デスクストス長男 1
《sideテスタ・ヒュガロ・デスクストス》
我の目の前に巨大な蛇が蜷局を巻いて寝そべてっている。
真っ白にも、虹色にも、真っ黒にも見える蛇は美しくも見えるが、ただ大きさがわからないほど大きいことだけが伝わってくる。
「おい、蛇よ。我が進む道を邪魔するな」
真っ直ぐな道だというのに、この大蛇のせいで先に進むことができない。
全くここがどこで我をどうして邪魔しているのか忌々しいことだ。
「ふん、いいねぇ〜人は。目標に向かって先に進めば良いだから」
蜷局を巻いた大蛇が、顔だけを起こしてこちらを見る。
「はっ? 大蛇のくせに何を言っている。貴様は十分に長く生きてきたんじゃないのか?」
それだけ大きくなるためには、長く生きる必要があるだろう。力も強そうだ。まだ何かを欲するのか?
「うるさいねぇ〜。私はもっと生きていたいんだ。力も欲しいし、美味しいものも欲しい。あんたのことなんてどうでも良いんだよ」
腹立たしいことだ。
デカく、強く、長く生きているくせに他の者を羨む? まるで自分を見ているようだ。
「それにしてもあんたらは私の物なのに、最近は随分と偉そうな様子だね」
「何を言っている? 我は我自身のものだ。貴様の物になった覚えはないぞ!」
この大蛇は何を言っている? 確かにデスクストス家の家紋は蛇を模してはいるが、それは模しているだけであって、蛇とは何の関係もないはずだ。
「ふん、デスクストス家は私の物なんだ」
「だから何を言っている?」
大蛇がその身を起こして果てしないほどに見下ろされる。
「ふん、なんだいなんだい。今時の若いデスクストスはそんなことも知らないのかい? いいかいお聞き! あんたらデスクストス家は私と契約しているんだ」
「我らデスクストス家が、貴様と契約を結んでいる?」
「そうだよ。ふん、そんなことも忘れちまって情けない。本当に恩知らずだね、あんたらわ」
尻尾なのか、胴体なのか、我の体を締め上げるように持ち上げられた。
巨大な口が開かれる。
喰われるかと思って、魔力を発動しようとするが、魔力を全く感じない。
「バカだね。あんたの魔力そのものである私を目の前して、魔力が生まれるわけがないじゃないか」
「何? 魔力そのものだと!」
「そうだよ。私は大罪魔法の化身。あんたの魔力である《嫉妬》そのものだ。そして、我が名はアビス。底なしの穴。そう私に底はない。あなたたちデスクストス家は生贄よ」
バクリと口の中に入れられて食べられる。
だが、口の中は異空間で、これまでのデスクストス家が紡いできた歴史が語られていく。
どうして父上が我々に毒を盛り、どうして我々を捨ててダンジョンに篭られたのか、その真実を知ることになる。
「そういうことだったのか」
「ふん、理解したようだね」
「ああ、全て理解した」
「あんたはデスクストス家を継ぐのだろう?」
「……そうだ」
大蛇はいつの前にか、我と同じ大きさになって正面から向き合っていた。
「私を取るかい? それとも戦うかい?」
これまでのデスクストス家が抱えてきた罪を背負うのか、それを打ち払い消滅させるのか? いや、むしろ我自身が消滅すると言った方が正しいだろう。
その後でこいつは我が息子に取り憑いていくだけだ。
「忌まわしいクマが私の餌を横取りしたからね。あんたを食い尽くしてあっちに行ってもいいんだよ」
「……なんだと?!」
信じられないほどに、胸の中に渦巻く感覚は《嫉妬》であった。
我を捨てて、リュークの元へ行く?
そんなことが許されると思っているのか?
「許さん」
「へぇ〜ならどうするんだい?」
「貴様は我の力なのだろう?」
「そうだよ」
「ならば我の物となれ」
「ふん、生意気だね。あんたが私の物になるんだ!」
アビスが我の中へと入り込んでくる。
それは今まで感じていた《嫉妬》の大罪魔力とは明らかに総量が違う。
帝国のイシュタロスナイツと同等程度の魔力がゴミのように膨大な魔力が体の中に生まれている。
世界を統べる力……。
父上も人が悪い。
このような力を教えてくださらなかったなんて。
「そろそろ目覚めの時だ。いい加減に起きな!」
アビスの声で我は現実の世界へと戻される。
そこには、我の顔を見下ろす母上の顔があった。
「母上?」
「あら、私がいるタイミングで、目を覚ますとは」
「どうして母上が? ここは戦場では?」
我は確か帝国と戦争をしていた筈だ。
「帝国との戦争は終結しました。王国の勝利です。テスタ、あなたは総指揮官として褒賞が出るそうです」
「そうですか。勝利? 一体何があったのです?」
「知りません。帝国が自滅したと聞いています。現在は世界情勢も随分と動いています。あなたは半年ほど寝続けていたのですよ」
「なっ! なんですって? 半年?」
「そうです」
我は体を起き上がろうとするが、違和感を覚える。
腕に力が入らない。
左腕を見れば、そこには蛇の鱗を思わせる紋様が刻まれていた。
「あら? 傷を負っていたのね」
「いえ、これは傷ではありません」
「そうですか、それよりもあなたに採決を求める案件が山のように溜まっています。まずは元気になることが先決ですが、少しずつ慣れなさい。妻たちの教育は私がしておきました」
相変わらずお美しい姿をしておられる母上に、時の流れを感じることできない。
だが、腕の紋様から我はアビスとの契約に成功して戻ってくることができたようだ。
「そうそう、ユーシュン王が目覚めたなら真っ先に連絡が欲しいと言われていましたよ」
「わかりました。会いに参ります」
「あなた」
「はい?」
「いつも顰めっ面をしていたのに、今日はなんだか晴れ晴れとした顔をしているわね」
「そうでしょうか?」
言われてみれば、いつも胸に支えていた嫉妬心が湧いてこない。
これもアビスの影響だろうか?
「いい顔になったわね。いってらっしゃい」
「はい! 母上」
我は身支度を始めるために起き上がった。




