚約破棄したはずだったのに

作者: 白澤 睡蓮

「君との婚約を破棄する!!」


 王太子フィニス・リーネムドがそう勢いよく叫んだのは、王立学園の卒業パーティーでのこと。


 それから一ヶ月後、王宮にある一室で。


「一ヶ月前にあんなことをやりましたのに、貴方と私は婚約者のままですわね」


 婚約者である公爵令嬢カルン・メローネに軽い調子でそう言われて、フィニスは渋い顔をした。


 卒業パーティーでの一件以降、フィニスとカルンはそれぞれ王宮内と公爵家の屋敷内から外に出ることを、一切許されていなかった。世間であの一件がどういうことになっているのかは、二人とも何も知らない。二人の両親は何を尋ねようが、婚約は破棄されていないの一点張りだった。


 カルンがようやく屋敷の外に出してもらえたかと思えば、両親に連れて行かれた先は王宮だ。王宮に着いてすぐに、カルンの両親は国王夫妻と大事な話があると言い出し、カルンはフィニスと共に王宮の一室へと押し込められた。


 閉じ込められているわけではないので、出ようと思えば外に出ることは可能だった。だが、出たところでどうしたという話だ。室内で出来ることは限られていることもあり、フィニスとカルンは大人しく二人でお茶会をしていた。


 カルンは王宮でしか飲めない特別な紅茶を楽しんでいるが、婚約破棄した相手を目の当たりにしているフィニスにとって、この場の居心地は最悪だろう。フィニスはおもむろに紅茶とお茶菓子を横にずらした後、額をテーブルに打ちつけた。


「すべて僕が悪かった。大変申し訳なかった。君のことが嫌いだから、あんなことをしたのではない」


 謝罪するフィニスを見ても、カルンの表情は変わらない。もとよりカルンは怒っていなかった。フィニスに怒るだけの感情を、カルンは持ち合わせてはいなかった。


「嫌いでないのぐらい知っていますわ。私は気にしていませんので、頭を上げてくださいませ。貴方は私を嫌いどころか、私に全く興味がありませんでしたわね。私も同じで、貴方に関心は微塵もありませんでしたけれど」


 フィニスとカルンの婚約は家同士で決められたもので、お互いに思い入れは何も無かった。二人の関係は冷え切っているどころか、互いに無関心以外の何物でも無かった。好きの反対は無関心というやつだ。


 フィニスの頭頂部を一瞬で見飽きたカルンは、ふと窓の外に目をやった。ガラスの向こうの青い空では、真白い塊が縦横無尽に動き回っている。空を駆ける真白い塊の正体は、白く巨大な狼だった。


 巨大な白狼はこの国を守護する神獣であり、王族の一部のみが見られる存在だ。カルンが幼い頃から王宮に来る度に、神獣はその姿をカルンの前に現してくれた。


 まるでカルンの目を楽しませるように宙を駆けまわっていた神獣は、そのうちふわふわと宙を漂うようになった。どうやらはしゃぎすぎて疲れてしまったらしい。


 しばらくして神獣がどこかに去り、カルンは視線を正面に戻した。カルンの視界に入るのは、未だにフィニスの顔ではなく頭頂部のままだった。カルンが何もしなければ、いつまでたってもこのままだろう。


「婚約破棄を宣言された後は、いかがなさるおつもりでしたのかしら? でっち上げました罪で私を断罪? それとも私が性格の悪いいけ好かない女だとクレーム? 他に定番といえば何があるかしら?」


 あの卒業パーティーの日、今カルンが言ったような内容は何も起きずに終わった。それどころではない騒ぎが起きてしまったからだ。


 婚約破棄を宣言して以降は怒涛の展開で、フィニスは完全に発言するタイミングを失っていた。何も邪魔が入らなかった場合、一体フィニスは何をするつもりだったのか。珍しくフィニスの行動に興味がわき、カルンは尋ねたのだった。


 頭を下げたままで話し続けるわけにもいかず、フィニスはようやく顔を上げた。先ほどテーブルに打ち付けた額は、若干赤くなっている。


「どれもする気はなかったが? 君との婚約を破棄し、あの男爵令嬢との新しい婚約を宣言してそれで終わりだ。……まさか婚約破棄した直後にあんな事が起きるとは、夢にも思わなかった……」


 フィニスが婚約破棄を宣言した直後、一人の卒業生がフィニスとカルンの間に割り込んだ。そして自分が隣国の第二王子だと、声高に叫んだ。


 その宣言にいち早く反応したのは国王だった。国王はすぐに卒業パーティーの警護をしていた衛兵に指示を出した。その不審者を捕えよと。


 衛兵は国王の命令に従い、間髪入れずに自称隣国の王子を捕縛。自称隣国の王子は抵抗空しく、迅速にパーティー会場の外へと運ばれていった。自称隣国の王子は何やらずっと騒いでいたが、口を塞がれていたので誰も何を言っているのかは分からなかった。


 その後呆れ顔の卒業生の一人が自称隣国の王子の後を追って、パーティー会場を出て行ったことについても、気にする者は誰もいなかった。


 この追放劇の流れで、婚約破棄の主役達はパーティー会場の外へと連れ出された。名目上は身の安全を確保するためだったが、騒ぎにかこつけて事態の収拾を図られたのは明らかだった。


 婚約が維持されている現状を鑑みるに、もしかしたら婚約破棄騒動を有耶無耶にするためにも利用したのかもしれないと、カルンは考えている。


「あれは……なぜ王子だと名乗った程度で、信じてもらえると思った?」


 フィニスやカルンを含めて、この王国内で隣国の王子達の顔を知る者は誰もいなかった。成人するまで外交に一切関わらないというしきたりが、隣国にはあるためだ。


 だからこそ自称隣国の王子は、変装無しでただの留学生として、王立学園での学園生活を送れていた。なのに隣国の王子だと急に名乗り出たところで、それが真実だと証明できるものは何もない。


 自称隣国の王子は後の調査で本当に隣国の王子だと身元が分かり、従者一名と共に丁重に丁重に隣国へと身柄を送還された。


「異国ではああいう状態をドナドナされると言うらしいですわね」

「同じ王子として、あれは……」


 格好悪くずるずるとパーティー会場から連行される様を思い出したフィニスが、下を向いて肩を震わせ始めた。その一方でカルンは呆れるばかりだ。


「あの方はお馬鹿だったのかしら? あんなの不審者として処理されても、何も文句は言えませんわ」

「なぜ彼は急に名乗り出たのだ?」


 笑いからどうにかこうにか復活したフィニスが、思った疑問をそのまま口に出した。


「貴方に婚約破棄された私を、すぐに隣国に引き抜こうとしたのだと思いますわ。名乗り出て、即刻退場になりましたけれど」


 再びあの場の光景が目に浮かび、フィニスの肩が震える。さすがに笑い過ぎなのではないかと、カルンは思い始めた。


「もしも陛下が何もしなかったら、その場の勢いで隣国行きを了承していたかもしれませんわね。貴方の笑いが止まらない様子を見ていましたら、ついて行かなくて正解だったと心底思いますわ」

「なら、父上は君を、隣国に行かせないように、迅速な対応をした、とも言えるか」


 フィニスは息も絶え絶えに、冷静に状況を分析した。


 フィニスの笑いは収まる気配が全く無いままだ。この話題から離れないと、フィニスは笑いのどツボにはまり込んだままだろう。そのうちフィニスにイラっとしてきそうだったので、カルンは話題を変えることにした。


「私としましては、婚約を継続していることよりも、あんなことをしておきながら、貴方がまだ王太子をやっていることの方が驚きですわ。王位継承権をはく奪されて、第二王子殿下が王太子になってもおかしくないでしょうに」


 痛いところを突かれて、フィニスの笑いがようやく治まった。一転してフィニスの表情が真面目なものとなる。


「自分で言うのもどうかと思うが、はっきり言って能力的には誰が国王になろうと同じだ。ならば僕が王太子でなければならない理由があると、考えるのが自然だろう。たとえば……君との婚約を維持させるためか?」

「そんなことあり得るわけ…………あり得るかもしれませんわ」


 フィニスの置かれた状況は、カルンよりもフィニスの方が理解しているだろう。フィニスがそう判断したのなら、可能性は十分あり得る。


 こうしてフィニスとの婚約維持で関係が切れないのならば、カルンには気にしなければならないことがあった。婚約破棄の時にフィニスの傍らにいた、あの男爵令嬢のことだ。自分が知っている情報を伏せてカルンは尋ねた。


「そういえば、あの男爵令嬢とはまだ会っていますの?」

「いいや。卒業パーティー後の数日間は、僕に会いに王宮まで来ていたのだが、急に姿を見せなくなった。父上の差し金だろう」


 数日か。数日だけだったか。カルンが思っていたより圧倒的に短い。


「陛下の差し金では無いと思いますわ。私と貴方の結婚が絶対と仮定しても、いくらでも彼女を愛妾にできますもの」


 フィニスは何も知らないのだろう。やはりカルンの知っていることを、フィニスに伝えておくべきか。


「私が使用人からこっそり聞いた話ですと、一週間ほど前に隣国の大商家の子息と隣国に渡ったとか。商家の嫁になる方が金はありますし、気は楽ですし、ただ単に乗り換えられただけだと思いますわ」

「傷口に塩を塗らないでくれないか」

「あら、そうは仰りますけれど、傷ついているようには全く見えませんわね」


 カルンが見る限り、フィニスは平然としている。平気そうに見せかけて、内心は傷ついているという風でもなさそうだ。


「そうだな、別にショックは受けていないな。あの時は彼女のことを好きだったように思うのだが、今は心底どうでも良い」

「まさか、彼女に何かされていましたの?」


 カルンは眉間にしわを寄せた。


「彼女には会う度に何か食べさせられていた。何かを盛られていたのだろう」


 フィニスに何でもない風に言われて、カルンの眉間のしわがさらに深くなった。


「得体のしれないものを食べるなんて、王太子としてどうなのかしら? 自覚が足りないのではなくて?」

「どうでも良かった。食べてどうなろうと、どうでも良かった。思い返せば、両親への些細な反発だ」


 フィニスは自嘲気味に笑っていた。


「兄弟で出来はそう変わらないと、先ほど僕は言った。そう変わらないはずでありながら、僕は父上に怒られてばかりだった。王太子ゆえに厳しく当たられているのかと思ったこともあった。だが違った。あれは、何なのだ? 母上に相談したところで、仕方ないことだから我慢しなさいとしか言われない」


 カルンはフィニスの話を黙って聞いていた。他人事には思えないと思いながら。


「僕は君が羨ましい。メローネ公爵はとても優しい人だろう?」


 その言葉を聞いた途端に、再びカルンは眉間にしわを寄せた。


「あら、貴方にはそう見えますのね。あれは優しいとは違いますわ」


 カルンはわずかに視線を下げた。フィニスは優しいと言ったが、カルンは自分を見る父親の視線がいつも気持ち悪いと感じていた。妹達を見る目とは、明らかに違うものが混ざりこんでいた。


 国王の方がよっぽどカルンに良くしてくれている。このことをフィニスに伝えたところで、今カルンが感じたようにフィニスが不快な思いをするだけだろう。


「話をまとめれば、お互い隣の芝は青かったということですわね。話を戻しましょう。ここまで話してみて、私と貴方をどうしても結婚させたかったということは、よく分かりましたわ」

「もしかしたら結婚を円滑にするために、メローネ公爵は僕に優しくしてくれていたのかもしれないな」


 その逆もまた然りか。


「なるほど、一理ありますわね。でもそこまでして、私と貴方をどうしても結婚させたい理由は、一体何なのかしら?」

「僕を切り捨てずに、後始末に奔走するほどの理由なのだろう」


 二人でしばらく考え込む。二人とも一言も発することは無く、ただ時間だけが過ぎていった。


「ねえ、貴方には何か秘密があるのではなくて? ちなみに、私には決して誰にも言ってはいけないと言われていることがありますわ」


 いくら考えても答えが見つからず、カルンは投げやり気味に言った。


「僕にもあるにはあるが……」

「それならお互い話して二人で秘密にしてしまえば、問題ありませんわね」


 躊躇するフィニスを、カルンが一刀両断してしまう。このままでは話が進展しないのは事実であり、フィニスは観念して己の秘密を暴露した。


「僕は王太子であるにも関わらず、神獣の姿を見られない。その声も聞こえない。王家の外でどういう話になっているのか僕は分からないが、神獣に関する力は第一子に遺伝するものだ。だからこの王国は男女を問わず、第一子が王位を継承する」


 そこからフィニスは一気に早口でまくし立てた。


「以前一度力について父上に尋ねたことがある。父上には王位を引き継いだ時に力も継承されると言われた。だがそれならば、遺伝すると伝えられるのはおかしいのではないか? 弟達には見えないことを死ぬまで隠し通せとはどういうことだ? 秘密にしなければならない時点で何かがおかしいだろう!」


 それまで下を向いていたフィニスは、勢いよく顔を上げた。目の前にいるカルンは心底苦々しい表情を浮かべている。それを見たフィニスは、カルンが一足先に真実にたどり着いてしまったのだと察した。たとえろくでもない真実だったとしても、フィニスは聞かないわけにはいかなかった。


「君の秘密は一体何なのだ?」

「私は神獣の姿が見えますし、話したこともございますわ」


 カルンは一度息をついた。


「初めて王宮を訪れた日、私は大きな白狼に庭園で出会いましたわ。挨拶を交わすような、ほんの短い一時でしたけれど。誰かに話を聞いてもらいたくて、すぐに父に白狼の話をしましたわ。そうしたらこう言われましたわね。『その白狼は神獣だ。メローネ公爵家は元を辿れば王家の傍流で、先祖返りで特別な力が発現したのだろう。公爵家に特別な力を持つ者がいると分かれば国が混乱してしまうから、誰にも話してはいけない』と」


 あの時のカルンは素直にその言葉を信じた。以後疑おうとはしなかった。


 思えばあの時からだった。父親のカルンを見る目が変わったのは。


「国王の第一子に引き継がれるはずの力、本来貴方が引き継ぐべきはずの力を、私が引き継いでいますわ。つまり」

「まさか僕の本当の父親は陛下ではなく、君の本当の父親が陛下だと?」


 半信半疑でフィニスが尋ねると、カルンはしっかりと頷いた。


「はい、貴方と私は本当の父親が逆なのですわ。貴方の方が先に生まれていて、私はその二ヶ月後に生まれていますわね。陛下の第一子が私なのは確実でしょう」


 二人が生まれた当初は、特別な力の有無が分からなかった。特別な力の所在が判明し、それぞれの父親が違うと分かってしまった時には、もう全てが遅かった。


 誕生日が二ヶ月もずれていては、入れ替わりが起きたことにもできなかった。だがそもそもの話で、男女で入れ替わりがあったことにするには無理があり過ぎる。


「僕の本当の父親が陛下でないのは、疑いようのない事実だろう。だがメローネ公爵であるとは限らないのではないか?」

「私の父に後ろめたいことがないのなら、妻を寝取った相手に積極的に協力する理由がありませんわ」


 誰か一人の罪ではなく、関係者全員の罪だった。誰もが悪いから誰も責められず、真実を隠すために協力するしかなかった。相手を裏切れば己の罪も露呈する。ただの協力者であったよりも共犯者であったから、互いの信頼はより強くなったのだろう。


 国王がカルンに優しく、メローネ公爵がフィニスに優しい理由は、とても簡単なことだった。たまにしか会えない実の子ならば、可愛がりたくもなるというものだ。


 虚ろな瞳でフィニスはぽつりと呟いた。


「なぜそんなことを……。火遊びか? 真実の愛とかいうやつか?」

「さあ? いずれにせよ、気持ちが悪いことに変わりはありませんわね」


 カルンは両親に対する嫌悪感を隠そうともしない。


「私達以外は、きちんと二人の間に出来た子供なのでしょう。私を確実に王妃にしなければならない。でも第二王子以降は父親が同じだから、結婚するわけにはいかない。私と結婚できるのは、貴方しかいないということなのでしょうね」


 言葉の端々からカルンの憤りが見え隠れしている。行き場のない憤りをフィニスにぶつけてしまわないように、カルンは必死に堪えていた。テーブル上を見つめながら、フィニスが絞り出すように呟く。


「こんな真実隠し通せるはずがないだろう……」

「いえ、さすがに結婚前には、私達に真実を明かすつもりだったと思いますわ。たしか学園を卒業したら大事な話があると、両親から言われていましたわね」

「はあ」


 フィニスの溜息はとてもなく重い。フィニスにも何か心当たりがあったようだ。


 結局この大事な話の約束は、フィニスが起こした婚約破棄騒動で流れてしまった。何の心の準備もないまま両親に知らされるか、こうして自分達で真実にたどり着く。どちらが正解だったのか、カルンは分からない。ただどちらにしても、気分が最悪なのは確実だ。


「貴方があんなことをして、私と貴方の両親はかなり焦ったでしょう。事態を収めるために奔走して、ふふっ、良い気味だったと思いますわ」


 フィニスの婚約破棄は、両親に対する無意味な反抗ではなかった。婚約の真相を知ってしまえば、むしろ良くやったとカルンは言いたいぐらいだった。実際に言うかといわれれば、答えは否ではあったが。


「この国の根幹が揺らぎかねない以上、貴方と私が結婚するのは、覆せない決定事項ですわね。どんなに嫌でも諦めてくださいませ」


 手をひらひらと振るカルンの声はどこか楽し気だ。その様子をフィニスは不思議そうに眺めていた。


「両親の言いなりになるのは不服だが、君との結婚自体は嫌ではない。……君も……嫌ではないのか?」

「はい、嫌ではありませんわ。むしろ悪くないとさえ思っていますわね」

「なぜだ?」

「貴方以上に分かり合える相手なんて、決してこの世に存在しないからですわね。紅茶を飲み終えましたら、ここから出て答え合わせにまいりましょう」


 ずっと話し通しだったカルンが、何気なくカップを手に持った。だが、なかなか飲もうとはしなかった。カップの中の紅茶は、小刻みに波を立て続けている。カルンは片手で持っていたカップを、両手でしっかりと持ち直した。


「両親がいくら罪深かったとしても、私と貴方が不幸になる理由になんて……ならないわよね……」


 カルンの声は消え入りそうでとても弱弱しかった。フィニスはカルンに興味がなくとも、そんな声を出すような人物でないことぐらいは知っていた。


 生まれてから無条件に信じていたものが覆される体験は、人生でそうあるものではない。本当の意味で今のカルンの気持ちを理解できるのは、フィニスしかいなかった。これ以上ない理解者。本当にその通りだ。


「以前本で読んだことなのだが、心が弱っている時にそばにいてくれた相手に、人は好意を抱くものらしい」

「分かりましたわ。そういうことなら、貴方のことを好きになりますから、さっさと私を好きになっていただけないかしら?」

「分かった。僕が君を幸せにする。その代わり、君が僕を幸せにしてくれ」


 カルンは笑顔で頷いた。これから先何があったとしても、二人ならきっと乗り越えられる。カルンは残っていた紅茶を一気に飲み干した。

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