ダラダラ過ごしたい
ボクは……《怠惰》に生きることを目的にしてきたんだ。
だから、最近のボクは少し働き過ぎだと思う。
船上パーティーに始まり、来客多数に、アカリ誘拐事件……ハァ~ボクはゆっくりしたい。
「バル、おいで」
ボクはモーニングルーティンを終えて、バルに乗って飛び立った。シロップやカリンに心配はかけたくはないからね。
しばらく家を空けるとだけ書き置きを残して家を出た。
どこにいくのかなんて決めていない。
ただ、誰もいない場所でのんびり出来れば問題ない。
そんな……思いで辿り付いた場所は、秘境と呼ばれる温泉宿……そこはゲーム内では、主人公とヒロインしか訪れない不思議な宿として場所を知らなければ来ることもなかった。
「なのに、どうして君はここにいるのかな?」
王都から少し離れた山の麓、ボクがここを知っているのは、本来エ○ゲー世界で、ダンが体力を回復するため……そして、ヒロインと素敵な演出を披露するために訪れる隠し宿エデンだからだ。
「それはこちらのセリフです」
銀髪の髪に白い肌、タオル一枚では隠しきれない美しい裸体は、温泉に入っていることで朱に染まり、大切な場所だけが隠されている。
「ハァ~興味ないから見ないよ」
同じ温泉の、同じ風呂に王女様と入ることになるとは思いもしなかった。ここの温泉は秘境と言われるだけあり、様々な回復を行ってくれる。
それこそ魔力や精神などの見えない物まで回復してくれる優れ物なのに……
「護衛は……いないのね」
「いるよ」
「どこに?」
ボクが呼ぶと、紫のクマのヌイグルミがプカプカと温泉の中を浮いている。
「バカにしているのかしら?」
「別に……信じないならいいさ。君に興味がないことも事実だ」
ただ、同じ温泉に入ったよしみでしかない。
エリーナは、少し離れた場所に腰を下ろしてこちらに見えないように身体を隠している。
「王都では……随分と好き勝手しているようね」
「好き勝手?ボクは何もしていないよ」
「ウソよ!アイリス・ヒュガロ・デスクストスが聖女なんておかしいじゃない。今まで教会に関係していなかったのに、突然……あなたが彼女を聖女にしたのでしょ?」
どうしてボクだと思うのだろう。
普通は、テスタ兄上か?父上じゃないかな?
「君の推測は的外れだとは思わないの?」
せっかくバルと温泉にのんびり入りに来たはずなのに、どうして邪魔が入るんだろう。
「思わないわ。もしも、テスタ・ヒュガロ・デスクストスがやったなら自分への利益が無さ過ぎるわね。
ましてや、デスクストス公爵が動いたなら、それは王やマーシャル公爵が黙っていない」
うむ。消去法でボクがやったと……。
「アイリス・ヒュガロ・デスクストスが動く可能性があるとすれば、あなただけよ」
「ボクのためにアイリス姉様が動くことはないよ」
「いいえ。動くわ……だって、小声だったけど、アイリスは私をリュークの獲物かもしれないって言っていたもの」
アイリス姉様がボクのことを考えている?それは何故だろう?
「あなたは……私からの申し出は断ったのに、アカリ・マイドの申し出は受けて、ブフ家を敵に回したそうね」
恨みがましい言い方をする、エリーナに意外な感じを受ける。
「別に敵になんてしてないよ。むしろ、円満に解決したよ」
「そういことじゃありません!」
エリーナは先ほどまで恥ずかしがっていたことが、ウソのように立ち上がって怒りを表す。
「あなたは!最初から私に対して態度が悪かったじゃありませんか!私が嫌いだから、私のプロポーズを断ったんでしょ!あなたに断られた私は王都でも、王宮でも、どこにいても笑い者です」
あ~なるほど。だから君は誰もいないこんな秘境の宿に逃げ込んできたのか……ハァ~これもボクが蒔いた種なのかな。
「君は……いつも自分のことばかりなんだね」
「なっ、何を言っているのですか!そんなこと当たり前でしょ。私は王族として、皆に見られてきたのです。
皆の手本となるために勉強も、魔法も、容姿だって磨いてきました。それの何がいけないって言うんですか?!」
駄々を捏ねる子供のようにわからないことを教えてもらおうと声を荒げる。
「それは君を飾るための装飾品でしかないってことだよ。君の言葉には、君を彩る物が何もない。
上辺だけを着飾って、私綺麗でしょと問いかけられても、中身がカラッポのガラス玉に興味はない。《綺麗だね》と褒めてあげるだけで終わる話だ」
ボクはバルを抱き上げて立ち上がった。
ダラダラするためにこの宿を選んだはずなのに、どうしてボクの邪魔をするのかな。
せめて、部屋でゴロゴロしよう。
「待ちなさい!」
「まだ何か?」
「まだ、自分のことばかりという意味を聞いていません」
全て説明しないとわからないのかな?優秀な王女様は……
「君からは誰かを思いやる心を感じない。プライドや自尊心ばかりで、君がつまらない人だとしか思えない」
誰かのために尽くしたい。
誰かのために頑張りたい。
誰かのためにどうしようもない思いをぶつけたい。
ボクは《怠惰》なんだ。
ボク以上に、ボクのことを思ってくれる人しか受け入れない。君はボクを大切にする気はないだろ?だから、ボクも君を大切にすることはないよ」
いい加減、話をするのも疲れた。
ボクはコーヒー牛乳を買って、バルと部屋へと戻った。
バルを抱いて眠る布団はなかなかに気持ちよくて、今度はエリーナではなく、カリンと二人で心と身体を休めるために来てもいいかもしれない。




