一年次 剣帝杯 終
ああ、めんどうだ。
どうして、めんどうなことって世の中には多いのかな?みんな頑張って働き過ぎじゃない?もっと気楽にライフスタイルを楽しめばいいんだよ。
特に睡眠とか、ゴロゴロするとか、温泉に入るとか……あっ、カリンと温泉行きたい。
「リューク」
控え室にやってきたのはリンシャンだった。
カリギュラ・グフ・アクージにやられた傷はもうほとんど残っていない。
心にもトラウマは無さそうな目をしている。
「なに?」
「あのとき……どうして叫んだんだ?」
リンシャンが「くっ殺せ」をボク以外に言わされると思うと……自然に怒りが湧いてきた……それはボクのモノだって……ハァ~自分でもなんであんなことしたのかわからないよ。
「なんでかな?わからないや」
「……そうか。アクージに勝てるか?」
「リンシャンは勝ってたじゃん」
「えっ?」
「君は戦場で同じ状況なら、アクージの首を刎ねていただろ?あれが死合いなら終わっていたよ」
カリギュラは死んだくせに何を吠えているのか……すでにアクージはリンシャンに負けている。
「……ふふ」
ボクの答えにリンシャンは見せたことがない柔らかな笑みを向けてくる。
「そうか、私は勝っていたか……ありがとう。リューク、私の心は救われた」
「そんなことどうでもいいよ」
「そうだな。貴様と私は敵対する家同士だ……相容れてはいけないのだろうな」
「家なんか関係ないさ。自分のしたいことを好きにすれば良いんじゃない?君自身は自由だろ」
ボクは立ち上がって会場へ歩き出す。
リンシャンのことなどどうでもいい。
「ここで観戦させてもらう。勝ってくれとは言わん。無事に戦いを終えてくれ」
リンシャンからの激励に、片手を振って返しておく。
今は目の前の敵をどうするか……
《実況》「いよいよこのときがやって参りました。決勝戦で待つアイリス選手への切符を手にするのはどちらなのか? 《無頼漢》カリギュラ・グフ・アクージ選手の強さは皆が知るところです。それに対して《美顔夢魔》リューク・ヒュガロ・デスクストス選手は一度も戦うことなくここまで来ました。未知数としか言いようがありません」
《解説》「強さで無敗、知能で無敗……!どちらが優勢なのか全くわかりませんね」
知能で無敗って……タシテ君がガンバっただけだよ。
ボクは何も指示していない。まぁそれも認められる戦いなんだろうね。
「リューク・ヒュガロ・デスクストス」
獰猛な笑みを向けて嬉しそうにこちらを見るのはやめてほしい。
キモい。
「キモい顔をこちらに向けるな」
「はっ?!!」
沸点の低い奴だ。すぐに怒りを表す。
「ボクは、怒るのもめんどうだと思っているんだ。そんなボクを怒らせたお前は大したもんだよ」
「はっ!温室育ちのボンボンが怒ったこともない?笑わせるなよ。貴様らは好き勝手こっちに命令してくるばかりで自分たちは何もしねぇ。力があるなら示してみろよ」
カリギュラには、カリギュラの考えがあり、思いがあるんだろう。
「その必要もないさ。ボクは戦いを否定していてね」
「はっ!戦う力がねぇだけだろ?」
「まぁこういうときの定番は君の力を全て見た後で、ボクが逆転する。そんなシナリオが盛り上がるんだろうな」
「はっ?何言ってやがる?」
ボクは自分で決めている事があるんだ。
どうしても許せない相手……大切な人を傷つける相手には容赦しないって……
「まだ、使うのは二度目だから制御が難しいな」
「お前が何かをする前に!一瞬で終わらせてやるよ」
開始の合図が鳴り響き、カリギュラは属性魔法を使って音速を超えていく。
「うん。君は属性魔法をよく使えていると思うよ。
もしも、ここが戦場か、君が逃げる選択が出来る場所ならボクから逃げ切っていたかもね」
カリギュラがボクの背後へ姿を現す。
大罪魔法《怠惰》よ。
ボクの属性魔法は、ボクだけが理解してることがある。
大罪魔法……それはあまりにも強力だから使うことをためらう魔法。
「あ? あぁ?」
ダラシナく口を開けて、ヨダレを流すカリギュラ。
《実況》「おおっと!!!カリギュラ選手。物凄い早さでリューク選手の背後に現われたと思ったら、いきなりヨダレを垂らして呆然と座り込んだ」
《解説》「リューク選手の魔法でしょうか?しかし、何をしたのか全くわかりませんでしたね!!!」
「ようこそ《怠惰》の世界へ」
ボクが呼びかけても、カリギュラは顔を上げることもしない。
痛みを与えることも考えたけど、こんな奴の血でバルを穢したくないからね。
「君は野心と欲望に溢れていたよね?その全てを奪ってあげたよ。安心して、君の大好きな命のやりとりは《《絶対に》》してあげないから」
「あ……あぁぁ」
命のやりとりに反応を示したが、言葉になっていない。
「大罪魔法である《怠惰》はね。様々な意味を持つんだ。その中でも君にあげる《怠惰》は二つ、特別だから喜んでくれるだろ?ボクからのプレゼントは無気力と無関心だ。痛覚も、精神も壊さないでいてあげる。欲望まみれの君が全てに無気力になり、無関心になってしまう」
アクージは虚な目でボクを見上げる。
「何もする気が起きなくて、することにも興味がもてなくて、生きながらに何もしなくなる君は、生きているのかな?ふふ、羨ましいよ。まさに怠惰だね。力こそが全てと叫ぶ君の家の人間は、今の君を見てどうするのかな?それでも君に戦いを強要するのかな?そのときは……君は魔物に食われて惨たらしく死んでしまうだろう。四肢は喰われ、命を刈り取られるまで、痛みは続くのに抵抗もできない」
ボクが予言を伝えてあげるとアクージが震え出した。
それでもヨダレを垂らして声も出ない。
ボクは興味を無くして、審判を呼んだ。
これでやっとボクは宣言することが出来る。
「ボクは降参する」
《実況》「なっ、なんとリューク選手降参だ!しかし、カリギュラ選手の様子がおかしく見えますが、どうして降参なのでしょうか?」
《解説》「ここまで不戦勝で勝ち上がってきたリューク選手には目的があったのではないでしょうか?」
《実況》「と、言われますと?」
《解説》「リューク選手と、カリギュラ選手の間で何かトラブルがあり、リューク選手はカリギュラ選手と戦って何かしたかったとか?」
《実況》「なるほど。二人に因縁があり、リューク選手はそれを達成したので、降参したと?」
《解説》「そうなのかもしれません。これで決勝は二年生対決になりましたが、果たしてカリギュラ選手は大丈夫でしょうか?」
ボクは降参を宣言して、控え室へ戻ってくる。
唖然としているリンシャンが目に入った。
「ボクは負けてしまったよ。君はあいつに勝ったのにね。君はボクよりも強いんじゃない?知らないけど」
ボクは言いたいことだけ言って、控え室を出た。
「リューク様。お疲れ様です」
控え室を出ると、リベラとタシテが待っていた。
「よろしかったのですか?」
リベラの問いかけにボクは両手を広げた。
「別に勝つのが目的じゃないからね」
「リベラ嬢。リューク様は目的を達成されたのですよ」
タシテ君、よくわかってるね。
「そういうこと。さて、やっと負けることが出来たからね。家に帰るよ。君たちも実家に帰るんだろ?」
「えっ、あっはい。帰ります。えっ、でもこんな結末?!」
「いいのいいの、あとはアイリス姉様に丸投げしちゃうから」
ボクが降参したことで、決勝戦はアイリス姉様対カリギュラになったが、カリギュラは準決勝で病院に運ばれたまま決勝戦の会場に現われることはなかった。
準決勝以降……アレシダス王立学園でカリギュラ・グフ・アクージを見た者は誰一人いない……タシテ君が聞いてきた噂によると、虚無と化したカリギュラは戦場へ向かい…姿を消したそうだ……
こうして一年次剣帝杯の優勝者はアイリス・ヒュガロ・デスクストスが勝利した。
あとがき
どうも作者のイコです。
一年次剣帝杯編はいかがだったでしょうか? 異世界ファンタジーのくせにバトルが少ないと思われる方も多いと思います。そういうのが好きな方はすいません(^_^;
次からは二章に入ります。
どうぞ、今後も《あくまで怠惰な悪役貴族》にお付き合い頂ければ幸いです。




