悪あがき
教会管理の地下ダンジョンは教会が埋葬した人々が怨霊となって、ゾンビやスケルトンとして歩き回っている。
それは、今まで教会が行うはずだった浄化を怠ってきたことを意味している。
「怠惰な仕事をした結果……生まれたダンジョン。ボク向きだね」
バルに乗って移動するボクには何一つ苦になることはない。現われたゾンビたちは、バルによって駆逐されていく。ボクは手を出すこともない。
「アカリが居るのはここだね」
それは祭壇に似たダンジョンのボス部屋だった。
それほど広いわけではないが、地下ダンジョンは地下三階までの構造になっていて、
一階には弱いゾンビやスケルトンだけ。
二階にはアストラル体と呼ばれる幽霊たちが徘徊する。
三階にはスケルトンナイトや、レイスなど高位の魔物が歩き始める。
全てをバルだけで蹴散らしてしまう。
それなのにボクのレベルも上がっていくのだから、つくづくこの世界のレベルシステムはザルだと思う。
ボス部屋へと入っていく。
「やぁ、お邪魔するよ」
「ぶひひ、よくここがわかりましたね!」
「ダーリン!」
シータゲ・ドスーベ・ブフは一人だけだった。
奴の横にはベッドに片手を縛られた、アカリ・マイドの姿がある。
「……もう終わりだ。シータゲ・ドスーベ・ブフ」
「終わり?終わりですと?おかしなことをおっしゃる。何を言っているのですか?別に何も終わってはいませんよ。あなたは私から奪った気になっているでしょうが、何一つ私は奪われていないのですからね」
醜い笑みを浮かべるシータゲ・ドスーベ・ブフ、存在だけでなくこれまでの所行の全てが醜い。
「むしろ、あなたの大切なアカリ嬢は私の手の中にある。ぶひひ、優位なのはこちらなのです。さぁ跪きなさい!私に頭を下げるのです。あなたの妻を守るために!」
ボクはシータゲ・ドスーベ・ブフの言葉に口元を抑えて後ろに倒れた。
こいつは面白い……我慢できないよ
バルが受け止めてくれてプカプカと体が浮いている。
「アハハハッハアハッハハハハハハハ!!!!」
「なっ、なんですか?気でも狂いましたか?」
ボクの態度に戸惑ったような声を出すシータゲ・ドスーベ・ブフ。
「はぁ~……やってみろよ」
「はっ?」
「だから、やってみろって言ったんだ。お前程度の力でアカリには、傷一つ付けられると思うなよ」
ボクは威圧を込めてシータゲ・ドスーベ・ブフをにらみつける。
「馬鹿にしないで頂きたい。伯爵家の当主の力を!」
シータゲ・ドスーベ・ブフが魔力を込めたナイフでアカリを切りつけた。
アカリの瞳はボクを見ている。瞳は揺れ動くことなくしっかりとした瞳をしていた。
——キン!
ダンジョン内に響く金属が弾かれる音。
それはボクの魔力によって作られた魔力障壁が、奴が魔力で強化したナイフを弾いた音だ。
いくら魔力を込めようと奴程度では、破れないことを意味している。
「なっ、なんだというのですか!どうして私の魔力が!!!」
「簡単やん。あんたの魔力よりもダーリンが、ウチを守るために作ってくれた魔道具の方が上やったってことやろ!」
「さぁ、本当に終焉だ。お前にも怠惰をプレゼントしてやる」
ボクは自身の体から紫の濃密な魔力を生み出す。
「ぶひっヒヒヒヒヒブヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
醜く揺れる肉の塊が、笑い転げていく。
「なっ、なんやこいつ!!キモッ、キモ過ぎるやろ!!!」
アカリの横で笑うキモい奴に怯えた表情を見せる。
「おっと、失礼ですね。アカリ嬢。
ぶひひ、私は頭がおかしくなったわけでも、負けを認めたわけでもありません。王国の伯爵を本当に舐めているのですね。そんな小僧に対して、可笑しくて仕方なかったのですよ」
いつの間にか自信に満ちあふれた顔をしたシータゲ・ドスーベ・ブフの瞳は、どこか虚ろで、大罪魔法を受けた者のような瞳をしていた。
「大罪魔法……あなただけが使えると勘違いしているのではないですか?」
ボクはここに来て初めて驚いた顔をしてしまう。
テスタが大罪魔法を使っている姿は、船上で見る機会があった。ボク以外にも大罪魔法の使い手がいることは理解していた。まさかシータゲ・ドスーベ・ブフが大罪魔法を使えるというのか?
「ぶひひ、そうです。私も使えるのですよ!!!さぁ見なさい。我が大罪魔法【奴隷】魔法よ。我が前に現れなさい」
シータゲ・ドスーベ・ブフの呼びかけに応じるように、祭壇に青白い火が灯りダンジョン内が振動していく。
「さぁ、見なさい!これが大罪魔法《奴隷》魔法です。魔物すら従える我が力は、このダンジョンのボスである死霊王ディアスですら従える!!!」
黒いローブを纏ったスケルトンメイジは青白い炎の中から生まれ落ちる。
濃密な魔力が死の気配を予感させる。
「どうです?恐ろしいでしょう?ダンジョンボスはいくら大罪魔法であろうと簡単に倒せるものではありません。ですが、私はダンジョンボスを召喚できるのです。召喚できるだけではありません。ディアスよ!あの小僧を殺しなさい!」
『GYEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!!!!!』
ディアスの叫び声が鼓膜を振動させる。
それに反応したのはボクではなくバルだった。
「行ってこい」
バルはバトルモードへ移行して、魔力を込めた刃でディアスを切り刻む。
『GYEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!!!!!』
「はっ?」
空中で悲鳴を上げるディアスは霧散して消え失せる。
あまりにも呆気ない。
バルがチートなのか、ディアスが弱すぎたのか……
「それで?貴様の大罪魔法はこれで終わりか?」
「はっ?」
「はぁ~お前のは大罪魔法じゃない」
「なっ、何を言うのですか?あの方が、あの方が私の魔法は大罪魔法の一種だと……馬鹿な?!」
こいつは哀れなピエロでしかないのだろう……本当の黒幕は……
「お前に使うのもめんどうになってきたな……だが、お前はボクの物に手を出した」
チラリとアカリを見れば、アカリは何故か頬を染めて嬉しそうな顔をしていた。
「おっ、おま、おまちください!ほんの出来心だったのです……そっ、そうです。私を助けて頂ければ、どんな者でも奴隷にして従えることができます!!富を集めることにも長けております!!すぐにリューク様の前に富を築いて見せましょう!!!」
醜い……どこまでも醜い。
「性と富に欲を捧げた亡者よ」
「ひっひい!!おやめください。どうか!どうかお助けを!!!」
「お前には《怠惰》をくれてやる。大罪魔法《怠惰》」
こいつの心には欲を増長させる傲慢な意志が込められていた。態度が増長され……元々持っていた欲が増幅されて、醜く形を成した存在。それがシータゲ・ドスーベ・ブフという男だったのだろう。
「羨ましいよ。お前はもう誰からもシータゲ・ドスーベ・ブフという名で呼ばれることはない。何故かって?誰もお前を知らないからだよ。このダンジョンで《怠惰》に過ごしていくんだ。例え、何も食べずに餓死しようと、魔物が貴様を殺そうと、ここで朽ち果てたお前は亡者となって、未来永劫ダンジョンで《怠惰》に存在し続ける。
あぁ~《怠惰》だね。
このダンジョンが滅ぶそのときまで、ダンジョンによって生き返らされて永遠の死を経験しろ。死ぬこともできないまま殺され続けるんだ。ああ、安心してくれ。お前にもう一つプレゼントしよう。痛みだけは死んでも残してやるから」
バルにアカリを縛る物を解かせてダンジョンを脱出する。
「ウアァァ」
残されたシータゲ・ドスーベ・ブフの呻き声が、ダンジョン内に響いた。
もう誰も奴を知ることはない。
名も知らぬ魔物として《怠惰》に存在するだけだ。




