アイリス姉様への交渉
ボクはモースキーに用意してもらったプレゼントを持って、アイリス姉様の部屋へとやってきた。
シロップに事前にアポを取ってもらっていると言っても、姉様にこうして正式に会いに行くのは初めてなので緊張してしまう。
同じ敷地と言っても、会うときはカリンが来ているときだけで、ほとんど姉様が目的で来ることはない。
ただ、今回は姉様に頼み事をするために来たので、プレゼントを持参した。
「あら、リューク……本当に来たんですの」
姉様専属メイドであるレイに案内してもらって、姉様が待つ応接室へと通された。
姉様の部屋に入るの初めてだけど、なんだか凄く良い匂いがする。
見た目が派手な姉様の部屋だから派手な部屋を想像していたけど、白を基調としたカーテンやソファー、テーブルの家具が揃えられ、綺麗な花が飾られている。
置かれている調度品は上品で、バランス良く飾られている。アイリス姉様のセンスの良さが見られる部屋が広がっていた。
「アイリス姉様。今日は会って頂きありがとうございます。これはささやかですが、プレゼントです」
「何ですの?」
「それは後で説明します。今日は姉様に相談があって来たんです」
「あなたの妾のことですの?」
「知っておられたのですか?」
「同じ敷地なんですの。多少はわかってしまいますの」
やはりこの家の人間は侮れない。
興味がなさそうな顔をして、しっかりと情報は仕入れている。
「姉様、少しだけ……よろしいですか?」
ボクは話をする前にご機嫌を取ることにした。
持ってきていた足を置くための台座を置いて、その前に小さな腰を下ろす折りたたみ椅子を取り出す。
最後に向かい合う場所へ、姉様が座っている椅子と同じ物を置いた。
「何をするつもりですの?」
姉様に手を差し出す。
訝しげな顔をする姉様だが、ボクの手を取ってくれた。
立ち上がらせて用意した椅子へと座ってもらう。
「こちらの台座に片足を乗せてもらえますか?」
「本当に何をするつもりですの?あなたは妾を助ける手助けを私に願いに来たのではないんですの?」
「いえいえ、少し違うのです。それにせっかくプレゼントを持ってきたので、まずは堪能して頂ければと思いまして」
「あなたは昔からそうですの。何を考えているのか、まったくわかりませんの。本当にあなたはリュークですの?」
アイリス姉様は鋭い人だ。
5歳のまだ人格も形成が曖昧な時期に入れ替わっていなければ、姉様には気付かれていたかもしれない。
「失礼」
台座に乗せられた片足の前で膝を突いて靴を脱がせる。
細くて白い綺麗な足が現われる。
「ちょっと!何をするんですの!」
「ホット。綺麗な足だけど、凄く冷たいね」
ボクはひんやりとした足を暖めるために無属性魔法をかける。
「すぐに冷たくなりますの。しっ、仕方ないんですの」
いつも自信に満ち溢れた姉様が恥ずかしそうな顔をするのは珍しい。
「カリンから、健康食品を送ってくるはずだけど?」
「あれは少し物足りませんの」
カリンにはタンパク質、脂質、食物繊維が取りやすい健康食品を開発してもらった。
姉様にはプレゼントとしてカリンから送られている。
綺麗になるためのプロテインと言った感じだ。
それを飲んでいても鉄分が足りていないように感じる。血液が十分に身体全体を循環していないせいで、冷たくなってしまっている。
「さっきから人の足を持って考え事はやめてほしいですの。もう十分暖まりましたの」
「あっ、ごめんなさい。じゃあ本番だね」
ボクはヒールを履くことが多い貴族女子たちにとっての二つの問題を解決したいと思っている。
一つは冷えてしまうこと……そしてもう一つは……
「あら!」
ホットによって乾燥させた肌を回復させていく。
さらに、爪を専用の摩擦機で削りながら整えてプレゼントからマニキュアを取り出す。
足の爪に塗るから、ペディキュアかな?
爪の根元の中央に液を落とす。
「姉様は嫌な視線を感じないの?」
「そんなもの、いつものことだからいちいち気にしてませんの」
爪の中央に真っ赤なペディキュアが塗られる。
「ブフ家からも?」
「!!あいつはしつこいですわね」
「ボクはね。あいつの全てを奪いたいって思っているんだ」
本来のゲームでは、ブフ家は姉様の手下として登場する。カリビアン家とブフ家が姉様の後ろ盾となる家なのだ。ブフ家が取り扱う奴隷たち……彼らを解放することを目的にダンたちは戦いを行う。
「何をするつもりですの?」
内側のサイドに赤いペディキュアを塗っていく。
「まずは、奴の信者を姉様の虜にしてほしい」
外側のサイドを塗って親指のペディキュアが完成する。
綺麗に見えるように二度塗りも忘れない。
「そのあとはどうしますの?」
「その後は……ボクが決着を付けるつもりだよ」
「めんどうごとを私におしつけるんですの?」
片足を塗り終えて、もう片方の足を姉様が上げてくれる。
「ホット。いいや、めんどうな子供はこちらで預かるつもり、ちょっとした施設を作ろうと思っているから」
「……テスタ兄様に反逆することになりますわよ?」
ボクは両足のペディキュアを塗りおえて顔を上げる。
「反逆するつもりはないよ。ボクの物に手を出さなければね」
「そう…面白いわね」
姉様の思考はボクにはわからない。
だけど、家族を愛しているようには見えない。
それはボクと同じで。
「リュークがわたくしに跪いて、わたくしを綺麗にする。ふふ、気分が良いですの。いいでしょう、リュークの願い一度だけ叶えてあげますの」
ゲームに登場するアイリスは快楽主義者という設定があった。それと同時に美しい物に目がない強欲さを母親から受け継いでいる。
「ありがとうございます。アイリス姉様」
「但しですの」
ボクが礼を述べると姉様が深々と椅子に座って足を組む。綺麗な足がドレスからさらけ出されて、綺麗に塗られたペディキュアが真っ赤な色で目立っている。
その表情は妖艶な笑みを浮かべていた。
「たまに私の足にマニキュアを塗りに来ることが条件ですの」
「え~めんどう」
「なら、断ってもいいんですの?」
「む~本当に、たまにならね。普段はレイにしてもらってね。赤以外の色もプレゼントしたから」
何とか姉様との交渉を成功させて部屋を出た。




